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検証 Ⅰ

【支配人 ミレウス・ノア】




「読めない……」


 支配人室で首を捻る。俺の手元にあるのは、文字らしきものが並べられた紙片だ。


「すみません……ミレウスさんしか、相談できる人が浮かばなくて……」


 申し訳なさそうに謝ってくるのは、今日の救護神官の勤めを終えたシンシアだ。この紙片はシンシア宛として神殿に届けられていたらしいが、さっぱり意味が分からないと相談に来たのだった。


 よっぽど気になるのか、シンシアは俺と紙片の間で何度も視線を往復させていた。


「うーん……差出人に心当たりはないんだよな?」


「はい……」


 となると、差出人に真意を聞き出すわけにもいかない。文字とにらめっこしていた俺は、ふと首を傾げた。


「――あれ? この文字、どこかで見たような……」


 特定の文字というよりは、文字の雰囲気に既視感があったのだ。俺はこの大陸で使われている一般的な共用語しか知らないが、これはひょっとして……。


「今日はギルドに行くと言ってたような……シンシア、帰りに魔術ギルドに寄らないか?」


「え?」


「ひょっとして、という程度だが心当たりがある」


 もし彼女がいなくても、俺の予想通りなら誰かしらが読めるだろう。楽観的に判断すると、俺たちは魔術ギルドへ向かった。


「はぁ、レティシャ導師ですか? たしかにお姿を見た気がしますが……」


 ギルドの受付をしている男性は、困ったように俺を見た。レティシャは結構な有名人だし、ギルド内でもそこそこ上の地位にあったはずだ。いきなり現れた不審人物()を引き合わせていいものか悩んでいるのだろう。


「申し遅れました、私は第二十八闘技場の支配人を務めておりますミレウス・ノアと申します」


「第二十八闘技場……」


 その言葉に職員は反応を示した。レティシャが第二十八闘技場で試合をしていることは有名だし、支配人であれば彼女を訪ねていってもおかしくはない。


「第二十八闘技場の方だということを示すものはありますか?」


 なおも渋る職員だったが、ふとその視線が俺の後ろに向けられる。


「あなたは……」


「あ、マーキス神殿司祭のシンシアと申します」


 シンシアが名乗ると、職員は目に見えて態度を軟化させた。


「天神の神官様がご一緒であれば、偽りの申し出ということはないでしょう。……連絡を取りますので、少々お待ちください」


 そう言って、彼は他の職員に言付けを残すと去っていった。その後ろ姿を見送りながら呟く。


「シンシアの威力は絶大だな。ありがとう」


「い、いえ……私じゃなくて、この法服のおかげです……」


 シンシアは照れたように顔を赤くする。俺一人で来るよりはよっぽど手っ取り早いな。そんなことを考えていると、さっきの職員が戻ってきた。そして、俺たちをギルドの奥へと連れて行く。


「レティシャ導師、お客様をお連れしました」


 扉をノックして呼びかけると、彼は俺たちに中に入るよう促した。その言葉に従って入室すると、そこには二人の魔術師の姿があった。


「いらっしゃい、ミレウス。……あら、シンシアちゃんもいるのね」


「ギルドにおしかけて悪かったな。ひょっとすると、レティシャにも有益な話じゃないかと思って」


「すみません……お邪魔します」


 挨拶を交わすと、俺はもう一人に目を向けた。と言っても、よく知っているうちの(・・・)魔術師だ。


「支配人の若造か。……こんなところに珍しいもんじゃ」


 魔法研究については帝都一との呼び声も高い『魔導災厄スペル・ディザスター』ルドロスは、俺を見て意外感を表していた。


「取り込み中だったのか。案内してもらってよかったのか?」


「ミレウスも無関係じゃないもの」


「俺が?」


 ということは、ディスタ闘技場で匿われている魔術師ディルトか、地下の古代遺跡の件だろうか。


「ふむ……支配人絡みということは、この古代魔術が施された遺跡は、二十八闘技場に関係しておるということか」


「はぁ……」


 いきなり核心を突かれた俺は曖昧な返事をする。ひょっとして、この爺さんにも地下の古代遺跡のことを明かしたのだろうか。


「ミレウス、大丈夫よ。ルドロス導師は、もともと帝都の地下遺跡のことをご存知だから」


「えっ?」


 俺が驚きの声を上げると、『魔導災厄スペル・ディザスター』は不満そうに鼻を鳴らした。


「ふん、ワシが知らぬと思うてか。ディネアとイスファンに止められなんだら、今頃は古代遺跡の研究で大成果を挙げていたはずじゃ」


「そうでしたか、それは失礼しました」


 俺はあっさり謝る。『魔導災厄スペル・ディザスター』は尊大な爺さんだが、魔法実験を無差別にやらかす面以外については、そう悪い人間でもない。顔を立てておけば意外と付き合いやすいということは、この数年の付き合いで充分分かっている。


 それより気になったのは「ディネアとイスファンに止められた」という箇所だ。ディネアと言えばこの魔術師ギルドのギルド長だし、イスファンとはこの国の皇帝の名前だ。

 ということは、あの二人は地下の古代遺跡のことを知っていたわけだ。


「さすがに私だけでは手に負えそうになかったから、ギルド長に相談したのよ。あの扉を封印している古代魔術の写しを見せただけで、ギルド長は『ここの地下だね?』って……」


 説明するレティシャの口調は、少し弁解じみていた。


「別に気にしてるわけじゃないさ。むしろ、あの二人が地下遺跡のことを把握していることが分かってよかった」


「そう……よかったわ」


 そう答えると、レティシャはほっとした様子だった。そして、『魔導災厄スペル・ディザスター』がここにいる理由を説明する。


「それで、地下遺跡のことを知っていて、古代魔術に詳しいルドロス導師を紹介してくださったのよ」


 なるほど、そういう流れだったのか。『魔導災厄スペル・ディザスター』はめったに魔術ギルドに近寄らないと聞いていたが、ディネア導師が手を回していたわけだ。


「ルドロス導師。調査を手伝ってくださって、ありがとうございます」


「ふん。他のヒヨッコどもに古代遺跡のことを知られると面倒なだけよ。他の研究が詰まって後回しにしておるが、アレはワシの研究対象じゃ」


 と、『魔導災厄スペル・ディザスター』の言葉が終わったところで、レティシャが視線をシンシアに移した。


「それで、どうしたの? ミレウスがここに来たのは、後ろにいるシンシアちゃん絡みかしら?」


「ああ、そうなんだ。実は、シンシアが不思議なものを手に入れてさ」


「あの、これです……」


 俺の言葉に合わせて、シンシアは紙片をレティシャに差し出す。すると、紙片を受け取ったレティシャは目を丸くした。


「これ、どこで手に入れたの?」


「それが、私あてに送りつけられてきて……」


 シンシアがひとしきり事情を説明し終えたタイミングで、俺はレティシャに問いかける。


「その反応からすると、やっぱり古代魔術に関係する文字だったのか」


 俺の予想は当たりだったらしい。地下遺跡で扉を封印している魔術紋をずっと睨み続けていたおかげか、紙片の文字も同種の紋様に思えたのだ。


「ええ。これは古代の魔術文字よ。意味は……」


「――我々は神に祈らない。受け継がれた叡智にのみこうべを垂れる」


 ひょいっと頭を割り込ませてきた『魔導災厄スペル・ディザスター』が、あっさり古代文字を訳してくれる。……おお、ちょっと格好よかったな。だが、解読した『魔導災厄スペル・ディザスター』は不満そうだった。


「なんの目新しさもない、ただの紙きれじゃな」


 彼としては、古代文明の研究が進むような何かを期待していたのだろう。だが、そもそもこんな適当な紙きれに書かれた文字が、重要な意味を持つはずが――。


「じゃが、気になる部分はある。この紙質からして、これは最近書かれたものじゃ。どこかでこの一文を見て写したのであれば、元になったものに興味がある。

 ……そして、もしこれを自力で考え記述したのであれば、そやつはワシの次に古代魔術に詳しいということじゃ。まあ、あり得んじゃろうが」


 そうだった。そもそも、この紙片は出所が怪しいのだ。書かれた文字が古代魔術文字だと分かったことは進歩だが、余計に意味が分からなくなったことも事実だった。


「……案外、これが私たちの求めている答えだったりしてね」


「答えって?」


 訊き返すと、レティシャはわざとらしい拗ねた表情を浮かべた。


「私がこうして調査しているのは、誰のためだったかしら?」


「ああ、そういうことか」


 地下遺跡の扉の封印は、特定のコードを入力するものだと言っていたからな。


「だが……そんなに都合よくいくものか? さっぱり見当もつかないんだろう?」


「だからこそ、なんでも試せばいいのよ。きっかけなんてなんだっていいわ。ひょっとしたら、彼らの一味がコードのメモ書きを落としたのかもしれないわよ?」


「そんなわけ……」


 言いかけて口を閉じる。レティシャが本気で言っているはずがないからだ。それでも、彼女が調査に煮詰まっていることはなんとなく分かった。


「レティシャ、苦労をかけてすまない」


「構わないわ。その分、ミレウスが優しくしてくれるなら」


「俺はいつも優しいぞ。……それにしても、どうする? その紙片はともかくとして、一度解除コードを色々試してみるか?」


 レティシャのからかいを受け流すと、俺はそんな提案をする。やはり、魔法陣を一度見ただけでは分からないことも多いだろう。


「そうね、もう一度お願いできるかしら。試してみたいことはいくらでもあるのよねぇ」


 提案にレティシャが同意を示したところ、もう一人の魔術師がギラリと目を輝かせた。


「ほう、地下遺跡に行くつもりか? ならば、ワシも――」


「駄目だよ。アンタは遺跡を木端微塵にしかねないからね。ちゃんとしたお目付け役がいない限り行かせないよ」


 と、突然現れた人物が『魔導災厄スペル・ディザスター』の言葉を遮った。俺もかつて会話を交わしたことのある魔術師ギルドの長。『結界の魔女』ディネア導師だ。


「ギルド長、どうしましたか?」


「なに、ちょっと進捗を聞きに来ただけさね」


 レティシャに答えると、ディネアは『魔導災厄スペル・ディザスター』に向き直った。


「アンタは本当に……あたしとイスファンであれほど駄目って言ったろ?」


「広大な古代遺跡じゃぞ? 指をくわえて黙っていられるものか」


「そう言って貴重な古代遺跡を丸ごと吹き飛ばした挙句、この国に逃げて来たのは誰だい? あたしとイスファンが仲裁してなきゃ、今だってルドロスはお尋ね者のはずさ」


「むう……」


 ディネアの言葉に反論できないようで、『魔導災厄スペル・ディザスター』はおし黙った。珍しい光景だな。……というか、『魔導災厄スペル・ディザスター』はそんなことをしでかしていたのか。今さらだが、闘技場は大丈夫なんだろうか。


「ならば、こやつらはどうじゃ? お主の自慢の弟子じゃろう。ワシのお目付け役とやらもできるのではないか?」


「たしかにレティシャは自慢の弟子だけど、アンタのお守は割に合わないからね」


「ならば、誰ならよいと言うのじゃ」


「そりゃあ、あたしか……後は噂に聞く『極光の騎士(ノーザンライト)』くらいかね。全盛期のイスファンでもよかったけど、もうあいつも歳だからね」


「それでは、いつまでも地下遺跡に入れぬではないか」


「ルドロスは、地下遺跡以外にもやりかけの研究が山ほどあるんだろ? それが終わった頃にゃ、あたしも魔術ギルド長を引退してるだろうから、そん時は墓に入るつもりで付き合ってやるよ」


「……ふん。お主は早死にしそうじゃからな。さっさと引退することだな」


 そんな憎まれ口を叩きつつも、『魔導災厄スペル・ディザスター』は大人しくなる。ちょっと嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。


 そんなことを考えていた俺は、戸口に新しい人の気配を感じて振り返った。すると、そこにいたのはまたしてもうちの魔術師だった。


「支配人……久しぶり?」


蒼竜妃アクアマリン』エルミラは、不思議そうに首を傾げた。


「エルミラ、どうしたんだ? 手伝いに来たのか?」


 訊いてから、俺のほうが部外者だということに思い当たる。彼女はれっきとした魔術ギルドの構成員だからな。


「古代魔術、詳しくない」


 だが、彼女はあっさりと首を振った。


「そうなのか? あれだけ氷魔法を使いこなしてるんだから、古代魔術にも精通してるのかと思った」


「竜人の魔法、精霊魔法に近い。あまり関係ない」


「そういうものか……」


 素直に納得する。エルミラはあまり学者肌には見えないしな、と失礼なことを考えていると、今度はエルミラが疑問を口にした。


「支配人、一緒に行く予定?」


「え? 行くって、どこにだ?」


「七十一」


 突然の問いかけに答えたものの、エルミラから返ってきた回答は端的な数字だけだった。


「七十一って、なんの数字の……あ、ひょっとして第七十一闘技場のことか?」


 俺の問いかけにエルミラは素直に頷いた。ようやく意思疎通ができたことに満足していると、いつの間にかレティシャがこちらへ来ていた。


「あら、もうそんな時間だった? エルミラ、ごめんなさいね。わざわざ呼びに来てくれたんでしょう?」


「大丈夫」


「……つまり、この後第七十一闘技場へ行く予定だった?」


 第七十一闘技場と言えば、魔法試合の事故で大きな被害を出した闘技場だ。闘技場の支配人として、無視することのできない名前だった。


「ええ。もうすぐ第七十一闘技場が取り壊されると聞いて、慌てて予定を組んだのよ」


「取り壊される?」


 初めて聞いた情報に、俺は眉を顰めた。それなりに情報網は敷いていたつもりだが、甘かったか。


「ずいぶん秘密裏に進めようとしたみたいよ。魔術ギルドが取り壊しの件を知ったきっかけも偶然だったわ」


「急だな……たしかにあそこは休業していたが、急いで取り壊す必要はないだろうに……取り壊すのにも金はいるし」


「ええ。だから、取り壊される前にもう一度確認しておこうと思って」


 魔術ギルドとしても、試合の結界を担当していた魔術師の先輩としても、見過ごせない案件なのだろう。俺は片づけを始めたレティシャに声をかけた。


「よかったら、俺も一緒に行っていいか? 闘技場関係者として、現場を一度見ておきたい」


「ええ、もちろん歓迎するわ。有事の際は前衛をお願いね」


 レティシャは悪戯っぽく笑う。それがいつもの軽口なのか、それとも『極光の騎士(ノーザンライト)』を念頭に置いた言葉かは分からない。なんであれ、俺はいつも通りに受け答えをするだけだ。


「エルミラがいるんだから大丈夫だろう。……というか、有事が起きる前提なのか?」


「まさか。……けど、何が起きるか分からないでしょう?」


「まあ……たしかにな」


 ここ数年、予想外の事件が立て続けに起こっているからな。心の備えは大事だ。

 そんなことを考えながら、俺は腰の剣に手を当てた。



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