斬交所 ―センコウジョ―
斬交所、そこは殺し合いが日常的に行われる場所――。
シリアス風味です。
斬交所。そこはいわば…殺し合いの場所。簡単に言えばデッドファイトがこの世界規模で行われてると思えばいい。どうやって参加するか。実は、これに関しては俺たちに決定権や拒否権が無い。残念ながら勝手に俺たちは巻き込まれて勝手に参加させられるという次第である。更に言うとすれば、ここから出るすべはほぼ無い。ほぼ、というのはまったく無いというのではないからだ。たった1つだけ、ここから出る方法がある。それは――『鍵』となる人物を見つけだすこと。それは誰かもまったくわからない。だから今日もここにいるヤツは『鍵』を求めて戦い続ける――。
俺は斬交所の中でも少し特殊と言える人間だと思う。なぜなら…、他の者たちはいつの間にかここに来たというものの、ここに来る前の記憶を持っていた。だけど、俺は――まったくそういう記憶がなかった。なぜかはわからない。まあ、記憶がなかったとしても俺は『鍵』を見つけて外に出る。それだけだ。そして今日も俺は日本刀を背負って、ほの暗い空の下を歩いていた。
ここではいつも危険がつきまとう。おちおち寝れないところばっかりだ。かといって、記憶のない俺は外の世界への未練がないからなんやかんや言って上手くやってる方だと思う。と、前方からナイフが飛んできた。よくあることだ。俺はサッと最低限の動きで避け、後ろのケースから日本刀を取り出した。いつの間にか斬交所にいた俺のいつの間にかできた相棒だった。こういう飛び道具を使うやつは臆病者が多い。思いっきり脅せば逃げていくパターンもある。
「誰だ?それ以上動いたら殺す」
俺がそう言ったにも関わらず、相手は逆にその姿を現した。年は十代前半くらい。ここでこんな若い年齢は少し、いやかなり珍しい。見たことすらないかもしれない。大人を狙うなんて若気の至りってやつか?と、相手はいきなり俺の懐まで詰め寄ってきた。ナイフを使うところから考えて、俺を一刺し、というところを狙ったのだろうが…。
「甘いな」
こっちだって伊達に戦ってない。お前の考えなんて読めてるんだよ。俺は後ろに避けず、横に避ける。そして、後ろから相手の手を片方の手を使って拘束し、刀を首に当てた。相手は力が弱いのか、抵抗はしてこない。むしろ笑みすらこぼしている。俺はそれにイラついて、
「何か死ぬ間際に言うことはないか?」
「死ぬ間際?まさか?」
一瞬、一瞬だった。腹に強い衝撃を受けたかと思うと、俺の体は吹っ飛んだ。幸い刀は手を離さずにすんだ。武器を離したりしたらそれこそ俺の命は終わりだ。痛む腹を押さえて前方を見て状況を理解する。ああ、そういうことか。俺は自分の落ち度を少し恨みたくなった。相手は常に1人だけだとは限らない。
敵は姉弟だったのだ。
背が高いし雰囲気からしても、さっき俺の腹を蹴った方が上だろう。なぜ蹴ったかというと足に装甲具のようなものをつけていたからである。
「ふふ、ビックリしたでしょ銀髪さん!いや、『鍵』?」
「『鍵』?バカ言うな。俺が『鍵』なわけないだろ。むしろ、俺はお前らの方が珍しいと思うけどな」
「まあ、あたしたちみたいな子どももいないよね~。でも、銀髪だってそういないんだよ、お兄サン?」
ダメだこいつら話しているとらちがあかない。俺は再び両手で刀を握った。向こうも俺を見て構え出す。
「確かに俺は髪の色は珍しいかもしれないけどな、俺がもし『鍵』だったら俺はとっくに抜け出せてるっ、よ!」
思いっきり踏み込んで、一気に距離を詰める。正直頭数からしてこちらの方が不利だ。しかも相手は中々強いときた。なら、中途半端に戦って、相手の隙をついて逃げるのが得策だろう。と、また姉の方がこっちに寄ってきた。弟の方は何故か我関せず、といった様子で、無表情に俺たちを眺めていた。もしかしたら、この姉はサシで戦うのが好きなのかもしれない。言動からしてそう見てとれた。まあ、あくまで推測なのだが。さっきの一撃を考えると、もう一発は全力でノーサンキューだ。かと言って、こいつを拘束しても今度は弟の方がナイフを投げてくるだろう。それじゃあ無限ループだ。…あんまりやりたくないけど、やっぱり早めに切り上げるか。人数的に明らか不利だし。俺は刀をサッと戻す。姉は目を見開いたが気にしない。向こうだって容赦ないのだから。向こうが蹴り出した時を狙って――。
「きゃっ?!」
言ってなかったが、こいつの蹴りには少し癖がある。おそらく威力をあげるためだろうが、足を思いっきり振る癖がある。そのため、一瞬の隙ができるのだ。俺はそれを利用して後ろに移動する。まさか相手も後ろを蹴ることはできないだろう。そして、俺は軸足の装甲具のついていない部分――簡単に言えば後ろ側から足を蹴飛ばした。姉を転ばし、その間に退散する…つもりだったが。
「待ちなさい!」
「うおっ?!」
どうやら相手は手の力もお強かったようで。今日は予想外のことが多すぎて、俺は思わず舌打ちした。でも、戦う気満々の表情からそこはかとなく真面目な表情になっていることに気づき、本当は掴まれているのは片手だから、手をバッサリ切って逃げることも可能なのだが、とりあえず話を聞いてやることにした。幸いと言うか、弟の方も遠目で見ているだけだった。
「なんだよ?」
「あんた、気に入った。…あたしたちと同盟組まない?」
「「はっ?!」」
一緒にハモったのは弟だ。弟が焦ったような顔をしてこちらにやって来る。
「メイカ!正気かよ?!」
どうやら姉の方はメイカというらしい。それにしてもこいつは姉を呼び捨てにしてるのか、とどうでもいいことを思っていた。
「うるさいわね~。いいじゃない、カナトもわかってるでしょ?結構強いわよ、この人。ねえ、名前は?」
弟の方はカナトというらしい。…どうやらもう戦う気もないみたいだし、名前くらいは教えていいか。おそらくこの世界に来る前のことで俺が唯一覚えていたもの。
「アムル」
「アムル、ね。どうして銀髪なの?」
「知るか。俺にはここに来る前の記憶がない」
「ほんと?」
何故かメイカが嬉しそうな顔をした。
「なんでそんなに嬉しそうなんだよ」
「あたしたちも記憶ないから。だってあたしたちここがどういうところかも理解できない頃に来たんだよ?普通に覚えてるわけないじゃん」
「…そんなに小さい頃からいてよく生き延びれたな」
「…拾ってくれた人がいたの、あたしたちのこと」
そう言うメイカの目は、久しぶりに見た人間の優しい目だった。
「あたしたちを上手く匿って、育ててくれて。ある程度大きくなったらあたしたちも状況わかってくるでしょ?それくらいに鍛え上げてくれた。カナトのナイフもあたしの装甲具もみーんなその人がくれたもの」
「…そうか」
なんか羨ましいとか思ってしまったのは気のせいだ、きっと。と、メイカはハッとした表情をして、
「こんな話をしたいんじゃないの!ねえ、あたしたちと一緒に『鍵』探そうよ!変わった者同士、ね?」
情に流されてしまったのかそうでないのかはわからないが、悪くない考えだと思えてきた。弱いやつと組むのは真っ平ごめんだが、こいつらはそこそこ強い。それにさっきみたいに複数相手がいた場合、こうやってチームを組んでいた方がやりやすい。…いいだろう。
「組んでやる、お前たちと」
「やったー!」
メイカは俺の言葉を聞くと、あっさり拘束を解いて、ぴょんぴょん跳ねて喜びだした。単純だな、と思う。俺が拘束を解かれた瞬間にお前を一刺しして逃げ出すんじゃないかとか考えないのか?まあ、これくらい純粋な方が子どもらしくていいかもしれないけどな。後ろでカナトが怖い顔をしているのは、あえて本人には伝えないでおこう。
「あ、自己紹介忘れてたね!あたし、メイカ。カナトとは似てないと思うけど姉弟であたしが姉ね!よろしく、アムル!」
「俺はカナト。メイカが言ったけどメイカの弟。よろしくアムル」
自己紹介をしてくれたところ、カナトも俺が仲間になるのは承諾してくれたらしい。まあ、半分は姉のせいだろうが。
「よろしく、メイカ、カナト。…その名前もお前らの育ての親がつけてくれたのか?」
「そうだよ~。ある日フラッといなくなっちゃったけど本当にお世話になったの」
メイカはその人の話をすると、とても嬉しそうに笑う。よっぽどその人を慕っていたのがみてとれた。と、メイカが俺の方を見て、
「でも、もうその人がいなくても大丈夫!だって…アムルがいるもんね!」
「はあ?」
つまりお前は俺にそいつみたいに保護者もどきをしろと?冗談じゃねぇ。
「俺はそんないい人じゃねーんだよ。その人みたいにお前らに世話なんて焼いてられるか」
「いいよ。あたしたちもうそこまで小さくないんだし」
じゃあ、俺にどうしろっていうんだよ。メイカは微笑して、
「まあ、これから『鍵』探し頑張ろーね!ね、カナト、アムル?」
「了解」
「まあ…しょうがないから協力してやるよ」
と、向こうの方で爆発音。攻撃をしているパターンもあるが…これは周りのやつを挑発しているな。そして、その挑発に乗ろうとしている人が約一名。目をキラキラさせて戦いたくてうずうずしている。と、
「あ~!あたしもう我慢できない!二人共、後から追ってきてね!その頃には相手ボコってるから!」
なんとも女子にしては物騒なことを言って、メイカは行ってしまった。その速さは男子顔負けのスピードだ。最初からわかっていたが、メイカの身体能力はかなり高い。残されたのは俺とカナト。カナトはため息を一つついて、
「メイカ…めんどくさくなるから何回も不用意に挑発に乗るなって言ってるのに」
「それは無理だろ。あいつはどう見ても戦うことを楽しんでる?」
「まあ、メイカにとったらこの世界が当たり前だからな。殺し合いなんて遊びくらいにしか思ってないさ。…もしかしたら、俺もかもしれないけど」
そう言って、ナイフをくるくる回しながら言うカナトの顔はどう見てもそう思ってるようにしか見えない顔だった。どこかでガキン、という金属音がする。メイカがもう向こうについて遊んでいるのかもしれないな。遊びと揶揄するには少々過激すぎるが。それにしてもつくのが早いな。これなら俺らがついた頃には戦いはすでに終わってて、『遅~い!』とか言いながら仁王立ちしているメイカがいるのかもしれない。バックに屍か気絶した人間を転がして。
「さて、俺らも行くか?もしかしたら、あいつ苦戦してるかもしれないし」
冗談混じりにそう言って歩き始めると、カナトもついてきて、冗談に乗るように笑って、
「あ~、そうだな。さっきの誰かさんみたいに複数を相手にしてたら苦戦してるかもな」
「なんだそれ、嫌味か?」
「まさか。…正直ビックリした。あのパターンでメイカの蹴り食らって気絶しなかったのお前が初めてだから」
おそらく、気絶させてから放置させるか、カナトがナイフで一刺しといったところか。あの蹴りだとメイカでも十分殺れないこともないだろうが、やはりナイフの殺傷能力には劣るところがあるだろう。
「俺だって伊達に場数何度も踏んでねーよ。酒飲めるかは年齢覚えてないしわかんねーけど」
「お前だったら飲めるんじゃないか?」
「そうか?なら試してみるか今度」
この場所になんとも似合わない会話。おかしくなって二人で笑う。笑うなんていつぶりだろう。初めてなんじゃないかという感覚すらする。
「お、見えてきた」
「まだガンガンやってんな~」
ナイフを持ってる相手に怯むことなく、むしろ懐に飛び込んで、防御は足の装甲具で。その光景に俺もカナトも苦笑を漏らす。と、不意に建物の陰に二人の男が見えた。おそらく、二人のどちらかが勝った後、勝った方が疲れているところを狙うつもりなのだろう。あいつには心配なんて無用だが…。生憎俺は暇になるのが嫌いなんだ。せいぜい暇潰しに付き合ってやってくれよ。刀を取り出すと、隣にいるナイフを構えたカナトが笑って、
「銀髪と日本刀…。つくづく似合わないな、って思うよ」
「うるせー。お前の姉だって女の癖に足振り回してるだろ」
「関係ないじゃん」
「関係あるさ」
「「なあ、そう思うよな?」」
背後に回っていただけで、俺の相手もカナトの相手も驚いたらしく、文字通り一目散に逃げていった。相変わらずこういうせこいことを考えるやつは逃げ足が速い。二人共武器をしまう。
「あ~、逃げられた」
「あんまり残念がってないだろ」
「だって、俺メイカみたいに不必要な戦いにも参加したいタイプじゃないから」
「じゃあ、ここまで来ないでメイカの戦いでも見とけよ」
「勝ち負けのわかる試合なんて見ても面白くない」
「それには賛成」
「どこ行ったー?あ、いた!」
少し服は汚れていたが、特にケガもしてなくピンピンしたメイカがいた。
「殺ったか?」
「ん、殺ってない。あたしがするの大変だし、なによりああいうタイプは懲りたら二度と来ないタイプだから。…さて、これからどうしようか?」
「腹減ったな」
「あ、さっきの人いっぱい食料持ってたからちょっと頂戴してきた!」
そう言ってメイカはパンパンにお菓子と水が入った袋を見せる。さっきは持ってなかったのに、と思っていたが、そういうことか。
「そこら辺の建物の中入ろ~。多分誰もいないし」
「なら、もうここでいいじゃん。入口目の前だし」
「そうだね!あー、あたしもお腹すいてきた!」
そう言って呑気に中に入っていくメイカ。その装甲具に血がついているのを本人は知っているだろうか?まあ、いいかそんなこと。どんなに無邪気でも、生意気でも、生きたくても、死にたくても、俺たちにいつも迫られるのは、生か死の二択だ。なら、せいぜい人間らしく少しでも長く生きて、楽しくやってやるさ。メイカが中から俺を呼ぶ声が聞こえる。俺はすぐ行く、と答えて廃屋の中に入っていった。
―END―