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第四話『デビュー前哨戦』

 あたしの前に表れた集団は、みんな銃のようなものを構えていた。彼らからは魔力を感じるが、あの銃のようなものからは魔力を感じない。もしあれが銃なら、〝彼〟がもたらした火薬の知識のみでそこまで辿り着いたことになる。

 距離が詰まり、あたしとその集団との距離は十数メートルほどになる。あちらは銃を構えているものの、こちらにはまだその銃口を向けていない。いや……形がそれっぽいだけで用途が違うのかもしれない。油断はできない。

「ひとりなの?」

 集団の動きが止まり、それと同時に声がした。女の声だ。

「そうだけど?」

 敵は敵。

 会話は必要ない――が、一応、相手は人間だ。対話から何かを得られるかもしれない。彼らは化け物ではないのだから。

「そう……勇敢なんだね。それとも、命知らずなのかな?」

 集団の間をすり抜け、その人物が表に立つ。出てきたのは、あたしとあまり歳の違わないような女の子だった。ほわほわした表情で、脳天気そうな印象を受けた。外見的にはとくに変なところはないけど、ただ、足――彼女が履いている靴は、一見してそれが魔具だということはわかった。

「どっちでもいいけど。ねえ、戦っても苦しいだけだよ? そこをどいてくらたら嬉しいな」

「あたしにしたら、そっちに帰ってもらいたいんすけど」

 帰ってくれれば、それで終わる。

 あたしがここを退くよりも、全てが平和に。

「それはできないよね。うん。じゃあ、戦おうか」

 彼女は笑う。

 無邪気に笑う。

 それを合図に「それ」があたしに向けられる。

「撃て」

 あいさつをするような気軽さで、彼女は言った。


「チサさまをひとりで行かせても良かったのでしょうか」

 千紗が去った後、その魔法陣を見つめながらプリムラが言った。それを見る目は、ひどく悲しそうだった。

「たとえば私や君が一緒に行って、何かは変わるかね?」

 椅子に座ったエレナが言う。

「あなたなら、変わるんじゃないですか?」

 かつて英雄と呼ばれた三人のひとり。どういう理由からか見た目は少女のそれだが、外見からは想像もできない知識と技術を持っている。そんなエレナなら、此度の戦いに参加して戦果をあげ、戦況を動かすこともできるかもしれない。

 少なくともプリムラより戦いを動かすことができるだろう。

「私は他のふたりとは違う。私はね、戦闘は専門外なんだ。今のように、魔法や術式をおもちゃにしている愚か者さ」

 自虐的に笑い、

「君は戦えるのかね?」

 と、プリムラを試すように見る。

「わたしの魔法は〝風の音〟。戦闘に使える魔法ではありません」

「では結局――」

「けれど、これを使えば戦える――かもしれません」

 そう言いながらプリムラが取り出したのは、円盤のようなものだった。赤い球体のまわりを白いプレートが囲っている。凝った装飾がなされているが、どこかおもちゃっぽさもある。それを見たエレナもすこし眉をひそめた。

「それはファミリアか?」

「はい」

「馬鹿にしているのかね? それは魔力の使い方を学ぶためのおもちゃだ。そんなもので戦闘などできるはずもない」

 ファミリア――子供用のおもちゃで、円盤に魔力を込めるとそこから魔力で作られた人形が出てくる。さらにその人形に魔力を注ぐことで、その人形を動かすことができるというおもちゃだ。子供が魔力の制御をする方法を知るために活用することが目的で、戦闘に耐えうる性能は全くない。

「これはわたしが城にお仕えする際に、父と母が護身用にと渡してくれたものです」

 エレナの表情が変わる――それはプリムラの母がそこに登場したからだろう。彼女の母もまた、かつての英雄のひとりだ。

「わたしの〝風の音〟は魔力に意思を乗せる魔法です。ですから他の人よりも、数段、細かくファミリアを扱えます。これはまだ使ったことはありませんが、今がその時ではないでしょうか」

 じっとプリムラを見つめ、エレナはふっと息を吐いた。どこか諦めをもにじませている。

「君は頑固者の目をしているな。いいだろう……貸してみたまえ。私がより戦闘向きに調整してやろう」


 敵は――弱かった。

 それが銃だとわかった瞬間、あたしの取るべき行動は決まった。体勢を出来る限り低くし、一気に距離をつめ、銃を構える男たちを駆逐した。

 もっとも――こんな芸当ができるのは術式のお陰で、あたしに弾が当たらなかったのは、偶然以外の何物でもない。たとえば相手が銃の扱いに慣れていたら、たとえばすこし狙いが下げられていたら――被弾していたと思う。

「へえー、驚かないんだね」

 少女はわざとらしく驚いてみせる。

「どうして驚くの?」

 あたしにとってそれは、身近でこそないけど、よく知っている武器だ。

「だってだって、これ新兵器なんだよ? 魔力を使わない武器!」

「ふうん」

 それが新兵器なんだ……〝彼〟がもたらしたのは画期的な技術だったみたい。

「うわー反応薄いね……。もしかして感情が死んじゃってる人?」

 失礼過ぎる。

 それにしてもこの子、おしゃべりだなあ。ちょっとやりにくい。緊張感に欠ける。とはいえ――まだ意識のある者たちがあたしに銃口を向けていると思うと、彼女の緊張感が欠けていても、あたしは緊張を解くわけにはいかない。

「それ、火薬ってやつを使ってるんでしょ?」

 あたしたちの歴史では火縄銃から始まったそれが、もうその段階を完全に超越していると思うと、技術の進み方が半端じゃないけど、その根本は変わらないし、あたしは誕生の原因を知っている。

 その技術があたしたちの世界の技術だということも、知っている。

 銃は怖い。

 でも――これまでに超えた死線ほどではない。

「難しいことわかんないし興味ないなあ。使えたら同じでしょ? というわけで、撃て」

 流れが唐突過ぎる!

 とっさに跳んで、集団の真ん中に着地する。着地際にひとりとぶつかって、その男が変な声を漏らしてぶっ倒れた。

 〈幽影〉に魔力を込め、体勢を落とし、地面を撫でるように、男たちの足を払う。地面がえぐれ、男たちも一瞬宙に浮いて、地面に落ちた。すぐさま男たちを蹴飛ばし、手を蹴飛ばし、銃を手放させた。

 魔具を使った肉体への攻撃のダメージで、しばらくは動けないだろう。

「手際の良さにドン引きだよ?」

「あんたの躊躇なさにもね」

 少女は楽しそうな、忌々しそうな、妙な笑みを浮かべ、どうやら腰につけていたらしいナイフを二本、逆手持ちに抜いた。

「どうやらあたしが直々に相手するしかないみたい」

 雰囲気が――変わる。

 ほわほわした少女の表情が、鋭利な刃物のような鋭さを見せた。

「あんた、名前は?」

 試しに聞いてみた。

 答えないならそれでも良い。ただ、名前を聞くのが礼儀だと、なんとなく思った。

 魔に対しては、そんな気持ちは全くわかなかったけれど。今思えば、名乗りくらい聞いたりしたりしても良かったかもしれない。

 いや……やっぱり魔に対しては嫌だ。

「んん? あたしはエレ。〈無縫の(Assassin)エレ(〝Ele〟)

「あたしは千紗。よろしく」

 〝彼〟とともに旅をしたことで、あたしは〝彼〟に似てきたのかもしれない。

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