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短編劇場  作者: えいじ
4/8

影響

 彼は旅人であった。


 行先も決めぬままに気楽に旅を進めることを生きがいとし、国を見つけてはより、何かを得たような気になってその国を出ていく、そんなことを繰り返していた。


 ある時、彼はその国の警察(たいていの国には自警団という、その国の風紀を取り締まるものが存在する)が、ある家を取り囲んでいるのを見た。


「ここで、一体何が?」


 旅人が近くにいたお年寄りに尋ねたところ、老人は目を細め、質問に答える。


「ああ、貴方は昨日いらしたという旅人さんですね?

 ここの家に住んでいるのは、とても凶悪な人間なのです」

「凶悪……、ですか」


 ふと家のほうに目をやると、窓からはやせた男が外を見て、青ざめた顔をしているのが見えた。

 一瞬だけ、旅人の男と目が合うと、頭を抱えるようにして窓の下へと消えていったのだった。


「今見えた、彼ですか? その、凶悪犯というのは」

「ああ、きっとそうなんだろうね」


 旅人には不思議であった。

 あんなにやせた、不健康そうな、言ってしまえば弱そうな男が、何かたいそれたことをやってのけたようには、到底思えなかったからである。


「彼は一体何をしたんですか?」

「ああ、恐ろしいことさ、とてもじゃないが私の口から言いたくはないね」


 老人は目を剥いて強い口調でそう言った。


「例えば、ナイフで人を切り付けた、とか」

「……、そんなことじゃあないよ」

「例えば、配給に毒物を混ぜたとか」

「……、そんなことでもない」


 ではなんだというのだ、そう旅人が考え込んだところで、老人が、


「そんなに気になるのなら、たくさんいる警官の誰かに聞いてみればいい。

 ああでもね、もちろん全部、ことが済んでからだよ、あの人たちは凶悪犯を捕まえようとしているんだ、当然邪魔なんかしたら、とんでもないことになる。

 それじゃあ旅人さん、気を付けてください。私はもう行かねばならないんだ」


 そういって、どこかへ行ってしまった。


 そこまで言われてしまえば旅人としても追いかけて聞くわけにもいかない。

 素直に事が終わるのを待った。



 しばらくすると、先ほど窓から外を眺めて蒼い顔をしていたやせた男が、2,3人の警察に連行されていった。

 残った人間のうちで、最も偉そうな腕章をした人間が他の警官に忙しなく指示を出しているのが終わるのを待ち、旅人はその腕章をつけた警官に話しかけた。


「こんにちは」

「ああ、旅人さんか。すまないね、こんなところをお見せして」


 旅人はいろいろな国を回ってきたから、こういう人たちの言う『こんなところ』というのには我が国にいる犯罪者についての、なんというか、恥、のようなものが含まれていることが分かった。


「ええ、ええ、その、こんなところ、についてなのですが」


 だからその恥を暴くようで申し訳ないが、と旅人は前置きして、訊ねる。


「彼は一体、何の罪でしょっ引かれていったのですか?」


 何か大層なことができる人間には見えなかったが、と、そう付け加えると、警官の目の色が変わった。


「大層なことをしそうにないですって? とんでもないことを、奴はね、とんでもないことをやったのです」

「ほぅ、まず、彼はいったい何者なのです?」

「ええ、彼は、いわゆる作家です」

「作家、ですか。作家というと、あの、文章を書いたりする、それですか?」

「その通りです」


 と、そこまで話したところで、警官の部下と思わしき人物が、書物を何冊か持ってきた。


「見つけました。供述の書です」

「おお、でかしたぞ」


 と、部下をほめるのを見て、旅人のほうもなんだか察しがついてしまった。

 きっと彼は、書いてはいけないことを書いてしまったのだ。

 あそこまで老人に怯えられるほどだ、きっとなにか……、そう、とんでもない国家機密だとか、虐殺兵器の作り方、だとか……。


 そういう推論を警官にぶつけると、警官は首を横に振った。


「そうですね、旅人さんならば問題ないでしょう、読んでみますか?」


 警官がそう言って何冊かあるうちの一冊を渡してきたので、本をパラパラとめくる。


 その本は殺人事件を取り扱った、一般に言う推理小説であった、だがトリックは悪い意味で奇抜で、とてもではないが実際にやってうまくいくようには思えなかった。


「どう、思いますか?」

「そうですね……、軽く目を通しただけなのでなんとも言えませんが、荒唐無稽な話のように思えましたね」

「……。それならばよかったのですが」

「それはどういうことですか?」


 旅人の返答に対し、少し悲しそうに眉を下げる警官。


「それはですね、実際にあった殺人事件なのです」

「なんですって、ということは、彼は実際にこの事件を起こし、それを本にして売っていたというのですか?」


 それはなんとも凶悪な犯人なのだろう、と思ったが、しかしながら今度もこの問いに対する警官の答えは違う、というものであった。


「違う?」

「ええ、これは実際にあった殺人事件ではあるのですが、犯人は彼ではなく、ほかの人物です」

「……」

「もっというと、この本が書かれてから、事件が起こっているのです」


 つまり、こういうことだというのだ。

 ある時、殺人事件が起こった、あまりにもあり得ない殺害状況に、捜査は難航を極めたが、ついに犯人を捕まえることに成功した。


 警官たちは問い詰めた。いったいどうやってこんな方法を思いついたのだ、と。


 すると犯人は一人の作家の名前を上げ、その作品を列挙し始めたのだという。

 犯人は彼の作品をいくつか組み合わせ、なんとか現実に即したトリックへと作り変えると、そのトリックを用いて人を殺めたのだという。


「ええと、つまり、彼の本によって事件が起こったのだから、彼が責任を負うのは当然である、とそういうことですか……?」

「ええ、それはそうでしょう。彼は、この『実現可能犯罪』を書いてしまった罪で投獄されるのです」


 聞いたことのない単語に、旅人は聞き返した。


「『実現可能犯罪』、というのは?」

「すべての創作物は、創作物の域を超えてはならないのです。

 表現の自由は当然認められているのですから、犯罪行為を書くこと、それ自体は問題ありません。

 しかし、彼はあまりにも『やりすぎなかった』」

「やりすぎなかった?」

「そう、現実に模倣し、人を殺す輩が現れてしまったのです。

 彼は殺人事件を書くのなら、もっと荒唐無稽で、そもそも真似をしようと思わない程度のものを書くべきだったのです」


 一呼吸。


「創作物には当然のことですが作者の意図、というものが反映されています。

 当然書いたものに対し無責任であってはならない」

「……、ふむ」

「彼の作品さえなければこんな事件は起こらなかったことでしょう、それはあの犯人の供述で明らかなのです。

 本当はこんな、殺人事件を取り扱うような作品が世に出ること、そのこと自体を禁止するべきだと思うのですがね……、おっと、少し話過ぎましたな」


 そこまで話すと、警官は「では私は仕事が残っているので」とどこかへ行ってしまった。


 旅人は一言、


「なるほど」


と短くつぶやいて、一つ頷いた。

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