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短編劇場  作者: えいじ
2/8

巨人の肩

『私がかなたを見渡せたのだとしたら、それはひとえに巨人の肩の上に乗っていたからです』——シャルトルのベルナール





 ある晩に、ひどい疲れから眠りに入ろうかと思っていた若い教授のもとに、とてもとてもか細い声が届いた。


『お願いです。あなたの肩に住まわせてはもらえませんか』


 切実なその声に、教授は不思議がったものの、その日はとても大事な研究が行き詰っていて寝不足だったので、幻聴だろうと思うことにした。

 ところがその声は、すぐにもう一度教授の耳に届くのだ。


『聞こえておりませんでしたか。どうか、お情けをください、このままでは我々は、滅んでしまうのです』


 若い男のような声でもあったし、しゃがれた老婆の声のようでもあった。つまりは、この声の主は一人ではない、ということだ。

 さしもの教授も気味が悪くなってきて、その声がどこから聞こえてくるのかも不思議になって、そうしてきっと誰かのいたずらだろうと結論付けた。


「いったい誰のいたずらだ」


 するとその声は、少し焦りをにじませて、


『いたずらなどではありません。大きなお人よ。

 ただ、我々は、住むところを探しているだけなのでございます』


 などと、とてもか細く可哀そうな声を出すのだ。

 どこから聞こえてくるのかもわからない。

 教授は、その今にも泣きだしてしまいそうな声を聴いて、少し同情した様子になり、先ほどよりいくばくか柔らかな声音で、


「今私のことを『大きな人』と呼んだか。

 つまり、今の話を聞くに、君たちはとてもとても、小さな人、だということなのか」


 そう、訊ねた。


『ええ、ええ、その通りでございます』


 声は、さらに続く。


『実は我々は、大きなお人の肩の上で暮らしていたのですが、ついさっき、住処を追われてしまったのです』


「それは一体何があったのだ」


『とても大きな揺れが来たと思ったら、作物がならなくなってしまいました。このままでは私たちは飢え死にしてしまいます』


 その答えに、教授もぎょっとして、


「なんと、お前らは人の肩で作物を育てているというのか、ええいダメだダメだ。そんなこと、許せるはずがないだろう」


 と、怒って、そこで話を終えようとすると、その小人の声も焦った様子で、こう続けるのだ。


『待ってください、私たちの、ええと、私たちのような存在は実はたくさんおりまして、あなたさまの身の回りにも私たちを乗せている方は何人もおります。そして私たちがあなたがたの肩の上で作物を作ることは、どうやら国主様……つまりは大きなお人の体にもよいらしく、例えば、……様や、……様も、私たちを肩の上に乗せております』


 小人が上げた名前に、教授は驚いた。どの名前も、長寿で有名な人であったのだ。

 ……、健康の秘訣として、共通点を探るテレビ番組などがあったが、まさか肩に小人を乗せているという共通点があっただなんて、誰もが予想しえなかったに違いない。


「ふむ、分かった。俺には何も危害を加えないこと、それが約束できるというのなら、俺の肩くらい貸してやろう」


 そういって教授は疲れ切っていたのもあって、すぐに眠ってしまった。


『もしもわれらを住まわすのが嫌になったのなら、出ていけ、と、そう仰ってください。そうすれば作物が育たなくなり、我々も出ていかざるを得なくなります』


 小人の説明を聞き終わるころには、すでに教授は夢の中であった。






 そんな不思議な体験をした翌朝のこと、目を覚ましてふと伸びをした教授は、体が軽くなっているのに気が付いた。


『ああ、国主様がお目覚めになられた』


 と同時に、耳元に何かささやくような声が届いた。

 教授は『昨日のあれは夢ではなかったのか』と驚き、そして自分の体のいくばくか調子のいいことを声に出す。


「ああ、なんだかすっきりとした目覚めだ、お前が何かやったのか」


 訊ねると、直接頭に響くような声で、返事があった。


『ええ、まずは国主様の目覚めに立ち会えたことに感謝を。

 さて、質問の答えですが、それは、はい、であり、いいえ、でもあります』


「不可解なことを申す奴だ。それは一体どういうことだ? ……、ああ、そういえば肩の上で作物を作っていて、それが健康にいい、という話だったな」


『そうでございます。我々の先祖が国主様の肩を領土とさせていただきまして、そこで植えたらしいのでございます』


「らしいらしいとは……、ん? 今先祖といったか」


『はい』


「その先祖というのは昨日話しかけてきた者どものことなのか」


『おそらくそうでございましょう』



 話をするうちに、教授には推測ができた。

 つまりこの小人たちは、一世代、ないし寿命というものがとんでもなく短いのだ。

 だから昨日のことを今訊ねてもそれは自分たちが祖父母のころの(もしかしたらもっともっと離れたころの)話について尋ねられるようなものなのだろう。


「しかし、指でなでても、ここに作物のあるようには思えんな」


 なんて一人つぶやいてみれば、


『ええ、それほどまでに我々は小さいのです。しかしながらできればそう行ったり来たりするのはご遠慮いただきたい。直接的な被害はないものの、肝が冷える思いでございますゆえ』


 などと返答がある。


「そうか、それは悪かった」


 ふむ、これではまるで意志の疎通ができる寄生虫であるな、宿主に得をもたらすあたり、さながらヤドカリとイソギンチャクか。などと益体もないことを考えながら、教授は仕事へと向かった。


 ———そんな生活を続けて、早3年が経とうとしていた。


 はじめのうちこそ頭の中に響いてくる声にいささか集中できない時もあったが、最早生活の一部として教授は肩の上の小人を受け入れていた。


 しかしそんな生活を続けていたある日のこと、小人の様子がおかしいことに教授は気が付いた。

 ここ数日、自分に向かって話しかけてこないのだ。


 はて、一体なんだというのだ、と、小人たちの言葉に耳を澄ますと、こんな言葉が聞こえてきた。


『もう我々も高度な文明を手に入れることができた』

『そうだ、何が国主様信仰だ、ばかばかしい』

『我らは我らのみで生きていくことができるのだ』


「ええい、何を言っているのだ、お前らは誰の許しを得てそこにいると思っているのだ」


 と、教授が怒りに眉根を寄せながら言うと、また小人らの声が聞こえてきた。


『やべえ、今の聞かれたらしいぞ』

『知ったことか、大体そもそも、我らの随分古い先祖が頼んでこの土地を得たんだろう? だったら別に我らが感謝する必要がどこにあるというのだ』


 教授は別に感謝してほしいと、そう思ったことはなかった。なかったが、そうはっきりと言われるとなんだか無性に腹が立って、


「ええい、なんて態度だ! 人が好意で場所を貸してやっているというのになんという言い草! もう許してはおけぬ!」


 そこまで一息に言い切ると、ついに小人たちに向かって、


「出ていけ!!」


 そう怒鳴った。


 するとたちまち小人たちの作物は枯れ果て、小人たちは涙を流しながらこういうのだ。


『ああ、私たちの傲慢が過ぎたのだ。国主様のことをないがしろにするだなんてそんな失礼、裁きを受けて当然だ。

 国主様、今の非礼、誠に申し訳ございませんでした』


 なんだか教授もそこまで言われると、と言いすぎたような気持になり、


「いや、申し訳ないのはこちらの方だ、少し言い過ぎたようだ。どうだろう、君たちさえよければ、もう一度、やり直してみないか?」


 と、謝った。しかし小人はとても悲しそうな声で、


『いいえ、国主様が出ていけと仰ってしまった以上、最早ここに作物は実りますまいよ。

 我らはまた、別の国主様を見つけ、今までの文明を捨て、また0から、暮らしを作っていこうと思います。今まで、ありがとうございました』


 そんな言葉を残して、小人たちは去ってしまって、教授がいくら呼び掛けても、ついに返事をするものはいなかった。







「ああ、惜しいことをした。きっとまた、体が昔のように重くなっていくのだろう……。


 そもそも肩を貸すことがなんだ、その程度誰にだってできるではないか!」



 教授がそういった途端の話であった。

 空を割らんばかりの大音声が地上へと届いた。


「なんだと!! そんなことを言うようなやつは、出ていけ!!!!」


 その声が響き渡るや否や、見る見るうちに、周りの作物が枯れだして……。

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