Battle on the Tower
ウィリアム=コーンウォリスはグリズリーを撃つ。
50AE弾が十インチのバレルを通って放たれ、東京タワーの展望台の窓を打ち砕く。
きゃぁきゃぁと悲鳴を上げてエレベーターに殺到する観光客を押しのけつつ、二十世紀最後の終わりに製造が終了した熊殺しの大型拳銃を撃つ。
能代、ヴァレリーは二手に分かれて走り出した。
二人はまだ撃たない。
民間人の退避が完了していないのだ。
「外の階段を使え!」
狭い特別展望台をおろおろと逃げ惑う係員に銃を突きつけながら指示し、グリズリーの弾切れを待つ。
大型拳銃の弾は太い。
ゆえに装弾数限られ、グリズリーは七発しか入らない。
能代のベレッタM90-TWOは十七発だ。
ガオン、と七発目が放たれた。
ヴァレリーは自販機の影から飛び込み前転を決めつつステアーを撃つ。
二十歳になったばかりでまだ子供っぽい雰囲気を持っている渡良瀬は、渋谷の地下にいた。
(なんて複雑なんだ‥)
渋谷地下といっても地下街や地下鉄ではない。
地下鉄の線路の脇、路線図に記されていない特殊線路だ。
たまたま数百メートル頭上が渋谷というだけである。
(クソッタレ)
法務省公安調査庁Bloody Murders、通所BM班。
“実戦経験を持つ特殊な子供たち”を育成し、オフィサーとして使用する部隊だ。
存在は秘匿され、関係者でもない限り決して知ることはない。
知ったら消される。
(応援要請も届かない‥仕掛け人がいつ戻るか分からない‥起爆する時間も分からない‥やんなるぜ)
中学の頃父が薬にはまり、母は自殺。
家族が離散し、母方の祖父母の家に預けられた善良な少年、渡良瀬。
しかし母は駆け落ち同然の体で家を飛び出していたため、祖父母の視線は冷たかった。
それでも高一までは善良な少年として育った。
だが事故で祖父母も亡くなり、父方の家も引取を拒んだ。
それでも渡良瀬は奨学金を貰いながら高校を卒業するはずだった。
しかし高二の夏、狂乱したヤク中が刺身包丁片手に学校に押し入り、生徒数名を殺害。
渡良瀬はこの凶行を止めるべく、ヤク中、もとい実の父を刺殺した。
そのまま錯乱状態に陥り刺身包丁を持ったまま逃走。
二度と学校には戻らず、地方都市の陰を渡り歩いた。
だがひょんなことから絶滅危惧種に指定されかけているヤンキー七名をコンビニの駐車場で惨殺してしまい、ようやく警察に逮捕される。
十八歳の春だった。
余りに殺し過ぎた彼は極刑ないし終身刑を免れえない。
冷静になった渡良瀬はそれを受け入れようとした。
だが法務省から来たというサングラスの男が、渡良瀬に選択肢を与えた。
ここで一生を終えるか、別の人生を歩いてみるか。
渡良瀬は後者を選び、名前を変えた。
今名乗っている渡良瀬という姓は作り物で、十八までの彼は自殺したことになっている。
(あと三分)
地下鉄に隠されていた爆弾はとても強力ではあったが、作りは雑だ。
地上の子爆弾に信号を送る爆弾らしく、これで渋谷を吹き飛ばす予定だったらしい。
(..わざと失敗するように仕組まれていた?)
確実に吹き飛ばしたいならば自律の爆弾を地上に多数仕掛ければいい。
わざわざ解体されやすい上に仕掛けもめんどくさい形式にした理由とは?
(..解体完了。渋谷はこれで大丈夫だろう)
行方不明となり、日英で警戒されていたウィリアム=コーンウォリスらしき男を秋葉原で見かけたのが昨日。
尾行開始三時間で本人確認。
日付が変わって十一時間後、地下鉄ホームから悠然と飛び降りた彼を追って渡良瀬も線路へ。
地下深くに入り、電波が届かなくなるまで定時連絡は行っていたため、公安の総力をあげて爆弾ないしウィリアムの起き土産捜しに励んでいるはずだ。
「WRYYYYYYYYYYY !!!」
「こいつ狂ってやがる!」
黒い瓶が東京タワーの展望台の屋根から二百二十メートルほど下の地面に落ちる。
特別展望台の屋根の上、吹きさらしのところで彼らは戦っていた。
能代はウィリアムの胴を狙った弾が、冒涜的機動で回避されたのを見た。
そしてわずかにベルトをかすめた九ミリパラベラムがぶら下げられていた黒い栄養ドリンクのような瓶を弾くのも。
「あれは‥!」
「アメリカの人体実験の成果の一つね!」
アメリカで秘密裏に製造されていた精神高揚ドリンク、要するに麻薬だ。
正式名称は不明で、防衛省のマッドたちはそれに張り合って安全な麻薬の研究をしている。
アメリカのそれはランナーズハイ同様、限界を超過した筋肉のパフォーマンスを実現するが、中毒性があり、なおかつ全身に与える影響が凄まじい。
用法容量をきっちりと守って服用すると、三日で全身を掻きむしりながら果てるというシロモノ。
「How Crazy you are !」
ヴァレリーの弾丸が右太腿を撃ち抜いても止まることがない。
「痛覚もヤってるのか!」
能代、能代、と耳に挿したインカムから阿賀野が声を上げる。
〈こいつが仕掛けた発破は渋谷、新宿、台場で発見されいずれも解体された。そいつから何か情報を引き出せるか?〉
「バカを言え!ゾンビとどうやったらコミニュケーションができるんだよ!」
〈お前はゾンビ少女萌えじゃなかったのか?〉
「いつの話だ!奴はクスリでもとから足りないオツムがパーになってる!殺すぞ!」
〈鬼怒、ウィリアム=コーンウォリスが東京タワーのてっぺんにいる。能代夫妻がなかなか殺しきれずにいるからサクッとやってくれないか?〉
「おい、なぜ電波一課が電話番をやってるんだ?あと目黒でサンマナウなんだから静かにしてくれないかな」
阿賀野から連絡を受けた時、鬼怒は目黒でサンマを注文したところだった。
〈ウィリアムともっとも付き合いのあるお前なら、なにかいい捌き方がわかると思うんだ〉
「‥しゃーない」
おばちゃーん、注文キャンセルねー、と厨房に断り、万札をおいて店を出る。
〈目黒の技術開発研究本部の秘密基地にヘリを待たせてる。急げよ〉
(勝手だなぁ)
目黒の防衛省技術開発研究本部分館は、横須賀に研究本部が移ってからも、防衛省目黒地区に残された艦艇装備研究所のことだ。
横須賀の海自基地に移ったのも予算とマッドサイエンティストの隔離のためであるため、人畜無害な研究を行う部署はそのまま残っているのである。
他にも自衛隊の幕僚学校があり、内務省オフィサーの鬼怒はあまり近寄りたいとは思わない。
「内務省の方ですか?」
後ろからゆるゆると青のスカイラインが寄ってくる。
服装からして防衛省の者だ。
「ヘリを留めてます。乗ってください」
身分証を見せながら助手席を開く。
「すみません、助かりました」
「いえいえ。都心でCIAに暴れられちゃ厄介ですからね」
マスコミはすでに東京タワーの銃撃戦を報じている。
信号を幾つか無視してかっ飛ばす。
「うちと内務省さんの連名で報道ヘリ飛行禁止を伝えてあります。最速でお届けしますよ」
お届けしますよ、ってなんだと口を開こうとした瞬間、ドリフトでスカイラインが停車。
「急いで!」
目黒の分館にもうついたのだ。
弾かれたように建物へ駆け寄る。
ヘリポートらしきところからロープが降ろされ、将校が一人手招きをする。
末端の結索部に手をかけ、ずりずりと引き上げられるのにあわせて壁を走る。
「こっちです!」
将校に引っ張り上げられ、ヘリポートについた。
「これに乗ってください」
「…は?」
ウィリアム=コーンウォリスは東京タワーの上から身を踊らせる。
否、いつの間にかワイヤーを打ち込んでおり、それを伝ってタワーの鉄骨部に乗り移ったのだ。
〈BM班CT部がすでにタワーへ急行中。手柄を奪われる前に奴を狩れ!〉
「だが阿賀野。下手によると撃たれるぞ」
〈二人同時で飛び込むなら、死ぬのは一人ですむ〉
「‥」
仕方ない。
隠密行動が金科玉条のBM班が出張ってくるとは想像の埒外ではあったが、法務省ごときにくれてやる名誉はない。
むしろ入管で気づけなかった法務省がこの事態を引き起こしたのであって、首都にテロリストを入れてしまったことの咎は法務省にいくべきだ。
(そうか、汚名を返上したいのか)
ならば。
柱にワイヤーを巻きつけ、十メートルほど下にいるウィリアムのもとへダイヴする。
阿賀野が三年前の忘年会で言った言葉を思い出す。
(“こんなこともあろうかと”、と言うためには常に便利そうなものを持ち歩け、か。ワイヤーを入れておいてよかった)
しかし一度強い負荷をかけたワイヤーは、再度の使用に耐えられない。
能代は鉄骨の上で悲鳴を聞いた。
「Hey Jap. Why are you able to be cool after looking your girlfriend's falling? Do you have human's heart ?(おぃジャップ。よくも恋人が落ちるのを見て冷静でいられるな。貴様人間か?)」
「I have no interest in her live or death.(それがどうした?)」
「How ruthless you are.(十分貴様も狂ってやがるぜ)」
それだけ言うとウィリアムは鉄骨の上を一気に詰め寄る。
麻薬でボロボロになってもまだ喋れる精神力は流石といったところ。
だがもうそれも尽きたようだ。
もはやグリズリーは使わないらしく、腰に納めてナイフを握っている。
「着剣せよ!」
一喝、自らを鼓舞し、右手のベレッタをベルトに差してピカニティーレールにアタッチメントの銃剣を取り付ける。
銃を再度引き抜いた手が胴の前に来た時に左手で右手首に外付けで仕込んだナイフを抜く。
「COME Oooooooooooooon !!!! Lets parrrrrrttttttyyyyyyyyyy !!」
「掃滅する!」
能代は右手を一閃、一発発砲。
ウィリアムが宙を蹴って頭上の鉄骨を逆さ走り。
そのまま重量に従い斬りつける。
バックステップ回避、鉄骨を掴んで下の鉄骨に移るウィリアムを撃つ。
右手の鉄骨に飛び移り、さらに左、後ろと立体機動を見せるウィリアムを狙うも能代はあてられない。
業を煮やして距離を詰める。
交錯する瞬間の斬り合いが続く。
一瞬の逡巡が瞬間的な判断を鈍らせ、鉄骨を踏みしめ損ねれば“全身を強く打つ”こと不可避だ。
そして鉄骨は剥げかけた塗料のせいで滑る。
雪国のドライバーのごとく、スリップまで予測に入れてこの空中戦を制せねばならない。
だが下手に時間を開けると、ウィリアムが未発見の爆弾を起爆さすかもしれない。
内務省が来てもゲームオーバー。
頼みのヴァレリーはワイヤーが千切れて落ちていった。
「ZAP ZAP ZAP !!」
「..」
この状況、能代は分が悪いことを知っていた。
もとから白兵戦では負けなしの男がヤク中で、必死の任務に就いているということ。
そして何より、能代は高いところが好きではない。
キンタマがしゅっとなるような鉄骨の上は行きたくないところランキングベストスリーに入る。
小学生の頃、ジャングルジヌから落ちたのがトラウマなのだ。
「CAZZO!」
とっとと終わってバルコニーで昼寝して、美味しいものを食べてそれからヴァレリーの葬儀に行ってやろう。
たったそれだけの意思を込めた掛け声にヤク中が怯むはずもない。
人としての姿を捨て、純粋に闘争本能に特化したヒューマノイドディザスター。
こいつの動きを止めるにはこいつの息の根を止めるしかない。
それができる者は世界ひろしといえど、片手で余るだろう。
銃とナイフを持ち変える。
ウィリアム自身の筋繊維を引き換えに実現した毎秒三十回の怒涛の斬撃を回避とパリィでいなし、機会を待つ。
(おー、やってるやってる)
防衛省の無害な側に属するマッドが作った試作ヘリの上で、鬼怒は空から降ってきた女性を抱えて東京タワーの決闘を見ていた。
(あの獣との関係を思えば、俺がそこにいるべきなんだがな)
内務省UOG創設以前、まだ戦争たけなわだった頃に間諜を装ってアメリカと接触した鬼怒。
彼の強さは鬼怒が一番よく知っている。
(能代といえど、あと三分持つまい)
防衛省から借りてきた試作狙撃銃を構える。
クッション代わりに膝の上の女性を使う。
このヘリ、魔法の絨毯のように吹きさらしの四発ティルトローター機みたいなナニカ。
体重移動で動かすその空飛ぶまな板の上にあぐらをかいて座る鬼怒は、とりあえず意識がないヴァレリーをブランケット代わりにしていた。
(システム、オールグリーン)
阿賀野は何も言わず、昨日調整したギミックのサポートを行う。
ティーポットを外して装着してみたそれは、いまだ調整不十分のまま能代によって起動させられていた。
(バイパス接続。一撃で仕留められるようにメーターをいじれ。よし。これで勝つる)
毎秒三十連撃が五十連撃に増えてきた。
それでもウィリアムの腕は千切れない。
いい加減パリィが辛い能代。
しかし反撃の機会を掴めない。
(ステンバーイ‥ステンバーイ‥..フォイエル!)
308ラプアマグナムが試製一七式狙撃銃から放たれた。
大気を引き裂いて進む弾丸は、狙い過たず野獣の右手首を破壊する。
〈不明なユニットが接続されました。システムに深刻な障害が発生しています。直ちに使用を停止してください〉
洒落の効いたアナウンスが流れる。
右手の中に仕込まれた機巧が蠢き、放熱され、ガスが毛穴から吹き出す。
「..穿て」
ナイフを手放した能代の右手首から先が撃ち出される。
「..ロケットパンチ!」
精度の狂ったウィリアムの右手がそれを切り刻む。
そして一度大きく振りかぶり、
「Wasshoi !!!」
アッパーカットを放つ起動でその右手はウィリアムの肋骨を砕き、轟音とともに撃ち出された杭がその心臓に破滅的大打撃を与える。
背骨を粉砕して貫通したその杭は、ウィリアムの汚れた血液でぬらりとてかっていた。
「Всего хорошего(フシヴォ ハローシェヴォ)。砕けて堕ちて、二度と還るな」
フッと短く息をついて厨二病チックにかっこつけた能代は下を見やる。
鉄骨にぶちあたりながらも落ちていくウィリアムの躰。
ふらふらと鉄骨に寄りかかり、能代は救助を待つことにした。
(俺達も隠密行動が金科玉条なのに、これじゃぁバレバレだな)
翌日、マスメディアは揃って東京タワーの決闘を伝えた。
内務省のオフィサーが所属不明のスパイを殺害。
スパイは全身がぼろぼろになっており、所属を確認すること能わず。
(ふぅん。面白い)
実はウィリアムは杭で貫かれたあとも、下の展望台の屋根に落ちた時も、息があった。
とどめを刺したのは鬼怒だ。
グリズリーの大型弾頭がウィリアムの頭蓋を砕き、麻薬の過剰摂取によって痛みと破壊衝動以外を失っていたウィリアムに慈悲を与えた。
(哀れなオフィサーだ。俺に騙されたあと、きっとCIAから逃げてたんだろうな。そして取引をすることで生命の保障を取り付けた)
阿賀野が浚ってきた情報を統合するとそんな感じだ。
(都内の爆弾も確認されたものは全て解体。公安が必死で捜索したらしいな)
ウィリアムが泊まっていたホテルも洗われた。
残されていたのは爆弾が四個、地図が一枚。
公安は地図上のマークにあった最後の爆弾を急いで解体しに行った。
(はじめから爆発させる気はなかったのか‥?)
「五十鈴法務大臣」
はい、と非公開の閣僚会議の場で高雄が五十鈴を立たせる。
「今回は内務省、防衛省の協力もあって最小限の被害で済んだ。だが失態は失態。しかし一度の失敗は一度の成功で取り返せばいい。入管を厳しくしろ。そして在日している外国人及びそれと関わりのあるすべてを洗え。できるな?」
高雄はこの機に国内の外国勢力を弱める気でいる。
在日朝鮮人や中国人といった危険因子はほとんどを追放したが、それでも網を逃れたものや日本人を籠絡したものもいる。
公安の仕事は一気に増えたがそれだけで済むなら大したことはない。
「全ては未来の日本人のために」
鬼怒が乗ってる不思議なヘリもどき、上下移動どうするんだろ。あと吹きさらしは寒いよね
ってか落ちるんじゃね?急旋回とか
初期段階では能代の腕にはガトリングガンが付いてました。でも反動で腕が死にそうだから却下。パイルバンカーはロマン
右腕は付け替え式なので違うOWが載るかもしれません