第1話:赤い血と青い血
私がこの仕事を病気の父から継いだのは、まだ赤血種が世界の頂点に立っていた頃だった。
国境の概念を排除した世界連邦が設立され、繁栄を極めた彼らは、やがて自分たちのコピーを作り始めた。赤血種たちと唯一違う点、それは青い目、青い髪、青い血を生まれながらに有していたことだった。青血種だ。
赤い血の種族達は「それら」に全てを任せるようになった。それは労働に始まり、やがて自分たちの呼吸と排泄行為以外の全てを青血種が仕切るようになった。「それら」は従順だった。主人に文句は言わなかった。
ある日、赤い血の主人たちはこの世界を出ていくと言い出した。やれユートピアだ、やれ最後の楽園だといいながら、彼らは従順な「それら」を置いて「箱舟」と名付けられた船に乗ってどこかへと旅立っていった。「それら」への最期の命令は「この世界の支配者になること」だった。
そうして、このパズル・ワールドの頂点に青い血の種族が君臨してから、随分と時間がたつ。
私は「箱舟」に乗らなかった。始祖・処刑人ピースが自らの手で殺めた罪人達を弔うために拓いた墓地を代々守り弔い続ける使命を捨てられなかったというのもあったし、何より、あの船に乗った彼らの醜く太った体の間に自分をうずめたくなかったし、彼らの醜い顔といつまでも睨めっこできるほど、私のツボは深くなかったのだ。
「今夜は東の方から回るかな」
私は父から譲り受けたランタンに火をともし、家宝の大きなロケットペンダントをつける。中には呪いを防ぐための呪文が込められた古い紙が入っていた。これに助けられた回数を数えるのは、私の髭の毛を一本一本数えるよりも困難なことだろう。私はドアを開け小屋を出る。私の家は墓地のそばにあったのだ。風が私の耳を突き刺す。
「おお、寒い………今年は太陽が出ずに風が吹かない日はないって聞いてたけどさ、こんな強い風がずっと続くなんて聞いてないよ……」
この強風が続いてもう1か月になるだろうか。ランタンの火がゆらめく。
「速いところ終わらせてさっさと寝ちまおう……どうせこの風、屍さんたちも土の中で温まってるだろうしな……」
私は一歩、また一歩と歩みを進めた。逆風ではなかったのが幸いであったが、風は横から来て私の身体を突き抜けていく。差し詰め私は穴があけられた箱に入ったマジシャンだろうか。鎮魂の呪文を唱えながら墓地を見回る。
「この地に眠りし哀れな屍どもよ、安らかな眠りにつきたまえ、この地に眠りし…ックシュン!」
一つ大きな咳をした。直後に悪寒が走る。どうやらこの寒風に当てられたのか、はたまた屍たちの瘴気に当てられたのかはわからないが、風邪を引いてしまったことだけは事実だった。
「あ~……もう戻ろうかな……うん、戻ろう。明日もあるんだ、今日くらいは大丈夫だろう。うん」
何が大丈夫なのかは分からなかったが、私は夜回りを切り上げることにした。身体をぎこちなく右回れ右、したたり落ちそうな鼻水をすすりながら私は小屋へと引き返そうとした。
助けて……助けてくださいませ……
人、いや、青い血の声が背中の向こうから聞こえた。