フォルヘイムⅣ
「あなたが、行方不明だった古代鎧の主人なのですか?」
「はい。フェリウス・クロークと申します。この度は殿下に拝謁する機会を頂き、光栄至極に存じます」
フォルヘイムの中心にある王宮で、俺はエルフ族の最高権力者に謁見していた。ルナフレア・レイク・ミラ・ユグドルシア。王族最後の生き残りであり、古代鎧に関する許可権限を持つ人物でもある。
見た目は十七、八歳くらいだろうか。可憐な顔立ちを薄緑色の髪が彩っており、その髪は腰の長さまで伸びていた。たしかにお姫様といった雰囲気だ。
その耳は長く伸びていて、彼女が純種のエルフであることを示している。耳の根元あたりを触る癖があるようで、しきりにそちらへ手をやっていた。
「フェリウス・クローク、ですか」
その名前はもちろん偽名だ。とっさの時でも反応できるように、本名と似た雰囲気の名前にしているが、正体を辿られることはないだろう。そして、ファミリーネームを親父のクロイクからもじったのはちょっとした皮肉でもあった。
「はい。この通りクォーターエルフでして、恥ずかしながら自分の出自も定かではございません」
俺はしれっと答える。ハーフエルフやクォーターエルフはフォルヘイムを出奔することも多いため、その子孫ともなれば把握することは実質的に不可能だ。こう説明しておけばそれ以上の追及はできないだろう。
「フェリウス殿は実に優れた剣士でして、我が商会が盗賊団に襲われていたところに加勢してくれたのが知己を得たきっかけなのです」
そして打ち合わせ通りに、ヴェイナードが適当な過去をでっち上げる。
「差し出がましい真似をしてしまいました。ヴェイナード様であれば、あの程度の盗賊団など簡単に制圧できたのでしょうが……」
「いえいえ、単身で私たちを救おうとする心意気こそ讃えられてしかるべきものです」
「恐れ多い話です。私はただ、同胞が襲われるのを見ていられなかっただけですから」
知っている者が見れば完全な茶番だが、それが分かる人間は俺とヴェイナードしかいない。表面上は恭しい態度を崩さないように、俺は演技を続けた。
「――このように、フェリウス殿はフォルヘイムの外で育ちながらも、エルフに対して誠実かつ懇篤な人柄であり、我々エルフ族に強い帰属意識を持ち合わせている傑物です。古代鎧の主人としても不足はありません」
そして、ヴェイナードは一気に結論を述べる。彼の視線を受けたルナフレアは、かすかに頷いたように見えた。
「ヴェイナードがそう言うなら――」
「なりませんぞ、ルナフレア様。古代鎧は我らエルフ族の至宝にして誇りです。どこの馬の骨ともつかぬ卑しい混血種に与えてよいものではありません」
場に控えていたエルフの一人が発言する。王女に諫言するということは、エルフ族の中でも影響力のある人物なのだろう。ヴェイナードの父親が反対するとは思えないから、主流派閥の過激派、もしくは穏健派の幹部だと思われた。
そして、その言葉を皮切りに複数のエルフが口を開く。
「その通りです。厳正な審査を行い、エルフ族への貢献が著しい者にこそ与えるべきでしょう」
「あの者をご覧ください。まるで人間のようにしか見えない丸い耳。あのような身体でどこまでエルフ族としての自覚を持てるか非常に疑わしい」
そして礼を失した……いや、挑発しているとしか思えない発言が相次いだ。まあ、俺はエルフ族であることになんの自覚もなければ、同胞意識も忠誠心も持ち合わせてはいない。むしろ彼らを滑稽に思うだけだ。
あくまで神妙な顔を装いながら、俺はどこ吹く風で彼らの嫌味を聞き流していた。
「それであれば、余計にフェリウス殿こそが主人として相応しいと思われます」
そんな彼らの語彙が空っぽになったあたりで、ヴェイナードは涼しい顔をして口を開いた。
「皆様にお伺いしたいのですが、この百年の間、古代鎧の発見を超える成果を挙げて、フォルヘイムに貢献した者がいましたか?」
「っ……! それは……」
「だが、そのような雑種に……!」
「混血種に古代鎧を与えてはならないという決まりはありません。ハーフエルフの私が古代鎧を与えられていることは皆様ご存知だと思いますが」
それに、とヴェイナードは付け加える。
「彼が持ち帰った古代鎧は、近衛騎士団長の仕様だということを忘れてはいけません。記録によれば、かの鎧に宿る人工精霊は気難しく、卓越した剣技の持ち主でなければ主人と認められません。
そして、エルフ族において最高の剣士はフェリウス殿だと、私は自信を持って断言します」
「なんだと!?」
その挑発的な物言いに場がざわついた。俺に向けられる視線も、蔑むようなものから怒りを含んだ険悪なものになりつつある。
そんな中で、一人のエルフが俺に声をかけた。居並ぶエルフの中では、最も腕が立つだろうと少し警戒していた相手だ。
「フェリウスとやらに尋ねるが……貴様はどこで剣術を学んだ?」
「我流です。戦場や闘技場で剣の腕を鍛えておりました」
そう答えると、場のほぼ全員が失笑を漏らす。高貴なエルフ族には、実地で培われた剣術が性に合わないのだろうか。
「はっ、闘技場とはな……あの野蛮で下劣な催しに身を投じていたとは、やはり雑種は雑種だ」
「短い命をわざわざ投げ打つなど、理解に苦しむ」
「しかも、剣闘士と言えばあの悪鬼イグナートと同じではないか」
「――!?」
黙って聞き流していた俺だったが、思わぬ名前に表情がぴくりと動いた。
「殿下の御前だ、その名は口に出さないほうがよろしかろう。……ただ、剣闘士出身とは頂けない話ですな」
「おや、フェリウス殿。どうされたかな? 言いたいことがあればなんでも言うがいい」
エルフの一人がニヤニヤしながら言葉をかけてくる。親父の名前に反応したのは一瞬だったはずだが、しっかり見られていたらしい。さすがは権力争いを長年続けているだけあって、そういったことには敏感なようだった。
もっとも、奴らは俺が『悪鬼イグナート』の関係者であることまでは知らないはずだから、闘技場や剣闘士に対する批判に反応したと思っているのだろう。そして実際、俺はそれらの言葉に苛立っていた。
「それでは、一つだけ。たしかに私は闘技場で技を磨きましたが、それが劣っているものだとは思いません。もしお疑いであれば、実際に剣で示してご覧に入れましょう」
そして、一人のエルフに視線を合わせる。先程も発言していた、戦士としての所作が身についている男だ。
「この中で、最も優れた戦士にお相手をお願いしたい」
「……いいだろう。ただし、私に負ければ古代鎧は諦めてもらおう」
視線を合わせていたエルフは、ニヤリと笑みを浮かべた。やはり自分の腕に自信があるのだろう。
「セベク将軍がわざわざ相手を?」
「この男に自分の立場というものを思い知らせてやる必要がある。……とは言え、ルナフレア様の御前で剣を抜くような非礼はできん。場所を変えさせてもらおう」
そして、セベク将軍と呼ばれた男は扉へ向かって歩き出す。俺が彼の後ろに続き、その後ろをエルフの重臣たちがぞろぞろと付いてくる。ちらりと見れば、ルナフレアも最後尾にいるようだった。
彼女もいるのであれば、さっきの場所で戦ってもよかったのではないか。そんなことを考えるが、戦いで謁見の間が損傷することを懸念したのかもしれない。
「ここだ」
やがて示されたのは広い中庭だった。少なくとも第二十八闘技場の試合の間と同程度の広さはあるだろう。
「一応名乗っておこう。私はセベク。エルフ族最高の剣士にして、古代鎧の主人でもある」
その言葉に俺は目を見開いた。まさか、こんなところで最後の主人と見えるとは思わなかったな。
「そうでしたか。その割に古代鎧が見当たりませんが……」
とぼけて尋ねると、セベクはわざとらしい溜息をついた。
「こんなことで貴重な古代鎧を使うものか。それに、古代鎧のせいで負けたと言い訳をされてはかなわん」
「そうですか」
嫌味を受け流すと、俺は剣を抜いた。中庭に届いた陽光が剣身をきらりと輝かせる。
「先に言っておくが、魔法は禁止だ。貴様の言う剣の腕前とやらを見せてみろ」
「異存はありません」
魔法が使えない俺にとっては、むしろありがたい話だ。そして、俺とセベクは三メテルほどの距離を置いて向かい合った。
「それでは……行くぞっ!」
誰が開始の合図をするのかと思っていたら、早々にセベクが踏み込んでくる。予想外の展開に驚きながらも、俺は剣を構えた。
「ふっ!」
裂帛の気合とともにセベクの剣が迫る。剣を横薙ぎに繰り出そうとしているが、重心がおかしい。おそらくフェイントだろう。
俺の予測は当たり、水平な軌道を描いていた剣の動きが変わる。突如として繰り出された刺突だったが、分かっていればどうということはない。身を捻ってかわすと同時に、セベクの剣の腹を叩いて体勢を崩す。
「――っ!」
体勢を崩したセベクは、思い切りよく身体を投げ出した。そして一回転すると、起き上がりざまに俺の追撃を弾く。
ならば、と俺はさらに畳みかけた。右、下、右、上、左、中央。刺突を織り交ぜた剣撃は、小気味よい連続音とともに防がれていく。
そうして、剣戟の音を幾度も響かせていた時だった。剣を打ち合わせた直後に、セベクが小さく後ろへ跳んだ。仕切り直しだろうか。そう思った刹那、セベクは素晴らしい速さでこちらへ突っ込んできた。
「――っ!」
まるで捨て身のような突進だが、狙いは正確だった。俺の中心線を狙っている切っ先に剣を叩きつけると、半ば回転するように動いて攻撃をかわす。
そして逆に仕掛けようとするが、こちらも少し無茶な動きで回避したため、すでに向こうも体勢を立て直したところだった。
「……なるほどな」
俺は一人頷いた。たしかにこの男は強い。多彩なフェイントを多用する一方で、思い切りもよく、ここぞという時の踏み込みは大したものだ。
俺の攻撃の虚実もよく見極めているし、素晴らしい反応速度だと言っていい。彼がエルフ族で最高の剣士だという言葉も、あながち嘘ではないのだろう。
――だが、それだけだ。
俺は醒めた目でセベクを見つめた。ユーゼフのような速さもなければ、『大破壊』のような力強さもない。エルフ族では最高クラスの剣士かもしれないが、筋力不足であることに変わりはない。
そして、筋力の面で同じ土俵に立っている以上、負けるつもりはなかった。
「っ!?」
速度を増して踏み込んだ俺を、セベクはバランスを崩しながら迎撃する。先程までは奴に合わせていたが、やはり身体能力は俺のほうが上のようだった。それはエルフの血の薄さが原因なのかもしれないし、純粋なトレーニング量の問題だったのかもしれない。なんであれ、俺が優位に立っていることに変わりはなかった。
バランスを崩したセベクに立て直す隙を与えないよう、連撃で押し込む。少しずつ後ろに下がっていくセベクの顔には、驚愕の色が浮かんでいた。
そして、俺が剣を大きく振りかぶった時だった。起死回生を狙ったのだろう、セベクは先程も見せた鋭い突きを繰り出す。
「……その技は先ほど見せてもらった」
そして、その技こそ俺が待っていたものだった。大振りはこの突き技を誘発するためのものだったが、こうもあっさり使ってくるのは予想外だ。セベクも焦っていたのだろう。
結果として、捨て身の突きを繰り出したセベクの姿勢は大きく前へ流れていた。そして、先ほどと違って俺には追撃をかける余裕がある。
――終わったな。
そう思った時だった。セベクの背中に剣を突きつけようとした俺を、ぞわりとした感覚が襲う。この感じは魔力だろうか。そう考えた刹那、セベクの周囲に発生した氷の矢が俺を襲う。
「くっ……!」
至近距離で放たれた氷の矢は七本。そのうち二本は狙いが外れており、四本は剣で叩き落とす。そして、最後の一本は俺の頬をかすかに斬り裂くように調整する。つぅ、と頬から血が流れるのを感じながら、俺はさらに踏み込んだ。
魔法剣士と戦う時のポイントは、相手に術を使う余裕を与えないことだ。そんな本能が俺を動かし、体勢を立て直したセベクに縦横無尽に襲い掛かる。反撃を一切許さない速度で剣を振るい、ついにセベクの剣を手から弾こうとした時だった。
「そこまで!」
大気を斬り裂く大音声が試合の終了を告げる。その声はヴェイナードからもたらされたものであり、彼はセベクを厳しい目で見つめていた。
「ヴェイナード! 貴様、なんのつもりだ!」
そして、救われたはずのセベクが憤る。怒鳴り声を上げた彼に対して、ヴェイナードは氷の矢を掲げてみせた。あの矢は……。
「それはこちらの台詞です。この氷の矢は、危うくルナフレア様に当たるところでした」
「な――」
その言葉を受けて、セベクの表情が凍り付いた。
「フェリウス殿が身体を張って庇っていなければ、殿下はお怪我をされていたはず。これは大問題ですね」
さらに、ヴェイナードは俺を持ち上げる。……ん? 俺がルナフレアを庇った?
「その男がルナフレア様を庇っただと? どさくさに紛れて何を……」
口を挟んできたのはセベクではなく、別のエルフだった。彼を庇おうとしている以上、同じ派閥なのだろう。
「あの時、氷の矢の射線上にはルナフレア様がいらっしゃいました。だからこそ、フェリウス殿は氷の矢を避けずに剣で叩き落としたのです」
「そうだったのですか……」
そんなヴェイナードの言葉に素直な反応を返したのは、他でもないルナフレア姫自身だった。
「考えてみてください。六本もの矢が至近距離で飛んできた場合、弾くよりも避けたほうが簡単であり、かつ確実です。ですが、フェリウス殿は自らに傷を負ってまで、矢を叩き落とした。それはルナフレア様に被害が及ぶことを懸念したからです」
……そういうことか。俺はようやく全貌を理解した。俺は氷の矢に襲われた時、とっさに一本だけ自分の頬をかすめさせた。それは魔法を禁止していたにもかかわらず、魔法を使用したセベクに対して、後で有利に話を進めるためだ。
俺がその場を動かなかったのは、避けながら軽傷を負うように仕向けるよりも、自分の位置を固定しておいたほうが上手く負傷できると思ったからだ。後ろに観客がいることは分かっていたし、上手くいけば恩を売れると考えたのも事実だが……ヴェイナードはそれを最大限に利用するつもりのようだった。
「殿下にお怪我がなくて何よりです」
ヴェイナードに合わせて、神妙に膝をつく。
「ええ……ヴェイナードが矢を弾いてくれたから」
呆気にとられた様子のルナフレアは、ぽつりとそれだけを呟く。
「身体を張って殿下をお守りしようというフェリウス殿の忠誠心は素晴らしいものです。また、咄嗟にそこまでの判断ができる者はごく稀です」
「……何が言いたい」
苛立ったように口を開いたのは、ようやく動揺から立ち直った様子のセベクだ。彼は不機嫌な面持ちで腕を組んでいた。
「剣術、人格の双方において、フェリウス殿は古代鎧の主人に相応しいということですよ」
その結論にセベクは血相を変えた。
「だが、私は負けてはいな――」
「追い詰められて魔法を使った時点で、勝負はついていたと思いますが」
「あれは、とっさに魔道具を起動させてしまっただけだ!」
「魔道具だから問題ないと? 剣の技量を確認したいから魔法は禁止だと、そうおっしゃったのは誰でしたか」
「ぐ……っ」
セベクはそれきりおし黙る。その様子を眺めていた俺は、真面目な顔で彼に話しかけた。
「今回の試合は、あくまで剣のみを用いたもの。魔法を併用した戦いであれば、きっとセベク様が勝ちを収めていたことでしょう」
そして、一応彼の顔を立てておく。プライドのためだけに、古代鎧の授与に反対されてはたまったものじゃないからな。
「……当然だ」
セベクは吐き捨てるように頷く。実際、古代鎧を着用した者同士として戦えば、どちらが勝つかは分からないからな。剣技で負けるとは思わないが、俺には魔法の才能がない。総合的な戦闘力は推し量りようがなかった。
「フェリウスと言ったな……この屈辱は忘れんぞ」
やはり、この程度じゃ気休めにしかならないか。俺は内心で肩をすくめながらも、神妙に頭を下げた。
「さて……皆様、いかがでしょうか。予想外の展開もありましたが、フェリウス殿の実力と人柄はご覧いただいた通りです。古代鎧の授与に相応しいと言えるでしょう」
「たしかにな……これだけの手練れが、よく在野にいたものだ」
と、エルフの一人が肯定的な言葉を返す。おそらく彼がヴェイナードの父親なのだろう。それ以外の面子が軒並み渋い表情を浮かべていることからも間違いない。
他のエルフとはどこか雰囲気が違っており、どっしりと落ち着いた印象を受ける。エルフの王族でありながら人間を伴侶としたくらいだ。自分というものをしっかり持っているのだろう。
「だが……フォルヘイムで生まれたわけでもなく、混血種に過ぎない者に古代鎧を与えるなど、やはり信用できぬ。この前も、混血種が聖樹を盗み出したばかりであろう」
「その話はすでに終わったはずです。それとも、杜撰な警備体制について、もう一度責任追及を行ったほうがよろしいですか?」
ヴェイナードはぴしゃりと言い切る。おそらくは、旅の途中で出くわしたハーフエルフのことだろう。それに、とヴェイナードは言葉を続けた。
「だからこそ古代鎧に回数制限があるのでしょう? 強大な力そのものを減じることなく、リミッターをかけた先人の知恵は偉大です」
「だが、その短期間の間に裏切るようなことがあれば……」
「フォルヘイムにはセベク殿もいれば私もいます。同格の古代鎧がいる以上、すぐに決着はつかないでしょう。そして長期戦になれば、起動回数がゼロになり、裏切り者は無力化されます」
「……」
そうして、どれほど舌戦が繰り広げられただろうか。セベクに剣で勝利したことや、ルナフレアを庇って傷を負ったことに加えて、そもそも古代鎧を確保しているという事実。
それらを利用し、ヴェイナードは自分の主張を認めさせていった。また、俺の推測でしかないが、有力な二派閥は、対抗派閥に古代鎧が渡るくらいなら、影響力の弱い別派閥に渡ったほうがマシだと考えているフシもあり、それが俺たちにとって追い風となっていた。
そして、意見は出尽くしたかと思われた頃合いで、ヴェイナードはルナフレアに意見を求める。
「ルナフレア様、いかがでしょうか」
「そうですね……」
自信に満ちた様子のヴェイナードは対照的に、ルナフレアは戸惑っているようだった。それはそうだろう。彼女は敬われているようだが、政治的な決断を任されているわけではない。
「フェリウス殿が古代鎧の主人となった暁には、私の『外』での仕事を一部引き継いでもらうことにしています。
そうなれば、私もこれまで以上にフォルヘイムに滞在することが叶いますので、一層国に貢献することができるでしょう」
「それは……」
その言葉にぴくりとルナフレアの眉が動く。どこに反応する要素があったのか分からないが、前向きな反応であるように思えた。
「私は構わないと思いますけれど……皆さんにお任せします」
「かしこまりました」
その言葉を受けてヴェイナードは微笑んだ。この流れであれば、承認は時間の問題だろう。後は派閥間で細かい調整をするだけだ。
そうして、もはや他人事と気楽に構えていた時だった。一人のエルフが立ち上がる。エルフにしては老齢を思わせる容貌であり、たしかセベクを擁護していた男だ。彼が主流派閥である過激派の長だと、俺は推測していた。
「なるほど、古代鎧の主人については、これ以上とやかく言うまい。クォーターエルフでありながら、エルフ族に深い忠誠心を持っているようだからな」
彼は穏やかに言い切る。その突然の変わり身は、俺を警戒させるに充分なものだった。そして、彼は俺とヴェイナードを交互に眺める。
「交換条件というわけではないが……一つ、エルフ族の未来のために骨折りを頼めるかな。なに、それだけ卓越した剣技を身に着けているのだ。そう難しいことではない」
「具体的にはどのようなことでしょうか」
その質問に、彼はうっすらと笑みを浮かべた。
「フォルヘイムには、特殊な結界を張られた地域があってな。そこには、森喰らいと呼ばれる凶悪な魔物が跋扈している」
「……存じております」
「それなら話は早い。最近、その森喰らいの動きが活発化しているのでな。原因となっている施設を破壊してもらいたい」
「それは……」
俺は思わず口ごもった。森喰らいを活発化させた古代遺跡は、混血種が魔工技術を学び、維持するために欠かせない場所だと聞いた。
ヴェイナードの派閥に古代鎧という力を与える代わりに、魔工技術という力を削ぐ。そんな計算から成り立っていることは間違いなさそうだった。
「……お引き受けいたしましょう」
答えるヴェイナードの声には、かすかに苦い響きが混ざっていた。