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MAD

すでに国連は調停者としての指導力を喪失し、アメリカは大国としての信頼を二発の戦術核によって失った。

本来はばれないはずの企みは、日本かイギリスかドイツかロシアか、どこぞのスパイによって明るみに出され、特に核を忌み嫌う日本は袂を分けることになった。

日本の離別が与えた影響は大きい。

フィリピンなど東南アジア諸国は軒並み日本の経済圏に入り、中南米も(異世界デクシア支配地域にある国も含めて)アメリカ依存の経済を見直し始めた。

欧州ではEU崩壊と合わせて新秩序が生まれつつあった。

それらを指導していた大統領、ジャック=クロフォードの不信任決議はしかし提出されなかった。

無論動きはあるし有権者もそれを望んでいたのだが、議員は動かなかったのだ。

かくするうちにニュースキャスター出身のジャックの逆襲が始まった。

手始めはテレビ局だった。

新年の支持率調査では最低の二パーセントであったのが、テレビ局を使った情報操作によりインターネットに接続されていない貧困層の支持を得た。

さらそれらを盤石のものとすべく、低所得者向けの政策を打ち出した。

学費や医療費等の負担軽減だ。

税金のバラマキだと富裕層や識者からは避難を浴びたが、すでにそれが打ち出された二月の時点でテレビ、ラジオ、新聞、雑誌を抑えたジャックに反抗するものは少ない。

三月にはいればインターネットにまで腕を伸ばし始めた。

IT関連王手はアメリカ企業。

それらが制圧されれば世界はアメリカの軍門に下ったのと同義となる。

IT主要各社は選択を迫られた。

アメリカに残りジャック政権と一心同体となるか、国外へ資本を移してアメリカを敵にするか。

どちらもあまり明るい予想図ではない。

これには諸外国も危機感を持ってあたり、日本やドイツが強力に誘致した。

面白いのはイスラエルも誘致していたことだ。

四度の中東戦争で勝利を納めた所以のところのユダヤ系資本を活用したのだ。

結果、六月時点で日本はIT、軍事産業から技術者を大量にヘッドハンティング。

ドイツ、イスラエル、ロシア、イギリスもヘッドハンティングや買収を行うことでアメリカの特許や図面を奪った。

アメリカはこれに抗議するも、自由主義国家の建前上強制はできない。

CIAやFRBが妨害するも、沈みかけの船から逃れる者を留めることはできなかった。

それにFRBが動いたせいで在米外国企業も撤退の動きを見せ始めた。

それでもジャックの支持率は落ちない。

実態支持率は不明だが、公表されている数字では新年時の二パーセントは半年で七十パーセントとなった。

ちょび髭伍長も驚きのインターネットを有効に支配したジャックの手腕である。

さらに彼はデクシア人(異世界人)とそれと手を組み“正義の国”アメリカを見捨てた日本人を悪魔と罵った。

共通の敵を作るのは幼稚で単純なナショナリズムである。

が、単純であるため字が読めなくても理解できる。

イギリスやドイツをも人類の裏切り者だと断じた。

アメリカ国民はこれに熱狂。

その時点で一部の富裕層や識者は沈むことが確定的となった(アメリカ)から既に逃げ出していた。


東京、内務省。

「インターネットが普及した現代社会、ナチスドイツめいたエスノセントリズム的洗脳活動は効力を持たないと誰もが思っていたが...自由主義の本丸、存外だらしないな」

阿賀野は車椅子を転がしつつ隣をゆく部下に語る。

先天的な胎児性水銀中毒により、とうとう足が動かなくなったのは昨年秋。

「ジャックの野朗は巧妙だ。支配下においた広告文の端々に自由主義的思想を織り込みやがった。愛国心教育という刷り込みの上になりたつ“アメリカ人”というアイデンティティを刺激するような文言だ」

いつか問題になったサブリミナル効果なんかも使われていた。

匿名掲示板でサクラに過激なことと穏健なことを言わせ、自由意志で選んでいるように錯覚させて全体の思想を誘導したりしている。

政権に対し批判的であれ好意的であれ、熱狂の渦中にいる者の視野を狭めるのは難しいことではない。

よっ、と、阿賀野は自らのデスクにつく。

彼を彼の部下たちは注視している。

二拍打ちて宣言する。

「各員、我々はこれよりアメリカの思想誘導の実態を調べる。アメリカネットはあちらの縄張り。焦らず確実に急いで迅速に有益な情報を探せ。ホワイトハウスやペンタゴンのデータを全て擦っても構わん。ただしバレるなよ?」

それは内務省が国内から集めたクラッカー集団の首輪を外す宣言だ。

アメリカに潜入したエージェントの情報とあわせてアメリカの崩壊を阻止するキーとなるだろう。

かの国には今はまだ生きていてもらわねば困る。


官邸。

アメリカの崩壊は阻止しなければならない。

まがりなりにも世界の警察をやっていたんだ。

もし急に警察がいなくなれば、世界は一気に無秩序となる。

国連もアメリカの経済力(ただし拠出金は日独持ち)と軍事力を背景にしていた。

(面倒だが、やるしかない)

長崎から取り寄せた角煮まんじゅうを頬張りつつ、印鑑を押していく。

ぽん、ぽん、ぽん。

アメリカから引っこ抜いた技術者は防衛省技術開発研究本部にとりあえず送った。

スパイがいたらどうしようもないからだ。

まずはそこで素性を調べ、そのあと民間へ回す予定だ。

「誰か、朱肉を持ってきてくれ」

「ただいまお持ちします」

高雄政権は一枚岩ではない。

目的が一致した者が集まっているだけである。

手段が異なるのは仕方ない。

(それが民主主義というものだ)

内閣府と内務省、財務省の陣営と防衛省、外務省の陣営とに分かれつつあった。

しかしそれも数日で変わるかもしれない。

だがそれでも良かった。

目的は日本の安定。

違いを言うなら保守と革新。

右寄りの高雄と左寄りの足柄。

ブレーキとアクセル。

今は問題が表面化していないが、しかし内紛となるようなら処分することも選択肢に入ってくる。

(そうはありたくないものだ)

新しい朱肉を開け、印鑑を押す作業に戻る。


七月三日。

佐賀県武雄市新三間坂駅。

従来の三間坂駅(すっごい小さい)から線路を引き、ゲートそばに作られた駅だ。

この線は佐賀方面と佐世保方面の東西に流れており、どちらにでも行けるようになっている。

定期便がホームに入ってくる。

人間が使う駅というより貨物駅としての性格が強いので、改札口は立派なプレハブのなかにある。

その二階建ての豪奢なプレハブを一団の奇人が通る。

扶桑重工を始め、日本が誇る変態技術者たちが呼ばれたのだ。

護衛は付いているが、これは周囲から奇人を守るためのものではなく、逆に奇人が獣人やその他いろいろを変態的知的好奇心に心を委ねて襲わないようにする措置だ。

扶桑重工の最上は先頭を歩いていた。

今回の催しにおいて、部下を差し置いて参加している。

企業経営は部下に放り投げてきた。

秘書の鈴谷は毎秒七回シャッターを切っている。

彼の私物のソニーの一眼レフだ。

ファインダーの先には彼の変態的知的好奇心を刺激するものばかりだ。

例えば彼らの獣耳。

例えば彼らの尻尾の付け根。

例えば彼らの銃火器。

例えば彼らの身振り。

目につくすべてを解析したいと思っているようだ。

「乗車願います」

マイクロバスに詰め込まれる変態ども。

静かにエンジンがかかり、音もなく振動も静かにバスが動き出す。

それに対して自動車会社の男は感心していた。

日本の車とタメを張れるんじゃないか、と。


ゲートを超えると、異世界だった。

技術開発研究本部の愛宕は窓に食らわんばかりに寄った。

窓という窓は変態どもに埋め尽くされている。

愛宕がまず目に止めたものは戦車だ。

主砲の経は百三十ミリほど。

先の戦争で使われたデクシア側の戦車とかわらない。

地球におけるラインメンタル社の百二十ミリ滑腔砲みたいなものだろう。

これは西側第三世代MBTの多くが採用した傑作砲だ。

次に見たものは兵士の銃だ。

山内で見たものはStg44の子孫と同構造の小銃。

重量は推定三キロ弱。

彼が今見たものはケルテック社のRFBめいたプルバック式だ。

推定二キロ強。

(なるほど、いつ失っても惜しくないようにゲートの外には旧式を、内には最精鋭をおいているわけだ。さすがに無警戒だったら正気を疑うよな)

かく言う日本政府も陸自の特殊作戦群をゲート近辺に配しているので同じである。

(とんとん拍子に同盟とか言い出すから首相は頭の中身がカニ味噌で出来ているのかと思ったが、脳みそはキチンと入っているようだ)


変態たちは三時間ほどバスに揺られてとある山奥の施設へ送られた。

ちなみに基地を出たあとは窓ガラスの外側からシェードを下ろされ、外を伺うことは許されず、傾斜とバスを降りてから見た景色だけで判断している。

もっとも、文明の喧騒が聞こえないことから山奥ないし人里離れたところだろうという程度の判断だ。

「こちらへ」

とうとう改良限界を迎えたのか、推定百グラムほどの小さな翻訳機をぶら下げた兵士が変態どもを連れて検問へ向かう。

カメラやICレコーダー、その他記録機器はすべて預かられ、衣服もすべて検められて通される。

三重の検問のあと、技術者たちは驚愕の事実を突きつけられる。

「これより貴殿らを収容する宿舎へ案内する。これより数年は帰郷できないということはご承知だと思いますので、悪しからず」


「最上さんはこれを知っていたのですか?驚いてはおられなかったようでしたが」

「知って、参加した。君たちは聞かされていなかったのか?」

数刻前に軟禁されることになると聞き、驚いたのは半数だった。

「課長は何も言わなかったぞ」

「うちの部長もだ。たしかに独り身で面倒が少ないからいいんだが..」

どうやら承諾を得ぬままに送り込まれたらしい。

家に帰れる見込みがないという不満は、変態どもを容易くただの青年に戻す。

「日本へ、帰りたい..」


そのさらに数刻後、技術者たちに招集がかかった。

泣きはらした顔を隠そうとしないものまでいる。

「こちらへ」

小さなプレハブに案内される。

いや、プレハブはダミーだ。

地下にエスカレーターが続いていた。

案内する兵士は無言で先導する。

長い長いエスカレーターを下る。

初め十数メートルは狭い隙間を行くが、その先には広大な空間があった。

直径三十メートルほどの円筒空間。

高さは百ほど。

X字の鋼材で組まれた壁。

光源はどこだろうか、一部の技術者は上部の鋼材に反射材が塗られており、人工の光源がそこにあることに気がついていた。

六度ほどエスカレーターを乗り換えて高度を下げる。

底部にトロッコがあった。

「こちらへ」

乗り込んだ技術者。

トロッコはゴトゴトと動き出す。

蛍光灯が橙に照らす隧道。

線路は往復用に二車線ある。

五分ほどで彼らは駅についた。

「こちらへ」

エスカレーターでコンクリに覆われた緩やかな斜面を下る。

これは三分ほどで終点を見た。

「これは..」

「こちらへ」

鈴谷が感嘆の声をあげる。

研究所めいた白い通路。

両側はガラス張りで、下に広い空間があった。

チリ一つないであろう清潔な空間には様々な機器が置かれ、研究所らしい雰囲気を醸し出す。

その機器はすべて一つのモノのためにあった。

「あ..れはなん..だ?」

「こちらへ」

直径千メートルほどの若干天井が低い半球空間。

中央に鎮座する人影は。

「汎用人型決戦兵器‥人造人間エヴァn」

「おいやめろ」

げしっと膝がクリーンヒット。

しかしたしかにそれはそれに似ていた。

溶液に浸かっているわけではなく、寝かせられた状態で固定してあったり、紫のカラーリングではないという程度だが。

泣いていた青年もいつしか立ち直っていた。

「こいつは..最高にクールだ」

エレベーターで降りる。

下にはいくつものテントが張ってあった。

技術者たちが寝泊まりして研究しているのだ。

その真ん中にあるプレハブ。

指揮所らしい。

「貴殿らには、この旧世代の遺物の研究をしてもらう。その間はここから出すわけにはいかない。誠にすまない」

痛切な表情で技術者の主任らしい中年が頭を垂れる。

だが、誰もそんなものには一部の関心さえ払っていなかった。

窓という窓に張り付き、飢えた獣のような表情で作業を見つめていた。

一部の作業中の者達は怯えてしまっている。

変態どものなかには腰を何かにむかってヘコヘコしている者までいる。

(だいじょーぶかなこいつら)

主任は胃が痛くなるようだった。

(変態しかいない‥)


その日は見学だけで終わるはずだった。

見学する範囲が広すぎて、まる一日潰して全体像を見せる予定だったのだ。

だが。

「これはなんだ」「あれはなんだ」「機械油ウマス」「これはいいものだ」「そっちを見せてくれ」「ぬるぽ」「ガッ」「この素材はなんだ」

変態どもが暴走したのだ。

当初の予定では、一度全工程を見せたあとで予め割り振られていた部門に押し付けるはずだった。


「主任、いかがします?」

「うちの研究員と同質の連中だ。翻訳機もあるし、なんとかなるさ」

主任の鶴の一声で、変態どもは見学を省略して割り振られることになった。

日本に篭っていては決して見ることのできなかったこの光景を、変態どもは口を揃えてこう呼んだ。

桃源郷、と。

一人はこうも漏らした。

「日本には帰りたくない」


ナッソーの誇る変態どもが集まった研究チームに日本が誇る変態どもが合流した翌日からは、翻訳機を介さず、変態技術者的魂の触れ合いによって各所で交流が成立していた。

「主任」

愛宕は日本の代表者として主任に声をかけた。

ひと通りの社交辞令のあと、単刀直入に本題へ入る。

「これは‥なんですか?」

「旧世代の遺物、とだけしかわからない。ある条件下でおそらく起動する人型兵器‥だと推測される」

日本の変態どもによってセントラルドグマと名付られた地下空洞を抜け、エスカレーターとトロッコに乗ってターミナルドグマに向かう。

持ち込まれたブルーレイによって日本のアニメの啓蒙も開始されており、すべての活動はスムーズに行われた。

「誰が作ったかは不明。少なくとも人造人間じゃぁない」

「私も確認しましたが、高度な技術文明が生み出した機械であることは疑いようがない」

「放射線測定はうまく測れず、解体しようにも装甲を剥がせない」

「ブレイクスルーを待つだけですね」

瑞鶴きゃわわ

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