来訪者Ⅴ
「えぇっ!? お兄ちゃんも一緒に帰るの!? わーい!」
「俺は帰るんじゃなくて、訪れるだけだけどな」
シルヴィの明るい声が家に響く。彼女がこの家に泊まるようになって十日ほど経つが、相変わらず妹は賑やかだ。当初は生き別れの兄と出会って一時的にテンションが高いのだと思っていたが、どうやら素でこんなノリらしい。
「それでも嬉しいもん! お父さんとお母さんも喜ぶと思う!」
「そうか……」
正直に言えば、別に両親に会いたいとは思っていない。俺がフォルヘイムを訪れる目的は古代鎧の復活であって、顔も知らない両親のことではない。
「でも、どうして? 闘技場はいいの?」
シルヴィは首を傾げた。この十日ほどで、彼女はすっかり闘技場に馴染んでいた。街の観光の合間にちょくちょく第二十八闘技場へ来ていたのだ。
魔工技師という職業柄か、闘技場の地下にある種々のギミックに興味があるようで、第二十八闘技場での滞在時間の大半はそこにいるのだが、彼女の人懐っこさのおかげか、技術スタッフにもかわいがられているようだった。
「闘技場にも関係する重大な用事なんだ」
「そうなんだ……でもよかった!」
シルヴィは満面の笑顔だった。そして、上機嫌な様子で俺を見上げる。
「ねえねえ、どうやって行くの? 混ぜてもらう商隊が見つかったの?」
「この国でフォルヘイムへ行く商隊を見つけるのは難しいからな。自力で行く」
「えっ!?」
シルヴィは目を見張って驚く。だが、すぐに得意げな表情を浮かべた。
「任せて! わたしの魔工銃でお兄ちゃんを守ってあげるからね!」
「お、おう……」
その勢いに押されてつい頷く。どうやら本気らしい。
「まあ、前衛は俺が務めるさ。シルヴィはレティシャと一緒に後ろにいてくれ」
「レティシャ……? 誰だっけ」
「シルヴィがこの街へ来た翌日に、支配人室で会った魔術師だ。ほら、髪が長くて、赤い――」
「あ、分かった! 魔道具をたくさん付けてた綺麗な人だ!」
なるほど、シルヴィにとってはそういう認識なのか。なんであれ、思い出してもらえたなら充分だ。
「でも、どうして一緒に行くの?」
そして不思議そうに問いかけてくる。だが、シルヴィははっと何かに気付いたようだった。
「あ……! ひょっとして、お兄ちゃんの恋人!? だから一緒に来るの!?」
そして、一人で「うわー!」と盛り上がる。……どうしてこんなに楽しそうなんだ。
「違う。道中は危険だからと、同行を申し出てくれたんだ」
「えー……それだけ?」
「それだけだ。……それから、もう一人同行者がいる。ヴェイナード、と言えば分かるな?」
「えっ……」
その名前を聞いた途端、シルヴィの表情が強張った。不必要に焦らせるのも可哀そうなので、早々に種を明かす。
「大丈夫だ。すでにヴェイナードから話は聞いている。フォルヘイムから帝都まで、ユミル商会と一緒に来たんだろう?」
「……うん」
シルヴィはほっとした様子で頷いた。だが、その顔はすぐ疑問に彩られる。
「でも、どうしてお兄ちゃんがヴェイナード様を知ってるの?」
ヴェイナード様。その呼称に違和感を覚えるが、シルヴィが無理をしているようには見えない。彼がそれなりの身分であることは間違いなさそうだな。
「第二十八闘技場の取引先だからな。……まあ、それだけじゃなくなったが」
そして、俺は立ち上がった。
「シルヴィ、付いてきてくれるか? 見せたいものがある」
「? うん、いいよー」
不思議そうな表情を浮かべながらも、シルヴィは俺の後ろを付いてくる。俺は自分の部屋に着くと、旅に備えて闘技場から運び出したものを見せた。
「鎧……? でも、これって!?」
シルヴィの表情が真剣なものに切り替わる。古代鎧を前にして、その真価を悟ったのだろう。さっきまでの天真爛漫な面影はすでになく、そこにあるのは一人の技術者の顔だった。
「……これ、動かしてもいい?」
「壊さないならな。……もう起動回数はゼロだし、動かないだろうが」
俺の返事を聞いたシルヴィは、古代鎧を見つめながら何事かをぶつぶつと呟きはじめる。そうしてどれくらい経っただろうか。一心不乱な様子のシルヴィが気にかかり、俺は思わず声をかけた。
「シルヴィ? どうし――」
と、その瞬間、古代鎧を中心としてぶわっと大量の魔法陣が浮かび上がった。
「これは……!?」
部屋中を埋め尽くす魔法陣を前にして、俺は唖然としていた。古代鎧を使っていた数年間で、こんな光景は一度も見たことがない。
「うそ……信じられない」
そして、唖然としているのはシルヴィも同じようだった。眼前に展開された魔法陣の数々を見つめていた彼女は、小さく身体を震わせた。
「どうして……どうして、お兄ちゃんが古代鎧を持ってるの!?」
「どうして、って言われてもな……近くの森で見つけたんだ」
そして、この鎧が古代鎧だということは、彼女にとっては確定事項らしい。さすが魔工技師ということだろうか。
「え……」
お手軽な回答に驚いたのか、シルヴィは何度も俺と古代鎧の間で視線を彷徨わせる。
「でも……これって古代鎧だよ!? 三千年前の大戦で失われて、ずっと見つからなかった裏切り者の……」
「裏切り者……?」
その言葉に首を傾げるが、シルヴィには聞こえないようだった。彼女は幾つかの魔法陣を間近で覗き込むと、再びこちらを振り向く。
「ほんとだ。起動回数がゼロになってる……だからフォルヘイムに帰るの?」
「だから、ってどういう意味だ? 起動回数とフォルヘイムに何か関係があるのか?」
質問に質問で返す。すると、シルヴィはきょとんとした様子で口を開いた。
「――だって、古代鎧の起動回数って、王族の承認を受けないと回復しないもん」
◆◆◆
「えへへ……お兄ちゃんとお買い物って楽しいね」
「それは何よりだ」
シルヴィと帝都の街を歩く。と言ってもただの散歩ではない。フォルヘイムまでの長旅に備えて、必要なものを買い出しに来たのだ。
馬車や食料といった基本的なものはヴェイナードが出してくれるらしいが、これまで帝都の外へ出たことがない俺には、旅装が何一つないからだ。
「お兄ちゃん、旅のことならなんでも聞いてね!」
「あ! 旅行に出たら、おみやげを買うんだよね? 何がいいかなー」
はしゃぐシルヴィと色々な店に顔を出す。あまり荷物を増やすわけにはいかないが、最低限の基本装備は整えておきたい。冒険者をしていたレティシャにアドバイスをもらうべきだろうか。
店を出ながら、そんなことを考えていた時だった。通りの向こうから、薄緑色の雛を抱えたマーキス神官が歩いてくる。シンシアだ。
向こうもこっちに気付いたようで、まだ距離があるのにぺこりと頭を下げる。
「こんにちは。お二人でお買い物ですか?」
話ができる距離まで近付いたシンシアは、にっこりと微笑んだ。
「こんにちは! ノアちゃんもこんにちは!」
俺が口を開くよりも早く、シルヴィが挨拶を返す。早くもその目はノアに釘付けだ。
「ピピッ、ピィ!」
返事をしたのか、ノアはぱたぱたと小さな羽を動かす。その仕草がまた心を射抜いたようで、シルヴィはくっつかんばかりにノアに近付いていた。
物怖じしない性格だからか、いつの間にかノアはシルヴィに抱きかかえられていた。
「……すまないな」
「いえ……かわいいですね。弟たちを思い出します」
はしゃぐシルヴィを見て、シンシアは優しく微笑む。そう言えば、彼女はこの街の出身じゃなかったな。
「それに、ミレウスさんも」
「俺が……かわいい……?」
思わず呟くと、シンシアはあたふたとした様子で首を振った。
「あ、そうじゃなくて……その、兄妹って感じがしました。微笑ましいというか、なんというか……」
「微笑ましい……」
成人男性に下される評価として、それはどうなのだろう。とは言え、シンシアの表情からすると好意的な評価なんだろうな。
そんなことを考えていると、彼女はふと俺が出て来た店に目をやった。
「ひょっとして、シルヴィちゃんは帰っちゃうんですか?」
「え? ……ああ、そうなんだ」
俺たちが出て来た店は、雑貨屋の中でも旅人をメインの客層にしているところだ。シンシアも知っていたのだろう。
「そうなんですか……寂しくなりますね」
そして、シンシアは腰をかがめるとシルヴィに視線を合わせた。
「シルヴィちゃん、また来てくださいね。せっかくお兄さんと会えたのに、寂しいでしょうけど……」
「ううん、大丈夫だよ! お兄ちゃんも一緒に来てくれるもん」
「……え?」
シンシアはかがんだまま、俺のほうを振り返った。いつ言おうかと思っていたんだが、ちょうどいいか。
「実はそうなんだ。用事ができて、二、三か月ほど帝都を空けることになる。すまないが、その間闘技場を頼む」
そう伝えてもシンシアに反応はない。驚いた表情のまま固まっていた。だが、やがてゆっくりと口を開く。
「二、三か月も……あの、どちらへ行かれるんですか?」
「えーと……」
俺は口ごもった。シンシアに隠し立てするつもりはないが、ここは人の目もある。頭の中に周辺の地図を描くと、俺は人気の少ない通りに移動した。
「向かう先だが……フォルヘイムなんだ」
「フォルヘイム……!?」
俺の言葉にシンシアははっと息を呑んだ。その様子に俺は首を傾げる。
「……どうかしたか?」
「い、いえ……」
否定しながらも、彼女の表情は憂いを帯びていた。
「それって、シルヴィちゃんを送り届けるためですか? もしそうなら、少し遅らせたほうが……」
シンシアはそこで口ごもるが、俺たちを引き留めようとしているのは明らかだった。その背後を探ろうと、俺はまっすぐ疑問をぶつける。
「シンシア、何を知っているんだ? 神殿絡みか?」
「……!」
「ピュィッ!?」
シンシアは無言で固まった。ノアが鳴き声を上げたのは、シンシアの腕に力がこもっているからだろう。その様子からすると、神殿の機密事項とみてよさそうだな。だが、マーキス神殿とフォルヘイムにどんな関係があるのか。
「すまない、無理に聞き出すつもりはないんだ。……実は、シルヴィを連れて行くだけじゃなくて、俺自身もフォルヘイムに用があってさ。だから少し気になったんだ」
俺は譲れない事情を説明した。もちろん曖昧なレベルだが、これでシンシアが機密を教えてくれるなら儲けものだ。
「ミレウスさんが、フォルヘイムにご用事……?」
だが、シンシアの反応は予想と異なっていた。しばらく考え込んでいた彼女は、不安そうに、だが一歩踏み出して問いかけてくる。
「それって、ヴェイナードさんが関係していますか?」
「!」
その言葉はあまりに唐突であり、俺を驚かせるに充分なものだった。なぜ彼女がそのことを知っているのだろうか。それでも平静を装っていた俺だが、この場にいる関係者は俺だけではなかった。
「えぇっ!? どうしてお姉ちゃんがヴェイナードさ――」
そこでシルヴィは失言に気付いたようだった。彼女は慌てて口を押さえるがもう遅い。その反応は、シンシアのなんらかの疑念を確信に昇華させたようだった。
彼女は周りを見回すと、さらに一歩踏み出す。身体が触れるギリギリの位置まで接近したシンシアは、震える声で囁いた。
「じゃあ……やっぱり、ミレウスさんが『極光の騎士』さん、なんですか……?」
「――!?」
今日のシンシアには何度も驚かされた俺だが、今回の言葉は極めつけだった。いったいなぜ、どこから繋がったのか。そう訝しんでいると、シンシアが口を開いた。
「……実は数か月前に、ヴェイナードさんがマーキス神殿を訪ねてきたんです」
「ヴェイナードが?」
ヴェイナード率いるユミル商会と、シンシアが所属するマーキス神殿。両者に接点はないように思えるが……。
「『極光の騎士』さんの正体は、ミレウスさんだと思わないかって、そう聞かれたんです」
「……そうか」
俺はそう答えるのが精一杯だった。つまり、ヴェイナードは『極光の騎士』の正体を俺だと仮定して、関係の深そうなシンシアに意見を求めたということだろうか。
ひょっとすると、そこで確証を得たからこそ、シルヴィをわざわざフォルヘイムから連れて来たのかもしれないな。
「ヴェイナードさんには、違うと答えたんですけど……でも……」
「俺がヴェイナードとフォルヘイムに行くと聞いて、その時の話を思い出した?」
「はい……その時に、すべてが繋がった気がして……」
シンシアは包み隠さず答えてくれているようだった。……だが、どうにも根拠が弱い。たったそれだけで、そうも思い切れるものだろうか。
「どうして、フォルヘイムとヴェイナードを結び付けたんだ?」
「ヴェイナードさんはハーフエルフだから、です」
「それだけで?」
「はい」
真面目な顔で頷いたシンシアだが、やがて何かを思い出したように口を開く。
「それに、『極光の騎士』さんはフォルヘイムの……」
その言葉を聞いた途端、俺の顔が強張った。『極光の騎士』とフォルヘイム。どうして、彼女がその両者を結び付けることができたのか。
そして、その疑問はシンシアも同じだったらしい。突然、彼女は戸惑ったように俺を見上げた。
「私……どうして、『極光の騎士』さんとフォルヘイムを結び付けたんでしょう……?」
そう告げる彼女には、ごまかそうとしている気配はなかった。シンシアは本気で不思議がっている。それが分かるだけに訳が分からない。
「ミレウスさんが……でも、あれは近衛騎士の……違う……そう、あれは……」
シンシアの表情が、すぅっ、と湖面のように静かで深みのあるものへ変わっていく。まるで自分の内側を覗き込んでいるような風情であり、俺とシルヴィはその様子を黙って見守っていた。
「でも、どこで……? まさか……けど、そんなはず…………だから……? だから、私は……」
思考をまとめているのだろうか。彼女の口からぽつりぽつりと単語がこぼれる。だが、その表情は苦しそうで、これ以上続けるべきだとは思えなかった。
「シンシア、もういい」
そう声をかけるが、彼女は反応しなかった。今度はシンシアの両肩を掴むと、もう一度言い聞かせるように発声する。
「シンシア。もういいから」
「……っ!」
ようやく言葉が届いたようで、シンシアに表情が戻ってくる。肩で息をしているあたりからすると、やはり負担がかかっていたのだろう。
「あの……すみませんでした」
「気にしてないさ。シンシアにはシンシアの事情があって当然だ」
俺は笑顔で答える。本当は気になって仕方がないが、真相究明のために彼女を苦しませることは本意ではない。俺を騙す意図がないのであれば、とりあえずは充分だろう。
そんなことを考えていた俺は、目の前のシンシアが神妙な態度でいることに気付いた。改まってどうしたのだろうか。そう思っていると、彼女はおずおずと口を開く。
「あの……ところで、本当にミレウスさんが……なんですか……?」
そう言えばその話が残っていたな。肝心の『極光の騎士』という単語が聞こえないのは、周りを気遣っているのか、それとも口に出しにくいだけなのか。なんにせよ、聞かなかったことにはできない。
まして、彼女は『極光の騎士』としてパーティーを組んだ数少ない仲間だ。ここで嘘を上塗りする気にはなれなかった。
「……そうだ。騙していて悪かった」
『極光の騎士』の声色で、静かに答える。
「っ……! そのお声……」
シンシアは目を見開いた。おそらく、彼女は『極光の騎士』の声を最もよく聞いている。それだけに理解は早かった。
「そう……だったんですね」
その言葉と同時にシンシアの目が伏せられる。さらに顔を俯かせたせいで、彼女がどんな表情をしているかは分かりようがなかった。
そうして、どれくらい時間が経っただろうか。ようやく顔を上げたシンシアの瞳からは、涙が溢れていた。
「会いたかった……です……」
そして、両手で俺の右手を抱きかかえる。
「『極光の騎士』さんが突然引退して、何も恩返しできないまま置いて行かれて……でも、それは当たり前で……っ」
嗚咽交じりの声で、ぽつぽつと心のうちを告げる。シンシアは、俺が思っていた以上に『極光の騎士』の消滅にショックを受けていたようだった。
「……すまなかった」
謝罪を口にすると、シンシアはぶんぶんと首を横に振った。
「ミレウスさんは、何も悪くないです。悪いのは、何も言えなかった私のほうですから……」
そして、俺の腕を掴んでいる彼女の両手にきゅっと力がこもる。
「ミレウスさん、あの……」
「どうした?」
なおもためらっている様子のシンシアだったが、やがて決意したように俺を見上げる。
「私も……フォルヘイムまでお供させてくれませんか?」
「シンシアを?」
驚いて聞き返すと、シンシアは緊張した顔のまま頷いた。
「私は『極光の騎士』さん……いえ、ミレウスさんに助けられてばっかりで、何も恩返しができてないです」
「そんなことはないが……ほら、あの時支配人室でも話しただろう? シンシアには何度も助けられているし、そもそも一緒に戦った仲間だ。恩義なんて感じる必要はないさ」
そう伝えると、シンシアははっとした様子だった。
「そういえば、あの時もミレウスさんは『仲間』だって、そう言ってくれました……。あの言葉は、推測や慰めじゃなくて――」
その言葉に俺は大きく頷く。
「支配人としての俺だけじゃなくて、『極光の騎士』としての本心でもある。だから、一方的に借りがあるなんて考えなくていい」
「は、はい……!」
再びシンシアの瞳から涙がこぼれる。端から見ると、俺が彼女を泣かせているようにしか見えないのではないだろうか。そんなことを考えている間にも、シンシアは言葉を続ける。
「でも、フォルヘイムまでの道中は危険ですし、私がご一緒できれば、強化魔法も回復魔法も使えますから……」
「申し出は嬉しいが……無理する必要はないぞ。それに、レティシャも一緒に来てくれるらしいから、なんとかなると思う」
「レティシャさんが、ですか……!?」
シンシアはきょとんとした表情で問いかけてくる。
「ああ。万が一に備えて、筋力強化の魔道具を探してほしいと頼んでいたんだが……見つからない代わりに同行してくれるらしい」
「そう、ですか……」
シンシアはなぜか怯んだ様子だった。レティシャが苦手なようには見えなかったが……。だが、やがてその目に力が戻ってくる。
「レティシャさんは凄い方ですし、私じゃ及びもつかないです。……でも、二人よりも三人いたほうが安心ですよね?」
「それはそうかもしれないが……」
シンシアはいつになく雄弁だった。こんなシンシアを見たのは初めてかもしれない。
「フォルヘイムは危険ですから、一人でも味方は多いほうがいいと思います。その……戦いに巻き込まれるかもしれませんから」
「巻き込まれる?」
不穏な言葉に眉をひそめる。俺の行動とは別次元で、フォルヘイムに火種がくすぶっているということだろうか。
「はい……実は、マーキス神殿に従軍の要請があったんです。私にも打診がありました」
しばらく迷っていたようだが、シンシアは秘密を打ち明けることにしたようだった。
「そうなのか!?」
それはまったく予想していない話だった。それなりに情報網は張っているつもりだが、それらしき情報にはまったく心当たりがない。
「人数は少ないですけど、その分魔法に長けた神官を、という話らしくて……」
「シンシアは行かなくても大丈夫なのか?」
なんと言っても彼女は『天神の巫女』として有名な回復魔法の使い手だ。だからこそ打診もされたのだろうが……。
「それが、ガロウド神殿長は私をフォルヘイムに行かせたくないみたいで……」
「まあ、長旅になるからなぁ……」
相槌を打った俺だが、ふと別の問題が頭をよぎる。
「じゃあ、俺に付いてくるのも難しいんじゃないか? フォルヘイムへ行くことに変わりはないぞ」
「あ……」
そこまで考えていなかったのか、シンシアは困り顔で俺を見た。だが、それも数秒のことで、彼女は静かに微笑んだ。
「大丈夫です。ガロウド神殿長は、必ず説得します」
そう宣言するシンシアからは、不思議な力強さが感じられた。彼女たちの力関係は分からないが、必ず許可をもらってくるだろう。そう思わせる強さだった。
「……もう、後悔したくありませんから」