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世界概観

カーニバルだョ!

二〇一六年は落ち着いた滑り出しを見せた。

昨年末の戦争推奨期間の動乱で日米関係はどん底まで冷え込み、順次米軍はグアム、ハワイ、そして西海岸へ帰っていった。

全滅した第一機動護衛艦隊のサルベージのため、何度かダイバーが潜ったが、再就役は全艦不可能と判断される。

遺品の回収のみで終止した。

一方、フランスはパリの再建が進む。

空襲ですべてが骸塵に帰したわけではないので、燃えた部分の修復だけである。

対空レーダー施設の増設も行われ、開発も加速することでフランスは近い将来に世界最高水準のステルス、アンチステルス技術を手にすることになる。

イギリスではオーストラリア亡命政府が解体され、亡命オーストラリアの国民は主に英連邦に帰化していく。

ロシアは北極海航路とシベリア鉄道により、日本と欧州の交易を仲介。

シベリアの開発も進む。

例えば水力発電所や、太陽光発電所などだ。

特に後者は冬の間の防雪シェルターとともに設置され、シベリアの開発を加速、安定させることになる。

ドイツ、イタリア、カナダは大した動きはない。


それぞれは異世界の先進国と提携を結び、同盟を結ぶことはなくても関係を深めていく。

三月にはイタリアのナポリにゲートが開いた。

しかし、これを統治するEUはもはやない。


一月十七日。

先の戦争終結直前のメルボルン会談において発生した米独間の不信感は、最後の戦争推奨期間に大西洋で勃発した海戦で米仏原潜が独潜を撃沈したことで決定的になった。

さらにフランスがドイツの機密情報を持ち出していたことが新年早々英国BBCに暴露される事態となれば、もはやドイツは躊躇わなかった。

「WW1では天文学的数字の賠償金を、WW2では国土分割とEUのATMの地位を!どうしてドイツから搾取するんだ!」

国民は不干渉をのぞみ、政府はそれにEU脱退を持って答えた。

かねてからのATM扱い、ユーロ導入でギリシャのような経済弱国の破綻がユーロ圏全域に拡大するようになってしまった結果、独仏のような経済強国に依存する体制が出来上がったのだ。

そしてフランスは厄介事をことあるごとにドイツに押し付けた。

その扱いから抜け出すのだ。

貢献のわりに国連の常任理事国になれないという不満もある。

というか国連分担金は日独で支えているようなものである。

常任理事国は滞納が基本。

翌十八日にはイギリス、北欧四国が脱退。

EUの恩恵が少なかった地域だ。

特に北欧では移民問題が深刻化しており、外国人に参政権を与えたばかりに国土を乗っ取られかけている。

マンボウめいて自国の意思を政治に反映できなくなっているのだ。

さらに十九日、EUを支えていた国が抜けたことでフランスも脱退。

イタリアを筆頭に、EUは名前だけが残ることになった。

ナポリにゲートが開かれた理由はここにある。


二月一日。

南極ゲートを人類が公式には初めて超えた。

国連職員だ。

百名ほどの国際公務員たちが、ボーグ連邦のデクシアにおける国連に入った。

情報交換が主な目的である。

同時にデクシア側からも国際公務員がアリストラ、地球の国連に入る。

メルボルンに置かれる予定の新たな調定期間の準備だ。


銀座。

「矢矧さん」

酒匂が鮎をつつきながら呼びかける。

「ドイツの脱退、手引したのはどこでしょうね」

「さてな。スウェーデン資本のラヂオ局と家具屋が積極的にやってましたからね。ラヂオはフランスが何かにつけて不正をする、というようなフィクションラジオドラマを流すし、家具屋はわざわざフランスの資材も、流通網も、フランス絡みは一切使っていない、なんて広告をだしましたし」

橋が鮎の腹を裂く。

ハフッハフと酒匂が頬張る。

矢矧は徳利を傾けた。

「このお猪口の中の酒と同じだ。単純に酒が注がれれば注がれるほど水位は上がり」

やがて表面張力に負けて酒が桐のテーブルにこぼれ落ちる。

矢矧は一息にあおった。

「あの時はユーロの換金で銀行は大騒ぎでしたね。別に紙切れになるわけじゃないんだし」

「三年かけている新通貨に切り替えるという声明があったにもかかわらず、馬鹿な小金持ち衆が我先にと端金を持っていくんだからな。資本家がゆったりしていたおかげで恐慌は避けられたからいいものを」

そろそろ行くか、と矢矧。

酒匂は骨一つ残っていない皿にごちそうさまでしたと呟く。

二月の朝の寒い太陽が二人を照らす。

「しかし呑んだな」

「朝の八時から二時間ですがね」


二月八日。

佐賀空港。

税金の無駄遣いと評される佐賀空港。

とうとう民間路線を廃止されてしまった。

そうとはいっても、たかだか一日十本程度である。

飽和している福岡空港には回せないので、長崎空港に佐賀羽田便は吸収された。

そしてJR九州佐世保線のダイヤの空白を突いて佐賀空港と山内町のゲートを結ぶ便ができた。

空港から肥前山口駅まで、田んぼと空き家をつぶしながら線路を引いている最中である。

すでに突貫工事を行い、基礎工事は終わりかけている。


「いきましょうか」

不知火一等空佐は不機嫌な雰囲気を隠そうともしない。

T-4練習機のコクピットにストンと収まる。

ヘルメットをかぶり、キャノピーを閉める。

「一番機より全機、送れずについてきてください」

航空自衛隊芦屋基地の滑走路を滑る。

彼女は離陸と同時に垂直飛行に移る。

続く四機は見る間に引き離された。

〈管制塔から一番機。無茶な機動はやめてくれ。空中分解の恐れがある〉

「次から気をつけます」

計器を見ると、角度は八十五度。

さらに五度動かす。

高度は三千メートル。

(遅いわ)

四機の練習機が必死に追いすがる。

彼らとて訓練生の中では優秀な方だ。

これまでは今は亡き大蛇小隊が教官であった。

日本最高のパイロットに揉まれて育っていった者は多い。

しかしオホーツク海上空の空戦大蛇は壊滅。

米空軍リヴァイアサン小隊と相討ちになったのだ。

結果、一人教官職を外されていた不知火一佐(リヴァイアサンを二匹落とした功績にて二佐から昇進)が指導に当たることになった。

本人も上層部もこの人事には不満があるので、次期生からはこれまでの大蛇の教え子が教官になる予定だ。

人に教えることにとことん向かないと自負する不知火。

上層部も同意見である。

しかし、教官を努められるエースパイロットは部隊から動けるようになるまで時間がかかり、せめて成績優秀な連中だけでも飛べるようにしないと、できれば不知火にも教官になってほしいな、という夕立空将の決定である。

F-3(仮称)が来年には早くも試作機ができるため、不知火はそれまでの数人を教えることになった。

(遅いわ)

高度は七千メートル。

東シナ海上空。

あまりに遅いのでこっちから向かうことにした。

風向きが変わる。

向かい風の上昇気味の気流になったことを気密空間のコクピットで察し、旧式のT-4のエンジン出力を落とす。

機首を微妙に上げ、風に任せる。


後続する四機の練習機は一番機をレーダーから見失った。

すわ墜落かと内心慌てる。

〈上よ〉

霞すみれはその声で上を向く。

高度七千五百程度をゆっくりと飛ぶT-4がいた。

一番機だ。

〈上がってきなさい〉

四番機を他の三機と共に上げる。

〈..その程度の腕でよくパイロット課程に入ろうと思ったわね〉


三月四日(日本標準時)。

阿武隈は慌てていた。

米軍の輸送艦を追って南極へ来て、そのままトレーラーでゲートを超えたのが十二月二十六日。

ゲートの奥のクロアタンの軍基地でトレーラーを下り、見つからないように月影の中へと溶け込んだ。

ゲートは警備が厳重で戻ること能わず、しかし基地内もかなりの警戒である。

気温は摂氏で十度ほど。

海水温度は南極海と繋がったことを思えば零度近いだろう。

水中を泳いで突破するプランは早々に破棄。

助けが来るという楽観的予想は論外。

運河の真ん中にゲート基地があるらしく、天体の公転が逆であればどうしようもないが、地球と同じだと仮定すれば天測の結果の東側から軍艦が来ているようだ。

五メートルの塀に囲われているせいで外の様子は伺えない。


    塀塀塀塀塀塀塀塀

    塀倉倉倉倉倉倉塀  西→東

    塀      塀

    塀      塀

ー運河ーーーー門→ーーーー運河ーーー

    塀      塀

    塀      塀

    塀兵舎倉指揮所塀 hight 5m

    塀塀塀塀塀塀塀塀 ns3000×・ew5000 (m)

             solds. ab3000

             techs. ab500


…大雑把すぎる地図だ。

(可愛くないわね)

運河と並行して線路と道路が敷かれている。

トレーラーや貨物列車はそこを通ってくるようだ。

無論検問も行われている。

いくつか色の違う軍服が混じっているのは中央の監督だろうか、異邦人が紛れ込んだことはおそらくかつて無かっただろうが検問が手を抜かれている様子はない。

しかし、監督兵がいない敷地内警備なんかはぬるい限りだ。

現に阿武隈は一週間ほど兵舎裏の叢に隠れている。

(SPAM生活からコンビーフ生活ってのも乙よね)

精一杯の強がりを言うが、ビタミン不足で少し気を病んでいた。


いつまでもコンビーフを食べていては死んでしまう。

阿武隈は決心した。

まず女性兵を叢に連れ込み、衣服を剥がす。

横須賀のマッドな科学者謹製の睡眠剤で眠らせておく。

AEDの電気ショックでも食らわない限り、三日間は起きないだろう。

賄賂が監督兵に通用する風はないので、貨物列車の整備士を装って塀を越えた。

整備士の衣服はさらに別の兵から剥いだ。

こいつも眠らせている。

監督兵もさすがに積荷の検査はやれど、搭乗員までは見ないようだ。

首尾よく脱出し、コンビーフばかりの基地からしばらく離れたところで貨物列車を降りる。

目立たない服は乗務員用のロッカーから寸借した。


その後、北へ歩き出す(逃げるなら北だと相場が決まっていると、故郷に残した父から教わったからだ)。

橋を渡り、偉そうな警官から財布を摺り(カードしか入っておらず、使えないこともあった)、見様見真似で食料を買い(そもそも数字が読めない)、ゴロツキを伸して財布を奪い(楽しい)、身なりを整え(これも買うのには苦労した)、ナンパ野朗から金をせしめ(楽しい(その後ゴミ箱に突っ込んだ))、それから船に乗った。

いまだ字は読めず、カンを頼りに移動している。

そもそも行くあてすら無いのだから気楽なものだ。

金が欲しければ悪そうなやつから奪っていった。

そうやって都市を転々としつつ、ナッソー国の首都らしいところに来た。

国境はすべて迂回し、(いくつもの山を越え、湖を渡った)パスポートチェックは獣めいた判断力でことごとく躱した。


首都でホームレスの中に紛れ込み、パスポートを持たない貧しい移民として暮らした。

当局が生活保護のために斡旋する仕事をもらい(新聞に広告を挟む仕事だった)、少しずつ言葉と文字も覚え、ホームレスにも溶け込んできていた。

仕事の傍ら、新聞を読む。

内政や外交、書かれている内容は日本と変わらないらしい。

こちらの世界に流されたのは不可抗力であり、であればこちらで諜報活動をすることにしようという発送の転換により、前向きに現状を捉え、ホームレス仲間が少ない賃金に不平をこぼそうとも彼女は泣き言ひとつ言わなかった。

日本にいた頃から脳天気と言われ続けてきたが、それが有効に働いたようだった。

さすがにダンボールハウスの中に夜這いの男が入り込んできたときは半殺しにしたが(ホームレスの中では最も若い女であるので仕方ない)(さらに、手足を折られてハウスの外でくたばっていたはずの夜這いの男は、彼女が再度眠りこけている合間に“ファンクラブ”によって処分されたらしい。その後彼の姿を見たものはいない)、当初恐れていたほどひどい暮らしではなかった。

ゴミ箱から残飯を漁るでもなく、廃棄の食品をコンビニやスーパーからもらってきたり、週に一度の当局による炊き出しがあれば食べていけた。

相変わらず政府上層部は何年も政治闘争をやっているらしいが、ホームレスが食っていける程度には豊からしい。

ホームレスの“長老”によると(彼はもとは大学の教授で、政治闘争の余波を受けて失業。家に家族を残し、一人ホームレスに身をやつしたらしい)、ボーグ連邦ではホームレスは、無論地域にもよるが、三割は冬を越せないとのこと。

一方、クロアタン王国では生活保護が充実しており、移民労働力を当て込んで移民にも保障をしていたら国内に移民が過剰流入。

ハイレベルの生活保護を維持するための高税率と、来るだけ来て、後は働かない移民、この二つの上に、地方議会への外国人参政権を認めてしまったがために地方議会は移民に制圧されかけて、まともに地方自治が行えないどころか国政にも影響が出たらしい。

前政権は政権交代と引き換えに移民への厚遇を取りやめたが、結局票ほしさに次の政権が移民におもねってしまい、元の木阿弥であるそうな。

(勉強になるわね。そして世界は違えど、内情は全く変わらないわけ..)


ロヴァーズ=イレーネはナッソーの首都、イルフナートのとあるビルにやってきていた。

四階建てで、少し古風な見た目とハイテクな内装。

ろくに交流もないまま異世界の島国と同盟を結んだナッソー政府、そしてアッポジ=アルデルト首相への不満も多いが、来月にはその日本から大使が派遣されるというので、イレーネは見極めはその時にやればいいと思っている。

すでに技術協力の合意が進んでおり、紙面の上ではだんだんと情報が行き来するようになったため国民の不満は若干減った。

この建物はその交流の最前線になるはずである。

日本国大使館だ。

派遣される人員の中に矢矧はいなかったが、本人は度々寄国するとのこと。

(なんで彼のことばかり考えてるのよ‥)

矢矧という男は気に入っているが、仕事とプライベートは別である。

必要ならこの身をハニトラに使う覚悟もある。

全ては国家のために。

(、ハウスダスト除去装置が止まってるわね)

獣人が闊歩するこの国、実はアレルギー持ちには少し辛い。

清潔にする必要がある食堂や病院では、獣人はかなり気を使っている。

ただの人間も同様に気を使う雰囲気が醸され、町並みは非常に清潔になっている。

(綺麗な町、綺麗な国。私は守るわ)


大使館予定地から家に直帰する途中、彼女はバザーによった。

天幕を乱雑に張り、雑多なものを売り買いしている。

首都の外れにある観光スポットにもなっている市場だ。

条例により毎日撤去されるため、その日ごとに店の位置が変わる。

それどころか道すら変わるため、毎日誰かしら迷うことで知られている。

首都の郊外の市民はここに来て食品を買っていくことが多い(そしてたまに迷う)。

(ハーブティーが切れてたわね。あと果実を幾らか)

ホームレスらしいがこざっぱりした見かけの女性が店番をしていた。

愛想笑いを浮かべてはいるが、笑った目の奥はしんと冷えている。

イレーネは興味をひかれた。

「お嬢さん、そこな肩ロースを三百グラムほどちょうだいな」

「はーい」

少しカタコト。

肉を切って秤に載せ、アリがトーゴざいマーすと愛想笑い。

いや、完璧なセールスパーソンの笑顔だ。

「貴女、もしかして最近ここに来たの?可愛いわね」

「あ、ありがとウございまス。ええ、バザーで働かせテモらうようになッタノは今週かラナんです」

「移民?」

「ハイ。ボーグから出てキマシた」

「そう、頑張ってね」

移民は別に珍しいことじゃない。

ボーグの格差社会は凄まじいところがある。

金さえあれば全てが手に入り、金がなければ生きることすらままならない。

自由を国是とし、それを頑なに守る上流階級の人間存在が格差社会を拡大させているのだ。

(ボーグのスパイかしら?警戒が必要かもね)

あけおめございます。

今年もよろしくお願いします。

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