フォルヘイムⅢ
周囲の街並みに溶け込んだ、特に変わり映えのしない住居。その建物を前にして、俺の気は重くなる一方だった。
「ふぅ……」
事前にシルヴィから教えられていたこの建物は、言うまでもなく彼女の自宅だ。つまり……俺の実の両親の家でもある。ヴェイナードの屋敷に頻繁に顔を出しては、帰省を求めるシルヴィに折れたのだが……やはり気軽には入れない。
「あの時、なし崩し的に名乗っておけばよかったなぁ……」
そんなぼやきが口を突いて出る。思いも寄らぬタイミングで実父セイン・ノアと遭遇した俺は、名乗ることを躊躇ってしまったのだ。
そんな俺を見て、セインは訳ありだと考えたようで、名前を含めて深くは聞いてこなかった。その気遣いはありがたいのだが、結果的に俺の気まずさを助長することになってしまっていた。
とは言え、こうして住居の前で突っ立っていても仕方がない。それどころか、不審人物として通報されても文句は言えないだろう。
自分にそう言い聞かせると、俺は意を決して入口の前に立った。扉は開けられているが、玄関口に布が吊るされていて、屋内への視線を遮っていた。
「……すみません、どなたかいらっしゃいますか?」
そして、ようやく声をかける。実家を訪ねた人間にしてはあまりに他人行儀だが、実際に他人なのだから仕方がない。
そう自分に言い訳をしていると、布をかきわけて、ぬっと人の顔が出てきた。実父であるセイン・ノアだ。彼は俺の顔を見ると、不思議そうに首を傾げた。
「おや、この前の青年じゃないか。何か困りごとかな? よく私の家が分かったね」
改めてセインの姿をまじまじと観察する。どこか演技がかった物言いは、やはり気障というか瀟洒というか、独特の雰囲気を持っている。正直に言って、あまり俺と似ているようには思えない。
ただ、それでも否定的な気持ちにならないのは、先日の戦いぶりを見たからだろうか。我ながら現金なものだ。
「いえ、そうではなくてですね……」
さて、なんと切り出したものか。そう悩んでいると、家の奥からひょいっと見知った顔が出てきた。
「あー! お兄ちゃんだ! お帰りー!」
ぱぁっと笑顔を浮かべて、シルヴィが駆け寄ってくる。それとは対照的に、俺の前に立っているセインの顔は固まっていた。そこには、さっきまでの瀟洒な雰囲気は微塵もない。
「……ミレ、ウス?」
確かめるように、ゆっくり名を口にする。
「……はい」
静かに頷く。しばらく沈黙した後で、セインは口を開いた。
「その……すま――」
「ミレウスなの!?」
セインの言葉を遮ったのは、家の奥から出てきた女性の声だった。彼女は俺の姿を見つけると、目を見張ったまま駆け寄ってきた。セインと異なり、二十代にしか見えない容姿だが、おそらく母親であるアリーシャ・ノアなのだろう。
「ミレウス! ごめんね……!」
そして、そのまま俺を抱きしめると嗚咽を漏らす。
「ええと……」
その一方で、俺は戸惑うばかりだった。冷たい考えかもしれないが、ほとんど初対面の間柄だし、突然泣かれるとは思わなかったからだ。そんな俺の様子を見て、セインが声をかける。
「アリーシャ、ミレウスが困っているよ」
「だって……」
言いながらも、アリーシャは俺から身を離す。すると、その隙間に今度はシルヴィがするりと入ってきた。
「お兄ちゃん、お帰り!」
そしてこっちも抱き着いてくる。シルヴィのスキンシップにはもう慣れたが、ほぼ初対面の二人の前だとどうにも気まずいな。
「こんな所で立ち話もなんだし、こっちへ来てもらえるかな」
そんな俺の心境を知ってか知らずか、セインが家の奥を示す。くっついて離れないシルヴィを引きずりながら、俺は彼の後ろへ続いた。
◆◆◆
通されたリビングで、俺は両親と向かい合っていた。隣にはシルヴィが座っていて、にこにこと笑顔を浮かべている。
だが、そんな屈託のない笑顔を浮かべているのは彼女だけであり、俺を含む三名は神妙な顔をしていた。
「改めて……ミレウス・ノアと申します。今はルエイン帝国で闘技場の支配人をしています」
そう名乗ると、セインは複雑そうな顔を、アリーシャは泣き出しそうな表情を浮かべた。何か間違えただろうか。そう首を捻っていると、答えはシルヴィからもたらされた。
「お兄ちゃん、そんなにかしこまってどうしたの?」
つまり、他人行儀すぎるということか。とは言え、俺たちはろくに信頼関係も醸成していない間柄だ。とつぜん馴れ馴れしく話しかけることには抵抗があった。
「……私たちを他人だと思うミレウスの気持ちも分かる。だから強制する訳じゃないが……できれば敬語はなしで頼めないか?」
そう告げるセインの視線は、隣のアリーシャにも向けられていた。おそらく母の気持ちを汲んだのだろう。
「……分かった」
まだ落ち着かないが、頑なに拒否するようなことでもない。俺が言葉遣いを改めると、二人はほっとした様子を見せた。
「ミレウス。……今まで迎えに行けなくて、本当にすまなかった」
そして、早々にセインが頭を下げる。その態度は潔いもので、森喰らいと戦っていた彼を思い出させた。
「本当に……本当にごめんね……」
続くアリーシャのほうは、再び声に嗚咽が入り混じっていた。シルヴィから聞いた話では、彼女も腕のいい魔術師らしいが、今の姿からはあまり想像ができない。
「別に、恨んだりはしてないさ」
そして、何度も繰り返してきた言葉を口にする。裏返せばそこまでの興味がないだけだが、わざわざそんな思いを吐露してもメリットはない。
「そうか……」
だが、セインのほうは俺の裏の心情に気付いたようだった。表情を柔らかくしたアリーシャとは対照的に、ちらりと渋い表情を浮かべる。
「ミレウス。今までお前を迎えに行けなかった事情……いや、言い訳を聞いてほしい」
それは唐突だったが、同時に願ってもない話でもあった。なぜ俺が三歳で預けられなければならなかったのか。気に病んでいたわけではないが、興味はある。俺が頷くと、セインは二十年ほど前に遡って話を始めた。
「私とアリーシャが出会ったのは、とある古代遺跡だった。組んでいた冒険者パーティーも解散して、一人で気ままにやっていたんだが……ちょっと面倒なものを手に入れてね」
「面倒なもの?」
「その時は分からなかったが、古代遺跡の一部を起動させる鍵だったのだよ。しかも、手に入れたアリーシャを所有者として認めてしまった」
そして、セインは遠い目で虚空を見つめる。
「だが、あの時はそんなことには気付いていなかった。色々あって、ミレウスが生まれて……私たちは人間の街で暮らしていたんだ。
だが、その鍵のことを嗅ぎつけたエルフがいてね。鍵を寄越せと言うだけならよかったんだが、所有権を移譲しろと言ってきた」
「でも、相手は古代文明の遺産。所有権の移譲方法なんて、そのエルフを含めて誰も知らなかったの。……一つの方法を除いてね」
ようやく落ち着いたのか、アリーシャが昔話に参加してくる。
「つまり、所有者の死亡ということか?」
そう問いかけると、彼女は小さく頷いた。
「それで、強硬手段に出たエルフたちを片っ端から返り討ちにしてやったんだが……全然諦めなくてね。私たちに敵わないと知ると、今度は周りに手を出すようになった。ひどい時は共有の井戸に毒を放り込んだりな」
その言葉に俺はげんなりした。またもやエルフのイメージが悪くなりそうだ。
「だから、私たちは身を隠すことにしたの。けれど、奴らはしつこくて、どこに逃げても追ってきたわ。そのうち、無理な逃避行に付き合わせていたミレウスの体調がどんどん悪くなっていって……」
「当時、ミレウスはまだ三歳だった。このままでは近いうちにミレウスが倒れる。そう思った私は、アリーシャを囮にして別行動をとった。信頼できる仲間にお前をこっそり預けたんだ」
それが親父だったのか。十年前、ユーゼフを含めた五人で囲んでいた食卓がふと脳裏をよぎる。
「そして、その後だ。一向に諦めない追手に業を煮やした私は、逆に殴り込むことにした。このフォルヘイムにね」
「へえ……よく生きてたな」
俺は思わず声を上げた。自分たちを狙ってくる種族の巣窟に、自分から乗り込んでいったわけだ。なかなかできることではない。
「どんな集団も、一枚岩ということはないからな。そこを利用させてもらった」
「私は、もともとフォルヘイムの出身だったのよ。だから、私たちに味方をしてくれそうな派閥と手を組んだの」
「それって、ヴェイナードの派閥か?」
ハーフエルフに手を貸してくれる派閥がそうあるとは思えないからな。そう口を挟むと、二人は一瞬きょとんとした表情を浮かべた。
「そういうことになるかしら。ヴェイナードさんはレイオット様のお子さんだものね」
「レイオット……」
その名前を記憶に刻んでおく。その人物がヴェイナードの親であり、派閥を率いているエルフなのだろう。
「そして、私たちを狙ってきた派閥と話をした結果、鍵の所有権は諦めるから、古代遺跡を起動させろと言ってきたんだ」
「どこの古代遺跡かは分かってたのか?」
「ああ。さっき森喰らいと戦っただろう? あの森の中だ」
「それはまた……」
俺はつい肩をすくめてしまう。対エルフの結界の中に遺跡があったとは、鍵を求めていたエルフとしても複雑な気分だろう。
「そして、奴らの求めに応じて遺跡を起動させたんだが……厄介なことが起きてね。原因ははっきりしないが、その直後から森喰らいがやたらと強くなってしまった」
「森喰らいが……?」
先ほど戦った魔物の名前を耳にして、俺は目を瞬かせた。
「ええ。森喰らい自体は昔からいたけれど、そのほとんどが小型種で、中型種を見かけることは稀だったの。だから、それまでは大した脅威じゃなかったわ」
「それがやたらと強くなった上に、中型種どころか大型種まで発生して、なかなかの大事件だったんだ。特に最初の襲撃ではかなりの数が犠牲になってね。それで……」
そう言ってから、セインは気まずそうにポリポリと頭を掻く。顔はまったく似ていないのに、その仕草は親父と似ていて、なんとも複雑な気分だった。
「結界のせいもあって、大型種とまともに戦えるのが私だけでね。私が抜けると、この区域でまた盛大に死人が出る。どこぞの派閥主導とは言え、私たちにも原因の一端があるからな……」
なるほど、それで迎えに来られなかったのか。悩んでいたわけではないが、長年の疑問が解消されたことで、俺はなんだかすっきりした気分だった。
当時の俺がどう思っていたかは思い出せないが、今の俺としては、彼らに事情があったことは理解できる。
そして、俺の疑問の焦点は現在へと戻ってきた。
「シルヴィが帝都に来たときに、二人を助けてほしいって言ってたが……それは森喰らいの事情のことなのか?」
つまり、森喰らいを全滅させるなり、強化された大元の理由を絶つなりしたいということだろうか。だが……。
「大抵のことなら……ええと、そっちの剣一本で解決できそうだけど」
言いよどんだのは、セインをなんと呼べばいいのか悩んだからだ。親父に預けられた理由に納得したとはいえ、さすがに父とは呼びにくい。
「ミレウス、気を遣わなくていい。これだけ長い間放置しておいて、父と呼ばれる資格はないからな。好きに呼んでくれ」
そして、セインはそんな逡巡に気付いていたようだった。
「じゃあ……セインさん、でいいかな」
「もちろんだ。……で、応援を頼んだ理由だったな。そもそも、私がイグナートに応援を頼んだのは――」
言いかけて、セインの表情が曇る。その理由は俺にも分かった。
「一応、シルヴィから聞いたが……イグナートは本当に死んだのか……?」
「……ああ」
言葉少なに頷くと、セインは静かに目を閉じた。戦友の冥福を祈っているのだろうか。微動だにしない様子は、親父の死を知った時のダグラスさんを思い出させた。
「古竜の呪いを受けていたとはいえ、殺しても死なないような奴だったが……」
「呪いのことを知ってるのか?」
俺が親父の死の直前まで知らなかったことを、セインが知っていることに驚く。
「私たちが冒険者パーティーを解散した理由だからな。古竜と戦って、とどめを刺したイグナートに、古竜が自分の死を代償にした呪いをかけたんだが……」
そう語るセインは遠い目をしていた。
「パーティーメンバーの一人が、その呪いの大半を自分のほうへ引き寄せてな。結果として、エルメスは死んで、イグナートは生き残った」
エルメスという名は初耳だが、亡くなったパーティーメンバーの名前なのだろう。問いかけることはせず、黙ってセインの言葉を聞く。
「そもそも、古竜の呪いを闘気で抑え込むなんて無茶をしでかす奴だからな。正直に言えば、死んだと言われても実感できないよ。……死因は呪いか?」
「最終的にはそうだが……」
そして、俺は襲撃事件の一部始終をかいつまんで語る。それでも長い話になったが、誰も口を挟まなかった。
「そうか……あいつに返しきれない借りを作ってしまったな」
「シルヴィはともかく、セイン……さんも知らなかったのか?」
「ここにいると、外の情報がさっぱり入ってこないからな……まさか、エルフがそんな襲撃事件をやらかしていたとは」
俺の呼称に小さく笑いながらも、セインは頷いた。そして、とある方向を睨みつける。
「……あの時に潰しておくべきだったか」
セインから怒気が立ち昇る。あの時とは、彼らがこの国に殴り込んだ時のことだろうか。
「お父さん、怖いよぅ」
そんなセインを我に帰したのはシルヴィだった。彼女の声を聞いたセインは、怒気をさっと霧散させた。
「おっと、悪かった。ところで、イグナートに応援を頼んだ理由だったな」
そして、ごまかすように話題を変える。
「最近、森喰らいの活動が活発でな。今まで現れたことのなかった変異種が姿を見せた」
「変異種?」
「ああ。変異種と呼んでいるが、おそらく群れのボス格だ。私は遭遇したことがないが、大型種よりも巨大で、厄介な能力を持っている。古竜がいなくなったことで、勢力を伸ばし始めたんだろうな」
「ん……?」
その言葉を聞いた俺は首を傾げた。どうして古竜という単語が出てきたのだろうか。そう尋ねると、セインはこともなげに答えた。
「一年くらい前までは、エルフたちが操っている古竜がフォルヘイムにいてね。たまに結界の森で暴れたりもしていたんだ」
「それは、森喰らいを狩るために?」
「まさか。純種のエルフからすれば、この区域の住人は森喰らいに間引かれたほうがいいとすら思っているはずだ。
あの古竜が暴れていた理由は知らないが、私には鬱憤を晴らしているように見えたな。エルフにこき使われるなんて、偉大な竜として我慢ならなかったのではないかな」
「――けど、その古竜も一年近く姿を見せていないの。古竜はもう一頭いるはずだけど、そっちも長らく姿を見ていないし……それで、森喰らいが活発化したのよ」
なるほど、そう繋がるのか。納得した俺だったが、それはつまり……。
「俺たちのせいで、森喰らいが活発化したのか……?」
古竜なんて存在がそういるはずはない。そしてヴェイナードは言っていた。『極光の騎士』が古竜を倒したことで、エルフの主流派閥は弱体化したと。
「それはどういう意味だ?」
不思議そうに尋ねるセインに、今度は古竜が帝都を襲った事件を説明する。その過程で避けることもできず、俺が古代鎧の主人であること、そして『極光の騎士』という名で剣闘士をしていたことを明かすと、二人は目を丸くして驚いていた。
「ミレウスが古代鎧の主人だというのか……!?」
「本当に!?」
二人は信じられない、というように顔を見合わせる。エルフ族の古代鎧に対する価値観を知っていれば、そうなるのも当然だろう。
「本当なんだよ! わたし、お兄ちゃんの古代鎧を見せてもらったもん!」
そこへシルヴィが口を挟み、俺の言葉が真実であることを証言する。娘の顔を見た後、二人は再び顔を見合わせた。
「シルヴィがそう言うなら、間違いはないだろうが……」
「だって……古代鎧よ……?」
そして再び沈黙した二人だったが、そのうちの一人。セインが突然笑い出した。初めは無音で身体を揺すっていただけだったが、そのうち大きな笑い声へ変わっていく。
「お、お父さん?」
シルヴィが驚いた様子で声をかけたことで、セインはようやく笑うことをやめた。だが、その顔は相変わらず笑顔だった。
「よりによって、私たちの息子が古代鎧の主人になるとは……人生何が起きるか分からないものだ。……剣を教えたのはイグナートか?」
「ああ」
頷きを返すと、セインは嬉しそうに頷いた。
「そうだろうな。普通に鍛えただけでは、あの身のこなしは会得できまい。クォーターエルフのミレウスが、あの結界内で大型種と互角以上に戦っていたんだからな」
「ミレウスはそんなに強いの!? ……その、私の血を引いているのに」
問いかけたのはアリーシャだ。その言葉が意味しているところは、筋肉がつきにくいエルフ族の体質のことだろう。
「お兄ちゃんはとっても強いんだよ! 旅の間も、悪いやつをたくさんやっつけたんだから!」
シルヴィが大げさな身振りを交えて回答してくれる。だが、エルフ族の体質を熟知している彼女には、それでも信じがたいようだった。
「でも……今は古代鎧は起動していないのよね?」
「だから、仲間に筋力強化で強化してもらってるんだ。俺単独の力じゃ、せいぜい二流剣士どまりだから」
その言葉に、アリーシャは複雑そうな表情を浮かべた。責められたと思っているのだろうか。とは言え、言葉を選んでも事実は事実だ。
「仲間……ああ、あのレディたちか」
「え? 他に女の子がいるの?」
セインの呟きにアリーシャが反応する。すると、セインがこちらを見てニヤリと笑った。なんだか嫌な予感がするな。
「妖艶な美人と清楚な美少女の二人組だったよ。私に似て、ミレウスも隅に置けないな」
「なんですって!?」
セインの返事を聞いて、アリーシャの目が輝いた。
「その二人とはどういう関係なの? 私も一目見てみたいわ……!」
「一人はうちの闘技場の剣闘士で、もう一人は救護神官だ。旅の話をしたら同行を申し出てくれたんだ」
「ふむ、仕事仲間か。それはそれで……」
俺の答えを聞いて、セインは意味ありげな表情を浮かべる。
「ただの仕事仲間が、何カ月もかかるような旅に付き合ってくれるかしら。ねえ、シルヴィ。二人はどんな女性なの?」
そして、意外とアリーシャが話に乗り気なようだった。俺があまり答えないと察するなり、標的を妹へ変更する。……というか、突然元気になったな。エレナ母さんとこの手の話をしたことはなかったが、ヴィンフリーデはこんなやり取りをしていたのだろうか。
「アリーシャ、その辺にしておこう。根掘り葉掘り聞けるほど、私たちは信頼関係を築けていないのだからな」
「あ……ごめんなさい」
再びアリーシャがしゅんとする。この変な空気を変えようと、俺は話題を逸らした。
「ところで、親父を呼ぼうとしたのは森喰らいが勢力を伸ばしたからだよな? なら強化の大元になった遺跡を潰せばいいんじゃないのか?」
露骨な話題転換だが、話を本筋に戻しただけだ。誰も文句は言わなかった。
「駄目だよぅ! そんなことしたら研究所がなくなっちゃうよー!」
だが、話題転換に対してではなく、その内容について文句が出た。シルヴィだ。言葉の意味が分からず、俺は首を捻る。
「研究所……?」
「私が起動させた遺跡は、魔工技術に関係する施設だったのよ。そのおかげで、魔工技師のレベルが飛躍的に向上したわ」
それを聞いて納得する。シルヴィは魔工技師なのだから、知識の源泉にして見本市でもある遺跡を破壊することには否定的だろう。
「そして、面倒な話だが……結界内にその遺跡があるおかげで、魔工技術については混血種のいるこの区域が一番進んでいる。そして、それは純種のエルフに対する優位点でもあるんだ」
「そういうことか……」
迫害を受けている混血種にとって、魔工技術は希望でもあるのだろう。社会的・政治的事情も絡んでいるとなれば、迂闊に破壊するわけにはいかないか。
「だから、イグナートと一緒に変異種を討伐しようと思ったわけだ。さすがに私一人では手に余るからな」
そして、セインは椅子の背にもたれかかる。これで話は一区切りということだろう。そんな雰囲気を感じたのか、隣のシルヴィが俺の袖を引く。
「お兄ちゃん、今日はここに泊まるんだよね?」
「え? いや……ヴェイナードとの打ち合わせも途中だしな」
そう答えると、シルヴィの顔がさっと曇った。本当に分かりやすい妹だ。まあ、それは長所でもあるし、好感は持てるんだけど。
「古代鎧の授与ともなれば、すんなり通るとは思えない。打ち合わせは重要だろうな」
「そうね……あの人たちが素直に認めるとは思えないわ」
俺をフォローするようにセインが口を開き、アリーシャもそれに続く。
「えー! つまんないー! せっかくお兄ちゃんが帰ってきたのに……」
「シルヴィ。ミレウスは重要な局面を迎えているんだ。今はそれに集中させてやろう」
「……うん、分かった」
セインの説得を受けて、シルヴィは俺の袖から手を離す。……と思ったら、さっきより強い力でもう一度袖を引っ張った。
「でも、それが終わったら一緒に寝ようね!」
そして笑顔を見せる。彼らの家を出るまでには、もう少し時間が必要だった。