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来訪者Ⅱ

「お兄ちゃん、ここ面白いね!」


 闘技場の地下施設にシルヴィの声が響く。彼女が覗き込んでいるのは、地表の試合の間(リング)へと物を送るギミックだ。そう複雑な仕組みではないが、魔法を併用していることもあって、整備や修理には高度な知識が必要とされる。


 そのギミックの仕組みを、賑やかな妹はあっさりと見抜いていた。


「どんな英才教育を受けてきたんだ……?」


 楽しそうに歯車を検分するシルヴィを見て、思わず声が漏れる。魔工技師と名乗っていたし、興味を持つかもしれない。その程度の認識で連れて来たのだが、普段の賑やかな言動で彼女の技量を見誤っていたらしい。


「……あ、ここちょっとズレてる。直しとく?」


「ええと……担当の職員に確認してからにしようか」


「うん、分かった!」


 笑顔で答えると、シルヴィは小走りで俺のところへ戻ってくる。まだ朝早くであり、誰も職員は出勤していないが、そろそろ誰かと出くわしてもおかしくない。


「……帽子は外れてないな」


 俺は駆け寄るシルヴィを観察した。彼女の耳は常人より長いが、思っていたより柔らかい。そこで、帽子でごまかすことにしたのだ。ただ、少女用の帽子なんて俺にはよく分からないから、ヴィンフリーデに頼んで見繕ってもらったほうがいいかもしれないが。


「そろそろみんなが出勤してくるから、支配人室へ戻るぞ」


 俺はシルヴィを急かした。ここの担当者からすれば、年端も行かない少女が勝手に持ち場を荒らしているようにしか見えないだろう。無用の摩擦は避けるにこしたことはない。


 そして、はしゃぐ彼女を連れて支配人室へ向かう。その途中で、シルヴィはひょいっと俺の前へ回り込んできた。


「どうした?」


「お兄ちゃんって、どうして闘技場で働いてるの?」


「どうしてって……」


 突然の質問に目を瞬かせながらも、俺は口を開いた。


「俺は親父に育ててもらった。だから、なんというか……物心ついた頃から闘技場は生活の一部だったし、それが今も続いてるんだ」


「親父……?」


 俺の答えを聞いたシルヴィはきょとんとした表情を浮かべた。その様子を見て、説明不足だったことに気付く。


「ああ。この闘技場の先代支配人で、俺の育ての親だ。シルヴィにはイグナートって名前のほうがピンとくるか?」


「あ、そっか……」


 シルヴィは俺が親父に預けられていたことを思い出したようだった。彼女からすれば、俺が親父と言えばセイン・ノアのことだと思うのだろうが、俺にとっての親父はただ一人だ。


「だからお兄ちゃんが跡を継いだの?」


「ああ、色々あってな」


 頷いてみせると、シルヴィは感心したようにきょろきょろと周りを見回した。


「こんな大きな建物を継いだんだ……お兄ちゃん、凄いね!」


「凄いのは闘技場を作った親父のほうさ」


「でも、血が繋がってなくて、しかもクォーターのお兄ちゃんに後を託すなんて、お兄ちゃんがとっても優秀だったからでしょ?」


「……?」


 その表現になんだか引っ掛かりを覚えながらも、俺は言葉を返す。


「俺も親父も、俺にエルフの血が流れているなんて知らなかったからな。それに、親父には俺と同い年の子供がいるが、支配人になるつもりは皆無だった」


「大丈夫? お兄ちゃん、その人に恨まれたりしてない?」


「ああ、大丈夫だ」


 意外なところで心配性だな。そんなことを考えながら、俺は辿り着いた支配人室の扉を開いた。そして、部屋の中に幼馴染の姿を見つける。


「もし気になるなら、本人に直接聞いてみてくれ」


「……え?」


「あら? おはよう、ミレウス。シルヴィちゃんも一緒なのね」


 微笑むヴィンフリーデを前にして、シルヴィは固まっていた。まさか、昨日も顔を合わせていた支配人秘書が親父の娘だとは思わなかったのだろう。


 対して、ヴィンフリーデはいつも通りだった。彼女なりに思うところもあったはずだが、この反応からすると、シルヴィを好意的に受け入れるつもりのようだ。


「じゃあ、お姉ちゃんが、イグナート・クロイクさんの子供なの?」


「ええ。私はヴィンフリーデ・クロイクよ。よろしくね、シルヴィちゃん」


 そう答えながらも、ヴィンフリーデは俺に説明を求めるような視線を送ってくる。


「この闘技場を親父から継いだ話をしたら、ヴィーに恨まれてるんじゃないかって心配しててさ」


「私が? ミレウスを恨む?」


「ああ。ヴィーを差し置いて闘技場を継いだから、って」


 そう伝えると、ヴィンフリーデは面白そうに笑い声を上げた。


「まさか。ミレウスは小さい頃から闘技場の運営に関わっていたんだし、私よりよっぽど適役よ。そもそも、物心がついた頃から一緒に育ったんだから、恨むくらいなら直接文句を言うわ」


「……とのことだ」


 少し冗談めかして口を開くが、シルヴィはじっとヴィンフリーデを見つめていた。そして首を傾げる。


「一緒に育った……じゃあ、お兄ちゃんのお姉ちゃんなの?」


「ええ、そうよ」


「いや、俺が上だ」


 シルヴィの問いかけに対して、俺たちは同時に声を上げた。


「ミレウス、晴れて妹ができたんだから、もう気は済んだでしょう? 弟に甘んじなさいよ」


「そういう問題じゃないだろ。兄としてそこは譲れない」


「シルヴィちゃんが『お兄ちゃんのお姉ちゃん』って言っていたでしょう? つまり、一般的にはそう見えるのよ」


「一部の事例を拡大解釈して、普遍化することには賛成できないぞ」


 そんないつものやり取りを繰り返していると、シルヴィが笑い声を上げた。


「あはは、本当に姉弟みたい。……いいなぁ」


 そしてポツリと呟く。その言葉でスイッチが入ったのか、俺より早くヴィンフリーデが口を開いた。


「ねえ、シルヴィちゃん。ミレウスの妹ということは、あなたは私の妹も同然よ。だから、これからは私のことをお姉ちゃんだと思ってね」


「そんな無茶な理屈を……」


 思わず口を挟む。そんなにお姉ちゃんと呼ばれたかったのだろうか。そう言えば、ヴィンフリーデはシンシアに対しても姉のように接している時があったな。


「うん、ありがとう! これからはお姉ちゃんって呼ぶね!」


 そしてシルヴィはと言えば、あっさりその提案を受け入れていた。……いいのかそれで。


「ヴィー、シルヴィのことなんだが……とりあえず、フォルヘイムへ帰る手段が手配できるまではこっちで泊めることにした」


 そう切り出すと、ヴィンフリーデは目を丸くして驚いていた。


「フォルヘイム!? シルヴィちゃん、エルフの里から来たの!?」


「そうだよ、お姉ちゃん」


「っ! シルヴィちゃん、もう一度『お姉ちゃん』って言ってくれない……?」


「え? お姉ちゃん、どうしたの?」


「なんていい響きなのかしら……!」


 よく分からない感動に浸っているヴィンフリーデは放っておこう。そうして二人から視線を外した瞬間、支配人室の扉がノックされた。


「ええと――」


 誰だろうか。もし外部の人間であれば、あまりシルヴィを見られたくない。そんな思いから、扉を少しだけ開く。


「あら、今は取り込み中かしら?」


「ミレウスさん、おはようございます」


「ピッ!」


 扉の隙間からでははっきり見えないが、その声は『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』レティシャと、『天神の巫女』シンシア、そして謎の雛鳥であるノアのもので間違いなかった。さて、どうしたものか。その対応を考える間もなく、俺の腕を誰かが掴む。


「お兄ちゃん、どうしたの?」


 そして、元気に尋ねる。シルヴィがいつの間にか傍へ来ていたのだ。それどころか、彼女は扉の隙間から外側を覗き込んだ。


「お兄ちゃん、綺麗な女の人が二人いるよ!」


「……分かったから、ひとまず扉から離れてくれ」


 もはや今更だ。どうせ二人とも人格には信頼が置けるし、面通ししておいてもいいだろう。そう判断した俺は、レティシャとシンシアを支配人室へ招き入れた。


「今のかわいい声は、あなた……かしら」


 まず口を開いたのはレティシャだった。俺の腕にくっついているシルヴィを見て、しきりに瞬きをする。シルヴィは今も帽子で耳を隠しているため、まだエルフ種だとは気付かれていないはずだが……。


「……私のアプローチに全然反応してくれないと思ったら、そういうことだったのね……」


「詳しくは聞かないが、レティシャの想像は間違っているぞ」


 その表情に本気が混じっているような気がして、俺はジト目で釘を刺した。レティシャはわざとらしくほっとした様子を浮かべるが……どの表情が真実だか分からなくなってくるな。


「それで、あの、お兄ちゃんというのは……ミレウスさんの妹さんですか?」


 続いてシンシアが口を開く。


「……そうらしい」


「えっ!?」


「ふぇっ!?」


 まさか俺が肯定するとは思っていなかったのだろう。二人は驚きの声を綺麗に唱和させた。


「シルヴィ・ノアです! お兄ちゃんがいつもお世話になってます!」


 そして、シルヴィがペコリと頭を下げる。その元気いっぱいの仕草は微笑ましいものだったが、二人は驚きの表情のまま俺のほうを向いた。


「ミレウスがまだ否定しないということは、本当なのね」


「驚きました……」


 二人は俺とシルヴィの間で何度も視線を彷徨わせる。顔立ちが似ているかどうかを確認しているのだろうか。正直、あまり似ているとは思えない。


「事情があって、しばらく預かることになったんだ。……が、とりあえずシルヴィのことは秘密にしておいてもらえると助かる。

 ところで、どうしたんだ? 二人が揃って来るのは珍しいな」


 強引に話題を変えると、シンシアは思い出したように口を開いた。


「あの、地下い――の件で話があったんです」


 シンシアの言葉が途中で止まったのは、『地下遺跡』と言いそうになったからだろう。いくら俺が妹と紹介したとは言え、初対面の人間がいる前で口にする単語ではないという判断だ。


 おそらく、地下遺跡の出入口の話だろう。完全に埋めるのか、それとも厳重に結界を張って管理するのか、政府は未だに結論を出していない。以前にレオン団長と地下に潜った際、セキュリティの高さに感心していたようだから、優先順位が下がったのだろう。


「レティシャは分かるが、シンシアもか?」


「はい。神殿長から、お手伝いするように、って言われました」


 シンシアは頷く。どうやら、固有名詞を抜きで話を進めるつもりのようだった。


「神殿長が?」


 俺は首を傾げた。この闘技場の地下にある結界は、すべてレティシャによるものだ。なぜマーキス神殿が出てくるのだろう。


「神聖魔法の結界は私の結界術と作法が異なるから、組み合わせることでより強固なセキュリティになるのよ」


 なるほどな。それで地下遺跡のことを初めから知っていて、実力も申し分ないシンシアに命令が下ったのか。


「ん? ……ということは、神殿長もこのことを知っているのか」


「そう、みたいです」


 まあ、ガロウド神殿長は帝都の要人だからな。知っていてもおかしくはないか。


「まあ、詳しい話はまた後でしましょう? 私の試合が終わったら、また顔を出すわ。……ごめんなさいね、せっかく『お兄ちゃん』と会えたのに邪魔しちゃって」


 二重の意味でシルヴィを気遣ったのだろう。レティシャはシルヴィに微笑みかけた。お兄ちゃん、という単語を強調して発音したのは、彼女の悪戯心によるものか。


「ううん! わたしが勝手にくっついてきたんだもん。こっちこそごめんなさい」


 笑顔でそう答えたシルヴィだったが、ふと不思議そうに首を傾げる。


「……あれ? お姉ちゃんは剣闘士なの?」


 どうやら、レティシャが『私の試合』と言ったことに引っ掛かったようだった。一般的な闘技場であれば、たしかに彼女は剣闘士には見えない。


第二十八闘技場うちでは、魔術師も試合に出場するからな。レティシャはトップクラスの実力を持つ魔術師だぞ」


「そうなんだ……! だから、そんなにたくさんの魔道具を着けてるの?」


「ええ、そうよ」


 その指摘に一瞬驚いたようだが、レティシャは何事もなかったかのように笑顔を見せた。そして、シルヴィと視線を合わせるようにしゃがみこむ。


「ちなみに、どれが魔道具だと思ったの?」


「え? これと、これと、そっちの二つと……」


 レティシャの問いかけを受けて、シルヴィは十個近くの装飾品を上げた。今度はさすがに驚きを隠せなかったようで、レティシャは目を見開いていた。


「驚いたわね……全部正解よ」


「えへへ……」


 シルヴィは嬉しそうに笑った。というか、レティシャはそんなに魔道具を身に着けていたのか。装飾品の大半が魔道具マジックアイテムだとは知らなかったな。


「だって、魔工技師だもん」


 そして、誇らしげに名乗る。そう言えば、魔工技師がどういうものかは詳しく聞いてなかったな。魔術師であるレティシャなら分かるのだろうか。


 そう思って注目していたレティシャは、意外にも俺のほうを振り向いた。


「ミレウス、ちょっと……」


 目線での合図に頷くと、俺はレティシャと窓際に寄った。シルヴィはと言えば、シンシアが抱えていたノアに興味津々だったようで、楽しそうにつついている。この分なら大丈夫だろう。


「疑うつもりはないけれど……本当にあの子は妹なのよね?」


「おそらく、といった段階だけどな。昨日までは、俺に妹がいることすら知らなかったし」


 彼女が親父を訪ねてきたことや、イヤリングの片割れを持っていたことを小声で説明すると、レティシャは興味深そうに話を聞いていた。


「でも……魔工技師って失われた職業(ロスト・ジョブ)よ」


「そうなのか?」


「ええ。古代魔法文明時代には大勢いたようだけれど、現代にはいないはず」


「でも、その装飾品をちゃんと見抜いたんだろ?」


「そうなのよねぇ……彼女はいったいどこで育ったの?」


 その言葉に逡巡するが、彼女とはすでに複数の秘密を共有する仲だ。どのみちシルヴィの帰路の関係で相談するつもりだったし、問題ないか。


「フォルヘイムで生まれ育ったらしい」


「それ、本当なの……!? でも、フォルヘイムは原則として人間を受け入れないはずよ」


 驚きを隠せないレティシャの視線が、再びシルヴィに向けられた。彼女はまだノアと戯れているようで、俺たちの視線には気付いていないようだった。


「ねえ、あの帽子……」


 さすがはレティシャだな。すぐその可能性に思い至ったようだった。


「クォーターエルフらしい」


 俺があっさり認めると、レティシャは納得したようだった。


「そういうこと……それなら、魔工技師の話もあり得るわね。私たちにとってははるか昔でも、エルフにとって古代魔法文明は祖父や曾祖父が生きていた時代だもの。まだ知識が受け継がれている可能性は充分考えられるわ」


 そう説明してくれたレティシャだったが、やがて一つの可能性に至ったのだろう。彼女の顔が固まった。


「ちょっと待って。あなたの妹がクォーターエルフだということは……」


「……シルヴィの話では、俺もそう(・・)らしい」


 そう答えた俺はどんな顔をしていたのだろうか。親父の関係で、俺はエルフにあまりいい感情を抱いていないし、ジークレフ絡みの一件でその思いはいっそう強まっていた。それなのに、俺の身体にはエルフの血が流れているという。あまりにも複雑な気分だった。


 そして、そんな俺の心境を察したのだろう。レティシャは気遣わしげな顔で俺を見つめていた。


「お兄ちゃん、どうしたの?」


 と、深刻な雰囲気が流れていたからだろうか。シルヴィが不思議そうな顔でこちらへ寄ってきた。彼女につられて、シンシアたちも一緒に寄ってくる。


「魔工技師は珍しいから、この街じゃあまり名乗らないほうがいい。そう教えてもらったところだ」


 俺はとっさにごまかした。だが、内容に嘘はない。


「えー!? どうして?」


「この街に魔工技師は一人もいないからな。シルヴィの技術を狙って、誘拐しようとする奴がいるかもしれない」


「そんなやつ、この魔工銃マジックガンでやっつけるもん!」


 そう言って、彼女は衣服の中から小ぶりの筒を取り出した。昨日見せてくれたものとは別の魔工銃マジックガンのようだが、何種類持っているのだろうか。


「それでも、だ。個人の力には限界がある以上、無闇に危険を引き寄せるべきじゃない」


 そう伝えると、シルヴィはしょんぼりした様子で頷いた。


「うん……お兄ちゃんが言うなら、そうする」


「……シルヴィ、魔工技師が駄目なんじゃないからな。むしろ凄いからこそ、気を付ける必要があるんだ」


 シルヴィの様子に罪悪感を覚えた俺は、慌てて付け加える。詳しくは知らないが、この年齢であれだけの知識を身に付けているのだ。称賛されてしかるべきなのは間違いない。


 そんな俺の思いが伝わったのか、シルヴィの表情に少し明るさが戻った。


「シルヴィちゃん、魔工技師ということは、古代文明の魔道具も扱えるの?」


 そう尋ねたのはレティシャの気遣いなのか、それとも純粋な興味なのか。動機がなんにせよ、その言葉はシルヴィの元気を引き出したようだった。


「うん、そうだよ! 古代文明の魔道具を整備・修理できるようになって初めて、魔工技師って名乗れるんだから」


「え――?」


 今度は俺が動揺する番だった。シルヴィは古代文明の魔道具を扱うことができる。ということは……。


「じゃあ、古代文明が作り上げた魔剣や魔導鎧マジックメイルなんかはどう? あそこまでいくと魔道具の域じゃないかしら?」


 レティシャは質問を続ける。俺のほうを見たりはしないが、その意図は明らかだった。


「全部扱えるけど……古代文明の魔剣とかは、フォルヘイムにもほとんど現存しないから、あんまり触ったことがないの。いつか触ってみたいなぁ……」


 そう告げるシルヴィの表情は意外にも輝いていた。よっぽど魔工技師の仕事が好きなのだろう。


「そうなのね。昔、契約術式を組み込んだ古い魔導鎧マジックメイルを見たことがあったのだけど、起動できなかったのよ。そういった物も、シルヴィちゃんなら起動できるのかしら?」


 レティシャは質問を重ねた。真実を上手く伏せて話を進めるあたり、さすがレティシャだな。俺がそう感心している一方で、シルヴィは難しい顔を見せた。


「うーん……それは契約魔術の話になっちゃうから、魔工技師じゃ無理だと思うよ」


「そうなの?」


「そういうのは、起動条件を満たすしかないもん。契約魔術を消去すると、魔法機能も一緒に消えちゃうから」


「ということは、契約魔術が基礎レベルで刻み込まれているのね。……もしかすると、契約魔術という制約をリソースにして、より強大な力を得られるような仕組みなのかしら」


 レティシャは興味深そうに呟いた。その顔は完全に魔術師としてのそれだ。


「ちなみに、そういった起動条件とやらは、どうやったら分かるんだ?」


 もう一度魔導鎧(マジックメイル)を起動させる方法があるなら、闘技場ランキング一位にぐっと近づくことになる。その思いから、俺はつい口を挟んだ。


「そういうのは口伝で伝えられるから……里にも、起動条件が分からなくて動かない魔道具がいっぱいあるよ」


「そうか」


 俺はがっくりと肩を落としそうになる。魔工技師が何人もいるフォルヘイムですら、起動できない魔道具が大量にあるのだ。となれば、あの魔導鎧マジックメイルも再起動は難しいだろう。


「お兄ちゃん、どうしたの?」


 そんな思いが顔に出ていたのだろうか。シルヴィが不思議そうに俺を見ていた。


「いや、なんでもないさ。それより、シルヴィが言っていた地下機構のギミックの話だが……」


 落ち込んだのは事実だが、もともと諦めていた話だ。様々な想念を追い出して、俺は話題を切り替えた。



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