余命一週間を報告します。
『彼女は衝撃の事実とある条件を告げて、俺に付き合うことを求めてきた』
平凡な俺がまるで漫画から抜け出してきたような天才美少女に屋上に呼び出された。本当に浮き足立ってたのに…。
「あのね、佐藤くん。今日から一週間、私と付き合ってくれないかな?え、なんでいきなり、だって?なんでって…」
『一週間後に死ぬつもりだから。ここから飛び降りるの』
そう言って、彼女は屋上のフェンスを指差した。俺はとんでもない事態に頭を押さえたくなった。
谷口麻美、といえば聞いたことない人なんていないだろう。この高校に入学してからずっと成績のトップを奪取し続け、かといって運動ができないわけでもない。しかも家はお金持ち…もう言うことがない。欠点をあげるならば、あまり協調性がないことだろうか。そんな感じで、彼女はみんなの尊敬の的だったのと同時にみんなから浮いている存在だった。そんな彼女と俺が出会ったのは始業式くらいのこと。と、いっても彼女と俺は同じクラスなので何回かは会っていたハズなのだが、まともに話したのがその時が初めてだったというだけだ。しかもそのまともな会話は、
「佐藤くん…だよね?雑巾かして。回収するから」
「あ、ごめん」
はい、会話終了。とにかく俺はそんな会話しかした覚えがない。そんな彼女がなぜいきなり自殺をすると言い出し、そして俺と付き合おうなんて言い始めたのか。俺にはまったく意味がわからなかった。でも、クラスメイトとしてとりあえずここは止めておくべきだろう。
「ちょっと。一時のテンションに身を任せてないか?ダメだぞ、そういうの」
「そんなバカなことしてない。ちゃんと一ヶ月前から考えてた。もちろん、佐藤くんのことも」
「思ってたけどさ、なんで俺なんだ?俺なんかより谷口さんに相応しいヤツなんていっぱい…」
「佐藤くんじゃないとダメなの!」
いきなりの大声に俺はビックリした。彼女もしまった、と言うように口を押さえている。…後悔するなら言うなよ。ってか、なんで俺じゃないとダメなんだ?と、彼女は俺とだんだん距離を積めてきた。後ずさるが、彼女が学ランの襟をつかんできたため逃げるに逃げられなくなった。彼女は俺に詰め寄ってくる。いわゆる可愛い系と言うよりは綺麗系の顔は男子にモテるのも納得できてしまうワケで。顔が火照るのを俺は感じていた。彼女はもう一度、
「ねえ、お願い?大丈夫、絶対佐藤くんに迷惑かけたり未練を残させるようなことはしないから」
今度は甘えるような声で。……ああ、もう!コイツ絶対確信犯だ。でも、彼女いない歴イコール自分の年齢という俺は一週間でもいいから彼女と付き合ってみたい、あわよくば彼女の自殺を食い止めたいという欲望が勝ってしまった。
「……わかった。一週間でいいなら…谷口と付き合うよ」
「…!ありがとう!薫!」
「えっ!?」
いきなり名前呼び、しかも呼び捨てにされて戸惑うと、彼女は不思議そうな顔をした。
「え、付き合ったら名前で呼び合うものじゃないの?」
どうやら彼女の方が日常的にも、恋愛的にも、俺より上手らしい。
俺たちが付き合ったという噂はすぐに学年中、いや、学校中に広まった。しかも、彼女が堂々とそう言ってのけて広まらせたのだからよくわからない。そして、俺も彼女を麻美と呼ぶようにした。今は、学校の帰り道。俺も彼女もいわゆる帰宅部というやつでなんとなく駅前に新しくできたカフェに寄ってケーキを食べていた。俺は無難にショートケーキ、彼女は季節限定でちょっと値段がお高めのやつ。彼女はケーキを食べながら、出掛けにいくのは別にすぐじゃなくていい、一週間の内には土日も入るんだからその時行こう、と言った。予定を話す様はまるで一週間後に死ぬとは到底思えない。勢いでやってしまった感は否めないが…一週間こういうのがあっても悪くないと思った。この日はケーキを食べて少し話しただけで終わった。
翌日から俺と彼女は一緒に登校し始めた。どうやら知らなかっただけで彼女と俺の家は思ったより近かったことを昨日途中まで一緒に帰ってきたことで気づいた。
「今日学校で先生に当てられた時の薫面白かった~」
「あれは忘れてくれ…」
うとうとしていた俺をめざとく発見したように先生は俺を当ててきて、慌てた拍子に立たなくてもいいのに席から立ってしまい、教室に笑いを起こした俺。しかも比較的仲の良い男子の茶化し方が『おーい、誰かさんの彼氏なんだからしっかりしろ~』なんだからいたたまれない。うんざりしている俺とは正反対に、彼女は愉快そうに笑って、
「いいじゃん、面白かったんだから」
「お前は他人事だと思って……」
「他人事だなんて思ってないよ。今、私は薫の彼女なんだよ?忘れた?」
「……忘れてるわけないだろ。忘れてたら、一緒に帰ったりしない」
「おぉ~、薫ってヘタレかと思ってたら中々やるね~」
「意味わかんねーよ……」
と、ふと思ったことがあった。――なんで彼女はいきなり一週間後に自殺すると言い出したのか。そして、なんで最後の相手を俺にしたのか。……彼氏の特権として聞いてもいいよな?
「なあ、麻美」
「何?」
「なんで麻美って――」
言葉を続けようとすると、彼女は唇の前に人差し指をたて、
「そういうのはもうちょっと物語が佳境に陥ってから聞くもんだよ?――じゃあ、また明日」
いつの間にか別れるところまで来たらしく、彼女はすたすたと何事もなかったかのように去っていった。俺はしばらくそこで夕日をぼうっと眺めていた。
思えば彼女は非の打ち所がない人と言ってもいい。そして、そういう人ほど何か悩みを抱えているなんてよくある話だ。それこそ、俺みたいな凡人じゃ理解できないほどの。
「何とかならないかなぁ…」
思っていたことが思わず声に出てしまった。彼女が死ぬまであと六日――。
時は進み、彼女が死ぬまであと四日の日、俺たちはデートをすることになった。しかし、計画したのはすべて彼女。『死ぬ間際くらい好きなことしていいでしょ?』とのこと。自分で死ぬと決めた癖に随分横暴だ。まあ、俺も彼女というのは初めてでデートコースなんてどうしたらいいかさっぱりだったからある意味助かったのだが。そして俺たちはよくCMをやっている映画を見に行くことになり、ショッピングセンターの一角にある映画館に向かっていた。俺は正直興味はなかったのだが、彼女がどうしても見に行きたいらしい。寝るかもしれないぞ、って言っても、それでもいいから、と返されたくらいだ。
「ポップコーン買う?ジュース飲む?」
少し声が高くなっている彼女が聞いてくる。どうやらよっぽど楽しみらしい。
「ジュース…コーラにする。ポップコーンはいらない」
「え~、映画見るのにポップコーン食べないの?」
彼女が口を尖らせる。別にポップコーンなんてどっちでもいいじゃないか。そもそも、なんで映画を見るイコールポップコーンを食べるが確立したんだ。あれか。バレンタインの時にお菓子屋が謀った陰謀みたいなものか?そのおかげでポップコーン業界は安泰なのか?
「別にいいじゃん」
「ダメ。と、いうことでポップコーンを買うことを彼女として要求する」
「じゃあ、ポップコーンを買わないことを彼氏として要求する」
「……私、あと四日だよ?」
わざと声を小さくして、そんなことを言う。お前、もし俺が耳遠かったらなんにも聞こえなかったぞ…なんて言えるハズもなく。俺はため息をついて、
「わかったわかった。買うよ」
「よしっ。あ、すいませーん。オレンジジュースとコーラ一つ。あとポップコーン二つ。サイズ?あ、じゃあジュースもポップコーンもMで」
あと四日で死ぬとは思えないのんきな声で彼女は注文した。
映画は最近人気の俳優が出てるらしく(名前は彼女が言っていたが忘れてしまった)、男性客よりは女性客の方が多かった。中には俺たちみたいなカップルもいる。まあ、俺たちは似非っぽいが。ストーリーはよくありそうな恋愛物。どっかの少女漫画を元にしているらしい。最近増えたよな、そういうの。男子と女子がすれ違ったりしながらも、幾多の困難を乗り越えて引かれあっていく。…なんか本当によくある話だな。欠伸をなんとか噛み殺しながら見ていると、寝息が聞こえた。
「おいおい…自分から誘っといてそれはないだろ」
横では彼女がすやすやと寝ていた。俺も寝ようかと思ったけど、決定的な睡魔が襲ってこず、結局この映画のエンドを見届けた。彼女は俺が起こすまで起きなかった。
「話が典型的すぎて面白くなかった」
注文したコーヒーにミルクとガムシロップを入れ、くるくる回しながら彼女は言った。
「ならなんであの映画にしたんだよ」
「有名な人が出てるから面白いと思ったの」
「バカだなぁ。出演者なんて釣りだよ、釣り」
「私、ずっと学年一位なんだけど?」
「ごめんなさい」
わざとらしい会話がバカらしくなって二人で笑う。今回はケーキではなく二人ともバニラアイスを頼んだ。
「アイスってさ、冬にも食べたくなるよね」
「そうか?俺はやっぱりみかんが食べたくなる」
「食欲はやっぱり秋じゃなくて冬だよ。シチューとか、お鍋とか」
「あながち間違いじゃないな。…ところでさあ」
「何?」
「タイムリミットが半分過ぎようとしてるけどさ。まだ何にも教えてくれないワケ?」
「何にも、って?」
「死ぬ理由はさ、あえて聞かないよ。人に話せない事情だろうし、俺に理解できないって言われても納得できるから。…でもさ、なんで俺に彼氏になってほしいって言ったんだ?麻美、モテるんだろ?なら俺よりもいいやついっぱい知ってたんじゃないのか?」
彼女は俯いたまま、何も答えなかった。でも、しばらくすると顔をあげた。その顔はなぜか思案げだ。
「ねえ、気づいてないの?どこのイケメンも、薫とは決定的な違いがあるって」
「違い?」
「……わかった」
急にバンと机に手をつき、彼女は席から立った。それから鞄をもって、俺を見て、
「私が死ぬ一日前までに答え、見つけて。それまで私と関わることを禁ずる。オッケー?」
「ちょ、なんだよいきなり?!」
「じゃあね、…お金はよろしく」
そう言って、彼女はすたすたと帰っていった。周りの客や店員が気まずそうに俺から目を逸らす。おそらくフラれたと勘違いしているのだろう。フラれた、ワケではないハズだ…多分。
「とにかく一日前までにどうにかしないと…」
一人そうごちて、バニラアイスを口にした。
彼女が死ぬまであと二日。どうやら彼女の決意は固いらしく、昨日は一緒に学校から帰らないのは愚か、口すら聞いていなかった。周りからは『別れたのか?!』とか聞かれるが、正直俺自身もわからないのだからどうしようもない。一日たっただけでも、最近の時間は彼女といることで大半が占められていたのが身にしみてわかった。――バカだな、俺。あと三日で彼女は死ぬのに。ホントに。なんで彼女は俺を選んだのだろう?まあ、挨拶は欠かさずにしてるけど――。
「……ん?」
それかもしれない。
彼女が死ぬ一日前。今度は俺が彼女を屋上に呼び出した。無茶苦茶緊張したけど、彼女はこくんとうなずいてそのまま着いてきてくれた。
風がさあっと俺と彼女の間を吹き抜けた。二人の髪が揺れる。彼女はロングヘアで髪を下ろしていたから横の髪が顔の前まできていて邪魔そうだな、と思った。
「で、わかったの?」
「まあ。確証はないけど」
「言ってよ。私が答え合わせをしてあげる」
「えっと…」
『毎日麻美に『おはよう』って言ってるのは俺だけだ』
それは入学して間もない頃。なんとか友達を作ろうと考えた俺は毎朝教室に入った時にいたやつ全員に『おはよう』と言うことにしたのだ。こういうので第一印象が決まるって聞いたことがあるし。ウザがっているやつもいるが、それが功を成したのか今はちゃんと友達ができた。でも、とっくに俺の朝の挨拶は習慣付いてしまってたので、今もずっとやり続けている。そして、同じクラスの彼女も漏れなく対象内だった。彼女の周りに人が集まるのは(それこそテスト前などには)よく見るが、それでも毎回見る顔が違う気がする。だから、もしかしたら、と思った。
「――テストで言えば半分減点くらいね。まあ、多目に見て正解」
「うぉっし!」
俺は拳を振り上げた。最近の俺はなんか変だ。彼女とまた話せると思うとどうしようもなく嬉しくなるのだ。
「…じゃあ、正しい解答を教えてあげる。正解は…」
『私に本心から話しかけてくれて、かつ、私の話にじっくり耳を傾けてくれたのは…薫、あなただけ』
そこで俺は首をかしげた。
「待てよ。…そもそも、俺は麻美と話した記憶なんてあんまりないんだけど?」
「……忘れてても無理ないわね。覚えてる?薫がとても難しいって言われていた英語の小テストで私についでの二位を叩き出したこと」
「覚えてる。あの時は本気でビックリし……ん?」
思い出した。――俺はあの雑巾以外にもう一度だけ、彼女と話していた。
その難しい英語の小テストの前日の放課後。俺は友人と半ば諦めていた。ちらりと彼女の方を見れば予想通り人だかりができていた。どこら辺でる?とかここわかんない!とかいう声が聞こえる。後者はともかく前者はさすがに彼女もエスパーじゃないんだから無理だろ、と心の中でツッコむ。と、彼女はいきなり教科書の三十二ページを開けと言い出し、基礎の基礎からしっかり解説しだした。しめた。俺は三十二ページを開き、彼女の解説に耳を傾けた。
「――と、いうことね。解説は以上」
完璧、全部わかった俺天才。と、思って顔をあげると…。教室には俺と彼女しかいなかった。つまり、あの人だかりは解説の途中に帰ってしまったことになる。自分から聞いといてなんて連中だ、と怒りが少し込み上げる。と、彼女が俺に近づいてきた。
「もしかして…あなた、聞いてた?」
「あ、ごめん。わかりやすかったから…盗み聞きして悪かった」
「……いや、責めてないよ。私も一から説明する癖どうにかしなきゃね。だから、みんな飽きてどっか行っちゃうんだ」
「そっ、そんなことないって!少なくとも俺は一から説明してくれないとバカだからわかんないし!」
フォローしようと思ってそう言うと、彼女はクスッと笑って、
「面白いね、佐藤くんって」
「そ、そうか?」
「うん。面白くて…優しい」
「はあ…」
俺にはなぜ面白いとも優しいとも言われたのかわからなかったが、少なくとも悪口ではないのでスルーしておくことにした。そして、冗談で、
「いや、谷口のおかげで完璧にわかった。小テスト順位一桁かも」
「冗談はそれくらいにしておかないと後が辛いよ?」
「そうだな」
でも、なんとなく一桁いける。そんな気がしたんだ。――そして俺は二位をとって周りを驚かせることになる。
「思い出した…」
なんで忘れてたんだろう。雑巾よりもスゴい思い出だろ。小テストで二位をとった方が印象に残ったのか、そうじゃないのか。でも、忘れてた俺を責めるわけでもなく、彼女は笑って、
「やっぱり薫は面白くて…優しい」
「その意味がいまだにわかんねー」
「意味がわかるのは私だけでいいんだよ」
そう言って、彼女はフェンスの方を見る。――明日、彼女が命を絶つ場所。彼女は笑みを崩さないままで、
「私ね、今まで人を信じようと努力してきた。どんなに上部で近づいてくる人間にもいいところはあるって。そう信じて頑張ってきた」
「うん」
「でもね、もう疲れたよ。どんだけ頑張っても上部の人は永遠に上部の人で。……周りに集まってくるやつはみんなそうだって認めざるを得なかったよ。あの、小テストの、時」
彼女は笑いながら、涙をこぼした。きれいだと思う俺はある意味薄情なやつなのかもしれない。彼女は再びフェンスの方を見た。
「でもね、薫は違ったの。……薫だけはあの時最後まで聞いてくれた。それこそ、場外みたいなものだったけど。それまでは毎日挨拶してくる変なやつ程度だったけど。でも、薫はちゃんと聞いてくれた。……だから、最後の一週間は一緒に過ごしたい。そう、思ったの」
再び振り返ってきた彼女の顔は涙でぐちゃぐちゃで、でも、満面の笑みだった。……ああ、もう。俺は思わず彼女を抱き締めた。彼女は面食らった顔をしている。
「か、薫?」
「お前は勇気あるよ。世界一勇気あるよ」
「は?」
「俺なんかどんなにこの世界が嫌でも飛び降りるなんてそんな怖いことできる根性なんてないし、最後の最後でこんな出来損ないみたいなやつとは絶対付き合おうとは思わない。だからさ、だからさ…そんな勇気あるなら――」
バカだなぁ、俺は。一番言わなくちゃいけない言葉がどうしても出てこない。下を向くと床に丸い跡がついていた。それは彼女のものか…それとも俺なのか。
「…明日でお別れだね」
「ああ」
「楽しかった?」
「俺は、楽しかったよ。色々あったけど。お前は?」
「私も、楽しかった」
「なあ」
「何?」
「死ぬなよ」
彼女は、何も答えなかった。
彼女が死ぬ、当日――。
俺は彼女と共に屋上に来ていた。最近よく屋上にお世話になっている気がする。死人がでる日にしてはよく晴れ渡った、青い空だった。と、彼女は突然言い出したのだ。
『あのね、予定変更』
「……は?」
「昨日さ、色々考えて気づいたの。…私面倒見なきゃいけない人がいるって」
「面倒?おばあちゃんが危篤とか?」
「なんでおばあちゃん限定なの…。…まあ、そんなワケで死ぬのは延長」
「……いつまで?」
「誰かさんが、死ぬまで?」
そう言って、彼女は俺を見てニヤリと笑った。…そういうことか。
「俺、長生きしないとな」
「何変なこと言ってるの。あ、私が死ぬまで付き合うのは続くからね?約束したからには覚悟しなさい」
「お~、怖い怖い」
俺たちは何事もなかったかのように手を繋いで屋上をあとにした。
――これからは心の中でも彼女じゃなくて麻美と呼ぶことにしよう――。
―END―