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変異種Ⅳ

「それでは、準備はよろしいですね?」


「ええ、大丈夫です。ヴェイナードさんは街をお願いします。過程であれ結果であれ、変異種討伐が他の森喰らい(エルフイーター)に影響を与える可能性はありますから」


「ミレウス支配人に言われるのも変な気分ですが……引き受けました」


 そして、二人でかすかな笑みを浮かべる。ヴェイナードの後ろには招集された防衛部隊が展開されており、真剣な顔で俺たちを見つめていた。


「お兄ちゃん……」


 そこへやってきたのはシルヴィだ。いつも元気な彼女だが、父親が危険な討伐へ赴くからだろうか。さすがに今日は神妙な顔をしている。

 ちなみに、魔工部隊にはシルヴィも候補として入っていたらしいが、体力面で不安があるため選ばれなかったという。本人は残念がっていたが、俺は内心でほっとしていた。


「これ、お守り」


 そう言って差し出されたのは、掌に収まる程度の小さな棒だった。よく見るとスイッチらしき突起があったり、小さいながらも複雑な機構を備えていそうだが、使い道はさっぱり分からない。


「ここを押すと、魔法障壁を張れるの。押す強さで出力が変わるから」


 お守りというにはあまりに現実的な性能だ。さらに言えば、魔工銃マジックガンは扱えるものの、まだ十歳の女の子でしかないシルヴィにこそ相応しい魔道具だろう。

 そう伝えると、シルヴィは首を横に振った。


「いいの。わたしは一緒に行けないから……」


「そうか……」


 剣を振るっている間は、魔法障壁は使いづらい。こちらの動きまで阻まれてしまうからだ。自分の剣撃が自分の魔法障壁に阻まれていては話にならない。

極光の騎士(ノーザンライト)』の時も、機能としてはあったがほとんど使った記憶がなかった。


「ありがとう、しばらく借りる」


 だが、不安そうに俺を見つめる妹に、そんなことは言えなかった。俺が魔道具を受け取ると、彼女はようやく笑顔を見せた。


「うん! 頑張ってね、お兄ちゃん!」


 そして、見送る側の場所へと戻っていく。その途中で、彼女はくるりと振り返った。


「あ、押す力が強すぎると暴走するから、気を付けてね!」


「なんだそりゃ……」


 物騒な仕様に呆れながらも、貸し出された魔道具を持って手を振る。すると、シルヴィは満足そうに手を振り返した。


「ほれ、さっさと行くぞ」


 シルヴィとの話が終わるのを待っていたのか、魔工部隊の長であるドゥルガさんが声を上げる。彼は魔工技術に詳しい上に、対エルフ結界の影響を受けない人物であり、非常にありがたい存在だった。


「ドゥルガさん、私が先頭に立ちますよ」


 さっさと森へ入ろうとしたドゥルガさんを、セインが言葉で押しとどめる。だが、ドゥルガさんは鼻を鳴らして歩みを再開する。


「お前さんは変異種のことだけ考えておればいいんじゃ。それまではワシらに任せておけ」


 言うなり、大きな傘のようなものを掲げる。もちろんただの傘のはずはないから、魔道具なのだろう。その直後、傘から音とも振動ともつかないものが伝わってきた。


「これで、中型以下はそうそう寄り付かんじゃろう」


 どうやら、傘のようなものは魔物避けの魔道具だったらしい。森に踏み込んでしまったドゥルガさんを追いかけて、他の討伐メンバーも慌てて森へ入る。


 なお、変異種討伐メンバーは俺、レティシャ、シンシア、セイン、ドゥルガさん、そして魔工部隊五人の計十名だ。魔工部隊はうち四人がクォーターエルフであり、最後の一人は竜人の血を引くマイルなのは、対エルフ結界を意識したものだろう。


 そんなことを考えながら、俺は森の中を進んでいく。変異種の現在地は把握していないが、何度か同じ場所で見かけているため、その場所を中心にして捜索する予定だった。


「大型種を確認しました!」


「誘導弾を撃て! ワシらの進行方向に撃つなよ!」


「進行方向に大型種が二体! すみません、誘導に失敗しました!」


「マイル、出番じゃ!」


「わ、分かりました!」


 人の気配がない森に緊張した声が響き渡る。ドゥルガさんの宣言通り、俺たちは一切戦闘行動に参加していなかった。

 森喰らい(エルフイーター)が近寄らない結界を展開し、それでも近寄ってくる森喰らい(エルフイーター)は誘導弾とやらで別の方向へ向かわせる。そして、誘導弾に引っ掛からない優秀な大型種については、マイルが持つ巨大な魔工砲をはじめとした遠距離砲撃で殲滅する。見事な手際だった。


「これが魔工技術か……凄いな」


「純種のエルフが嫌がるわけだろう? 大した魔法の素養もないのに、こんな離れ業ができるのだからな」


 俺の賛辞にセインが同意を示す。魔工技術を信用しているのか、剣は鞘に納めたままだ。


「ああ。施設を破壊しろという気持ちが分かるよ」


「とは言え、古代の叡智を破壊するなんてもったいない話だがな。……ところで、そちらのレディたちは大丈夫かい? こんなに深い森の中を行軍するなんて大変だろう」


 そして、セインは後衛の二人を気遣う。……後衛職だから気遣っているのか、女性だから気遣っているのか分からないが。


「は、はい! まだまだ歩けます」


「お気遣いありがとうございます。もし歩けなくなったら、ミレウスに抱えてもらうつもりですわ」


 二人はそれぞれ彼女たちらしい言葉を返す。もちろん二人とも強化魔法は使用済みだから、すぐに力尽きることはないだろう。


「それにしても、本当に出番がないわね」


 魔工部隊の奮戦を眺めながら、レティシャは感心したように呟いた。


「変異種についてはデータがないらしいからな。臨機応変に対処できるレティシャたちの魔力は温存させてもらおう」


 それは、出発前にドゥルガさんたちと打ち合わせていた事柄だった。古代魔道具は運用しやすいうえに効果も大きい優れものだが、道具だけあってその用途は限定的だ。

 そのため、どんな能力を秘めているか分からない変異種との戦いにおいては、なんの役にも立たない可能性があるのだ。


「歪んだ魔力の溜まり場では、たまに異常な個体が生まれますから……」


 不安そうにシンシアが口を開く。その言葉に反応したのはレティシャだった。


「シンシアちゃん、何か具体例を知っているの? もしそうなら、参考までに教えてもらえないかしら」


「ええと……たとえば、自分の周囲の空間を断裂させて、すべての攻撃を無効化したモンスターとか、人の魔力に寄生する形のない魔力生命体とか……」


 意外と博識な面を見せて、シンシアは色々な事例を教えてくれる。レティシャが感心して聞き入っているあたり、希少な情報なのだろう。マーキス神殿の情報網だとしたら、さすが最大の宗教組織だな。


 そうして、十例目くらいのモンスターの話に及んだ頃だった。先頭を行く魔工部隊の一人から声が上がる。


「変異種の目撃地点に到着しました」


 その声を聞くなり、俺たちの間に緊張が走った。周囲に変異種らしき姿は見えないが、ここで何度も変異種の姿が目撃されているのだ。いつ遭遇してもおかしくなかった。


「さて……どうするかの。せめて足跡でも残っていれば簡単なのじゃが」


 緑の生い茂る地面を眺めながら、ドゥルガさんは豊かな髭をしごく。変異種についてはほとんどが謎に覆われているため、十メテル以上の巨体だということしか分かっていないのだ。


 そのため、場合によっては一戦も交えずに撤退することも視野に入れていた。無理に捜索して、気力体力を消耗している時に遭遇しては意味がない。


「ふむ……分かりやすい痕跡はないな」


 しばらく一帯を見て回ったセインが結論付ける。俺たちもそれなりに周囲を確認したが、やはりそれらしき跡は見つからなかった。


「とりあえず、奥へ進んでみるか? 森の奥は未知の領域だし、面白そうだ」


「闇雲に奥へ進むのは気が進みません。セインさんが言った通り、この森にはまだ謎も多いです。変異種と食人植物に挟み撃ちにされるようなことだって起こりかねないわけですし……」


 セインの呑気な発言を制止したのはマイルだった。どっちの意見にも一理あるが、どうしたものだろうか。そんなことを考えていると、俺の視界の隅で動くものがあった。


「……ノア?」


「ピィピィ!」


 シンシアに抱かれた薄緑色の雛は、特定の方向を向いてバタバタと騒ぎ立てていた。その様子に、俺はシンシアと顔を見合わせる。


「ノアはどうしたんだ?」


「分かりません……ただ、向こうにある何かを警戒しているような……」


 戸惑った様子でシンシアはノアを抱え直す。その様子をしばらく観察していた俺は、ノアが警戒している方向に視線を向けた。木々の密度が濃いため、あまり遠くまでは見通せない。


「うーん……」


 これまで、ノアには何度も助けられている。それに、ノアにその気がなかったとしても、野生動物の勘のようなものが、強者の存在を察知している可能性もあった。


「ちょっと上から見てくる」


「え……?」


 シンシアに声をかけると、俺は頭上にある手近な木の枝に飛び乗った。筋力強化フィジカルブーストの効果を生かして、どんどん高い木の枝へ跳び移っていく。

 そうして三十メテルは登っただろうか。眼下の視界はだいぶ見通しがよくなっていた。


「さて……」


 そして、ノアが気にしていた方角を注意深く探る。密集した木々で視界は遮られているうえに、相手は透明化の能力を持っている可能性も高い。だが、常に透明化しているわけではないだろうし、十メテル近い巨体なら目に付いてもおかしくはない。


 そう思って目を凝らしていた時だった。ふと、前方の高木が不自然に大きく揺れた。周囲の木々が揺れていない以上、風によるものではない。


 そう判断した俺は、急いで地上へと戻った。地面へ着地した俺は、心配そうに駆け寄ってきたシンシアたちに見たままを告げる。


「ふむ……変異種が木の枝に引っ掛かった可能性もあるか」


「けれど、そんなに都合よくいきますか?」


「他に当てがないのも事実じゃからな。闇雲に捜索するよりは、多少なりともマシじゃろうて」


 そんな話し合いを経て、俺たちはノアが気にしている方向へと向かう。植生が変わるわけでもなく、これまでと同じ道程。……だが、これまでとは異なることが一つあった。


「二人とも大丈夫か?」


「ええ、ちょっと目が回るだけよ」


「私もです……」


 レティシャとシンシアの様子が、少しずつおかしくなっていた。最初は動きが少し鈍い程度だったが、次第に顔色が悪くなっていく。

 他のメンバーに異常がないか確認すると、魔工部隊の二人が同じく調子を崩しているようだった。


「引き返すか……?」


 ぼそりと呟く。俺たちの目的は変異種の討伐だ。十人中四人が調子を崩しているとなれば、戦力の大幅ダウンは否めない。


「そうだな。今日はいったん引き返すか」


 俺の言葉にセインが同意する。彼自身はまったく不調を感じていないようだから、帰路で森喰らい(エルフイーター)に遭遇しても大丈夫だろう。


「……駄目、よ。たぶん、何度やっても同じことだわ」


 そこへ異を唱えたのは、体調を崩しているレティシャだった。


「あくまで予想だけれど……私たちの不調の原因は歪んだ魔力だと思うわ。向かう先の魔力を探ろうとしたら、余計に気分が悪くなったから」


「私も、そう思います……」


「ふむ……そう言えば、ダグザもゲイリーも魔法に長けておったの」


 シンシアの言葉に続いて、ドゥルガさんもレティシャの説を支持する。ダグザとゲイリーとは、同じく体調を崩した魔工技師の名前だ。


「もともと、森喰らい(エルフイーター)は研究所の歪な魔力を吸って変異した種だと考えられるから、この魔力の発生源こそが……」


森喰らい(エルフイーター)の変異種だということか。……なるほど、それなら機会を改めても同じことの繰り返しになるな」


 俺は調子が悪そうなレティシャの言葉を引き継ぐ。魔力に敏感な魔術師ほど、その影響を強く受けるのだろう。逆に、魔法が一切使えないセインあたりはまったく問題がなさそうだが……。


「どうする? 魔法の才能がないメンバーを揃えて出直すか?」


 なんだか悲しい表現だが、それしかないのだから仕方がない。だが、セインは渋い表情を浮かべた。


「厳しいな。ただでさえ対エルフ結界のせいで人選は限られている。まして、魔法抜きであの変異種と戦える者など……」


 そして、セインはぐるりと俺たちを見回した。


「前衛で言えば、私とミレウス。後衛で言えば、ドゥルガさんやマイル君といった、影響を受けていない魔工技師。どのみちこれが最高戦力だろう」


 それならば、何度出直しても同じことだ。


「ここからは、平気なメンバーだけで進みますか?」


 そう口を開いたのは、影響を受けていない魔工部隊の一人だ。だが、その言葉にセインは首を横に振った。


「残されたメンバーの安全が気掛かりだ。皆で進むが、戦闘には平気な者だけで臨む。それでどうかな?」


「じゃが、向こうが戦闘員と非戦闘員の区別をつけてくれるか?」


「どれくらい距離を取ればいいか分かりませんからね……あまり離れると、他のモンスターに襲われた時に困るでしょうし」


 そうして、幾度も案が出てはお蔵入りになる。どの案を取っても、何かしらの不都合は避けられないようだった。


「私とシンシアちゃんは大丈夫よ。こんなの、ちょっとお酒に酔った程度だから」


 いつの間に相談していたのか、レティシャはシンシアと頷き合う。


「お嬢さん、その『ちょっと』が生死を分けることもあるよ?」


 セインは渋い表情を崩さなかった。その言葉には、長年危険と隣り合わせだった人間が持つ重みがあった。


「私も冒険者でしたから、弁えているつもりです。自分の状態を自覚した上で動くのであれば、影響は最小限に抑えることができます。怖いのは、無自覚に能力を低下させられていることですもの」


「一理あるが……」


 セインは悩んでいる様子だった。そこへレティシャが言葉を続ける。


「それよりも、私の手が届かないところで大切な人を失うほうが恐ろしいですわ」


「わ、私もです……!」


 レティシャに続けて、シンシアも慌てたように口を開く。その様子を見て、セインは呆気にとられた顔をしていた。


「くっくっくっ……」


 だが、その顔はやがて忍び笑いへと変わっていく。セインは静かに肩を震わせると、俺の肩をポンと叩いた。


「ミレウス。お嬢さんがたはこう言っているが、どうかな?」


「彼女たちは戦い慣れた優秀な魔術師だ。引き際は分かるだろうし……そもそも、敵の攻撃を引き付けるのは俺たちの役目だろう」


「そう来るか……」


 セインは生温かい視線を俺に注ぐ。何かおかしなことを言っただろうか。そう問う間もなく、彼は言葉を続けた。


「まあ、その通りだな。レディたちが攻撃を受けるようなことがあれば、それは我々の責任だ」


「ああ。俺もそう思う」


 その言葉に深く頷く。元よりそれが前衛の仕事だ。そんな俺に満足したのか、セインは嬉しそうに俺の肩を叩いた。


「……話は決まったようじゃな。こちらも同じような意見じゃ。不調者は周囲の警戒・誘導に専念させて、変異種との戦闘には参加させん」


 そのタイミングで、今度はドゥルガさんが魔工部隊としての意見を告げる。結局、俺たちはこのまま変異種がいると思しき場所へ向かうことになった。


 そして、それから四半刻ほど経った頃。……俺たちは、ついに変異種と遭遇したのだった。



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