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支配人 Ⅲ

「ミレウスには、こっちの服のほうが似合うんじゃない?」


「うーん……なんだか落ち着かない」


 僕は首を横に振って、ヴィンフリーデが差し出した細いシャツを却下する。すると、ヴィンフリーデは分かりやすく唇を尖らせた。


「えー……だって、ミレウスには絶対こっちのほうが似合うもん」


「僕はあっちのほうが……」


「あの袖がほとんどないやつ? あれは、お父さんみたいな太い腕じゃないと似合わないよ?」


 僕が指差した服を見たヴィンフリーデは、まじまじとこちらを見た。


 ここは、うちがたまに買い物に行く服屋だ。新しい服を買うことがあまりないせいか、誰かの服を買いに行く時は、みんなで出かけることが多い。今は親父がいないけど、後で合流することになっていた。


「でも、その服はすぐに破れそうだし」


「稽古以外の時に着ればいいでしょ? ほら、闘技場に行く時とか」


「闘技場に戦いにくい服で行くのは……」


 僕が渋っている間にも、ヴィンフリーデは次々と服を持ってくる。今日は僕の服を買うためにお店に来たんだから、別におかしいことはないんだけど、ヴィンフリーデは僕の服選びを楽しんでいるようだった。……たまに変なものが混ざるのはいつものことだ。


「あ! あっちのも気になる!」


 興味を引いた服があったのか、ヴィンフリーデはバタバタと走っていく。服屋へ来た時に限らず、ヴィンフリーデはとても元気だ。

 外見はエレナ母さんに似ているけど、性格は親父に似てるんじゃないかな。気になったことに突っ走っていくから、フォローはちょっと大変だ。


 ……ほら、なんだか変な被り物を持ってきた。目をキラキラさせてるけど、どうやって断ろう。


 そう悩んでいると、ぬっと伸びてきた手が怪しい被り物を取り上げた。親父だ。いったいいつの間にお店に入ってきたんだろう。

親父は被り物を目の高さまで持ってくると、しげしげと見つめた。


「……ヴィー、こりゃなんだ?」


「分からないけど面白そう!」


 突然登場した親父に驚くこともなく、ヴィンフリーデは笑顔を見せる。


「おお、たしかにな」


 ヴィンフリーデの言葉に頷くと、親父は被り物を頭に乗せた。……けど、頭が入らなかったみたいで、くしゃくしゃになった布がちょこんと頭に乗っている。

 その様子を見て、僕とヴィンフリーデは同時に噴き出した。少し遅れて、親父も一緒に笑い始める。


「まあ、三人とも賑やかねえ」


 声を聞きつけたのか、お店の人と話していたエレナ母さんがこっちへ来る。そして、僕の背中を優しく叩いた。


「ミレウス、自分の好きなものを選べばいいのよ?」


「……あれでもいいの?」


「も、もちろんよ」


 ヴィンフリーデに却下された服をもう一度指差すと、エレナ母さんの表情が少しだけ固まった。……やっぱりやめておこうかな。


「なんでも気にせず買えって! ミレウスのおかげで懐に余裕ができてきたことだしな!」


 そんなことを考えていると、親父がバンッと背中を叩いた。


 僕が闘技場のことに口を出すようになって、そろそろ半年が経つ。色んなことを提案したし、却下されたものも多いけれど、僕は闘技場の役に立てたようだった。


 中でも、特に効果的だったのは大きな闘技場との交流試合だろうか。大きな闘技場でいい勝負をしたうちの剣闘士たちのおかげで、お客さんは順調に増えていった。


 それに、やっぱり『闘神インカーネーション』の名前は凄かったみたいで、「あの『闘神インカーネーション』が支配人をやっている闘技場」という話題性もいい方向に働いてくれた。


 元々は、大きな闘技場が「『闘神インカーネーション』の名前を使って話題性を作る」ことを交流試合の条件にしていたことが始まりなんだけど、一度広まった噂はなくならないもんね。


「ところでよ! ビッグニュースだぜ!」


 と、突然僕たちに向かって手を広げると、親父は満面の笑みを浮かべた。今日親父が別行動をとった理由は知っている。となれば、理由は一つだ。


「うちの闘技場のランク、二十四位だったぞ!」


 闘技場ランキング。小さなものを入れると百個くらいある闘技場には、毎年ランキングが付けられている。

 上位の闘技場は称号や補助金がもらえるらしいんだけど、それは本当に大きな闘技場ばかりだ。


 そして、そんな闘技場ランキングの発表日が今日だったのだ。


「あら、凄いじゃない! 前が四十三位だったから……二十位近く上がったの?」


 いつも穏やかなエレナ母さんが、珍しく大きな声を上げた。そのことが余計に親父を上機嫌にさせたのか、親父はエレナ母さんを両手で抱き上げた。


「きゃっ!?」


 店内で掲げられる格好になったエレナ母さんは、恥ずかしそうに足をジタバタさせる。けれど、それくらいじゃ親父はビクともしなかった。


「半年で二十四位だぜ!? こりゃ十位以内も見えてきたな!」


親父は嬉しそうに笑う。闘技場に名前を付けられる順位まではまだ遠いけど、今回のランキングは明るいニュースだった。


「わ、分かったから下ろして!」


 そんなやり取りに、最初は驚いていた周りの人たちが笑い声を上げる。親父は存在感があるから、名前を知っている人もいるだろう。


「あー! 次はわたしの番!」


 エレナ母さんが羨ましかったのか、ヴィンフリーデが両手を上げて順番を待つ。その仕草に、また笑い声が上がった。




 ◆◆◆




【『闘神インカーネーション』イグナート・クロイク】




「子供?」


「ええ、ミレウス君と同じくらいの年齢の男の子です」


 スタッフの報告を受けて、イグナートは首を傾げた。闘技場の支配人である自分を訪ねてくる人間は珍しくないが、それは相手が大人の場合だ。


 ミレウスと同年齢ということは、まだ九歳前後だろう。そんな年齢の子供が、自分に会いたがる理由が分からなかった。


「ちょうど手が空いたところだし、会ってみるか?」


 問いかけた相手は、ここ一年ほどイグナートの仕事を補佐しているミレウスだ。


 よほど適性があったのか、ミレウスは闘技場の運営で大人顔負けの働きをこなしていた。子供ならではの様々な発想はイグナートたちには真似できないものだったし、事務処理能力が高いことも判明した。


 家では何も教えていないことを考えると、まさに才能なのだろう。剣の師匠としてミレウスに教えることは多々あるが、闘技場の経営者としてはミレウスに学ぶことも少なくなかった。


「うん、気になる」


「よし、決まりだ。今はエントランスにいるんだよな? なら、こっちから会いに行くとするか」


 イグナートは椅子から立ち上がると、愛剣を背中に吊るした。一拍遅れて、ミレウスも自分の剣を手に取る。

 二人は無言で頷き合うと、支配人室を後にした。試合がない日のため、二人の足音が廊下に大きく反響する。


 やがて、エントランスに辿り着いた二人が目にしたのは金髪の少年だった。


 報告通り、年齢はミレウスと同程度だろう。驚くほど綺麗な顔立ちをしており、将来、女性の間で人気になることは間違いないと思われた。それどころか、今の時点でも大人気になるだろう。


 だが、イグナートが注目したのは別の部分だった。


「ほう……お前、かなり鍛錬を積んでるな」


 イグナートは断言する。少年の身のこなしは、一般的な少年とは一線を画していた。幼い頃から修練を積んでいなければ、この年齢で身に着けることはできない動きだ。


 イグナートの言葉を受けて、少年は嬉しそうに頷く。


「はい! あの、僕はユーゼフ・ロマイヤーと言います」


 イグナートの眉がピクリと動く。ロマイヤーという家名には思い当たりがあったからだ。優秀な軍人を多く輩出する名家であり、軍人のみならず、強さを求めて放浪する者や、傭兵として名を挙げた者も少なくない。


 イグナート自身、ロマイヤー家の人間と手合わせをした記憶もある。そんな家風の中で育ったのなら、その身のこなしにも納得がいった。


「それで……なんの用だ?」


 だが、彼の素性が分かったところで、イグナートを訪ねてきた理由は不明のままだ。戦いを挑みに来たのかと思ったが、年齢的に考えにくい。


 イグナートの問いかけに、ユーゼフと名乗った少年は緊張した面持ちで背筋を伸ばす。そして、イグナートを真っすぐ見つめて口を開いた。


「僕を、弟子にしてください!」


「は?」


 予想外の申し出を受けて、イグナートは驚きの声を上げた。


「僕は最高の剣闘士になると決めました。そして、誰に師事すればいいか考え抜いた結果です」


 その言葉にイグナートは納得した。たしかに、ロマイヤー家の人間であれば、そういう考え方もあり得るだろう。だが……。


「なら、今のランキング一位に弟子入りすりゃいいんじゃねえか?」


「現役剣闘士はあまり弟子を取りませんし、今の剣闘士ランキングは上位の三人の間で優劣がつきません。その点、イグナートさんは他の剣闘士とは隔絶した強さを誇っていたと聞きました」


 ユーゼフは即座に理由を答える。その迷いのない口調は、この人選が彼なりに考え抜いた末の結論であることを確信させた。


「つってもよ、俺が剣闘士をやってたのはお前さんが生まれるより前の話だぜ? ろくに俺のことを知らねえで、よく弟子入りなんて考えたもんだな」


 それは皮肉ではなく、イグナートの本心だった。彼が闘技場の覇者であったことは事実だが、噂はどんどん一人歩きしていくものだ。

 それに、強さは本物でも、人を指導することが苦手な戦士は少なくない。ロマイヤー家の人間であれば、それくらいは分かりそうなものだ。


「叔父に教えてもらいました。『粗野に見えるかもしれぬが、師事するに値する男』だと」


「叔父? ひょっとして……」


「はい、グライン・ロマイヤーと言います。昔、イグナートさんと戦ったことがあると言っていました」


「やっぱりあいつか」


 その名前には聞き覚えがある。諸国を放浪して、強い戦士に戦いを挑んでいた武芸者だ。彼との戦いはイグナートの勝利に終わったが、彼の人生で十指に入る強者として記憶に残っている。


 どこをどう見込まれたのか分からないが、向こうもイグナートのことを忘れてはいなかったということだ。


「親父、どうするの?」


 過去の記憶を掘り返していると、ミレウスが興味津々といった様子で聞いてくる。


「うーむ……」


 イグナートは考え込んだ。この少年が自分を騙そうとしている可能性は低い。ロマイヤー家は有名なため、少年が本当にその一族かどうかは、問い合わせればすぐに分かることだ。


 となると、闘技場の権利を狙って、ということも考えにくい。ロマイヤー家は自前で闘技場を作るくらいの力があるのだから、わざわざこの中途半端な規模の闘技場に目をつける理由がない。


「……こういう時は、剣に聞くのが一番だな」


 考えた末、イグナートはそう結論を出した。そして、隣のミレウスに視線をやる。


「ミレウス、身体の調子はどうだ」


「いつも通りだよ。僕とユーゼフ君で試合をするの?」


 相変わらず察しのいい子だ。そう思いながら、イグナートはミレウスに頷いてみせた。そして、次にユーゼフに向き直る。


「ご子息と戦って勝てば、弟子入りを認めてもらえるのですか?」


 ユーゼフは期待に満ちた目でイグナートを見上げた。だが、彼は首を横に振った。


「勝ち負けは関係ねえ。ミレウスとの戦いで、色々確認させてもらうぜ」


 その言葉に、少年二人は同時に頷いた。




 ◆◆◆




 闘技場の地下には、限られた人間しか存在を知らない練習場がある。その用途は様々だが、そのうちの一つに「公にはできない試合」というものがあった。


 その練習場で準備をしている二人を見ながら、イグナートは物思いに耽っていた。


 考えているのはミレウスのことだ。剣の稽古をするようになったのは二年ほど前だが、その成長ぶりは著しいと言える。


 ミレウスの最大の長所は動体視力だろう。イグナートが軽く本気を出した時も、目だけは彼を捉えていて、イグナートを大いに驚かせたものだ。

 また、フェイント等の見極めも的確で、相手の行動予測もかなりの精度だ。身体の成長が追いついていない今はともかく、将来は優秀な剣士になるだろう。


 場合によっては、ミレウスが『闘神インカーネーション』の名を受け継ぐかもしれない。そう考えるほどに、イグナートはミレウスの成長を楽しみにしていた。


 そして一方、ユーゼフだ。ロマイヤー家の名声は短期間で形成されたものではない。それはつまり、彼らが遺伝子レベルで優秀であり、かつ適切な修練の方法を確立しているということだ。そのロマイヤー家で育ったユーゼフが弱いはずはなかった。


 準備のできた二人は、練習用の試合の間(リング)で向かい合った。その瞬間、二人から小さな驚きが伝わってくる。相手の技量が並外れていることを直感したのだろう。それが分かる時点で、二人の非凡さは明らかだった。


「初め!」


 イグナートの合図と同時に二人が動き出す。踏み出したのはユーゼフで、その場で腰を落としたのはミレウスだ。


 ユーゼフが繰り出した剣を受け流すと、ミレウスは相手の側面に回り込む。攻撃を受け流され、体勢が崩れることを狙ったものだ。


「っ!」


 だが、ユーゼフは剣を打ち合わせた瞬間、即座に力の流れを切り替えたようだった。受け流されることを悟り、次の動きに移ったのだろう。

 回り込んできたミレウスの剣撃を避けると、ユーゼフはカウンター気味に剣を下から振り上げる。

 しかし、今度はミレウスが身を捻って攻撃を避け、剣を振り上げて伸びきったユーゼフの胴に突きを入れた。


「ふっ!」


 すると、ユーゼフは超人的な反応速度で振り上げていた剣を振り下ろす。ガキン、という音とともに二人の剣が打ち合わされた。


「やるじゃねえか……」


 その戦いぶりを見て、イグナートはつい声を上げた。それはミレウスに対する賛辞であり、ユーゼフに対する賛辞でもあった。


 ユーゼフの能力は、イグナートの見立てをさらに上回っていた。筋力はもちろん、身体のバネの使い方や剣の重心の扱い方まで申し分ない。

 最初の一撃を受け流されると悟り、即座に力の流れを変えた技術と反応速度は見事の一言で、練達の剣闘士を思わせた。


 そして、その攻撃を上手く捌き、隙を突いてカウンターを入るミレウスの技量もまた、イグナートを満足させるものだった。

 身体能力ではユーゼフに軍配が上がるだろうが、二人は今も互角の戦いを繰り広げている。それはつまり、ミレウスの技量や勘がそれだけ優れているということだ。


 そして、幾度の攻防が繰り広げられただろうか。二人の戦いをじっと見ていたイグナートは、はっと我に返った。


「それまで!」


 合図を受けて、二人の動きが止まった。両者とも肩で息をしており、汗がボタボタとこぼれ落ちる。


「……いい戦いを見せてもらった」


 それは労いの言葉ではなく、本心からの言葉だった。イグナートは二人の戦いに夢中になっていたせいで、戦いを止めることを忘れていたのだから。


「ありがとうございます!」


 少年たちの顔に笑みが浮かぶ。イグナートは二人をねぎらうと、困った表情でユーゼフに向き直った。


「本当はよ、弟子にするつもりはなくて、ミレウスにいい経験をさせてやりたいと思ってたんだ」


「親父……」


 その言葉に反応したのはミレウスだ。そして、当のユーゼフは平然としていた。


「僕も人と戦える機会は逃さないようにしていましたから、よく分かります。それに、ミレウス君という好敵手と戦えただけでも収穫はありました」


 ユーゼフは爽やかに答える。だが、イグナートは見抜いていた。彼の端正な顔や爽やかな言葉の奥底には、戦いに対する激しい情熱が渦巻いている。それこそは、剣闘士が高みに至るために最も重要なものだった。


「……なんだけどよ」


 イグナートは苦笑を浮かべると、ユーゼフの肩に手を置いた。


「正直言って、ミレウスと張り合える同年代がいるとは思わなかった。お前はいい剣闘士になれる」


 イグナートは先程の戦いを思い浮かべる。今は二人とも発展途上だが、成長した二人の試合は、目の肥えた観客をも夢中にさせるだろう。それは確信だった。

 そんな二人を自分の手で育てて、自分の闘技場で戦わせてみたいという思いが膨らんでいく。


「親父はユーゼフ君を鍛えて、うちの剣闘士にしたいと思ってるんでしょ? もしユーゼフ君と一緒にトレーニングができるなら、僕は嬉しいな」


 イグナートを後押しするようにミレウスが口を開いた。それは剣闘士を目指すミレウスの本心であり、支配人補佐を務めるミレウスの本心でもあるのだろう。


 息子の後押しを受けて、イグナートは大きく頷いた。


「ユーゼフ、弟子にする条件は一つだけだ」


「は、はい! どんなことでも頑張ります!」


 期待と緊張が入り混じった表情で、ユーゼフは背筋をピンと伸ばした。


「将来、うちの闘技場に所属する剣闘士として戦えるか? ……ああ、パトロンの支援を受けるのは自由だ」


 所属する闘技場を決める。それは剣闘士にとって非常に重要なことであり、それを縛ろうというイグナートの言葉は、身勝手と言われかねないものだ。

 だが、二人の弟子が看板剣闘士となり、自分の闘技場が人と熱気に満ちた帝国一の闘技場になる日を、イグナートは夢想せずにいられなかった。


「えっと……元からそのつもりです」


 対して、ユーゼフは不思議そうに答えを返した。イグナートが闘技場の支配人だという時点で、そこまで考えていたらしい。


「よし、決まりだな!」


 ならばなんの問題もないと、イグナートは明るい声を上げた。そして、練習用に刃引きされた剣を二人から回収しようとする。


 だが、手を出したユーゼフは少しためらった後、真剣な目でイグナートを見上げた。


「あの……もし可能なら、イグナートさんにもお相手をお願いできませんか……?」


「ん? 俺か?」


 ユーゼフは真面目な顔で頷く。彼は自分の人生を賭けてやってきたのだ。師となる人間の実力を確かめたいという気持ちはよく分かった。


 イグナートが剣闘士として復帰しないのは、冒険者時代に負った傷のせいで万全ではないからだ。だが、それでも現在の剣闘士ランキング一位と互角以上に戦える自信はある。


 それをしないのは、かつての名声が惜しいからではなく、『闘神インカーネーション』と呼ばれた最強の剣闘士との戦いを期待し試合の間(リング)に上がった相手に対して、失礼だと考えていたからだ。


 だが、相手が弟子となれば話は別だ。


「よっしゃ、今日は特別大サービスだぞ。……ミレウス、お前もだ。なんなら二人がかりでも構わねえ」


 宣言すると、壁に立て掛けてあった剣を手に取る。それは愛剣とほぼ同じサイズであり、イグナートが最も使い慣れた練習用の剣でもあった。


「来いよ、どっちからでも構わねえぞ」


 イグナートの手招きに応えて、まずユーゼフが試合の間(リング)に上がる。その表情は輝いており、イグナートは自分の見立てが間違っていないことを確信した。


「よし、始めるか」


 ――力尽きた少年二人が練習場に転がるまで、時間はそうかからなかった。



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