来訪者Ⅲ
第二十八闘技場に出入りしている商会は多い。闘技場が必要とする資材は多岐にわたるためだ。そして当然ながら、食料品関係であればマルガ商会、というように、商会によって得意分野は異なってくる。
そんな特徴的な商会の一つにユミル商会がある。初めは試合の間の石材の取り扱いを主としていたが、むしろ彼らの得意分野は薬品や水薬、そして簡単な魔道具であることが判明し、今ではそちらの仕入れにおいて重要な取引相手となっていた。
「ミレウス支配人。このたびは、商品を大量に購入してくださってありがとうございました」
「こちらこそ、迅速に対応していただいて感謝しています」
そのユミル商会の長であるヴェイナードと、俺は支配人室で向かい合っていた。部屋に緊張感が漂っているのは、彼が「内密の話があります」と秘書のヴィンフリーデすら退室させたためだ。
それに、彼はハーフエルフだ。ユミル商会は、エルフやドワーフなどの亜人の混血種が主となった商会だが、帝国ができた頃から活動している古参商会でもある。
そのため、エルフを敵視している帝国としては珍しく存在を認められているのだ。混血種は純種から蔑まれることも多く、むしろ純種に敵意を持っていることが多いから、そのあたりも原因なのだろう。
だが、俺がエルフ全般に不信感を持っているせいだろうか。彼に対しては、どうしても信頼より警戒感が先に立ってしまうのだった。
「……ところで、先ほどおっしゃった内密のお話とはなんでしょうか?」
そんな警戒感もあって、俺は早々に本題を切り出した。その言葉に対して、銀髪のハーフエルフは慎重な様子で周囲を窺う。わざわざ内密と前置きしただけあって、今日の彼はいつもと少し雰囲気が異なっていた。
そんな中で、彼はついに本題を切り出した。
「――とある魔導鎧について。こう言えばお分かりですね?」
「魔導鎧ですか?」
俺は不思議そうな表情を作り上げる。動揺せずにすんだのは、最初から警戒心を最大に引き上げていたおかげだろう。
「ええ。身に着ければ、一般人ですら破格の戦闘力を得られる伝説級の魔導鎧です」
「そんな素晴らしい魔導鎧があるのですか。ぜひとも拝見してみたいものです」
「おや、そうですか? もう充分ご覧になられていると思っていましたが」
「たしかに、様々な武具防具を目にする機会はありますが……そのどれかが魔導鎧だったのですか?」
あくまで知らない素振りを続ける。だが、ヴェイナードに退くつもりはないようだった。
「ミレウス支配人。探り合いはやめませんか? この話は、私とミレウス支配人双方にとって益のあるものです」
俺の目をまっすぐ見て、ヴェイナードはそう言い切った。その言葉を信じたわけではないが、彼がそこまで言うことは珍しい。そのことに俺は興味を引かれた。
「意味がよく分かりませんが、具体的にはどのようなことでしょうか?」
「――魔導鎧の起動回数の復活」
「……っ!」
思わず目を見開く。この男はどこまで知っているのだろうか。
「クリフは元気にやっていますか? 彼は人工精霊の中でも特にユニークな個体ですから、意外と気難しい面があるのですが」
「……たしかに、よく拗ねますね。気難しいと思ったことはありませんが」
俺は正直に答えることにした。人工精霊の名前がクリフだということは、ユーゼフやレティシャですら知らないはずだ。回数制限の話も考えると、彼は本当にあの魔導鎧のことを知っているのだろう。
「……ヴェイナードさん、あなたは何者ですか? そもそも、なぜ私が魔導鎧を所有していることを知っているのですか?」
「どこにでもいるハーフエルフですよ」
その言葉を受けて、俺はわざとらしく首を傾げてみせた。
「……今さらごまかすことに意味があるとは思えませんが。取引をするつもりなのでしょう?」
そう答えると、ヴェイナードは虚を突かれたようだった。やがて、彼は面白そうに笑う。
「そうでした。つい手持ちのカードを伏せようとするのは悪い癖ですね」
「お気持ちは分かります」
俺もどちらかと言えばそのタイプだからな。そういう意味では親近感もあるのだが、やはり油断できないという意識が先に立つ。
「ミレウス支配人は、あの魔導鎧のことをどこまでご存知ですか?」
「古代魔法文明時代に作られたものだということは知っています」
「それ以外には?」
「さっぱりです。クリフは昔のことを語りたがらないものですから」
「そうですか……私も魔工技師ではありませんから、そこまで詳しいわけではありませんが……」
そう前置いて、ヴェイナードは説明を始めた。
「あの魔導鎧は、古代魔法文明の傑作の一つです。特に傑出した能力を持った五つの魔導鎧。それらを、私たちは古代鎧と呼んでいます」
「古代鎧……」
その言葉を口の中で繰り返す。やはり、一般的な魔導鎧とは一線を画しているようだった。
「そして、現存する古代鎧のうち、稼働できるものは三つだけです。……三年ほど前に、うち二つは壊れてしまいましたからね」
そうして、ヴェイナードは意味ありげな視線で俺を見た。
「三年前……」
つまり、あの襲撃事件に関係しているのだろうか。そう言えば、俺が倒したエルフの魔術師は、特殊な魔導鎧を身に着けていたが……あれがそうだったのだろうか。
「古代鎧は、エルフ族において非常に重要な意味を持ちます。破格の戦闘力をもたらすという意味でもそうですし、権力の象徴としても非常に有用だ」
「権力、ですか?」
思わぬ方向に転がった話に、俺は首を傾げた。
「古代魔法文明の正当な後継者であるという、証のようなものですね。……懐古主義の表れではありますが」
そう語るヴェイナードの顔に、憤りの色が見えたのは気のせいだろうか。そう疑っている間にも、彼は少し身を乗り出した。
「そこで取引です。ミレウス支配人、『極光の騎士』が引退した理由は起動回数がなくなったからですね? 私に協力してもらえるのであれば、回数の復活に尽力しましょう」
「尽力、ですか?」
すぐにでも頷きたい衝動を堪えて、俺は冷静に尋ねた。尽力だけなら誰でもできる。
「ちょっとした小芝居を成功させる必要がありますからね。成功率は高いと踏んでいますが、絶対とは言えません」
ですが、とヴェイナードは付け加える。
「あの鎧の主人がミレウス支配人であるという事実は、そのまま私の利益となりますからね。全力を尽くすことはお約束します」
「つまり、あなたは権力争いに関わる立場なんですね」
そう返すと、ヴェイナードは一瞬固まった。古代鎧に権力的な側面があり、ヴェイナードと協力関係を結んだ俺が主人である事実が役に立つということは、そういうことなのだろう。
「話が早い方は好きですよ。手を組む相手であればなおのことです」
認めるヴェイナードの顔には苦笑が浮かんでいた。そこで、俺はもうひと押しする。
「そして、手を組む相手には情報開示が必要だと思いませんか?」
ヴェイナードはハーフエルフだ。普通に考えれば、エルフ族の権力闘争に顔を出せるとは考えにくい。それとも、だからこそ古代鎧を利用しようとしているのだろうか。なんにせよ、それなりの動機があるはずだった。
「……私の父は、傍系とは言え王族でしてね。それなりに影響力のある派閥を率いているのですよ」
その言葉は俺を警戒させるものだった。エルフ族の有力派閥。もし三年前の襲撃事件の首謀者であれば、協力などあり得ない話だ。そう考えていることを察したのか、ヴェイナードは言葉を付け加えた。
「誤解がないよう言っておきますが、三年前の襲撃事件は別の派閥が企んだものです」
「……証もなしに、その言葉を信じろと?」
俺の言葉にヴェイナードは黙り込んだ。魔導鎧の回数復活をちらつかせれば、話に食いついてくると考えていたのかもしれない。やがて、考え込んでいた様子のヴェイナードは口を開いた。
「三年前、『極光の騎士』はかつての第二十八闘技場付近で大軍と戦端を開きました」
「……よくご存じですね」
俺は突然の昔話に首を傾げた。彼の言葉は事実だが、なぜそれを知っているのか。それを知っているのは、それこそ敵軍ぐらいで――。
「もちろん知っています。包囲網からあなたを逃がすために、雷撃を放ったのは私ですから」
「っ!?」
俺は当時の記憶を必死で掘り返した。たしかに、広範囲の雷撃を契機として俺はあの場所から離脱した。あの時はなりふり構わず敵が攻撃してきたと思っていたが……。
「……それが本当だとして、なぜそんなことを?」
「あの襲撃事件は敵対派閥が目論んだものですからね。成功されては困るのです」
彼の回答は納得できるものだった。少なくとも、帝国への愛国心だと言われるよりは理解できる。だが……。
「そのためにエルフ族を裏切ったと?」
『極光の騎士』があの場を離脱したことで、門を守っていた魔術師部隊は全滅した。それだけの被害を招いたとは思えないほど、ヴェイナードは平然としていた。
「おかしいですか? 人間も同種同士で日々殺し合っているではありませんか」
「……」
それは正論だった。襲撃事件のこともあり、俺はエルフ族全体を仇として考えていた。だが、彼らが一枚岩であるという保証はない。エルフと人間でどこまで精神性が異なるのか知らないが、そこまで違うわけではないだろう。
「私は帝都の襲撃に反対でしたからね。むしろ、人間の被害を小さくすることに尽力したくらいです」
その言葉がどこまで本当かは分からない。だが、嘘を言っているようにも見えなかった。少なくとも、話を打ち切るほどではない。
「話を元に戻しましょう。鎧の回数復活に協力する代償として、ヴェイナードさんに協力するということでしたが、具体的にはどのようなことでしょうか」
本来なら最初に聞いておくべき事柄をようやく切り出す。魔導鎧の回数復活は魅力的だが、それにつられて判断を誤るわけにはいかない。
「私とともにフォルヘイムを訪れること。そして、私と協力関係にあることを明言すること。それだけです。帝都での活動や古代鎧の使用方法について、とやかく言うつもりはありません」
ヴェイナードの答えは予想外のものだった。それだけでいいのかとの思いもあるが、フォルヘイム行きはそう簡単な話ではない。かの国は遠く、片道でも一か月ではすまない。そして何より、俺の入国を許すのだろうか。
「フォルヘイム、ですか……」
そんな思いが口をついて出る。
「どのみち、古代鎧を再起動させるためには、フォルヘイムへ行くしかありませんからね」
「そうなのですか?」
それが真実なのか、それとも踊らされているだけなのか。情報が少ない現状では、どうにも判断が難しい。
そこで、俺はいくつか質問をすることにした。
「衝撃的なお話が続いたものですから、少し頭が混乱しているようです。頭を整理するために、いくつかお伺いしても?」
「ええ、もちろんです」
笑顔で答えるヴェイナードに、俺は一つ目の疑問を口にした。
「なぜ、私が古代鎧を持っていると思ったのですか?」
それは最大の疑問だった。レティシャのように、もともと秘密を知る可能性が高い立場であればともかく、ヴェイナードが俺を『極光の騎士』だと特定できた理由が分からない。
「お名前、でしょうか」
「……名前、ですか」
声のトーンが下がる。それでごまかしたつもりなのだろうか。普通に考えて、名前が関係あるとは思えない。
そんな俺の疑念は伝わっているはずだが、ヴェイナードは表情を崩さない。それどころか、彼が口にしたのは衝撃的な言葉だった。
「フォルヘイムの住人に、人間とハーフエルフの夫婦がいましてね。セイン・ノアとアリーシャ・ノアという名前なのですが……」
「……」
セイン・ノア。それは俺の実の父親の名だ。だが、俺は驚きを表に出さないよう、努めて平静を装っていた。
「彼らは娘さんと三人で暮らしていたのですが、聞いたところによると、お子さんがもう一人いたそうなのです」
そう言って、ヴェイナードは俺の様子を窺った。
「彼らも波瀾万丈な人生を送っていたようで、そのお子さんとは生き別れのような状態だそうですが……」
どうやら、彼は予想以上に深くまで関わっているようだった。それに、今さら隠すことでもない。そう判断すると俺は口を開いた。
「なるほど、シルヴィをこの街へ連れて来たのは貴方でしたか」
「無事に会えたようで何よりです」
ヴェイナードは微笑む。やはりそうだったか。どんな商隊にくっついてきたのかと思ったが、彼らのユミル商会であれば話は簡単だ。そもそもがハーフエルフを含む商隊だし、フォルヘイムからずっと一緒だったのだろう。
だが、依然として謎は残る。
「ですが、それとなんの関係があるのでしょうか? 私がシルヴィの兄だったとして、古代鎧と関係があるようには思えませんが」
「それが大きく関係するのですよ。……特にこの帝都では」
意味ありげな物言いに俺は小さく首を傾げた。そんな俺に、ヴェイナードは古代鎧の真実を告げる。
「なぜなら、古代鎧はエルフの血が流れている者しか使用できないからです」
「――っ!?」
俺は目を見開いた。そして、無意識のうちに自分の掌を見つめる。剣闘士になる夢を絶ったエルフ族の血が、俺を幾度も救ってくれた古代鎧の起動条件だったというのか。
そんな動揺を押し隠して、俺は会話を進める。
「……なるほど。この帝都で暮らすエルフ族は数えるほどでしょうからね」
そして、ハーフエルフなどの混血種族で構成されたユミル商会のことだ。帝都に住むエルフ族のことは把握しているだろう。
「ええ。ですが、誰一人として『極光の騎士』の条件には合致しませんでした。そんな折に、貴方の存在を知ったのです」
「それで、本当に私がエルフの血を継いでいるかを確認するために、シルヴィを連れてきたわけですか」
「念のために申し上げますが、無理強いしたわけではありませんよ? 娘さんをフォルヘイムの外へ出すことも、もう一人のお子さんと連絡を取ることも、ご両親の希望によるものです」
その言葉は事実なのだろう。そうでなければ、シルヴィが両親に「フォルヘイムに戻らず、別の国で暮らしてもいい」と言われるはずがない。
そう結論付けると、俺は頭を切り替えた。聞きたいことはそれだけではない。
「次の質問をしても?」
「ええ、もちろんです」
ヴェイナードに促されて、俺は二つ目の質問に移った。
「なぜ私に取引を持ち掛けたのですか? 第二十八闘技場はユミル商会と取引をしていますが、そんな重大事を明かすほど、私個人を信頼する理由がありません。私を殺して奪うなり、こっそり盗み出すなりするほうが一般的だと思いますが」
それは大きな疑問だった。フォルヘイムで、もしくはその道中で俺を襲う可能性も考えたが、ヴェイナードは『取引』について嘘をついているようには思えなかった。
「ミレウス支配人は、私にとって申し分のない人物なのですよ。過去の栄光にすがることもなければ、余計なしがらみもありませんから」
「……?」
言葉の意味が分からず首を傾げる。だが、ヴェイナードは何事もなかったように言葉を続けた。
「……それに、ミレウス支配人がおっしゃったようなやり方で古代鎧を得たとしても、私たちの利益にはならない可能性が高いのです」
そう言ってヴェイナードは肩をすくめた。
「本来であれば、古代鎧は王族から授与されるものです。そして、そのためには厳正な審査を通過し、他の候補者より優れていることを証明する必要があります」
ですが、と皮肉げに続ける。
「その選考方法で選ばれるのは、『誇り高き純種のエルフ』の誰かでしょう」
そう語る彼の表情を見て、俺は大体の推理を組み上げた。そして、率直に推測を口にする。
「つまり、ハーフエルフである貴方が率いている派閥は、純種のエルフ族と対立関係にある。そして、クォーターエルフである私が古代鎧の主人であるという事実は、そのままヴェイナードさんの派閥を利することになる。そう理解してよろしいですか?」
「派閥の長は父ですし、純種と対立関係にあるわけではありませんが……概ねミレウス支配人の推察どおりです」
ヴェイナードは素直に認めた。彼の言葉が真実であれば、大方の疑問は片付くことになる。だが、それでも安心はできなかった。
「逆に言えば、私である必要もありませんよね? 貴方にとって重要なことは、純種ではないエルフ族が古代鎧の主人となることです。
古代鎧を奪って、貴方の息のかかった人物……いや、そもそもヴェイナードさんご自身が主人になったほうが都合がいいのではありませんか?」
「おっしゃる通りです。……ですが、ミレウス支配人でなければならない理由は別に存在します」
そう前置くと、ヴェイナードはどこか懐かしむような顔を見せた。
「クリフはなかなか気難しい性格でしてね。王家から正式に古代鎧を授与された主人であっても、『古代鎧を扱うに値しない』と起動しなくなることが多々あったのですよ」
「そうなのですか?」
俺は驚きを隠せなかった。クリフとの会話を思い起こすと、とにかく魔法の才能がないと嘆かれていた気がするが……よく最後まで起動してくれたな。
「その点で言えば、ミレウス支配人には数年にわたってあの古代鎧を使用していた実績がありますからね」
「なるほど……」
その主張は納得できるものだった。とは言え、それは彼の言葉が真実だった場合の話だ。古代鎧の再起動。あまりに上手い話であるためか、俺はどうにもヴェイナードを全面的に信じる気になれなかった。
「ミレウス支配人のお気持ちは分かります。私を信じるにはあまりにも情報不足ですからね」
そんな俺の心境を見抜いたのだろうか。ヴェイナードは穏やかな微笑みを浮かべた。
「正直に言えば、その通りです」
俺は素直に認めた。できることなら彼の言葉を信じたいが、それはあくまで俺の願望だ。まして、色々と引っ掛かりのあるエルフ族であればなおさら――。
「パスワードは役に立ちましたか?」
逡巡する俺に投げかけられたのは、唐突すぎる言葉だった。だが、何を指しているのかが分からない。
「パスワード、ですか?」
「ええ。『天神の巫女』を通じてお伝えしたものです」
「!」
その言葉が意味するところは明白だった。地下遺跡で、ディルトたちが立て籠っていた施設へ入るためのパスワード。あまりに不審な出処だと思っていたが……。
「地下遺跡で一悶着あったことは知っていました。……彼らが私に接触してきましたからね」
その言葉に俺は眉を顰めた。それはつまり、地下遺跡で何かを企んでいたエルフたちと関係があったということだ。
「ああ、誤解しないでください。私は彼らを仲間だと思ったことはありません。ただ、彼らにしてみれば、エルフ族がほとんどいないこの街では、私たちユミル商会は数少ない同胞に思えたのでしょう。……その割には、協力するのが当然だと居丈高な態度を取られましたがね」
ヴェイナードは柔らかな表情を浮かべていたが、その言葉は酷薄だった。
「それで、パスワードをもらしたと?」
「敵対派閥……それも主流派閥の目論見など、破綻するに越したことはありません」
ヴェイナードははっきり言い切った。彼の派閥に対する態度は一貫している。お互いが得る利益についても、理解できないものではない。不明な点はいくらでもあるが、少なくとも、俺に不利益をもたらすつもりはないように感じられた。
「……分かりました。手を組みましょう」
しばらく黙考した後で、俺は手を差し出した。怪しい点は多々あるが、古代鎧の起動回数を復活させられるのであれば、試す価値はある。
対するヴェイナードは、いつもと同じ笑みを浮かべて手を握り返した。
「時期や詳細については、また日を改めてご相談しましょう。なにしろ急な話ですし、ミレウス支配人はお忙しいでしょうからね」
「ええ、分かりました」
俺もまた商談用の笑みを浮かべる。握り返された手は、意外なほど力強かった。