迷う、巡る、還る。
まさか、ボールを取りに行くだけでこんなことになるなんて。
ある双子の兄弟の話。
「どこだ、ここ…」
さっきからよくわかんない場所を歩いている。お花畑が続いてて、綺麗な川が流れてて…。これじゃあまるで…。いや、まさか…、な?とりあえず現状分析をしよう。俺はさっきまで珍しくみんなで野球をしてたんだ――。
カキーン!
『やった、ホームランだ!』
『うわ~、ボール裏の山まで飛んでいったじゃん…。どうするんだよ?』
『俺が取ってくるよ』
『いいのか、拓斗?』
『うん』
『じゃあ、よろしくな!』
本当は正直助かった。元々人数調整で入れられただけで、俺は野球をする気はさらさらなかったからだ。ホームランボールのおかげで俺は時間を潰すことができる。ほんとホームランボール様々だ。…とか思ったから神様が見ていたのかもしれないな。
『お~、発見。以外と近いところにあったな。…ん?』
俺はボールを拾う時に木に上から下までパックリ穴が開いてるのを見たのだ。
『なんかこういうのって、漫画だったらよく異次元の入り口だったりするよな…なんて。ははっ、って、うぉっ?!』
俺は焦った。まるで、穴がブラックホールのように俺を引っ張りだした。いや、原因は他にあったかもしれないが、どう考えても穴が原因としか考えられなかった。
『ちょっと待て!俺はありそうだなって思っただけで入りたいなんて一言も……うわぁぁぁぁぁぁ!』
俺は最後まで説得を聞いてもらえずに穴に吸い込まれた。
で、ついたのがこの場所だ。
「マジでここどこなんだ…。いや、俺の知識的には検討はついてるんだけど…。認めるのはやっぱ…」
1人で悶々としていると、パッと向こうの丘に人影が見えた。やった、あの人に訊けばここは本当にどこなのかわかるだろう。俺と同じで吸い込まれた人かもしれないじゃん、という可能性はとりあえず置いといて。ここから丘までそんなに距離は遠くない。俺は丘の人の上に手を振りながら走る。
「あのー!すみませーん!少し訊きたいことがあるんですがー!」
と、向こうの人が向こうに向かって急に走り出した。なんだ?!俺を見て急に逃げ出したみたいだけど…。俺そんな怪しいやつじゃないって!
「あの、怪しいやつじゃないから!お願いだから俺を見捨てるな~!」
と、いきなり前の人物が止まった。丘からおりたスピードのせいで俺は止まることができず、前の人物とぶつかった。
「うわっ?!す、すいまっ?!」
俺は声が裏返った。でもしょうがないだろう?振り返った人物は俺と瓜二つ。でも、俺より大人っぽくて、少しフレームの太い眼鏡が更にそれを強調させている。こんな人物に思い当たるやつは俺は残念ながら1人しか知らなかった。そして…。その人物がいたことで、ここが俺の予想していた場所だということが確定した。でも、もしかしたら、万が一、人違いがあるかもしれないので確認をとっておく。
「た、拓也…?」
「うん、そうだよ拓斗」
やっぱり…。うなだれる俺を見て拓也は苦笑いした。でも、俺は口角を上げられる気分ではなかった。拓也がいる、それが意味するのは…。
ここが死後の世界――多分、天国か?――だということだ。
少し昔話をしよう。と、いってもつい半年前のことなのだが。俺と拓也は中1…つまり俺と拓也は双子なのである。まあ、見た目と名前でお察しした方もいると思うが。拓也が兄、俺が弟だった。何もかもが平凡な俺と違って、拓也は文武両道、を地でいくような感じで、正になんでもできるやつだった。そんな拓也のことを俺は恨んでると思っている人もいるが、それは誤解だ。今も昔も、俺は拓也を兄として尊敬していたし、その弟であることが俺の密かな自慢だった。
だが、現実は甘くない。そういう才能のある人ほど不幸な目に遭うのである。
拓也は秋も半ばになってやっと涼しくなったと思った頃に交通事故に遭って死んだ。よくあるパターンで、車の運転手の信号無視が原因らしい。思いっきりはねられて即死だったって。みんな悲しんだ。母さんと父さんは一晩中泣いてた。ただ1人――俺は泣いてなかった。周りの人は俺のことを変なやつだ、と言いたげな目で見てきたが、そんなのどうだってよかった。…だってさ、悲しんだって仕方ないじゃん。拓也は死んでしまったのだから。ゲームみたいに呪文唱えたら生き返るとかあればよかったけど、現実では無理だ。それよりも…、これだけ悲しんでもらえるのはきっと拓也だったからなんだな、と場違いなことを思った。だって、そうだろ?拓也は凄いからみんなに悔やまれたんだ。きっと俺なら…こんなに悲しんでもらえないと思う。いや、別にそんなに悲しんでもらいたいわけじゃないけど…何て言うか。拓也が死んだとき、俺は初めて拓也に劣等感を抱いたのだった。
それから俺の家族の態度が変わった。俺に拓也が目指していた高校を目指せと言われた。その代わりに俺を今までよりも可愛がり始めた。さながら俺が『拓也』と思わせるように。…冗談じゃない。俺は『拓斗』だ。何もできない、平凡な拓也の弟。拓也になるなんて無理だ。だから早く俺のことは諦めて…と言いたいけど、中々言えないのが現状で。今も俺は拓也扱いで日々を過ごしているのである。…さて、話をもとに戻そう。
「あのさ、拓也?」
「何?」
「俺、死んだのか?なんか変な穴に吸い込まれて…」
「変な穴?」
「うん」
「そっか…」
拓也は安心したように息をついた。いや、俺は安心できないんだけど。焦っている俺に拓也は優しく笑って、
「安心して。拓斗はまだ死んでないよ。またもとの世界に戻れる」
「そっか…」
俺はホッとした。拓也の真似をして生きていくのはめんどくさいし嫌だけど、俺だってそんなに親不孝者じゃない。帰れるなら帰ってやるさ。でも…。
「どうやって?」
「簡単に説明すると、拓斗は今死後の世界――天国みたいなところにいるんだよ。まあ、俺がいる時点でわかると思うけど。でね、どういう原理かはわからないけどこの世界にたまに穴が開くんだって。そしてたまにその穴に吸い込まれた人間がここに迷いこんでくる…。これが神隠しの真実なんだって」
「はあ…」
神隠しって死後の世界に来てたのか…。誰に聞いたかは訊かないようにしよう。更にややこしくなって俺が混乱しそうだ。
「だからまあ、また穴を見つけてそこに入ればもとの世界に戻れるよ」
「でも、違う穴から入ったら違う場所に出ちゃうんじゃないか?」
「大体、ここに来る人は5年に1回くらいらしいから。そんなにぽんぽん穴が開いたら大変だしね。多分今は拓斗しかいないから、もとに戻れると思うよ」
5年に1回って…。そんな珍しいパターンに俺は巻き込まれてしまったのか…。まあ、誰もいないんじゃなくて拓也がいるんだから大丈夫か。俺は拓也についていって延々と続いてる花畑を何となく歩いていた。ふと、俺は気づいた。
「お前、成長してね?」
「あ、わかった?」
拓也がいたずらっぽく笑った。そりゃわかるよ。今まで少し低かった拓也の背が俺に追い付いているのだろうか。…なんかショック。俺が拓也に勝っているとしたら身長くらいしかなかったのに。
「少しややこしい話なんだけどね。ここに来ても成長するんだ」
「ふ~ん」
「で、この世界で死んだら記憶がリセットされてまた向こうの世界…つまり拓斗が住んでいる世界に新しい命として生まれるんだって」
「へ~…」
わかったような、わからなかったような…。ま、ようするにここで死んだら生まれ変わるってことだよな。こういうのって確かりんねてんせーって言うんだよな?俺はまだ死んでないから縁のない話だけどな。
「ところでさっきからどこに向かってるんだ?」
「特に。穴はランダムに開くからいつどこに開くかわかんないしね」
「わお…」
それってヤバくね?下手したら一生帰れないかもしれないじゃん!でも、拓也は笑って、
「大丈夫だって。見つかるよ。俺も一緒に探すから」
「拓也…ありがと」
「どういたしまして」
それからまた無言で歩き続ける。いつの間にか花畑から草原になっていた。前方に山が見える。ん?あの山って裏の山に似てるような…。気のせいだよな、きっと。と、拓也が静寂を破った。
「拓斗…ごめんね」
「何が?」
いきなりそんなこと言われてもわからない…みたいに言うけど、何となくはわかっていた。でも、言わない。
「ここからさ、拓斗が何してるか見えるんだよね。ここって結構何でもありだからさ」
「…それ、俺の世界じゃストーカーって言うんだぞ?」
「常に見てる訳じゃないよ?現に拓斗がここに来たのを知ってビックリした」
「だからって逃げなくてもいいじゃん」
「あはは、ごめんごめん。ちょっとテンパっちゃって」
それを聞いて、拓也もテンパるときとかあるんだな~と思う。
「って、話そらさないでよ。俺は真剣なのに…。ごめん、俺のせいで拓斗は…」
拓也はそこで口をつぐんだ。それ以上は言われなくてもわかっていた。いつの間にか進んでいた足は止まっていた。俺は拓也に向かって優しく笑いかけた。うまく笑えていたかはいささか疑問だが、気にしないでおく。
「そんな顔すんなよ。…俺は別に今のままでもいいよ。どうせ俺より拓也がみんな欲しいだけ。それだけだろ?」
「それは違う!」
拓也が声を荒げた。いきなりのことで俺はビクッとする。
「見てたのは拓斗だけじゃない。母さんと父さんのこともちゃんと見てた…。2人は…拓斗にしたことを凄く後悔していた」
「それは嘘だ」
「嘘じゃない!」
「なら、何で今もそれを続けてるんだ?普通やってしまったとか思ったらやめるだろ?!」
体が熱くなる。あまり関係ないが。さっきからなだめるような顔をする拓也の顔がやけに癪にさわった。なんだよ、俺は別に否定も何もしてじゃないか。拓也ほどは無理だけど、近づくように努力してるじゃん。何がそんなに駄目なんだよ?
「人間は…たまに1回言ってしまったらもとに戻れないときがある。母さんと父さんはそのパターン。原因は今更とかそういうのもあるけど…何より拓斗が受け入れてしまったから」
「!俺が悪いって言うのかよ?!」
「違う、それは違うけど…!じゃあ、今ちょっと考えてみてね。もし、母さんと父さんが俺の真似をしなくてもいいと言ったとする。拓斗は…どうするの?」
「どうする、って…」
俺は口を閉じるしかなかった。そうだ、今まで、約半年間だけだけどでも半年間だ。俺は拓也の真似ばっかだった。さすがに口調は直せなかったけど、勉強の仕方も必死に思い出して真似して、部屋も拓也の部屋で。拓也に少し悪いと思ったけど、2人の為だと思って使うものも全部拓也のものにした。さすがというか、シャーペンは使いやすすぎて驚いたとかはどうでもいい話だけど。いつの間にか俺の部屋には誰も入らなくなった。…前入ったら他人の部屋みたいだった…。急に目から暖かいものが流れてきた。俺は焦ったけど、いきなり拓也が抱き締めてきた。俺は顔を拓也の肩に押し付ける。拓也は何も言わなかった。
「わからない…。多分、何もしない…」
「母さんと父さんはね、拓斗から俺を真似することを奪ってしまったら、拓斗に何も残らないかもしれないことを恐れたんだ。拓斗も真面目だからどんどん俺に似せようとして…。挙げ句の果てに俺のものまで使い始めて。あ、別に怒ってないからね。でも、それを見て2人はもう後ろに戻れないことに気づいてしまったんだ」
「俺の…せいか?」
「違うよ。ことの発端は2人なんだから。責任は2人にあるんだよ」
「前、俺の部屋見たら他人の部屋みたいだった…」
「そこは俺も見てた。あんなに辛くて悲しそうな顔をした拓斗は初めて見たから驚いた」
「なあ、俺これからどうしたらいいんだ…?てか、俺ってどんなやつだった?もう…」
自分がどんなやつかも忘れてしまった。
拓也はため息を1つついた。俺は顔をゆっくり上げて拓也から離れる。目の前には苦笑した拓也がいた。おい、人が真剣に悩んでるっていうのに苦笑はないだろ、苦笑は。
「しょうがないなぁ…。少しだけだけど、手助けしてあげる」
「どうやって?」
「今から俺が知ってる限りの拓斗の良いところを言っていくから。しっかり聞いといてね?」
「なっ?!」
「えーと、優しいでしょ、真面目でしょ…」
「うわー!もういいもういい!恥ずかしくて死ねる!」
「だーめ。ちゃんと聞いて。後は、あ、以外と几帳面だよね?俺の机とかきれいに整理してくれたし」
「それはお前の机がぐちゃぐちゃ過ぎてどこに何があるかわからなかったからだ!」
こんなやり取りが、俺の体内時計では30分ほど続いた。
拓也の誉め言葉(俺にとっては拷問に近かった)が終わると、俺は肩で息をしていた。
「何でそんなに疲れてるの?」
「お前の…せいだろ…」
「うん、いつもの拓斗だよ」
「は?」
「そうやって悪態とかつきながらも、俺の言うことに全部返してくれる優しい人が俺の知ってる拓斗」
「…そんな恥ずかしいことよくさらっと言えるな」
「…あ、あと1つ謝らなきゃいけないことがあるんだ」
「何だ?」
「穴に拓斗が入ったの。あれ、たまたまじゃなくて俺が入れたの」
「は?!じゃあやっぱり見てて…」
「うん、あの時はね。実はあの山に繋がるところがちょうど俺の住んでる世界なんだよね」
「へ、へぇ…」
もう盛大なカミングアウトのせいで、どうやって繋がってんだよとか、穴開けられるのかよとかツッコむ気になれない。俺がうなだれると、拓也がクスクス笑った。…拓也ってこんなに性格悪かったっけ?
「拓也って以外と性格悪いか?」
「本当はそうなのかな?自分ではわかんないけど」
「…そうですか」
もう何もツッコまない。ツッコんでたらキリがないからな。
「あの山は拓斗が穴に入ってきた山とまったくおんなじ構造をしている。拓斗が吸い込まれてきた場所にいけば、穴があって、またもとの場所に戻れるはずだよ」
「そうか…。ありがと、拓也。俺、ぼちぼち頑張るわ」
「…うん。頑張ってね、俺もたまには覗くから」
「ストーカーは駄目だぞ?」
「だからたまにだって!」
なんかおかしくて2人で笑った。
結局、拓也は見送りには来なかった。拓也曰く『俺がいなくてももう大丈夫でしょ?』とのこと。まあ、大丈夫だけどな。それにしても…拓也が俺をここに連れてきた理由って何だったんだろうな?…そこは多分知らなくていいな。俺はたまたま拓也のところに来て、拓也に会って、もとの世界に帰る。それでいいじゃん。ボールが落ちていた場所に行くと、吸い込まれた穴がまたあった。
「ありがとな、拓也…」
俺はもう1回そう言って、穴に吸い込まれていった。
出てきた先にはボールが落ちていた。振り返ると、穴はもうなかった。まるで何もなかったかのように。でも、いい。俺が覚えていたらそれで十分だ。
「さ~て、ボールも見つかったことだし戻りますか」
土がついたボールを拾い上げ、土を軽く払って歩き出す。空は雲1つ無い晴天。ゲームはまだ続いてるらしく、元気なクラスメートの声が聞こえてきた。
―END―