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短編劇場  作者: えいじ
7/8

 溝、というものをじっくりと見たことがある人はいるだろうか。

 そう、あの雨が降れば水が流れる、なんの変哲もない溝だ。

 側溝、と言ったほうがよいか。


 何の変哲もない、とはいうものの、いやはや想像してみれば、溝というものには様々なドラマが隠されているものだ。

 例えば一昔前には黒いぶちの猫がこの溝の中でうにゃおうにゃおと鳴いていたものだが、ここ最近この側溝には銀色のなんとも無慈悲な蓋がはめられてしまい、黒いぶち猫はめっきりと姿を見せなくなってしまった。

 あれから、あの猫はどうしているのだろうか。


 例えばこの前、溝には大量の宝クジの紙が落ちていた。

 詳しく見るつもりはなかったのだが、色合いから言ってついこの間当選発表が行われた宝くじのように見えた。

 (余談だが、私も3000円分だけ買った。結果は察してほしい)


 この、水に濡れ、くしゃくしゃになり番号すら見て取れず、最早そのクジとしての矜持を失ったかに見えるその紙を、一体どのような思いで捨ててしまったのだろうか。

 人生を賭けての大勝負だったのだろうか。

 もしかすると、当たっていて、その金額の多さに恐れおののき、しかし誰かの手に渡るのも惜しくて、外れクジかのように撒いてしまったのだろうか。


 ああ、きっとそうだ、そのほうが面白い。



 しまった。溝を見るというよりは、溝の周りを見てしまっていた、

 次は溝自体に注目するとしよう。


 溝にはたまに、不可解極まりないきずがついていることがある。

 相合傘、なんかはいいものだ、その裏にある情景を思うと、思わず顔がにやけてしまう。

 きっと彼ら彼女らには、何か形のあるものでお互いの愛を誓いたかったのだろう。


 しかし公共の場に、そう大胆に書こうというほど二人の肝は据わっていなくて(溝も公共の場であるというのはさておき)、こう目立たない場所に書いた、とか。

 一体どのような体勢で書いたのか、書いたのは彼か、彼女か。

 ……、溝自体といったが、ついつい溝にあったものから話を膨らませてしまう。


 いやはやしかし、それでよいのだ。

 溝にまつわる話など、きっと面白いものではないし、大体知ろうと思っても、素人目には古いか新しいか程度でしか判断できない。


 ああ、今日は一体、どんな発見があるのだろうか。


 と、そんな折、ある場所に差し掛かった。


 ここは例の黒いぶちの猫がよくまどろんでいた場所である。

 今ではすっかり蓋がはめられ、入ることはできなくなっているが……。


 なんて思って覗き込んで、驚いた。


 銀色の蓋の下には、例の黒いぶち猫が、ぴったりはまっていたのだ。


 昔見た時より、でっぷりと太っていて、そして何よりの違いとして、首輪をしていた。


 きっと場所を追われたこいつは、どこかで優しい主人に拾われ、そして、きっと思うがままに餌を食らい続けたのだ。

 そうだ、そして何の因果かわからないが、この蓋の下につながる場所を見つけ、丁度鮭が生まれた場所へ帰るように、この猫もずっと自分の場所にしていたこの側溝へと帰ってきたのだ。

 しかしこいつには思わぬ誤算があったのだ。

 あまりにも太りすぎたのだ、今までだましだましで進んできたに違いない、


 そうして目的の場所に辿り着いたはいいが、昔そうしたように丸まろうと無理をしたに違いない。猫も自分がどうしてこうなったのか、そしてどうしたらいいのかわからなくなり、身動きが取れなくなったのだろう。

 ああ、きっとそうだ、そうに違いないのだ。


 それから私は警察に連絡し、猫は結局、飼い主の元へと無事届けられる運びとなった。


「ああ、ありがとうございます。我が家の家族を救ってもらって」


 飼い主は、猫と同じくやはり恰幅のいいおばさんであった。

 いえいえ、偶然でございます、と私が返していると、飼い主は一人つぶやく。


「しかし、あんな何もないところに、どうして……」

「何もない? とんでもございません」


 思わず口から言葉が出た。


「溝があるじゃないですか」


 ——溝にハマっているのは、猫か男か。

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