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捜索 Ⅰ

 皇城のとある一室で、俺は帝国の重要人物たちと向かい合っていた。


「にわかには信じがたい話ですが……存在を知っていること自体が証拠ですね」


「そうだな。……まったく、驚かせよるわ」


 帝国第四騎士団の団長であるレオンが口を開き、イスファン皇帝が探るような目つきで俺を見る。事の発端は、地下遺跡の事情を知るディネア魔術ギルド長を通じて、帝国政府の上層部に連絡を取ったことにあった。


 その結果、皇城に呼び出された俺を待っていたのは、イスファン皇帝と第四騎士団のレオン団長、そして話を通してくれたディネア導師だったというわけだ。案件の性質上、対処できる人間は少ないだろうと思っていたが、さすがにこの面子は予想外だった。


「……まさか、第二十八闘技場の地下が遺跡群に繋がっていたとはな」


「建設の途中で地下へ繋がる階段をたまたま掘り当てたなど、にわかには信じがたい話ですが……」


「だけど、狙って掘り当てられるものじゃないからね。あたしも話を聞いた時は驚いたよ」


 国の重鎮たちは揃って渋い顔をしていた。本来であれば、俺のような一般人が知るべきことではないのだろう。


 もちろん、俺もすべてを包み隠さず語ったわけではない。伝えた内容は、第二十八闘技場うちを新設した時に地下階段が見つかったということと、そこが地下に広がる遺跡群へ繋がっていたということだけだ。


 当初は政府に明かすつもりはなかったのだが、帝国上層部が地下遺跡群の存在を知っていることや、ディルトやエルフを帝国が捕らえた後のことを考えると、第二十八闘技場うちの地下遺跡の存在がバレるのも時間の問題だろう。ならば、こちらから打って出たほうが安全だ。そう考えた末の行動だった。


 なお、結界装置の話は一切していない。幸いなことに、結界装置があるコントロールルームの場所は、地下世界へ向かう経路から外れている。隔壁を下ろしておけば気付かれることはないと思われた。


「なぜ、今まで黙っていたのですか?」


「最近見つけたからです。それまでは、支配人の仕事に忙殺されて、地下階段の先を確認する余裕がありませんでしたからね」


 問いかけたレオン団長に向き直り、真面目な顔で答える。


「階段を見つけた時に、不審に思わなかったのですか?」


「前の住人が残した地下室があるのだろう、としか思いませんでした。当時は、新しい闘技場を予定通りに完成できるかのほうが重要でしたから」


 そう答えると、団長は納得してくれたようだった。闘技場を所掌しているだけあって、その辺りに理解があるのはありがたいな。


「ミレウス支配人のお気持ちは分かります。……そもそも、そちらから自発的に報告してきた話ですし、後ろ暗い所があるとも思いません」


 最初から古代遺跡に目を付けていた、などとはさすがに思いもつかないのだろう。レオン団長は真摯な眼差しで告げる。


「ですから、私たちが懸念しているのは二点です。まず、一つは安全面。ミレウス支配人が我々に話を持ってきたのは、地下遺跡でエルフと遭遇したからですね? となれば、地下遺跡から第二十八闘技場へ、エルフが侵入を試みる可能性があります」


「それどころか、すでにエルフが侵入しようとした形跡がありました」


「なんですって!?」


 俺の言葉を聞いて、レオン団長は身を乗り出した。


「ですが、侵入できず諦めたようです」


「そうですか。……ですが、油断はできませんね」


 レオン団長はほっとした様子だった。だが、すぐにその顔を引き締める。


「そして、もう一つですが……それは、地下遺跡の情報が洩れることです。地下遺跡は危険に満ち溢れており、うかつな行いが地上にある帝都を消し飛ばす可能性すらある。

 ですが、もしこの存在が明るみに出れば、危険を顧みず飛び込む輩が後を絶たないことでしょう」


 そして、彼の目に力がこもる。


「ですから、地下遺跡の件については、他言無用でお願いしたい。ディネア導師のお話では、地下遺跡のことを知っているのはごく一部の人間だけとのこと。無闇に広めなかったことは幸いでした」


「もちろんです」


 本当に理由はそれだけだろうか。そんな疑問が頭をよぎるが、今はそれを訊くべき時ではない。


「そして、闘技場経由で地下遺跡を発見する人間が発生しないよう、地下遺跡に繋がる階段は破壊してもらいたいのです」


「破壊、ですか……」


 俺は渋い表情を浮かべた。結界装置は遠隔操作が可能である以上、地下遺跡へ行けなくなっても不自由はほぼない。だが、装置に異常が起きた時に、対処が難しくなってしまう。


「実は、この皇城の地下にも遺跡に繋がる道がありますが、そこも入念に封印を行っているのです」


 渋る俺の心情を見抜いたのか、レオン団長は言葉を追加した。


「この皇城にも?」


 団長の発言は、俺を驚かせるに充分なものだった。だが、よく考えれば彼らは地下遺跡の存在を知っていたのだ。経路の一つも確保していて当然かもしれない。


「この皇城の内部でさえ、それほど入念に警備しているのです。失礼ながら、闘技場が同レベルの警備体制を敷くことは不可能でしょう。本来であれば、帝国の管理下に置きたいところですが……」


「それは困ります。あの闘技場には膨大な資金をつぎ込んでいます。お客様もようやく新しい場所に馴染んできたところですし、これ以上移転はできません。

 また、第二十八闘技場うちは三十七街区の復興・発展に少なからず貢献しているという自負もあります」


 最も警戒していた事柄が話題に上ったことで、俺は即座に反応した。


「また、地下遺跡へ繋がる階段については、そちらにおられるディネア導師の弟子である『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』の結界によって、関係者以外が立ち入ることのないよう封鎖しています」


 その言葉で、二人の視線がディネア導師へ集まった。『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』の力量を確認したいのだろう。


「あたしの弟子の中でも、トップクラスの子さね。結界術専門じゃないけど、魔力もセンスも並外れてる」


 ディネア導師がそう説明すると、皇帝は思い出すように遠い目をする。


「『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』というと……この間二十八闘技場で試合を観た時に出場していた魔術師だな」


「はい、そのはずです」


 レオン団長ははっきり覚えていたようで、即座に皇帝の言葉を肯定した。


「かつて宮廷魔術師としてスカウトする話も出ていましたが、断られたようですね」


「あの子は魔法を創り出すことが大好きだからね。仕事でがんじがらめになる宮廷魔術師は性に合わないだろうさ」


 団長の言葉にディネア導師が言葉を挟んだ。宮廷魔術師か……レティシャが優秀なことは知っているつもりだが、そんな話があったとは驚きだな。


「……ともかく、あの子が本気で封鎖したなら、そんじょそこらの連中にゃ手も足も出ないだろうさ」


「ほう? 『結界の魔女』と呼ばれたお前よりも優秀なのか?」


「あたしに比べれば技術はまだまだだけど、あの子にはそれを補って余りあるセンスがあるからね。下手をすれば、目的のために新しい魔法を編み出すような子だよ」


 どうやら、レティシャは彼女の師から高い評価を得ているようだった。ディネア導師が誇らしげに見えるのも気のせいではないだろう。そう思っていると、導師が不意にこちらを見た。


「支配人、何をニヤニヤしてるんだい?」


「『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』は第二十八闘技場うちのスター選手ですからね。高評価を頂いていることを知って、つい顔が緩んだようです」


「スター選手ね……それだけかい?」


「ええ、そうですが」


 ディネア導師はどこか不満そうだった。だが、その割に悪意は感じられない。内心で首を傾げていると、彼女は小さく息を吐いた。


「まあ、いいさね。あの子のプライベートに首を突っ込む気はないからね」


 そんなことを呟くと、導師はイスファン皇帝に向かって口を開いた。


「あの子が本気で結界を敷いたなら、この皇城のセキュリティと大差はないだろうね。ただ、魔術面では同等だとしても、物理的な問題は残るよ」


「そうだろうな。皇城の地下階段は騎士がそれとなく守っているが、闘技場にそれを求めることはできまい」


「それに……支配人を前にして申し上げるのはなんですが、そこから地下遺跡群へ勝手に出入りされると困りますからね。やはり、確実に経路を潰しておきたいところです」


 レオン団長の言い分は分かった。地下遺跡群に対して、俺が悪事を働く可能性を考えざるを得ないのだろう。そして、俺はあくまで闘技場の支配人だ。ここで帝国政府と衝突するほど地下遺跡群に執着はない。


「それでは、ディネア導師に地下遺跡と地下世界を繋ぐ扉を入念に封印していただいた上で、地下階段を埋めることで対応します」


 俺は素直に要請に応じることにした。実際には、レティシャに頼んで抜け道か何かを設けるつもりだが……どのみち地下世界と隔離されるのだから、万が一バレてもそう怒られることはないだろう。


「ご協力に感謝します。……陛下、いかがでしょうか」


「うむ、問題なかろう。ディネアもそれでよいか?」


「ああ、構わないよ。レティシャにやってもらうかもしれないけど、責任は持つよ」


 皇帝の確認にディネア導師は頷く。


「となれば、後はエルフの対処ですが――」


 言いかけて、レオン団長ははっと俺を見た。なんらかの機密事項を口にするところだったのだろう。


「支配人は、間違ってもエルフと手を組むことはあるまいよ」


 うっすら警戒心をにじませた団長に、皇帝は笑いながら声をかけた。帝国のトップが一平民の人となりについて言及する。本来はあり得ないことだ。レオン団長は目を白黒させていた。


「しかし――」


「そうだろう? イグナートの弟子よ」


「……先代の仇ですから」


 短く答える。それだけでレオン団長は察したようだった。


「……あなたはもともと機密に触れていたのですね。地下遺跡でエルフと接触したことも、本来であれば我々に報告するほどのことではない。少し不思議に思っていたのですが、エルフを警戒しているが故の行動であれば納得がいきます」


 そうして、彼は改めて皇帝に向き直った。


「早急に地下遺跡を捜索して、エルフを捕らえる必要があります。急いで進めたいところですが、地下遺跡のことを知っている人間はごくわずかですから……」


「だが、あまり放置はできぬぞ?」


「心得ております。なんとか予定を繰り合わせて――」


 二人は難しい顔で今後の予定を話し合う。それを耳にした俺は口を開いた。


「もしよろしければ、私たちがご一緒しましょうか? すでに地下遺跡のことを知っている者ばかりですし、第二十八闘技場うちのトップランカーたちですから、実力も充分です。件のエルフたちと一度交戦しましたが、明らかにこちらが勝っていました」


 レオン団長もエルフを捕縛する気でいるのならちょうどいい。お互いに協力したほうが目的に近付けるだろう。次の闘技場連絡会議が迫っており、それまでにこの件に片をつけたかったこともあって、ユーゼフやレティシャの予定は抑えてある。


 俺が一番捕らえたいのはディルトだが、エルフも一緒に行動している以上、まとめて捕縛できるはずだ。それに、俺の予想が正しければ、エルフもあの事故と無関係ではないはずだ。


「ほう……?」


 皇帝は興味深そうに俺を見つめた。そんな主の様子を確認した後、レオン団長が口を開く。


「具体的には、どなたのことでしょうか?」


「『金閃ゴールディ・ラスター』と『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』です」


「なるほど、たしかに実力は充分ですね」


 団長は納得した様子だった。だが、すぐに首を傾げる。


「……ですが、なぜそこまで協力を申し出てくださるのですか?」


 その疑問はもっともだった。俺が団長の立場なら同じことを考えただろう。


「エルフにはいい思い出がありませんからね。警戒するに越したことはありません」


 過去の記憶を見つめながら答える。理由はそれだけではないが、さりとて嘘でもない。


「そうですね。奴らの企みの詳細は、捕縛すれば明らかになることでしょう」


 レオン団長の反応はかなり前向きなものだった。たとえエルフたちに罪状がなくても捕縛するつもりなのだろう。そんな感想を抱く。

 彼は帝国第四騎士団の長なのだから、かつての襲撃事件の首謀者についても知っているはずだ。だからこそ、こんな反応を示しているのかもしれなかった。


「もし奴らがディスタ闘技場の地下に立てこもったままであれば、空振りに終わるかもしれませんが……」


 俺は予防線を張るが、それでもレオン団長の意気込みは変わらない。


「いえ、それでもありがたい話です。ミレウス支配人、それではご協力をお願いできますか?」


「もちろんです。それでは日程ですが、実は私たちがもともと予定していた日が――」


 俺とレオン団長は日程を詰めていく。そうして唐突に決まったレオン団長との合同捜査は、三日後に行われることになったのだった。


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