支配人 Ⅱ
試合がない日の闘技場は、不思議なくらい人がいなかった。
「な? 人がいねえとピンとこねえだろ?」
僕が変な顔をしていたのか、親父は笑いながら口を開く。でも、真上を見上げないと全体が目に入らない大きな闘技場は、人がいなくても僕の心をワクワクさせてくれた。
「支配人、おはようございます」
入口に一人だけいた男の人が、親父に挨拶をしてくる。たぶん、ここで働いている人なんだと思う。
「おう、おつかれさん。特に異常はねえな?」
「ええ、闘技場に潜り込もうとしていた子供たちを追い払ったくらいですね」
「ま、子供の気持ちは分かるがな。けどまあ、怪我をされるとややこしいし、しゃーねえか」
そして、僕の頭にぽんと手を置く。
「息子のミレウスだ。怪我しても俺が責任を持つから安心してくれ」
その紹介に合わせてちょこんとお辞儀をすると、男の人は丁寧にお辞儀を返してくれた。そして、ニヤリと笑う。
「奥さん似でよかったですね」
「そりゃどういう意味だよ」
「支配人に似てちゃ、ごく一部の女の子にしかモテないでしょうからね」
「違えねえな」
再び笑い声が上がる。それを聞いて、僕はこっそり自分の手を見つめた。親父は逞しさの塊みたいな見た目をしてるけど、僕は身体が細くて、女の子に間違えられることもあるくらいだ。
親父は「成長すりゃ筋肉なんていくらでもつく!」と言っているけど、その日は遠そうだった。
「それじゃあな。……と、そうそう。リシェール商会を名乗る奴らが来たら、気にせず通してくれ」
「リシェール商会ですね。分かりました」
返事を聞くと、親父は闘技場の中へ入っていく。その後を追いながら、僕は人のいない闘技場の中を観察していた。
「ミレウス、客席のほうを見てみるか?」
「うん!」
親父に案内されるまま、僕は観客席があるスペースを覗く。観客席と言っても、ちゃんとした背もたれがあるわけではないし、一人一人に椅子があるわけでもない。
石造りの客席フロアには細かい段差がつけられていて、それが椅子や背もたれにもなるのだ。
みんながよく見えるように、後ろの席ほど位置が高くなっていることもあって、闘技場の中はすり鉢のような形になっていた。
そして、視線は闘技場の中心にある試合の間へ吸い寄せられる。石でできた普通の試合の間だけど、軽い気持ちで眺めちゃいけない気がして、僕はまっすぐ背筋を伸ばした。
「……あれ?」
と、お客さんになった気分で試合の間を見ていた僕は、ある部分を見て首を傾げた。
「ん? どうかしたか?」
片方の眉だけを動かして、親父が横目で僕を見る。
「ねえ、あれは何?」
そう言って僕が示したのは、変な形をした巨大なオブジェだ。芸術というやつなのかもしれないけど、僕はさっぱり良さが分からなかった。
「ああ、ありゃ貴賓席の飾りだな。貴賓席にはああいうのがいるんだとさ。……ミレウス、安心しろ。俺もアレの価値はさっぱり分からん」
親父はおどけた口調で説明をしてくれた。その表情を見れば、親父が好きで飾り付けたものじゃないことは分かる。だから、僕はつい口を開いた。
「僕にもよく分からないけど……あのオブジェが邪魔で試合が見えないね」
「ん?」
予想外の返事だったのか、親父が驚いた様子で僕を見る。
「だって、ここから試合の間を見ようとしても、あのオブジェで半分くらい隠されてるんだもん」
「俺は見えるぞ? ミレウスはまだ小さいから見えないんじゃねえか?」
親父は手をかざして試合の間のほうを見る。けど、僕は首を振った。
「でも、お客さんはこの石段に座ってるんでしょ? 立ってる僕と同じくらいの目の高さじゃない?」
「あー……まあ、そりゃそうだな。興奮するとすぐ立ち上がる奴が多いが、普通に考えれば最初は座ってるな」
言いながら、親父は僕の隣に座る。そして僕と同じ方向を見て、何度も目を瞬かせた。
「……たしかに邪魔かもな」
ボソッと呟く。どうやら、親父も同じ結論に達したようだった。親父は背が高いから、余計に気が付きにくいのかもしれない。
オブジェはかなりの大きさなので、この一角にいる人はみんな困っているはずだった。貴賓席以外の席は指定制じゃないから、どこか別のところへ行けばいいんだろうけど……。
「そう言や、この辺りは客の入りが少ない場所だな。もともと気乗りしてなかったブツだし、いっそ外すか……? こりゃダグラスの意見も聞いてみるか」
親父はしばらく腕組みをして唸った後、僕をじっと見た。僕が余計なことを言ったせいで機嫌が悪くなったのかと、ちょっと身構える。
「ミレウス、ありがとよ。ちょいと検討してみるぜ」
「え?」
親父の反応は予想と違うものだった。思わず聞き返すと、親父は決まり悪そうに笑う。
「席が混んでくりゃ、ここで試合を観るしかない奴も出るからな。あのブツの陰で戦いの決着がついちまったら、剣闘士も客も報われねえ。
……ミレウス、もし他にも気付いたことがあったら言ってくれよ」
親父は僕の頭を撫でる。その言葉が嬉しくて、僕は元気に頷いた。
「うん! また気になったら言うね!」
「よし、場所を変えようぜ。今度はあの変なオブジェのある貴賓席に招待だ」
僕は歩き出した親父に付いていく。近くにある出入口から外側の廊下に出るのだろう。そう思っていた僕は、親父が急に進路を変えたことに首を捻った。
「あの出入口を使わないの?」
「ああ、あそこは席を増やすために封鎖してる。……ほら」
親父の言葉に従ってよく見ると、出入口の奥には柵がはめられていた。そして、その前には長い木材が置かれている。たぶん、石段と同じで椅子代わりなのだろう。だけど……。
口を開きかけた僕は言葉を飲み込んだ。ここは親父がずっと運営していた闘技場だ。何も詳しいことを知らない僕が、思いつくままに口出しするのは駄目な気がした。
「……ミレウス、何か思ったことがあれば気にせず言えよ? 最終的に判断するのは俺なんだ、無責任になんでも言えばいい」
けど、そんな僕の様子に気付いたのか親父は顔を覗き込む。そこで、僕は正直に感想を口にした。
「その……お客さんで一杯になることは滅多にないって言ってたよね? なら、出入口をなくしてまで席を増やす必要があるのかな、って……」
むしろ、出入口がなくなる分だけ損をする気がする。そう伝えると、親父はこめかみを揉みほぐした。
「考えてみりゃ当たり前のことだな……席を増やしたところで、客の入りが増えるわけじゃねえんだ。八歳のお前が気付いて、どうして俺が気付かなかったんだ……」
「えっと……」
僕は口籠もる。親父はだいぶしょんぼりしているようだった。
「ちなみに……」
そして、親父は恐る恐る、といった感じで言葉を続ける。その口調は、エレナ母さんが気に入っていたお皿を割ってしまった時の親父を思い出させた。
「他にもあったりするか?」
「ううん、ないよ」
そう答えると、親父は明らかにほっとしていた。
「あまりにも駄目な所だらけだったら、俺の立つ瀬がねえからな」
「親父は強いんだから、それで充分じゃないの?」
「たしかに俺は強いけどよ。ほら、やっぱり子供の前じゃ色々格好つけたいじゃねえか」
照れくさそうに笑った後、親父はじっと空を見上げる。
「……俺は支配人で、昔は帝都で一番の剣闘士だった。……だからよ、みんな言いたいことを言えてないと思うんだよな。
それは俺の度量っつーか、不徳ってやつだろうが……」
寂しそうにぼやいた後で、ニカッと笑顔を見せる。
「だからよ、ミレウスにそう言われるのは結構嬉しいんだぜ。うちの息子はこんなに優秀なんだ、って自慢にもなるしな」
そう言うと、親父は笑いながら僕の肩をバシバシ叩く。それは少し……じゃなくてかなり痛かったけれど、それが不思議と嬉しくて、僕は一緒に笑い声を上げた。
◆◆◆
闘技場の見学を一通り終えた僕は、親父と一緒に支配人室でくつろいでいた。正確に言えば、親父は難しい顔をして色んな紙を読んでいたけど、僕はソファーに寝そべってみたり、背伸びして窓から見える闘技場を眺めたりしていた。
すると、コンコン、と扉がノックされる。部屋に入って来た男の人は、真面目な顔で親父に挨拶すると、早々に用件を告げる。
「支配人、リシェール商会の方がお見えです」
「おお、来たか」
支配人席で書類を読んでいた親父は、その言葉を聞いて立ち上がった。そして、それを見た僕も慌ててソファーから立ち上がる。
「僕は外にいたほうがいい?」
それは質問というよりは確認だった。僕がこの場にいても意味がないからだ。でも、親父が答えるよりも早く、扉の向こうから声が聞こえてくる。
「気にする必要はありませんよ。ご子息をお一人で外に放り出すわけにはいきませんからね」
その声とともに部屋へ入ってきたのは、快活そうな笑みを浮かべた中年の男の人だった。その笑顔はどこか変な感じがするけど、やっぱり商人だからだろうか。
「ネルハン殿、わざわざ来てもらってすまねえな」
「いえいえ。これから共に事業を行う相手のためであれば、足を運ぶ程度は当然ですとも」
二人は僕がいることを気にした様子もなく言葉を交わす。そう言えば、朝ご飯の時に経営指南をしてくれる商会がいるだとか、そんな話を聞いた気がする。ひょっとしてその話だろうか。
そう思っていると、やがてネルハンと呼ばれた商人の顔が引き締まった。前置きの話は終わったらしい。
「――さて、本日はご回答を頂きに参りました。私たちの申し出をお受けくださいますか?」
ネルハンさんは丁寧に、それでいて力強い態度で親父の前に立つ。だけど、対する親父の言葉はあっさりしていた。
「リシェール商会と組むのはやめておく」
「……そうですか。理由をお伺いしても?」
親父の回答を聞いても、ネルハンさんの笑顔は崩れなかった。だけど、雰囲気が変わったことは僕にも分かる。
「俺とお前さんじゃ、剣闘士に対する考え方が違いすぎる。なんつーか……お前さんは、剣闘士を使い捨ての商品だと考えてるだろ?」
「そのようなつもりはありませんよ。剣闘士は闘技場の主役ですからね。相応しい待遇を用意するつもりです」
「それは一部の剣闘士だけだろう。あのプランだと、死んじまう剣闘士はむしろ多くなるはずだ」
「闘技場はエンターテイメントです。観客が求めるものを提供してこそ人気が出るというもの。そして、人々が剣闘試合に求めるものは血であり、死です。
強い剣闘士は生き残って栄華を手にし、弱い剣闘士は命を失う。闘技場の理ではありませんか」
二人の会話が続く。親父はもちろんのこと、ネルハンさんのほうも引くつもりはないようだった。
「俺もそう思ってたけどよ、旅の間にちょいと考えが変わってな。少なくとも、わざわざ剣闘士の死亡率を上げる必要はねえだろう?」
「……なるほど。それなら計画を少し変えて、無闇に剣闘士が減らないよう調整しましょう。いかがですか?」
「調整……」
その言葉に、親父は嫌そうな表情を浮かべて首を振る。
「いや、それでもやめとく。……こう言っちゃ悪いが、やっぱりお前さんは剣闘士のことを理解しきれてねえよ。
帝国が商会に運営権を認めない理由もその辺にあるんじゃねえか? ……わざわざ来てもらったのに、こんな返事で悪いな」
そんな一連の会話を、僕は黙って聞いていた。話の内容が具体的にどんなことを指しているのかは分からなかったけど、二人の話が駄目になったことだけははっきり分かった。
「今の収益では、赤字がどんどん膨らむだけでしょう。そうなれば、せっかくの闘技場を手放すことになりますよ?」
「その時はその時だ」
親父は静かに頷く。それは虚勢でもなんでもなく、心からの言葉だということがよく分かった。
ネルハンさんもそれが分かったのか、神妙な面持ちで頷く。
「それは残念です。それでは私は引き上げますが……お困りの際には、いつでもご相談くださいね」
そう告げると、ネルハンさんは意外なほどあっさり去っていく。扉がパタンと閉まると、親父はソファーにどっかり座り込んだ。
「ミレウス、悪かったな。変な場面に立ち会わせちまってよ」
「ううん、付いていきたいって言ったのは僕だもの」
僕の答えを聞いて親父は微笑む。
「あいつらは闘技場を一緒に経営しよう、金は出すと持ちかけてきたんだがよ……やっぱ商人と剣闘士じゃ価値観が違いすぎる」
ネルハンさんが出ていった扉を眺めながら、親父はぼそっと口を開く。
「あいつらにとっちゃ売り上げが正義だからよ、剣闘士が死ぬことをメインイベントとして考えてる。
たしかに剣闘士は命を賭けて闘うもんだ。もちろん、それは剣闘士だけじゃなくて、冒険者や軍隊だって同じことだ」
その言葉が僕に向けられたものなのか分からなかったけど、黙って頷く。
「だが、あいつらは死亡者を意図的に増やそうとしてる。あの様子だと、客を集めるために八百長をしろと言い出すのも時間の問題だ」
「だから断ったの?」
「闘技場の支配人である以上、剣闘士の誇りと生命を軽く扱うわけにはいかねえからな」
親父はきっぱり宣言する。そしてわざとらしく伸びをすると、僕に笑いかけた。
「リシェール商会と手を組めば、この闘技場を立て直す方策を提案してくれる予定だったらしいが……そこだけは惜しいことをしたもんだぜ」
親父は冗談めかして肩をすくめる。だけど、そう話す親父の顔は、本当に残念そうだった。
◆◆◆
「そう、断ったのね」
「ああ。やっぱり商人と組むのは難しいな。あいつらの知識は役に立つが、頼っているといつの間にか搦めとられる」
夕方。家に帰ってきた僕たちは、エレナ母さんやヴィンフリーデとリビングでくつろいでいた。
「上手いこと改善案だけ聞き出せりゃいいんだけどよ……」
「そういうの、あなたは苦手でしょう?」
「まあな。相手が商人とくりゃ余計に駄目だ」
もはや爽やかとさえ言える笑顔で親父は力強く頷いた。そして、なぜか僕を見る。
「とりあえずは、ミレウスが言ってた場所でも変えてみるか」
「え? ミレウスがどうかしたの?」
不思議そうに首を傾げるエレナ母さんに、親父は自慢げに話す。
「ああ、ミレウスが闘技場の改善点をいくつか見つけたんだ。すげえだろ?」
「まあ、凄いじゃない。ミレウス、ありがとう」
「……うん」
二人の笑顔が照れくさくて、僕は思わずそっぽを向く。すると、そっちの方向にいたヴィンフリーデと目が合った。
「ミレウス、何を見つけたの?」
「えっと……」
ヴィンフリーデに今日の出来事を軽く説明する。すると、いつの間にか近くまで来ていた親父が僕の肩を叩いた。
「ミレウス、その調子で他にもないか? どうすれば闘技場の人気が出ると思う?」
「もう、まだ八歳のミレウスに頼ってどうするのよ」
エレナ母さんが親父をたしなめる。だけど、親父にそう言われたことが嬉しくて、僕は頭を必死で回転させる。
「うちの闘技場って、他の闘技場とどこが違うの?」
そして、出てきたのは問いかけの言葉だった。予想外の問いかけだったみたいで、親父とエレナ母さんが顔を見合わせる。
「できてまだ三年しか経ってないから新しい、とか?」
エレナ母さんが悩みながら口を開いた。すると、今度は、親父が問いかけてくる。
「つまり、ミレウスが言いたいのはうちの闘技場のウリが何かってことだな?」
「うん」
僕は何度か、別の闘技場に連れて行ってもらったことがある。大きさや建物はバラバラだけど、基本的にやることは同じだ。
そして、やることが同じなら、わざわざうちの闘技場を選ぶ理由はなんだろう。そう思ったのだ。
「剣闘士の質には自信があるがな。歴史のある闘技場はともかく、最近できた闘技場の中じゃピカイチのはずだ」
親父は自信満々の顔で言い切った。『闘神』とかいう凄い二つ名を持っていた親父が言うのだから、それは本当なのだろう。
「それでお客さんが集まらないなら、お客さんたちがそのことを知らないか……」
そこで僕は口籠もった。これを親父に言ってもいいものだろうか。そう悩んでいると、親父が口を開いた。
「――もしくは、客はそれを気にしてないか、だな。……正直、その可能性は考えたくないがな。俺の考える闘技場じゃなくなっちまう」
僕がためらった理由を、親父はしっかり見抜いていた。僕は親父の言葉に頷く。
「じゃあ、そっちを考えるのはやめるね。……ということは、うちの剣闘士が強いことを、みんなに知ってもらえばいいのかな」
「たしかにそうだが……なかなか上手くいかなくてな。他の闘技場も自分のとこの剣闘士が強いと触れ回っているから、結局差がつかねえ」
「どうしても宣伝合戦になってしまうものね。それに、私たちじゃいい文句も思いつかないし」
親父の言葉にエレナ母さんが同意する。なるほど、そうなると別の方法を考えないといけないな。
「他の闘技場の剣闘士と試合はできないの?」
上手くいけば、他の闘技場のお客さんがこっちへ来てくれるはずだ。うちの剣闘士のほうが強いなら、特に効き目があるんじゃないだろうか。
僕の言葉を聞いて、親父は興味を引かれたように身を乗り出した。だけど、やがて首を横に振る。
「実現は難しいかもな……どっちの闘技場の剣闘士が強いのかバレるのを嫌うやつは多いだろう」
たしかに、それはそうかもしれない。となると……。
「大きな闘技場は? 強い人もたくさんいるんでしょ?」
「でかい闘技場か……たしかに、でっかい闘技場なら層も厚いし、いい戦いを見せられる組み合わせだって作れるな」
親父は窓の外を見ながら考え込む。
「それに、大きな闘技場なら宣伝の効果も大きいよ」
一回で百人のお客さんに知られるよりは、一回で千人のお客さんに知られたほうがいいはずだ。
「問題は、交流試合の申し入れを相手が受けてくれるかどうかね……」
エレナ母さんは心配そうに呟く。だけど、僕には考えていることがあった。
「親父はとっても有名な剣闘士だったんだよね? 他の闘技場の人ならともかく、親父が頼めば聞いてくれたりしないの?」
親父が剣闘士だったのは十五年くらい前だって聞いたけど、そんなに凄い剣闘士なら、今も闘技場の人たちは覚えているだろうし、ちょっとオマケしてくれる人もいるんじゃないかな。
「うーむ……それがよ、なんかズルいっつーか、反則してるような気がしてな」
親父は困ったように答える。大雑把でなんでもありな性格に見せかけて、親父は意外とこだわりが強い。
「知り合いにお願いするんじゃなくて、普通に担当の人とお話するのは?」
だけど、このままじゃうちの闘技場は変わらない。少なくとも、親父が望んでいる人気のある闘技場にはならない。そんな気がした。
「担当者は支配人ってことになるからな。結局、俺のことを知ってる奴ばっかだろうが……」
親父は腕組みをして唸り声を上げた。しばらく唸り続けていたかと思うと、パンッと右拳を左手に叩きつける。
「覚悟が足りねえのは俺のほうか……。ミレウス、ありがとよ。ちょいと視野が広がったぜ」
その言葉に、僕は思わず顔を上げた。
「じゃあ……?」
「おう、でかい闘技場に話をしてくる。断られたところで、別に損はしねえしな」
親父はニヤリと頷く。楽しそうな表情につられたのか、気がつけば僕も笑顔を浮かべていた。
「あらあら、男の子二人が悪い顔をしているわ」
それを見たエレナ母さんがおかしそうに笑う。
「へっ、俺とミレウスの悪だくみを甘く見んなよ?」
一瞬で身支度をした親父は、そう言い残すと家を出ていく。まるで風のような速さだ。
「うふふ、楽しみにしているわ」
そんな親父を、エレナ母さんは嬉しそうに見送っていた。