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アメリカ分裂、あるいは

元海兵隊中尉、カスバード=コリングウッドは窮地に立たされていた。

東西アメリカ分裂。

囚われた元部下。

単独の極秘潜入。

怪しげな依頼だが、受ける以外なかった彼。

国内の収容所をあちこち見回ったが影すら掴めない。

(すでに処刑された?)

ウィリアム=ヘンリー=スミスは優秀なクラッカーであった。

そして西アメリカ独立の中枢に立っていたという男だ。

なによりかつてカスバードの部下だった。

兵士としても、エンジニアとしても優秀な彼を喪うのはどちらの陣営も痛いだろう。

だがすでに死んでいたとしたら?


「球磨だ。川内、聞こえるか?」

〈ああ。カスタードおじさんはニューヨークを放浪中。哀れだね〉

内務省工作部一課、二等諜報員の球磨はカスバードを尾行していた。

優秀な兵士も、人の多い市街地では腕を発揮できない。

球磨はアジア系差別が酷くなってきているアメリカで仕事をするため、完璧な変装をしている。

名前も作り、どこからどう見てもドイツ系のサラリマンである。

「いい加減自分こそが東西の対立を招いていることに気がつくはずだ。背景の洗い出しも済んだ。武器商人が絡んでたよ」

筋肉的思考で生きているカスバードはとても操りやすい、との結論を内務省は下していた。

〈なんにせよ、今回アメリカが割れるにしろ保つにしろ、日本国としては傍観の立場をとる〉


しかし傍観しない者もいる。

アルフレート=ザールウェヒターはドイツ海軍クリーグスマリーネフリゲイト、ザクセンをニューヨークに寄港させていた。

キールを発ったときに乗り込んできた得体のしれない二十名の客人。

接触も、詮索も、認知も禁止されていた。

彼らはある晩にいなくなる。

その後はその存在を記憶から抹消するようにとの指令もあった。

(薄気味悪いな)

艦長のアルフレートにはおおよその作戦内容が伝えられている。

あくまでおおよその、ではあるが、それが“知らない方がいい”情報であるということはすぐに分かった。

(今夜、か)

七月二日の夜、最低限の灯火が夜闇の中ぼんやりと浮かび上がっている。

耳をすませば波音に違和感を覚えるだろう。

だが聞こえるはずはない。

今は無礼講の宴会を行わせているのだ。

酔った馬鹿が出てこないように、宴会開始からほんの暫くして客人の離艦が行われる。

ちょうど陽気に呑みはじめた頃だ。

(ドイツ海軍秘密工作群、ゼーガイスト。いったいアメリカでなにをやらかすつもりなんだ)


カスバード=コリングウッドを追うのは日本やドイツだけではない。

イギリスやロシア、アメリカ、さらに微力ながらもカナダも追跡していた。

それぞれは他国が対象を監視していることを認知しつつ、無視を続けていた。

だれも現状でWW3(ラグナロク)を引き起こしたいとは思っていない。


自由の女神像を望むフラグプラザに並ぶ星条旗の下、カスバードはついに追跡者に気がつく。

ヘマをしたのはカナダだ。

隣国の事ゆえイギリスに任せておけなかったのだろうが、しっかりとしてくれと皆が思った。

(尾行...やはり罠だったのか?)

しかしCIAはカスバードが不審な動き、つまりサンフランシスコに帰ろうと決めた時に動いた。


騒然とする観光地。

足を撃たれて転ぶカスバード。

〈球磨だ。ヤバイヤバイヤバイ!アメ公おっ始めやがった〉

「こちらでも観測している。せっかく東西分裂の危機だったんだがな」

〈とりあえず混乱を増やしてみよう〉

「援護する」

川内はボートに隠した試製一七式狙撃銃を引っ張り出す。

キャビンの窓を開け、銃身を突き出さずに撃つ。

ハドソン川の潮流にのって三ノットで川を下るヨットから放たれたNATO規格の弾丸が、CIAオフィサーの一人の首を吹き飛ばす。

さらに各国のオフィサーがCIAを撃つ。

「どいつもこいつもアメリカを割りたいらしい」

〈違いない〉

最初のきっかけを作った川内は速度を上げ、おろおろと逃げ惑うふりをする。

「面倒ごとは白人に任せてずらかれ」


言われるまでもなく、球磨はブローニングFNPを隠して逃げ出す。

はたから見るとアイスクリーム売りのおばちゃんを助けて安全圏へ逃走を図る、やさしいゲルマン系の青年に見えるはずだ。

ブローニングFNPはベルギーのFNハースタル社の拳銃。

例によって九ミリパラベラムを使用。

腰の抜けたおばちゃんを警察に預けた球磨は、すでにカスバード含めて全員が離脱したことを確認した。

それはわずか三十秒の、たった十二発しか撃たれなかった銃撃戦だった。


カスバードはとりあえずサンフランシスコに戻ることにした。

武器をナップザックごとストリートのゴミ箱に突っ込み、手ぶらで空港へ行く。

民間人も多数乗り込む旅客機を落とす勇気のある者は一人もおらず、無事にサンフランシスコに帰り着いたカスバード。

そこで見知った中国人を見つけた。

「あなたもご帰宅ですか?」

「ええ。しかし同じフライトとは奇遇ですね」

まったくだ、とカスバード。

(追われていることは言わないでおこう)

すでに尾行されているらしい。

きっと最初にサンフランシスコを発った後からずっと着けられていたんだ。

海兵隊の戦場ではないとはいえ、不覚である。

件の中国人は所要があるらしく空港で別れた。


(くまー…)

サンフランシスコ空港の化粧室で笑顔を無理やり作ってみせる球磨。

薄汚い中国人の服は便器に流した。

(変装に長けているからって、死体の服を剥ぐのはぞっとしないな)

もう一度にぃと口角をあげてみる。

しかし気が晴れない。

タバコ臭い服に吐き気がする。

トイレから出て、ロッカーの中にあるHk社のUSPをコートの内側に隠す。

これも九ミリパラベラムを使う。

内務省は九ミリパラベラムを使う限り、拳銃携帯許可が出ている者は自由に銃を選べる。

基本的にはUSPだが、マニアックなやつ(例:M90-TWO、FNP、M93R、M8000、SP2009など)を使う者も多い。

ようは捻くれ者と厨二病の成れの果てばかりなのだ。

しかし捻くれ達はM92Fは誰も使わない。

捻くれているので有名な奴は嫌なのだ。

球磨も標準装備のUSPには飽きていて、どこかでジェリコ941を買いたがっている。

(作戦が終わったら‥おっと、死亡フラグだったか)

イスラエル製の拳銃を買うまでは死ねないのだ。

まずは死なないように任務を遂行するのみ。

二年前に能代や鬼怒、ヴァレリー、ウィリアムが暴れたサンフランシスコの街をタクシーで走る。

イタリア系のサラリマンに化けた彼は、領事館が用意した車でサンフランシスコの北にある廃屋を目指した。

辿り着く頃はカスバードがシドニー=スミス州軍大佐にあっている頃だろう。

できればシドニーを何とかしたい。

具体的には殺して、東西分裂を進めたい。

球磨はゴールデンゲートブリッジを渡った。


カスバードは大きく吹き飛び、壁に転がる。

そのまま胸ぐらを掴まれ、拳銃を喉元に突きつけられる。

「死ね」

マンガの三流悪役のように口上を述べるわけでもなく、ただ無感情に引き金を引く。

しかし予想外だったのはシドニーより先に発砲した者がいたことだ。

カシャン、と窓ガラスが。

ぱた、と建付けの悪いドアが破られ黒ずくめの男たちが音もなく乱入してきた。

「チッ」

シドニーはガシャーン、と盛大にガラスを突き破る。

消音器付きのサブマシンガンの弾がシドニーに吸い込まれるが、怯んだ風もなく逃げおおせた。

「な、なんなんだ!」

クイッとハンドサインを出して黒ずくめも撤退した。

それはあまりに計算され尽くした動きで、カスバードは何もできなかった。


〈球磨だ。ゼーガイストやサンフランシスコにいたぞ。どうなっている?〉

「なんだと!?奴らはフラグプラザに‥」

〈だがあの装備は正規軍のものだ。CIAのパラミリでも出たってのか?〉

「しばし待て。張り付きのハンナに探させる」

川内は慌てた。

今は七月四日。

七月二日にゼーガイストはニューヨークへフリゲイト艦ザクセンで乗り付けた。

内務省営業部、新日本食品株式会社、寿司の六角の従業員のハンナがゼーガイストを尾行していたはずだが。

〈ハンナです。ゼーガイストは依然として件のポイントに駐屯〉

「偽物じゃないのか?」

〈サンフランシスコにいたのは十名ほどだ〉

〈‥潜入するわ〉

ハンナや他のアメリカ系日本人は食品衛生の研修を受けており、店員としても本職の現役内務省諜報員だ。

だが、ゼーガイストも諜報と破壊工作の両方をこなす精鋭とされている。

「気をつけていけよ」

(ドイツとアメリカの化かしあいが加速するか)

先の戦争より、米独関係は悪化していた。

アメリカのエスノセントリズムの高まりと、南米での核使用によって全世界と距離を開けたアメリカ。

特にドイツはジャック=クロフォード大統領が七十年前の戦争を引き合いに出して非難したため、欧州諸国の中でもひときわ仲が悪い。

ドイツとしてはWW2はヒトラー以下ナチ幹部をニュルンベルクで吊るし上げたのだからチャラにしろと言いたい。

しかしジャックはドイツの底力を恐れていた。

分断されていたはずの西ドイツは、国土を連合軍に踏み荒らされた西ドイツは、東西冷戦の最前線で緊張を強いられ続けていたはずの西ドイツは、一時期世界第二位の経済大国であり、その後も西側陣営第三の経済大国であった。

同じく瓦礫の中から復活を遂げつつあった日本にこそ抜かれたものの、EUの軛から解き放たれたドイツがどのような爆発的成長を見せるかはまったくの未知数。

まぁドイツもEUでかなり儲けてはいたのだが。

すでに何かしらの革命的技術革新を為したという噂もある(情報確保のために投入されたオフィサーは全滅したらしく、一人も帰ってこない)。

〈確認した。内部にいたのはダミー。シット!〉

〈了解。とりあえずカスバードを監視する〉

「ハンナは気をつけて戻れ。球磨も警戒を怠るな」


アメリカにて誰も全容を把握できないほど複雑で、非生産的かつ非効率的な陰謀が巡らされている頃。

佐賀空港では五機の烈風改が離陸を用意していた。

七月の佐賀は蒸し暑く、玄海原子力発電所のプルサーマル燃料が供給する電力は必死に冷房を吹かすのだが、開発が進んだとはいえ土地に染み付いた土と草の匂いはまだ残っていて炎天の下に立った不知火に目眩を起こさせる。

整備士に礼を言いつつ菱型の羽に足をかけてコックピットに入りこむ。

空自正式採用の烈風二一型をベースにした烈風改は、主に従来型の耐G装置を強化したものだ。

エンジンの推力に人体が追いついていないということが戦闘機開発の大きな壁となっている。

人体さえ無くなれば超機動も実現可能なのだ。

(少数生産だからコストも高いけど、並みのパイロットじゃ烈風二一型ですら最大限の性能を引き出すことはできない)

先行量産の一一型の方が実は性能がいい。

二一型はそれを普通のパイロットでも飛ばせる程度に抑えたものだ。

(ステルス技術の向上により、今や時代は数で勝つというものではなくなった。WW2以前に退行したのね)

空自烈風は白い。

というかF-15Jと同じグレーだ。

一方の烈風改は黒い。

真っ黒のボディに赤のラインが入っている。

右主翼には“斬”の一字が白墨チックに筆書きされている。

(“メビウス1が来ていると言っておけ!嘘でもいい!”を実践することになるとはね)

エースの存在は敵には無上の恐怖を、味方には無限の勇気を与えるものだ。

たとえどれほど不利な戦場でもエースがいれば千もの敵の腰は砕け、味方は十しかおらずとも億の援軍を得たかのように強くなれる。

漆黒の翼に走る四条の朱は、いかな戦場でも存在を全軍に知らしめるためのものだ。

〈佐賀コントロールよりオロチリーダー。離陸を許可する〉

「オロチリーダー、烈風改、離陸する」

これまで乗ったどの機体よりも速く風をつかむ。

後続する四機も未だ覚束ない足取りだが、確りと蒼空を駆け上がる。

防衛省の見立てでは今後七年は烈風を超える機体はでないだろうとのこと。

そして七年後に現れるのは本来のi3ファイター、“仮称陣風”。

ATFもJSFもPAKFAも、烈風には、そして陣風には決して敵わない。

常識外れの研究速度でラプターに十五年かけたアメリカを抜き去った日本。

第六世代戦闘機の研究もすでに開始されていた。

(ナッソーでは人型兵器の研究もしてるというし、時代は十足飛びにSF世界へ飛んでいくわね)

新型精密誘導弾の投弾試験も兼ねたこのフライト。

高度一万八千メートルをスーパークルーズで飛行しつつ投弾、北極を回って帰還する流れだ。

公表されているラプターの最大高度が一万五千、T50で二万。

烈風は二万千とされているが、どれも真実は不明。

なぜかコックピットの一部に竹材などを用いるなど日本らしい(非合理的な)造りの烈風は北京上空でウエポンベイを開き、国産精密誘導弾を投下。

五機それぞれに別個の目標が割り当てられており、目標を外した奴は奢らされる予定。


〈全弾命中〉

四番機につく霞が平坦な声で報告。

そもそも当たらない精密誘導弾というものがあれば見てみたいものだと巻波は桐の操縦桿を握りながら思う。

間伐材を使っているのだとメーカーの顔は得意げであったことだけ覚えている。

下手に力を入れたら折れそうだが、中には芯材もあるからダイジョーブデース、と信用できない保証をメーカーからは受けている。

すでに烈風隊は中国上空を通過しモンゴルに向かっていた。

〈各機に伝達。これよりロシア上空です。ステルスが追って来るでしょうからレーダーに頼らず全周警戒を怠らないで〉

部隊を率いる不知火一佐はそう言うと高度を上げ始めた。

シベリアはこれまでは大した兵力もなかったのだが、開発が進んでいるため防空任務につく機体も配備されているはずだ。

想定されるのはSu-35。

最新鋭機はモスクワ方面にいるとの情報もある。

‥フランカーごときでは烈風には追いつけない。

一番困惑しているのは多分作者だ。

下書きから推敲まで時間が開いていて、本文とこれから書く解説がズレてるかも。


シドニー大佐→西アメ独立=ーーーーー

日本イギリスロシア→アメリカ内紛=アメリカがWW3に火をつけられない程度に弱体化

ドイツ→アメリカ内紛。しかも盛大に=アメリカがドイツに一切干渉できないほどまで弱体化

CIA→アメリカ統一=アメリカの国益保持

カナダ→隣国で内紛はやめてー


話は変わってウクライナ、面白いですね。

民主的な選挙で選ばれた大統領を追放して、暴動で成り代わった暫定政府を民主主義国家が支援するというところがです。主義信条より利益が大事、政治の本質を見事に表しています。例えばフランスは強襲揚陸艦を二隻ロシアに売るらしいです。から回るのはオバマだけ、マレーシア墜落事故でも中国が急いで救援部隊を派遣しましたが、東南アジアの覇権を取るべくテロってその後片付けにしか見えません。アメリカはここでも後手に回っています。ウクライナにシェールガスを売るために暴動を起こさせたのでしょうか‥そして東南アジアはどーでもいい、と。

拙作執筆開始時とは世界の様相が様変わりしておりますが、その辺の事件も取り込んでいけたら取り込むので、ストーリーに矛盾が山積するやもしれませぬ。


次回、政治劇のリアリティ<変態兵器のロマン。

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