第1話
最初は人さし指と親指が一本ずつ。
おそらく子供の指で、荒い断面から噛み切られたのだなとピリアは思った。
二つめには足。
胃袋を置いて裂くと、桶にピシャっと内容物が広がり、樫の実などの消化物にまじりゴロンと出た。
足首から先までのそれには、やはり短い指が並んでいる。
三つめには、これは人のものかは不明だが、しぼんでクシャクシャになった目玉がひとつ入っていた。
鼻口を手ぬぐいで巻いた娘は、その内側でプゥッと息をつく。
しゃがんだまま、天井よりさかさに吊られたブタ三頭を、薄空色の眼でまじまじ見上げた。
どれも腹をきれいに縦に割かれている。
珍しいと感じたのは、それらが都市部ではなく、どれも田舎のブタだったからだ。
放し飼いのブタが悪さをしたさい、人間が被害を受けやすいのは圧倒的に都市部のブタなのだ。
(あるいは墓地を荒らしたのかも)
ピリアは肉切り包丁と鉤棒を器用に使い、腸詰め用の脾臓や心臓を桶にとりわけていく。
そして指と足と目玉をあまった桶にまとめ置くと、手を両膝にやりウンと立ちあがった。
うす暗い作業場を出て、口もとの布を外して思いきり体を伸ばす。
昼時の晴れた空気を吸い込むと、ラッパの音が聴こえ、向こうの教会へ続く道よりロバ車の来るのが見えた。
「おはようアントンさん!」
近づく御者台にピリアが挨拶すると、左眼のつぶれた老人は車を停める。
そしてわざといぶかしげに空を見た。
とうに陽は高いのに、その挨拶はおかしいとでも言いたげに、
「こんにちは、血まみれのお嬢さん」
いつものように皮肉めいた眼つきのまま返した。
ピリアの任されている作業では、最初の力仕事が済んでブタは失血死した状態だが、それでも仕事着は少しずつ浴びた血や分泌物ですっかり汚れ、灰色からこげ茶にくすんでしまっている。
ロバの首をなでつつピリアが訊く。
「ねえ昨日おいてったブタはほんとにリヒャルトさんとこの?」
「フン、そら腹かっさばいたおまえさんが一番よくわかってるはずだろう。まちがいなくどれも農家のもんだとな。胃の中にパクスさまのご尊顔でもなきゃそいつは田舎のブタだろうさ」
ブタ買い付け人はしわに沈んだ片目をぎろりとさせて返すが、ピリアは気にしたふうもなく、
「お腹から小さな指と足が出てきたの。いつだったかは赤んぼうの手がそっくり入ってて、あとでお役人がきて面倒なことになったじゃない? 今日のは……最初は子供のだと思ったんだけど、よく見ると大人の指を小さくしたふうにもみえるのよね。とにかくあたしまた、知らない大人にじろじろ見られて、あれこれ訊かれるのいやだなァって――」
まくしたてるように話していると、そばを同じ年頃の娘たちが通りかかる。
二人とも歳相応といった身ぎれいな格好をし、一人はピリアが世話になっている家の娘だった。
彼女は横を通るとき、露骨に鼻をおさえてピリアと距離を置き、足を速めた。
やがて娘らが過ぎていっても、ピリアは凍り付いたように無言のままでいた。
するとアントンが口を切り、
「預けたのはたしかにリヒャルトんとこのもんだ。それでまちがいないし、おかしなもんがあったのなら大方どっかの墓でも掘り返したんだろうよ。つぶした分は夕方取りにくるから、余計なもんは焼き捨てちまっとけ。あとでつまらんことを訊かれたらシラをきればいい。明日のことをいま思いわずらうことなんて馬鹿のすることだ」
いわれてピリアは黙ったままうなずく。
郵便屋も兼ねているこの老人は、横の袋から出した小さな荷物を投げてよこすと、
「そいつはビリィの薬だ、俺からもよろしくとな。――おまえさんも老いぼれや死んだ家畜の世話ばかりしとらんで、もっと外に気を向けにゃあな。近頃のガキどもらしく手紙の送りっこでもするなら、駄賃のことはうるさく言わんがな」
「……いないよ、そんな相手」
ピリアが答えると、アントンは鼻息をついて向き直り、手綱を繰ってその場から離れていった。
たたずむ娘は、今の会話で浮かんだ少年の姿をかき消すように首を振ると、仕事場へときびすを返す。
曲者が現われたのはその夜のことだった。




