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変異種Ⅵ

 シンシアのおかげで剣が通じるようになった変異種は、俺とセインの挟み撃ちを受けていた。


「よし……」


 俺が変異種の注意を引いているうちに、セインが背後から変異種に近付く。変異種の陰に隠れてよく見えないが、やがて強烈な衝撃が変異種を通じて伝わってきた。おそらく、闘気をこめた強烈な一撃だろう。


「ォォォォ……!」


 くぐもった呻き声のようなものを上げて、変異種はセインに向き直った。突如として変異種に背中を向けられた形だが、その心臓部あたりに大きな傷ができている。先ほどのセインの攻撃だろう。


 怒ったのか、変異種は竜の身体と巨人の身体を総動員させてセインに襲い掛かる。怒りのせいか攻撃速度も手数も増えており、セインでも無傷で凌ぐことはできなさそうだった。


「心臓は弱点じゃないのか……」


 焦る心を押さえて変異種を観察する。ようやく実体を持つに至った変異種だが、まだ謎は多い。せっかく注意を引き付けてくれているのだ。今度は俺の出番だろう。


 俺は変異種の動きをよく確認すると、動きが止まった瞬間に竜の腰部に飛び乗り、さらに跳躍して首筋を斬り裂いた。だが、やはり硬い。俺の一撃はそれなりに首を傷つけたものの、頭部を切り飛ばすには至らなかった。


「ちっ……!」


 巨人の左肩に着地した俺は、そこを足場にしてもう一度斬りつける。先ほどの傷口と同じ箇所を狙った剣撃は、巨人の首の内部をさらに深く切り裂く。その傷口から、血とは似つかない緑色の液体が噴き出した。


「ォォッ!」


 さすがに注意が俺に移ったようで、巨人の手が俺に迫る。叩き潰すつもりなのだろう。俺は肩から飛び降りて、再び巨人の背後に着地した。


「――っと」


 そして、すぐに俺はその場を飛び退く。変異種が長大な尻尾を振り回したのだ。そうして巨大な質量をやり過ごすと、俺は再び変異種に近付く。

 変異種も俺の接近には気付いているのだろうが、こちらに向き直る気配はない。正面のセインを警戒しているからだ。


 それを幸いと、俺はもう一度首筋に狙いを定める。あと何度か斬りつければ、頭部を斬り落とすことはできるはずだ。そうして、再び竜の腰に飛び乗った時だった。くるり、と巨人の上半身がこちらへ向き直る。


「なに!?」


 変異種は上半身だけを捻って向き直ったのだ。そして、そのまま腕と腕から生える枝の鞭で俺を攻撃する。

 人間ならかなりつらい姿勢のはずだが、変異種にそんな様子は見られない。構造が根本的に異なるのだろう。結果として、上半身の巨人は俺が、下半身の竜はセインが戦うことになっていた。


「っ!」


 左右から襲い来る枝の鞭をかわし、逆に斬りつける。かなりの硬度を持つ枝は、一度斬っただけでは切断できない。そして、鞭だけあって同じ箇所を集中的に狙うことも難しい。


「どうしたものかな……」


 巨人の頭部に剣を届かせるためには、十メテル近い距離を縮める必要がある。だが、変異種も警戒しているようで、今度は容易に足場を提供してくれないようだった。俺が下半身に飛び乗ると、猛攻を加えてくるのだ。


 加えて、セインと竜の戦いも激化しているようで、その上にくっついている巨人も変なタイミングで移動するのだ。そのことが、さらに戦いをやりにくくしていた。


「っと」


 俺は近くの木の枝に飛び乗った。深い森のおかげで、天然の足場には事欠かない。次々と高い枝へ移っていき、再び巨人の肩へ飛び乗る。

 俺は安定性に欠ける足場の上で剣を振りかぶると、すでにつけていた首筋の傷口をさらに斬り裂いた。


「ォォォッ!」


 変異種が怒りとも呻きともつかない声を上げる。その声に連動して、傷口から緑色の体液が噴き出たが、それもやがて収まっていく。まだまだ芯には届いていないようだった。


「――なら、届くまで斬り続けるだけだ」


 そう自分に言い聞かせると、再び手近な木の枝に飛び上がり、何度も巨人の首筋を切り裂いていく。さすがに変異種も学習したようで、なかなか肩の上には立たせてくれない。俺が変異種目がけて突っ込むと、そこに降り立った俺を叩き潰そうとすぐに拳が降ってくるのだ。


 だが、それでも動きはこちらのほうが早い。巨人の肩には着地せず、木の枝から飛び込んで直接首を狙ったり、真空波を叩き込んだりといった攻撃を織り交ぜることで、俺は少しずつその傷口を広げていった。


 そして、変異種を挟んで反対側にいるセインも押しているようだった。時折変異種ごしに見える赤光と、それと同時に伝わってくる衝撃。位置関係の問題で詳細は分からないが、竜型の足の一本は深手を受けてまともに動かないように見えた。


「このまま行けば押し切れるか……?」


 呟きながら、俺を捕まえて握り潰そうとしてきた巨人の手指を斬り飛ばす。はじめは五本あった右手の指も、これで残るは二本だけだ。飛来する鞭を剣で弾くと、近くの木の枝から真空波で首を狙う。


 と、その直後、強烈な振動とともに巨人がぐらりと揺れた。下半身である竜がセインの大技を受けたらしく、バランスを崩して傾いでいく。そのせいで真空波が逸れたのは残念だが、総合的に見れば悪い話ではない。


 どうせなら、この隙を突いて直接首を狙おう。そう考えた俺は、バランスを崩した変異種の喉元に迫り――。


「なにっ!?」


 次の瞬間、俺は目を見開いた。体毛のように生えていた細かな木の枝が逆立ったのだ。それだけではない。針山のように逆立った無数の鋭い枝が、俺たち目がけて全方位に放たれた。


「――っ!」


 それは、剣で弾けるようなレベルではなかった。どれだけ高速で剣を振るっても、浴びせかけられる水をすべて弾けるわけではない。それと同じことだ。


 俺は剣で急所を庇いながら、近くの木の幹の後ろへ身を隠す。幸いなことに、大木を貫通するほどの威力はないようだった。それでも全身に受けた傷は十数か所に及び、いくつかの枝は今も俺の身体に突き刺さっていた。


「っ……!」


 そして、二の腕に突き立った木の枝を引き抜く。ねじくれた枝は引き抜く際にも激痛を与えるが、枝が刺さったままでは邪魔でまともに動けない。


 もちろん、巨人ものんびりそれを見ていたわけではない。襲い来る枝の鞭を剣で弾き、再び木の後ろに身を潜める。そうして、今度は足に刺さった枝を激痛とともに引き抜いていく。


「やってくれるな……」


 全身に灼けるような痛みを感じながら、俺は剣を構えた。変異種の下半身がこちらを向かないということは、セインも生きているのだろう。レティシャやシンシア、魔工部隊に被害が及んでいないかも気になるが、そちらに意識を向ける余裕はなかった。


 そして、俺は変異種の様子に目を凝らす。あの全方位攻撃の元となった体毛のような枝が復活しているかどうかを確認したかったからだ。


「少しずつ伸びてるな」


 毛のような枝を失い、少し小さくなったように見える変異種だが、よく見ると枝は少しずつ伸びているようだった。このまま手をこまねいていると、またあの全方位攻撃を受ける可能性があった。


「一気にカタをつけたいところだが……」


 もし『極光の騎士(ノーザンライト)』であれば、次元斬ディバイド終端の剣(カタストロフ)を使って勝負に出るところだが、今の俺はただの剣士だ。ただ実直に斬り続けるしかなかった。


「――っ!?」


 焦る心を飲み込んで、幾度目かの斬撃を巨人へ叩き込んだ時だった。巨人が放った枝の鞭が、俺の頬をかすめたのだ。そのことに俺は驚きを隠せなかった。


 ――どういうことだ。たしかに鞭の軌道は変則的だったが、それでも予測の範囲内だったはずだ。


 そんな馬鹿な、という思いが渦巻く。もちろん予測が外れることはあるが、予測通りの軌道だったにもかかわらず、自分が傷を負った理由が分からない。


「特殊能力か?」


 まだ隠し玉があったのだろうか。かつて、聴覚を介して感覚を狂わせる魔剣を使っていた『千変万化カレイドスコープ』との戦いを思い出す。だが――。


 考える間にも、今度は巨人の掌が頭上から迫ってくる。指の多くを失って、握り拳を作ることもできなくなった巨人だが、掌だけでも致命的な質量を備えている。


「まただ……!」


 その圧し潰すような攻撃を間一髪で回避するが、その風圧が俺の髪を揺らす。……やはりおかしい。俺はもっと余裕を持って攻撃をかわしたつもりだったのだ。


 いったい何が起きているのか。様々な可能性を検討していた俺の脳裏に、戦闘前のレティシャの言葉が甦った。


 ――ミレウス、筋力強化フィジカルブーストをかけ直しておくわ。森に入ってからだいぶ時間が経っているから。


「そういうことか……!」


 この不調は、変異種の特殊能力などではない。純粋に、筋力強化フィジカルブーストが切れかけているのだ。あの時、変異種の不意打ちによって強化魔法を妨害され、そのまま戦闘になったことを思い出す。

 戦いに高揚していて気付きにくかったが、身体のキレが少しずつ鈍くなっている。それも、疲労によるものではない部分でだ。


 その事実に思い至った瞬間、背中を冷や汗が伝う。今はまだ筋力強化フィジカルブーストの効果がそれなりに残っているが、完全に切れれば、もはや変異種と戦えるとは思えなかった。


 だが、魔法を使ってもらうわけにはいかない。シンシアが神聖魔法を使った時のように、術者を守りながら詠唱時間を稼ぎたいところだが、すでに俺の動きは鈍くなっている。人を担いで逃げ回ることは難しく、魔法の完成より先に二人とも死ぬ可能性のほうが高かった。


「どうする……?」


 焦燥が俺の心を占めていく。筋力強化フィジカルブーストの効果は薄くなり、俺は次第に防戦一方になっていった。迫りくる鞭は重さを増しており、速さは変わらないものの、俺の動きが遅くなった分、細かな傷が増えていく。


 と、視界の隅に何かが迫った。その正体が変異種の尻尾だと気付いた俺は、とっさに身を沈めると、剣を斜めに地面を突き刺す。だが……。


 まだ筋力強化フィジカルブーストが充分効いていれば、尾の勢いを上へ逸らしてやり過ごすことができただろう。だが、今の俺には無理があった。


「ぐはっ――!」


 尾の勢いを殺しきれずに、俺は十メテルほど吹き飛ばされる。幸いだったのは、尾の攻撃は竜部分によるものであり、巨人も予想していなかったということだ。今の攻撃は、俺ではなくセインを狙ったものだったのだろう。そのおかげで、巨人からの追撃がないのが救いだった。


「ミレウス!」


 ごろごろと森の地面を転がりながら、そんな悲鳴を耳にする。彼女たちも俺の様子がおかしいことには気付いているだろうが、現状では打つ手がない。


「大丈夫だ……まだ、生きてる」


 彼女たち、というよりは自分に言い聞かせるように、俺は言葉を絞り出した。強化魔法の援護がなければ戦えない身を呪いながら、転がっている間も手放さなかった剣を強く握りしめる。だが、かなりのダメージを受けたことは明白だった。


「最悪、差し違えるか……?」


 最も楽な選択肢は、セインが竜部分を倒すのを待つことだ。だが、ちらりと見えたセインもかなりの傷を負っているようだったし、俺が攻撃に消極的になれば、巨人部分も彼を狙う可能性があった。もし巨人までも彼を狙うことになれば、いくらなんでも耐えられないだろう。


 捨て身で乗り込んで、せめて首なり腕なりを道連れにする。そうすれば、セイン単独でもなんとかなるかもしれない。もはや筋力強化フィジカルブーストの切れた俺がどこまでやれるかは分からないが、このままではどのみち全滅だ。やるしかない。そう覚悟を決めた時だった。


「――ミレウス」


 声が、聞こえた気がした。

 ふとそちらに視線をやると、いつの間にか三十メテルほどに近付いていたレティシャの姿がある。目が合った彼女はいつも通りの、そして場にはそぐわない艶やかな笑顔を浮かべた。そして――。


 レティシャは、魔法の詠唱を始めた。


「レティシャ!」


 そう認識した瞬間に、俺は彼女へ向かって駆け出していた。そして、ほぼ同じタイミングで変異種が転移し、レティシャの目の前にその巨体を晒す。

 だが、レティシャは詠唱をやめなかった。その視線がこちらへ向けられたままであることを知って、俺は彼女の真意を悟った。


 レティシャが詠唱しているのは、攻撃魔法でもなければ防御魔法でもない。……変異種に殺されることも覚悟の上で、俺に筋力強化フィジカルブーストを使う気なのだ。


「くそっ!」


 俺は必死で距離を詰めるが、三十メテルの距離はあまりにも遠かった。少なくとも、変異種がレティシャの身体を叩き潰してしまえるだけの距離だ。


 何か助ける方法はないか。必死で駆けながら、脳をフル稼働させる。一歩を進む間に無数の選択肢を検討して……俺は、とあることに気付いた。


「間に合え――!」


 懐に手を入れると、取り出すこともせず触れたものを起動させる。それは、出発前にシルヴィからもらった魔道具だった。その効果は魔法障壁を展開させること。だが……この際、効果はどうでもよかった。なぜなら――。


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「上手くいったか……」


 最悪の事態を回避できて、俺はほっとしていた。変異種は魔法のみならず、魔道具の起動にも反応する。魔工部隊が身を張って確認してくれたことだ。


「――と」


 人体を挽肉にするには充分すぎる巨大な掌が、俺の目の前で地面に叩きつけられる。だが、本来はレティシャを標的にしていた攻撃だ。突如俺の目の前に転移したことにより、その照準は大きく外れていた。


 だが、攻撃はそれだけではなかった。いち早く反応した竜部分が、大きく開いた顎でさらなる追撃をかけてきたのだ。先程までは巨人部分だけを相手にしていたが、転移したことによって二対二の図式は崩れていた。


「ちっ!」


 俺は右へ身を投げ出すようにして攻撃を回避する。右側を選んだのは、そちらの前脚が血まみれだったからだ。おそらくセインがつけた傷だろう。だが、そこに今度は巨人の鞭が襲い掛かってくる。吹き飛ばされるのを覚悟して、俺は剣を構えて――。


「ん?」


 ふと気付く。身体が軽い。それに、いつの間にか剣身が発光していた。これは魔法剣、もしくは剣に付与魔術エンチャントをかけた時の現象だ。ということは……。


 構えた剣が鞭を弾く。予想通り、俺の筋力もまた魔法によって強化されていた。おそらく、レティシャは詠唱で筋力強化フィジカルブーストを、呪歌で付与魔術エンチャントを使ってくれたのだろう。


 そのことを悟った俺は、一気に攻勢に出た。レティシャのおかげで窮地は脱したが、あの全方位攻撃が脅威であることに変わりはない。それまでに片を付けたかった。


 巨人の攻撃を誘導し、俺に噛みつこうとしていた竜の頭部に掌打を直撃させる。そうしてできた隙を突いて、俺は竜の右目を剣で貫いた。


「――!?」


 その直後、剣身が一際輝いたかと思うと、竜の目の中で爆発を起こした。かなり物騒な付与魔術エンチャントだったらしい。爆発の衝撃で竜頭の一部が飛散する。

 それでも生きてはいるようで、俺を目がけて尻尾が振るわれる。まともに受ければただではすまない一撃だ。だが……。


「ミレウス、私の獲物を取るつもりか?」


 変異種の長い尾は、セインの闘気を纏わせた斬撃で斬り飛ばされていた。一撃で切断できたとは思えないから、何度も同じ箇所を狙っていたのだろう。どうやら、俺も向こうも似たようなことをしていたらしい。


「……俺の対戦相手はこっちだ」


 竜の頭部を踏み台にして飛び上がると、巨人の真下から首筋を狙う。剣の付与魔術エンチャントはまだ切れていないようで、傷口に輝く剣を叩きつけると再び爆発が巻き起こった。


「よし……!」


 切断された巨人の頭部が地面へ落下する。一拍遅れて、巨人の上半身がぐらりと揺れたかと思うと、後ろへ倒れ込んだ。上半身が後ろへ倒れたことで、竜部分がバランスを崩す様が見える。


 その光景を見た俺は、着地した木を蹴って竜の頭部を強襲した。同時に、闘気を纏ったセインが正面から竜の口内に赤光りする剣を突き込む。


「おおぉぉぉっ!!」


 俺とセインの声が重なる。俺の剣は頭部の傷口を貫き、セインの剣は闘気の槍となって竜の喉を、そして心臓部を突き通す。二種類の破壊のエネルギーは内部で膨れ上がり……やがて、頭部と胸部を爆散させた。


「片付いたか……?」


 爆発の余波が収まり、後には二つの頭部を失った巨体が残されていた。さすがにもう動く様子はない。その光景を見ていたのだろう。少し離れた場所から歓声が聞こえた。魔工部隊のメンバーだ。


「本当に……本当にあの変異種を倒したぞ」


「信じられない……」


「腕が立つとは聞いていたが……まさかこれほどとはな!」


 そんな声とともに、彼らは俺たちのほうへ近付いてくる。だが、彼らをのんびり待ち受けているわけにはいかなかった。俺は魔工部隊とは別の方向へ走っていく。


「レティシャ、大丈夫か!?」


 そう声をかけたのは、彼女が地面にうずくまっていたからだ。へたり込んでいると言っても差し支えない状態であり、そんなレティシャを見たのは初めてだった。


「……大丈夫よ。傷一つないわ」


 そう言いながらも、レティシャは下を向いていて視線を合わせようとしない。彼女らしからぬ様子に不安を感じた俺は、目の高さを合わせるために膝をついた。


「そうは見えないぞ」


 顔を覗き込むと、彼女は決まり悪そうに顔を背けた。意外な反応に首を傾げていると、レティシャは小さな声でぼそりと理由を告げる。


「……ちょっと気が抜けちゃっただけよ」


 つまり、腰が抜けて立てないようなものか。彼女の性格からすると、それはたしかに気まずいだろう。


「ミレウスの筋力強化フィジカルブーストが切れたことは、見ていて分かったわ。そのままじゃミレウスが死ぬと思ったら……」


 レティシャはぽつりと呟く。それで、決死の覚悟で魔法を使ってくれたのか。本当にぎりぎりのタイミングだったが……本来なら、彼女の死と引き換えに俺は強化魔法を受けていたはずだ。


「本当に助かった。ありがとう、レティシャ」


 どうしてそんな危険なことをしたんだ、とは言えない。大きな負担をかけてしまった申し訳なさはあるが、そうでなければ俺は死んでいただろう。今の俺にできることは、心から感謝の言葉を告げることだけだ。


「うふふ、この貸しは高いわよ」


 レティシャはいつもの調子で艶然と微笑む。だが、彼女は首をゆっくりと横に振った。


「……と言いたいところだけど、やめておくわ。今回については、ミレウスが無事でいてくれたことが報酬だから」


「……欲がないな」


 なんだか面映ゆい心を抑えて軽口を返す。


「それに、今回の殊勲者は私じゃないわ。ミレウスとセインさん、そしてシンシアちゃんよ。……ほら」


 そう言って彼女が示した先には、ノアを抱えたシンシアが立っていた。まだ消耗したままのようだが、動けるようにはなったらしい。


「ミレウスさん! レティシャさん!」


 俺たちの下へ辿り着いたシンシアは、ようやくその表情を緩めた。


「あの、お疲れさまでした……凄い戦いでした」


「シンシアもな。あの魔法がなければ、手も足も出なかった。本当に助かったよ」


「いえ……」


 シンシアがどれほど謙遜しようと、その事実は変わらない。あの神聖魔法については色々と気になるし、近いうちに聞いてみよう。そんなことを考えながら、三人でお互いの健闘を讃える。


「おーい!」


 すると、今度はセインや魔工部隊のメンバーが近付いてきた。その顔は非常に晴れやかで、見ているこっちもなんだか清々しい気持ちになってくる。


「みなさんがご無事で、本当によかったです……」


「ピィ!」


 彼女たちの言葉は、この場にいるすべての人間の思いを代弁していた。



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