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短編劇場  作者: えいじ
5/8

影響(後編)

 彼は旅人であった。


 行先も決めぬままに気楽に旅を進めることを生きがいとし、国を見つけてはより、何かを得たような気になってその国を出ていく、そんなことを繰り返していた。


 ある時、彼はその国の警察(たいていの国には自警団という、その国の風紀を取り締まるものが存在する)が、ある家を訪問しているところが見えた。


 旅人が興味を惹かれ近づいてみると、警官は何やら仰々しく賞状のようなものを広げ、そしてその書面を読み上げ始めるまさにそんなところであった。


「此度こちらを訪れたのはほかでもなく、貴方の書き上げた小説によって起こった犯罪行為についてであり……」


 そういう言葉が聞こえて、旅人はここもまた、創作物をまねた犯罪が起こったとき、作り上げた人間が罰せられる法律があるのだろう、とそう考えた。

 ところが、そう思ってみてみると、家の中から出てきた人物、前後関係から考えておそらく作家なのだろう、の顔色はとても明るい。


 これはどういうことなのか、と旅人がうかがっていると、その答えは警官が読み上げた。


「ここに表彰する、これからもたゆまぬ努力をもって、より素晴らしいものを書き上げてほしい。警察一同」


 そういって、警官は賞状と、そしていくつかの商品を作家に渡し、帰って行ってしまった。

 当然のことながら、作家を連行していったりはしなかった。


 旅人は気になって、先ほど警官が訪れて、表彰していった家を訪ねた。

 出てきた男の話を聞くと、やはり彼は作家なのだそうだ。


「貴方は?」

「私は旅人です。見聞を広めるために旅を続けているのですが、先ほど貴方が表彰されるところを見まして。ぜひ話を伺いたいなと」


 そういうことならば、と作家は快諾し、家の中に旅人を招き入れると、お茶を出して話し始めた。


「そもそも、私が何故受賞したのか、それはお分かりに?」

「ええ、まぁ。聞こえてきましたものですから。なんでも、貴方の書いた作品をまねて事件が起こったのだとか」


 そこまでわかっているのなら話は早い、と作家は頷き、


「その通りです。私が書いた本がこちらです、お読みに?」

「では、失礼して」


 なんならサインを付けて差し上げますよ、と作家は言ったが、旅においてこのように分厚い本はかさばってしまうので厚意だけ受け取らせていただきます、と旅人は断り、本をめくり始めた。

 本の内容は殺人事件を取り扱ったものであったが、その内容はやや扇動的で、そしてトリックも真似しようと思えば真似でき、感心するほどにばれにくいように思えるものであった。


「どうです? お読みになって。これで私の作品をもとにして事件が起こったことはご理解いただけましたか?」

「ええ、これはこれは……。ですがその……」

「何か?」

「そもそも、何故貴方の作品をまねて事件が起こったとき、貴方は表彰されたのでしょうか?」


 旅人が気になっていたその所を訊ねると、作家は頭を掻き、や、そこからでしたか、と一つ頷いた。


「その、ほかの国ではこういった表彰は行われていないのですか?」

「ええ、初めて目にする光景でしたね」

「なんと」


 その答えに作家は心底驚いた顔をし、そして何故このようなことが表彰につながるのかを説明し始めた。


「では、旅人さんは、創作物、というものがつまるところなんであるとお考えですか?」

「ええと、娯楽、でしょうか」


 旅人の答えに、作家は深くうなずき、


「なるほど、その答えは正しいと思います」


 と、短くそういった。そして、こう、続ける。


「実のところ、この問いに答えなんてものはないのです。

 創作物というのは、創作したその人によっても意味を変え、そして受け取る人によってもその意味を変えることでしょう。ここまではお分かりですか?」

「……ええ、深く」

「しかし、どのような創作物であっても、はずしてはならない要素があるのです」


 そこまで言って、作家は一口、お茶を含む。


「して、その要素とは?」

「それは、動かすこと、です」


 旅人が先を促すと、作家は自信をもって、そう答えた。


「動かすこと、ですか?」

「そうです、私は、いえ、きっとこの国の作家は自らの創作物を読み、それがきっかけとなり世の中が動くこと、まさにそのことを悲願としているわけでございます」

「たとえそれが犯罪のような行為であったとしても、ですか?」

「ええ、その通りです。

 それがどのような行為であれ、作り上げたものによって人の心が動く、それがいかに素晴らしいことかわかりますか。

 それにそもそも、罪を犯すようなやつは本を読まなくたっていつか罪を犯します。

 そしてこんなに早く逮捕されるのは何故なのか、それは私たちが本を書き、手口を彼らに教えているからなのです」

「教えているから、ですか?」


 旅人が口をはさむと、作家は一体何を言っているのだといわんばかりにキョトンとした顔をし、そうして説明を続けた。


「だってそうではありませんか。この国の犯罪は実に99%以上が本によって犯罪行為の着想を得ています」

「それがよいことなのですか?」

「よいことに決まっているではありませんか。

 犯罪者、というものは狡猾です。時に、作家というものよりも。

 そんな彼らが犯罪行為を自ら考え、今まで本に出てきてさえいない方法を思いつきでもしてごらんなさい、警察は一体何から調べればよいのです?

 私たちが書いた本を使って彼らが犯罪を行い続ける限り、警察はそれに似た本を探せばよいのです、なんと調査が楽なことか」

「なるほど、それで、表彰ということに」

「わかっていただけたようで何より」


 旅人は話を聞かせてくれた作家に礼を言うと、すっかりと冷え切ってしまったお茶をいただいて、作家の家を出て行った。

 出ていくときに、


「この国の流れを知りたければ、中央の本屋のベストセラーのところを眺めてみるといいですよ。

 そこでは今読まれている本が張り出されていますから。

 まぁ、一番大きな本屋ですから、きっと人がたくさんいて大変かもしれませんが」


 と作家が教えてくれたので、観光を楽しみがてら、2,3日ののちには寄ってみることにした旅人であった。




 そうして3日後、国の観光地を巡り終え、あの日作家が教えてくれた本屋によると、そこは人でごった返していた。

 あの作家の言う通り、すごい人だかりだと感心していると、何やら人々の様子がおかしいことに気が付いた。


 目は血走り、誰もかれもが武器やライターなどを構えている、とてもではないが呑気に本を買いに来た、なんて平和な目的があるようには思えなかった。

 そうして本屋の前に目をやると、騒ぎを聞きつけていたのか、警察が民衆を押さえつけていた。作家に表彰をしていた警官たちの姿も見えた。


 さすがにこれは尋常ではないと思い、近くにいた若者に話を聞くと、若者は、


「燃やしてやるんだ、本なんてものを! この国からすべてな!」


 と息巻いている。


 一体何があったのだ、と本屋に目をやり、そうしてあるものが目に入った。


旅人は一言、


「なるほど」


 と、短くつぶやいて、一つうなずいた。

 旅人の目線の先では、本の宣伝文句が書かれたのぼりが、パタパタとはためいていた。


『今読まれている本!『本が人をダメにする』』





——影響 了


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