第三話『戦いの決意』
グローブは〈剛拳〉、新アイテムのブーツ――というよりは、靴に装着する外付けの魔具――は〈幽影〉、新しく渡されたふたつの魔具は、あたしの手足にぴったりとはまった。特に調整をしなくちゃいけないようなことはなさそうだ。
さて――と、考える。
半ば勢いで出てきたものの、敵の素性がわからない今、何を目指してどうしたらいいのかがわからない。お城に戻って防衛戦に備えればいいのかな。
「君は〝彼〟と似ているな、チサ」
エレナが苦笑する。
「そうかな?」
しかし言われてみれば、考えるよりもまず行動で、考えなしに動きながら困り始めてから考えているのは、なるほど、似通っているとも思う。
嬉しくない。
「しかしだからこそ、ヤツを打倒できたとも言える。だからチサ、君もあまり難しく考えるな。命がけのことだからこそ、考えに溺れれば身動きが取れなくなる」
「……うん」
敵が何かも今はわからない。ただ「攻めてくる」という事実は確かだ。なら、あたしがすべきはやはり、お城に戻って防衛戦に備えることだ。
「プリムラ」
「はい」
「ちょっとお城に戻ってくるから、ここで待っててね」
彼女は連れていかない。
そのためにここに連れてきた。
「終わったら、迎えに来るよ」
「……はい」
プリムラは何かを言いたげにしていたけれど、どこか悩んでいる様子でうなずいた。
「エレナ。プリムラをよろしく」
「うむ」
エレナにまかせておけば安全だろう。それにここはお城から何キロ離れているかもわからない神聖都市だ。魔法陣さえ使われなければ――安全だ。
よし。
試しにちょっとだけ魔具に魔力を込める。〈剛拳〉に埋め込まれた青い石は輝きを放ち、〈幽影〉はぼんやりとその周囲に黒い何かを漂わせている。
「使い方はさっき説明したとおりだ。いいかチサ、君には魔力の制限がある。戦闘中に充填しながら戦うんだ。いいな?」
「もちろん」
だからこそ、〈剛拳〉に魔力を吸収する機能が備わったのはありがたい。
「健闘を祈る」
うなずき、魔法陣の上に立つ。
「気をつけて」
振り返ると、プリムラが悲しそうにあたしを見ていた。
「うん」
できる限りの笑顔でそれに応えた。
転送が始まる。
そしてすぐに、あたしの部屋に到着した。
さて、と、お城に着いたあたしは周りの気配を探った。さっきのレミアの口ぶりなら、もう城壁の外で戦闘になっていてもおかしくない。さすがに城壁が陥落しているなんてことはないだろう。
お城の中は妙に静かだ。しかし空気は張り詰めていて、周りには――少なくとも目に見える範囲には――誰も居ないのに、それが伝わってくる。
「妙な雰囲気」
旅をしていた時は、戦いの中でもどこかユルい雰囲気の時があったから、やっぱり戦いとはこういうものなんだと再認識する。
「そうだ! こんなことしてる場合じゃないや」
レミアだ。
まずはレミアのところに……行ったら強制送還されそう。
「あ、もう術式を仕込んだから心配ないか」
このまま元の世界に帰ればあたしは死んでしまう。自らを人質にとり、強制送還の強行を封じることに成功した。
そう決め込んだあたしは、すぐに謁見の間に走った。もしかしたらそこにいるかもしれない。
いない。
「まあそうだよね」
無礼を承知でレミアの私室に向かった。ドアをノックしようとした時、来ることをわかっていたと言わんばかりに、そのドアが開かれた。
「本当に、貴女は馬鹿な子ですね」
レミアはしかし、困ったように笑っていた。
「こんな状況で帰ったら、あいつに顔向けできないよ」
〝彼〟はこういう時、率先して動いた。
「そうですか。そうですね。ではチサ、遠慮なく指示させてもらいます」
表情が真剣なそれに変わる。
あたしもそれにうなずいた。
「現在、城壁正門から北へ進んだところで交戦中です」
つまり、そこへ行けばいいわけか。
「貴女はそこへは向かわず、裏門へまわり、そこで待機してください」
「はい?」
交戦中のところへ援軍に向かえばいいと思ったんだけど……。
「確かに苦戦しています。しかし、どう考えても陽動ですからね」
陽動部隊に苦戦してどうするんだ、とは言わない。とはいえ、思ってしまった時点で筒抜けだが。
「その戦闘を終えれば、貴女は遊軍として活動をお願いします。裏門は正門に比べて小さいですから、本命といえども大した軍勢にはならないでしょう。貴女なら、大丈夫なはずです」
「うん、わかった」
わかった。
大丈夫。
あたしは――勝てる。
「大した自信ですが、どうか注意をしてください。どうやら私たちの知らない奇妙な武装をしているようですから」
「奇妙な武装?」
「ええ。なんでも――魔力を必要とせず、小規模ながら爆発を発生させるようです」
……うん?
指示された場所で待機しながら、あたしはかつて〝彼〟とした会話を思い出していた。
「実はぼくは一度、火薬を使うことを提案したことがあるんだ」
〝彼〟は旅が終わった後、「今後」を話し合っている時にふとそんなことを言った。それは本題には全く関係がなくて、なんとなく答えを先延ばしにするために、〝彼〟はそれを話題に出したのだと思う。
「火薬なんてどうするの?」
「相手の魔力が大きすぎて対抗できないっていうなら、魔力以外のもので対抗すればいいんじゃないかなって思ったんだけどね。どうやらこの世界の人は魔力にこだわりすぎてるよ。火薬そのものは精製に成功したけど、それでも魔力を活用しようとしてた」
なんて言っていた。
つまりだ。
〝彼〟がもたらした「火薬」という技術が、今回の騒動を引き起こすひとつの要因となったのでは?
「歴史から学ぼうよ……」
学ぶも何も、そもそも戦いのために投入しようとしたのだから、これはなるようになったとしか思えないけど。
「まだこっちに残ってたら小言も言えるんだけどなぁ」
〝彼〟はすぐに元の世界に帰ってしまった。だから小言も言えないし、これから起こる戦いを止められるのも、あたししかいない。いや、他の人でも止められるけど……そうじゃなくて。
この世界に残ったあたしは、この世界にいる限り、ここを守り続ける責任がある。たとえそれがあたしの意思とは関係ないところで与えられたものであっても――。
だから――あたしは倒さなければならない。
ゆっくりと――まるであたしがここで待ち構えていることは知っていたと言わんばかりに、自信と慢心を湛えて近づいてくるあの集団を。
ひとり、ふたり……まあ十数人だろう。あの規模の陽動をしておいて、本隊がこの程度だというのが不思議だけど、それだけの力を持っているなら――それならこの人数でも十分なのかもしれない。
迷いが全くないわけじゃない。でも、あたしはそれを捨てなくちゃならない。
思い出せ。
あたしはすでに――一度、境界を超えている。
今回もあの時も、同じようなものだ。
「敵は敵。例外は――ない」
たとえそれが人間であっても――あたしは、揺るがない。




