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キケンな休日<前>

「ねえ、グラント。ちょっとだけ向こうの世界に戻ってきてもいい?」

 ありあのいきなりの宣言に、グラントとヴェルナー伯爵は、目を丸くした。


***


「……結婚?」

 グラントの問い掛けにありあが答えた。

「うん。シスターがお手紙で、高校の同級生が結婚するって教えてくれたの」

 ありあは少し遠い目をした。

「結婚式の前に、友達同士で集まってお祝いしようって……」

「……」

「滅多に会えないから……こういう機会にお友達に会いたいなって……シスターにも会いたいし……」

「……」

 グラントは暫く黙っていたが……やがて、はあ、と溜息をついた。

「それで? 何日ぐらい向こうに行くんだ?」

 ぱあっとありあの笑顔が弾けた。

「行ってもいいの、グラント?」

「……仕方ないだろう。そんなに行きたそうな顔されては……」

 グラントの言葉が途切れた。ありあがグラントに抱きついていた。

「ありがとう、グラント! お土産、買ってくるね!」

 グラントはありあの身体に手を回し、抱き締めながら、言った

「……土産はいいから、早く戻って来い」

「うん!」


「結局、陥落してしまうんですね、陛下……」

 抱き合う二人を見て、思わず微笑んでしまった、ヴェルナー伯爵だった。


***


「おかえりなさい、ありあ」

 礼拝堂の魔方陣に現れたありあを、シスター・雅子は笑顔で迎えてくれた。

「ただいま戻りました、シスター」

 ありあは腰を擦りながら、魔方陣から立ち上がった。相変わらず、次元移動すると尻餅をついていた。

(随分練習したから、ましにはなってるんだけど……)

「美恵子さんから連絡がありましたよ? ありあが戻ったら、集合場所を教えておいて欲しい、と」

「みーちゃんから?」

 ありあは弾む心を押さえられなかった。滅多に会う事のできない友達。

(向こうじゃ、なかなか『普通の友達』っていないから……)

 みんな、とても良くしてくれるけど。やっぱり、『光の巫女姫』で『グランディアの正妃』扱いには変わりない。

 そんなの関係なし、で接してくれる人は……いないもの。

(こっちに居る間は、女子会楽しもうっと!)

 ありあは鼻歌を歌いながら、シスターの後を歩いて行った。


***


「では、ありあとれいちゃんの結婚を祝して、かんぱーいっ!」

 みーちゃん――橋本 美恵子の声に、紙コップを上げ、乾杯のふりをした。

「おめでとう、れいちゃん」

 ありあがそう言うと、武藤 玲――れいちゃんは、頬を染めてありがとう、と答えた。

 ……ここはビジネスホテルの一室。『今夜一晩女同士で語り合うわよっ』とみーちゃんが予約してくれた。サイドテーブルの上には、テイクアウトしたピザやサラダやケーキ。ペットボトルのジュースもたっぷりと用意されていた。床に広げたレジャーシートの上にシャワーを浴びた三人は座り込み、パジャマパーティーは幕を開けた。


「ねえねえ、ありあ?」

 みーちゃんが興味津々、という感じで聞いて来た。

「外国に嫁ぐってどんな感じ? 旦那様優しいの?」

「えっと……」

 ありあはグランディアを思い浮かべた。

「うん、皆優しくしてくれるよ? 慣れてない私の事、フォローしてくれるし……」

「もう、判ってないなあ、ありあは」

 みーちゃんが、はあ、と溜息をついた。

「私もれいちゃんも、新婚生活のこと聞きたいんだけど?」

「ぶっ」

 思わずオレンジジュースを噴き出しそうになった。

「ななな、なにっ」

 ありあの顔が一瞬で真っ赤に染まる。

「相変わらず、ねえ、ありあは」

 れいちゃんが、溜息とともに言った。

「人妻になったんだから、もうちょっと大人になったかと思ってたのに」

「そんな冷静に言わないでよ、れいちゃんっ!」

 人妻って。……ものすごく、イケナイ雰囲気が漂ってない!?

(いや、その通りなんだけどっ……)

 ありあはみーちゃんとれいちゃんをまじまじと見た。

 スポーツ少女のみーちゃんは、大学でもアーチェリー部に入ったって言ってた。ショートカットにすらりと手足の長い、中性的なみーちゃんは、Tシャツに短パン姿で、胡坐を組んでいた。

 片やれいちゃんは、さらさらストレートの美少女で……高校の時も『氷の姫君』とあだ名をつけられるくらい、冷静沈着だった。パジャマはかわいらしい花柄で、何だか意外~とありあは思っていた。


「旦那様……グラントさん、だっけ? どんな感じなの?」

 みーちゃんの問い掛けに、ありあはうーん、と考え込んだ。

「えっと……すごく優しくて、でも怒ると怖くて……背が高くて、すごく綺麗な銀色の瞳で、傍で見るとどきどきするの」

「「……」」

 二人は揃って、溜息をついた。

「なに、この子。のろけちゃって」

「えええっ!?」

みーちゃんの言葉に、ありあは目を丸くした。のろけって……事実を言っただけだけど。

れいちゃんが呆れたように言った。

「本当、ありあって……自覚ないのねえ」

「うっ……」

 なんだか、追い詰められてない!? ありあは身体が縮こまる気がした。

「ま、ありあはちょっとおいといて、れいちゃんはどうなの? 旦那様ってどんな人?」

「……彰吾(しょうご)さん?」

 ふふっと笑ったれいちゃんは……どこか妖艶だった。

「……叔父さんよ、私の」

「「叔父さん!?」」

 ありあとみーちゃんは思わずハモった。

「そう。と言っても、血のつながりはないの。ママの義理の弟よ。おじいちゃんとおばあちゃんが連れ子同士で結婚したから」

「叔父さんってことは……かなり年上じゃないの?」

 みーちゃんの問いに、れいちゃんは小首を傾げた。

「そうでもないわよ? 十七歳上なだけだから」

 十七歳……って、一回り以上上だぁ……。ありあは呆然としていた。

(グラントだって、私より十歳上だから、年離れてるけど……)

「どうやって、結婚までいったの!? 聞きたい~っ」

 みーちゃんがれいちゃんに抱きついた。

「やだ、こぼれちゃうじゃない」

 れいちゃんが苦笑しながら、コップをサイドテーブルに置いた。

「私ね、幼稚園の頃から、『お兄ちゃん』が好きだったの」

 通学の関係で、れいちゃんの家に居候していた彰吾さんに、れいちゃんはべったり、だったそうだ。

「優しくて、大人で……本当、同級生の男子なんて、子どもだったわ」

 でもね……とれいちゃんの表情が曇った。 

「『お兄ちゃん』は私の事、かわいい姪、としてしか見てなかったの。だから、早く大人になりたかった」

「れいちゃんが大人っぽかったのって……それが原因?」

「そうかもね、ありあ。『お兄ちゃん』の隣にいて、ふさわしい大人の女になりたかったの」

 だから、勉強も、習い事も、おしゃれも頑張った。『お兄ちゃん』に認めてもらうために。

「……高校生になった時、『お兄ちゃん』……彰吾さんに、アタックを開始したの。だって結婚できる年齢でしょ?」

 れいちゃんが小学生の時に一人暮らしを始めた彰吾さんのマンションに、足繁く通っていたそうだ。

「最初はね、お菓子持って行って……そのうちお料理したり……一緒に買い物行ったり……」

 じわじわと攻めていった様子が、ありありと目に浮かんだ。

(れいちゃん……普段冷静だけど、こうと決めたら行動力すごかったものなあ……)

「でも、なかなか手を出してくれないのよ、彰吾さん。ママに遠慮してて。いい大人が高校生相手にって、罪悪感もあったみたい」

「それで、どうしたの?」

 みーちゃんの目も爛々と輝いていた。

「……高校卒業してから、マンションに押しかけて、襲っちゃった」

「「襲う!?」」

 再びありあとみーちゃんがハモった。

「もう理性が効かないようにして、既成事実作ったら、やっと観念してくれたみたい」

 な、なんか今……すごい事聞いてない!? ありあの心臓はどきどきしっぱなし、だった。

「すごいわねえ、れいちゃん……うちのお姉ちゃん達も敵わないかも」

 みーちゃんが感心したように言った。 

「だから、結婚式も内輪だけ。つわりがひどくなったら、長時間式もできないでしょ?」

「つわり……って……」

 呆然と呟いたありあに、れいちゃんはにっこり、と笑った。

「今三ヶ月目に入ったところ。彰吾さんも喜んでくれてるの」

「「えええええっ!!」」

 本日三度目のハモりだった。

「れいちゃん、おめでとうーっ!! ママになるんだねっ!!」

 みーちゃんがれいちゃんを抱き締めた。

「ありがとう、みーちゃん」

「……おめでとう、れいちゃん……」

 呆然としたままのありあに、れいちゃんがふふっと笑った。

「ありあだって、子どもができてても、おかしくないでしょ?」

「!!」

 ありあの顔が真っ赤になった。

「そそそ、そう……かな……」

 みーちゃんがれいちゃんから手を離し、ありあに迫って来た。

「ねえ、ありあ? さっきから、気になってるんだけど……」

「な、なに?」

 じーっとみーちゃんが、ありあの瞳を覗きこんだ。

「……ちゃんと、してるんだよね?」

「……えっと、なに?」

「だ~か~ら~!! 夫婦生活よっ!! 夜のっ!!」


 え


 え


「ええええええええええっ!?」

 真っ赤になったありあは思わずのけぞって、後ろにこけそうになった。

「だってさ~」

 みーちゃんが、ひょい、とピザをつまんでぱくり、と食べた。

「ありあったら、全然変わってないんだもの。そりゃね、教会でシスターに育てられたんじゃ、そういうことに疎いのはわかるけど……」

 もぐもぐと口を動かしながら、みーちゃんが言葉を続けた。

「旦那様がかわいそうじゃない? 我慢してると思うなあ~」

「そうねえ……ありあが鈍すぎて、手を出せないのかもねえ……」

 れいちゃんまでが、うんうんと頷いていた。


「そ、そんな事は……ない……と、思ぅ……」

 手は出されてる……よね? うん。 ありあは赤い頬のまま、考えた。でも……

(グラント……我慢してるのかなあ……)

 私がここに来る時も、溜息ついてたし……やっぱり……


 ありあがうんうん唸っていると、みーちゃんとれいちゃんは顔を見合わした。


「……ねえ、ありあ?」

 れいちゃんの瞳が……妖しく光った。

「たまには、ありあから迫ってみる……っていうの、どう?」

「えっ!?」

 ありあが目を丸くすると、みーちゃんが手を叩いた。

「それ、グッドアイデア! きっと旦那様もよろこぶよ~」

「そそそ、そう……かな……」

「大丈夫よ~、私こう見えても、派手な恋愛してるお姉ちゃん、お兄ちゃんがいるからさぁ。耳年増の知識は豊富よ~」

 みーちゃんがそう言うと、れいちゃんも畳みかけるように言った。

「私が彰吾さんオトした時のコツ、教えるわよ? ありあ、可愛いから、絶対いけると思う」

「ううう……」

 なんだか、ヘビ二匹に囲まれてるカエルになった気分がするのはナゼ!?

「今晩、作戦を練るわよっ!」

「明日、買い物とエステよね……彰吾さんに連絡しなくちゃ」

(や、闇の眷属に襲われた時も、こんなに怖くなかったっ!!)

 もしかして、人生最大のピンチ!? ありあの背筋が寒くなった。


 ふっふっふ、と妖しい笑みが、みーちゃんとれいちゃんの顔に浮かび……ありあの顔がぴくり、と引きつった。

*ありあ最大の危機です(笑)

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