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来訪者Ⅰ

「君は……ハーフエルフじゃないか……」


 兄妹の証であるイヤリングの片割れを持ち、俺を『お兄ちゃん』と呼ぶ少女。彼女の尖った耳は、どう見てもハーフエルフのそれだった。


 半ば無意識に自分の耳に触れるが、やはり尖っているようには思えない。その事実にほっとしつつも、様々な思考が溢れてくる。その中で最も大きなものは、やはりこの体質・・だ。

 俺は筋力を得るために、ありとあらゆるトレーニングを試してきたが、どれ一つとして効果はなかった。だが……もし俺にエルフの血が入っているのなら、それも納得がいく。エルフは種族的な特徴として、あまり筋肉がつかないからだ。


 だが、それなら俺の容姿はなんだというのか。


「ひょっとして、君とミレウスは、お父さんかお母さんが同じなのかい?」


 俺が沈黙している間にユーゼフが口を開く。そうか、その可能性があったな。そのことをすっかり見逃していたあたり、俺は大きく動揺していたのだろう。俺の父親か母親がエルフとの間に新たに子を作ったのだ。


「違うよう! お父さんもお母さんも一緒だもん!」


 少女はぷぅっと頬を膨らませた。そして、さらりと新たな事実を口にする。


「それに、わたしはクォーターだもん。……お兄ちゃんと同じで」


 その言葉に俺は目を見開いた。クォーターエルフ。その名の通り、エルフの血は四分の一ほどしか入っておらず、大抵は人間とハーフエルフの間に生まれる。


「だが、その耳は……」


 俺の視線は再び少女の耳に向けられる。俺が知っているハーフエルフは、第二十八闘技場うちの取引相手であるユミル商会のヴェイナードだが、彼の耳と比べても遜色のない長さだ。


「クォーターは、どっちの特徴が出るのか不安定だもん。お兄ちゃんだって人間みたいな耳をしてるでしょ?」


 少女は当然のように答えた。そう言えば、『蒼竜妃アクアマリン』エルミラが、クォーターは種族特性の発現に個人差があると言っていたな。彼女は竜人のハーフだが、エルフもそういうものなのだろうか。


「ええと……じゃあ、あなたのお父さんかお母さんがハーフエルフなの?」


 俺が考え込んでいる間に、今度はヴィンフリーデが口を開く。すると、少女は元気よく頷いた。


「うん! お母さんがハーフエルフだよ」


 それは予想通りだった。親父から、俺の父親であるセイン・ノアがハーフエルフだという話を聞いたことはないからだ。


 そう考えていた俺は、ふと我に返った。今の俺の思考は、俺とこの少女が兄妹であること……つまり、俺がクォーターエルフであることを前提にしている。そのことに気付いたからだ。まだそうと決まったわけではない。


「こう言ってはなんだが……人違いの可能性はないか?」


 そう言って眼前の少女を再び観察する。尖った耳はもちろんのこと、薄緑の髪色といい、目がぱっちりと大きく愛くるしい顔立ちといい、俺と似ているようには思えない。


「ないもん! ……お兄ちゃん、わたしのことを疑ってるの……?」


 今まで快活な表情を浮かべていた少女の顔が曇る。その様子に罪悪感が生まれるが、疑っているのは事実だ。そして、罪悪感に駆られたのは俺だけではないようだった。


「えっと……ほら、ミレウスは自分に妹がいるなんて知らなかったから、突然そう言われてもピンと来ないのよ」


 少女をフォローするようにヴィンフリーデが口を開く。


「あなたは、お兄ちゃんがいるって以前からご両親に聞かされていたんでしょう? でも、ミレウスは今日、初めて知ったのよ。そもそも、お父さんとお母さんの顔だって知らないわけだし」


「あ……」


 ヴィンフリーデの言葉を聞いて、少女ははっとした様子で俺を見る。


「ごめんなさい……」


 その言葉は、自分だけが両親を独占していることに対する謝罪だろうか。だから、俺は穏やかに首を横に振った。


「気にする必要はないさ。親の顔を知らないのは事実だが、そのことを恨んじゃいない」


「本当に……?」


「ああ」


 少女は不安そうに俺を見つめていたが、やがて吹っ切ったように笑顔を浮かべる。


「よかった……! お父さんもお母さんも、お兄ちゃんのことをずっと心配してたから……」


 正確に言えば、恨むほどの興味がないだけなのだが、さすがにそれを言うつもりはなかった。そして、代わりに気になっていたことを問いかける。


「ところで、君はこの街まで誰と来たんだ?」


 両親と来たわけではないだろう。それなら少女と一緒にここを尋ねてきたはずだ。しかも、彼女の見た目はハーフエルフのそれだ。帝都に入るのも簡単だったとは思えない。


「あのね、商隊にくっついてきたんだ」


「商隊に?」


 オウム返しに問いかける。この街は一国の首都だけあって、多くの商人が訪れる。だが、こんな少女の同行を認めるものだろうか。


「うん! 護衛をする代わりに、連れて行ってくれるって」


「護衛……?」


 ひょっとして、意外と腕利きの魔術師なのだろうか。ハーフエルフの血が濃く発現しているのであれば、あり得ない話ではない……はずだ。


「そうだよ。……ほら、これ」


 そう言って、少女は背負い袋から筒のようなものを取り出した。短剣くらいの大きさだろうか。その筒の根元には魔法陣が描かれていた。


「魔道具か?」


「うん、魔工銃マジックガンだよ。わたし、これでも魔工技師なんだからっ」


 少女は得意げに解説してくれるが、俺たちは一様に首を捻るばかりだった。レティシャや『千変万化カレイドスコープ』ならともかく、俺たちに魔道具の知識はない。


「そうか、凄いな。ところで……」


 話を元に戻す目的もあって、俺はすっかり聞きそびれていたことを尋ねる。


「そろそろ君の名前を教えてもらってもいいか?」


「……あ」


 少女は目をぱちくりさせた。まだ名乗っていないことを思い出したらしい。


「わたしはシルヴィ。シルヴィ・ノアだよ。よろしくね、お兄ちゃん!」


 シルヴィと名乗った少女は、もう一度満面の笑顔を見せた。




 ◆◆◆




「ここがお兄ちゃんのおうち? 広いね!」


「……元は四、五人で暮らしていたからな」


 どうしてこうなった。そんな思いを抱えながら、俺は妹と名乗る少女シルヴィを家に迎え入れていた。


 驚きの連続で疲弊した俺は、話し合いの一時休止を提案して、家へ帰ろうとしたのだが……なぜかシルヴィも着いてきたのだ。宿へ帰らないのかと聞いたところ、もともと俺の家に泊まるつもりだったらしい。


 魔道具を扱えるとは言え、大した戦闘力はないだろうし、そんな物騒な目的を持っているとも思えない。また、出自的に他の人間には言いにくいこともあるだろう。そんな理由から、結局、俺は彼女を泊めることにしたのだ。


「さて……」


 リビングのソファに腰かけた俺は、同じくソファに座ったシルヴィに話しかける。


「聞きたいことは色々あるが……どうしてこっちに座ってるんだ」


 そう問いかけた理由は、シルヴィが俺の向かいではなく、すぐ隣に腰かけたからだ。


「えー! だって、せっかくお兄ちゃんと会えたんだよ?」


 彼女は嬉しそうに笑うと、足をバタバタさせた。その顔を見てしまっては、向かい側へ移動しろとも言いにくい。シルヴィを移動させることを諦めると、俺は部屋から持って来ていた小箱を開けた。


「あ……」


 シルヴィが声を上げる。そこに入っていたのは、彼女にとっても見慣れたものだからだ。片方しかないイヤリング。細かい鎖を通してペンダントにしてあるが、その形には手を加えていない。


 それを見て、シルヴィは自分のイヤリングを取り出した。その形はそっくりであり、並べて置くと一対の装飾品にしか見えなかった。


「ほらね!」


 シルヴィは目を輝かせる。たまたま同じイヤリングを持っていただとか、彼女が本当の持ち主だったとは限らないだとか、そういった可能性はまだ残っている。

 だが、彼女が俺の妹である可能性は高まっていた。俺を訪ねて親父の元へやって来たこと自体、関係者でなければできないことだ。


 となれば、後はシルヴィから話を聞いて判断するしかない。俺は嬉しそうに身を寄せる彼女に問いかけた。


「それで……シルヴィはどうしてここへ来たんだ?」


「お兄ちゃんに会うためだよ」


 きょとんとした様子でシルヴィは答えを返した。聞き方が悪かったか。


「どうして今、訪ねてきたんだ? その歳で一人旅は大変だろう」


「うん……」


 笑顔満面だった彼女の顔が曇る。ひょっとすると、俺と同じように両親に縁を切られたのだろうか。それにしては、あまり親に悪感情を抱いていないようだが……。

 そんなことを考えていると、シルヴィは言いにくそうに口を開いた。


「……あのね、お父さんとお母さんを助けてほしいの」


「助ける?」


 唐突な言葉に面食らう。


「もともと、お父さんもお母さんも里で暮らすつもりはなかったんだって。でも、わたしが生まれて、お兄ちゃんを迎えに行こうとしたところで、嫌な人たちがたくさん出てきて……」


 さらに言葉を続けるが、彼女の話はさっぱり要領を得なかった。いったん時系列の話を諦めると、俺は別の質問を投げかけることにした。


「里と言ったが、シルヴィや両親はどこで暮らしているんだ?」


「フォルヘイムだよ」


 彼女の答えを受けて、俺の顔が少し強張った。その地名には覚えがあったからだ。フォルヘイムの通称は『エルフの里』。つまり、彼女はエルフ種の中で育ったということだ。


「だから、旅の途中で石の都をたくさん見て驚いちゃった」


 こちらの警戒心には気付いていないようで、シルヴィは屈託なく道中の話をする。驚きの連続だったこと、エルフの里の常識で行動して失敗したことなど、ころころと変わる表情でこの街へ至る過程を説明してくれた。


 そして、シルヴィの話を聞くうち俺の中に疑問が生まれる。彼女の話の流れに合わせて、俺は口を開いた。


「しかし……そんなにお世話になったなら、俺もお礼を言っておかなきゃな」


「お礼……? 誰に?」


「シルヴィを連れてきてくれた商隊だよ」


 彼女はハーフエルフに見える外見をしている。他の国では多少珍しい目で見られるだけだが、帝国を目指す商人であれば、この国がエルフに対して妙に厳しいことは知っているだろう。

 しかも、彼女はまだ十歳程度だ。本当に戦闘力があったとしても、商隊に加えるにはあまりに異質だ。いったいどんな商隊が彼女を連れて来たのか、非常に気になっていた。


「ぜひとも会ってお礼を言いたいな。なんて名前の商隊だったんだ?」


 俺は自然な流れで問いかける。だが、彼女は焦ったように口ごもった。


「えっと……あのね、いろんな商隊にくっついてきたから名前まで覚えてないの」


「じゃあ、最後の商隊の特徴を教えてもらえるか? この国に入るのは大変だっただろうし、どうせお礼を言えるのはその商隊だけだろうから」


「うーん……特徴は……普通? うん、普通だった!」


 どうやら腹芸は苦手らしい。生温かい視線を注いでいると、彼女は耐えきれなくなったようだった。


「……ごめんなさい。名前とか特徴は言えないの。それが、わたしを同行させてくれた条件だったから」


「不思議な条件だな……」


 何か後ろ暗い商隊なのだろうか。だが、それなら最初からシルヴィを同行させなければいい話だ。

 一見するとハーフエルフにしか見えないシルヴィをこうして帝都へ連れて来たのだ。後で帝国に咎められることを警戒して、口止めをしただけかもしれない。……あまり効果は上がっていないようだが。


「ところで、さっきは話が逸れたが……両親を助けてほしいとはどういう意味だ? 命が危ないのか?」


 ひとまず商隊の追及を棚上げしておいて、他に気になっていたことを確認する。彼女が暮らしていたフォルヘイムはかなり遠くにあり、移動するなら一月では済まないだろう。わざわざそこから俺を訪ねてきたのだ。それなりに切羽詰まっているのかもしれない。


「ううん、そんなことはないよ。でも、ずっと里から出られないの」


「監禁されている、ということか?」


「そうじゃないけど……えらい人たちと仲が悪いんだって」


「なんだそりゃ……」


 エルフの里の偉い人。となれば、やはりエルフの王族のようなものがいるのだろうか。そう尋ねてみたところ、シルヴィはあっさり頷いた。


「うん、いるよー。でも、王様はちょっと前に死んじゃって、王子様も三年くらい前に死んじゃったから、今は王女様がいるだけだよ」


 意外と厳しい状況だな。まあ、王族なら親戚はたくさんいるだろうし、血が絶えることはないだろうが。


「王女は即位しないのか?」


「だって、王女様だもん」


「それは性別の問題か? それとも年齢の問題?」


 その問いかけにシルヴィは首を傾げた。王族の風習なんて、あまり気にしたことがないのかもしれない。というか、俺だってそうだしな。


「ちなみに、王女は何歳くらいなんだ?」


 それくらいなら彼女でも分かるだろう。すると、返ってきた答えは予想外のものだった。


「たしか、九十歳くらい?」


「お婆ちゃんじゃないか……」


 思わず呟く。王女という響きから、若い女性を思い描いてしまうのは仕方ないことだろう。


「え? 九十歳だよ? 王女様は若いし、すっごく綺麗だよ?」


「いや、九十歳だぞ?」


 シルヴィの反論にさらに反論する。なんだか話が噛み合っていない。しばらく不思議そうな顔をしていた俺たちは、ようやく齟齬に気付いた。


「そう言えば、エルフは長寿だったな。すっかり忘れてた」


 寿命には個人差が大きいようだが、それでも五百年から千年は生きるらしい。そこから計算すると、九十歳はまだまだ若いほうなのだろう。それに、エルフはあまり老化しないはずだしな。


 ということは、俺の老化も遅いのだろうか。もしそうであれば、俺の身体にエルフの血が流れている証拠になるが……そんなに気長に検証する気にはなれないな。どうせ個人差も大きいだろうし。


 そうして、様々なことを確認し終えた俺は、大きく息をついた。そして、隣のシルヴィをやや気遣いながら口を開く。


「なんとなく事情は分かったが……すまないな、俺はこの街を……闘技場を離れるわけにはいかない」


「え?」


 彼女はきょとんとした表情で俺を見つめた。その様子に心が痛むが、結論は変わらない。


「俺には親父から受け継いだ闘技場を帝都一にするという目標がある。今は重要な時期なんだ」


 早急に有力な剣闘士を育てなければ、いつまで経っても闘技場ランニング一位は獲れない。魔術師を公式ランキングに組み込むことができれば、レティシャが上位ランカーになることはほぼ確実だが、こちらも工作の成果は上がっていない。やるべきことは山積みだった。


 俺の言葉を聞いたシルヴィは、しばらく黙って俯いていた。だが、やがてぽつりと呟く。


「……そっか」


 それは意外な反応だった。今までの天真爛漫なイメージからすると、もっと粘ると思っていたのだ。そんな思いが伝わったのか、シルヴィは寂しそうな瞳で俺を見つめる。


「お父さんもお母さんも、お兄ちゃんを無理に連れてきちゃ駄目だって、そう言ってたもん」


「そうか。……すまないな、わざわざ遠くから助けを求めに来たのに」


 そう謝ると、シルヴィは首を横に振った。


「ううん。もともと、お父さんはイグナートさんに応援を頼むつもりだったの。だから、お兄ちゃんは気にしないで」


「ああ、そういうことか……」


 よく考えれば、両親は俺がどう成長しているか知らないはずだ。親父のおかげでそれなりに剣は使えるが、それを見越して俺に助けを求めるとは考えにくい。

 本命は親父で、俺はついで程度だったのだろう。そう考えれば、断る身としては気が楽だ。


「さて……そうと決まれば、これからどうするかを決めなきゃな」


「これからって?」


「シルヴィはフォルヘイムへ帰るだろう? 今日は遅いから泊っていけばいいが……どうする? 明日発つか?」


 そう尋ねると、シルヴィは困った表情を浮かべた。ひょっとして、帝都観光でもしたかったのだろうか。


「……フォルヘイムを出たついでにこの街を見て回りたいなら、数日くらいは構わないが」


 フォルヘイムへ来てほしいという願いを断ったこともあって、俺は早々に譲歩した。だが、相変わらず彼女は困り顔のまま呟く。


「お兄ちゃん、どうしよう……イグナートさんと一緒に帰るつもりだったから、帰りのことなんにも考えてなかった……」


「おい……」


 たしかに、親父がいれば商隊に混ぜてもらう必要はないだろうからな。食糧と水さえあれば、どこへだって行けるだろう。


「一緒に来た商隊を探すしかないか……?」


 と言っても、帝都は広い。見つかる可能性は低いし、正体がバレないように口止めをするような連中が、またコンタクトを取ってくれるとも思えなかった。


「……ちなみに、いつ戻る予定だったんだ?」


 どう考えても簡単に手配できるとは思えない。そもそも、帝国でエルフの里へ行きたいなどと言い出すこと自体が危険だ。時間がかかりそうだった。


「決まってないよ? この国までどれくらいかかるか分からなかったし、それに……」


 そこでなぜか言いよどむ。気になって続きを促すと、彼女は小さな声で告げた。


「もし里に戻りたくない場合は、お兄ちゃんと暮らしてもいいから、って……」


「俺と?」


 あまりに意外な言葉だった。どう育っているかも分からない俺に、十年も育てた娘を簡単に託すものだろうか。まして、彼女はハーフエルフにしか見えない外見だ。この国で苦労することは想像に難くない。


 もしくは、それほど切羽詰まっているか、だ。


「シルヴィ、フォルヘイムでの生活は楽しいか?」


「うん、楽しいよ! ……大人は大変そうだけど」


「大変というのは、さっき言っていた偉い人との軋轢か?」


「……うん。里の奥にいる人たちは、あんまりハーフやクォーターが好きじゃないから」


 どうやら、エルフの里も色々あるようだった。人間も仲間内でさんざん角を突き合わせているのだから、エルフだってそんなものなのだろう。先日のジークレフとの一件を思い出して、俺は苦笑を浮かべた。


「なるほどなぁ……。それで、シルヴィとしてはどうしたいんだ? この街で暮らすか、それともフォルヘイムへ帰るか」


 そう尋ねると、彼女の顔が少し曇った。


「お父さんとお母さんが心配だから……ごめんね、お兄ちゃん」


「お、おう……」


 別にいいんだが、なんだか俺がフラれたみたいになってるぞ。そんな思いに蓋をしつつ、俺は今後のことに意識を向ける。


 どの道、彼女をフォルヘイムへ帰すには時間がかかる。その手筈を考える間くらいなら、彼女をこの家に逗留させてもいいだろう。そう伝えると、シルヴィは目を輝かせた。


「ありがとう、お兄ちゃん! 大好き!」


 そして頭をぐりぐりと押し付けてくる。エルフの里で育っている以上、警戒はせざるを得ないが、この妹にスパイ活動ができるとはまったく思えない。過度の警戒は不要だろう。


「じゃあ、詳しい話はまた明日にするか。今日はもう休んだ方がいいし、ベッドを用意しておく」


 女の子だし、とりあえずヴィンフリーデの部屋を使わせてもらおう。そんなことを考えていると、シルヴィが口を尖らせた。


「えー! もっとお兄ちゃんとお話ししたい!」


「身体は長旅で疲れてるはずだぞ。明日倒れられるほうが困る」


「むー……私もお兄ちゃんに聞きたいことがいっぱいあるのに」


 何をそんなに聞くつもりなのだろうか。そんなことを考えながら、俺は立ち上がる。


「どうせ明日も明後日もいるんだし、機会はいくらでもあるだろう」


「明日も、明後日も……」


 その言葉にシルヴィの口角が上がる。そんなに喜ぶようなことだとは思えないが、とりあえず彼女は納得した様子だった。


「約束だよ! 明日ちゃんとお話ししてね!」


「仕事が終わってからな」


 寝具はどこに収納していただろうか。最後に掃除したのはいつだったか。そんな記憶を掘り返しながら、俺はシルヴィに家の中を案内していった。




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