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部log  作者: イズチ
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『喜』

家出をしていると、一人の少女が俺の旅にくっついてきた。

信じられるものがこの世で一つだけの二人の話。

 誰もいない電車。本当はそういう方が旅にお似合いなのかもしれないが、生憎今俺が乗っているのは満員電車だった。旅をしているならたまに都会にも通ってしまうので致し方ない。旅をしているとたまに見知らぬ人に話しかけられることもあるので(たまにそれが警察だったりするから厄介なものだ)、『学校は?』と聞かれるが、俺は残念ながら高校には進学しなかった。そんなことをしたら親に心配されるのでは?と思う人もいるかもしれないが、それも心配ない。幸か不幸か、いやどっちかって言うと不幸よりだが、俺の両親は中学二年の時不慮の事故で死んだ。俺に巨額と呼ぶにふさわしい財産を残して。誰が俺を引き取るか親戚がさんざん言い争ってるのを見て嫌気がさし、大人たちがまだ俺を取り合っている隙に卒業式が終わるとすぐ、両親の通帳を持って旅に出た。なぜそんなにあっさり旅に出られるかと言うと、俺には未練と言うものが一切なかったからだ。家族もいないし、親戚なんて誰も信用できない、ましてや無愛想な俺に友達や恋人などいるはずもなく。自分が大切だと思うものがなければ案外簡単にその土地を去ることはできるものなのだ。旅を始めて数ヶ月が経ったが、もう諦めたのか、警察が関わるとややこしくなると思ったのかは知らないが、誰かに追い回されるということもなく安全に旅を続けている。そう、俺の旅は順風満帆。…なはずだった。そう、たった一秒前までは。


「よっ」

「…誰だよお前」


 俺に向かって手を挙げたのは同い年くらいの女子だった。向こうは知ってる素振りだが…俺の脳内にはまったく記憶になかった。俺の返答に女子Aは不満そうに口を尖らせた。はっきり言ってウザい。終点まで乗るつもりだったが、次の駅で降りてやろうか、そう思っていると、


「やだ、忘れたの?同じ中学だったのに…っていうのは嘘だけど」

「嘘なのかよ…」


なんかもうウザいを通り越して疲れてきた。俺はため息をつくと、女子Aは勝ち誇った笑みを浮かべた。…意味がわからない。


「まあ、嘘なのは嘘だけど…。あなた今家出中?」

「…まあそんなとこ」


まさか親戚に嫌気がさして親の遺産全部持って旅に出た…なんて言えない。それを聞くと、女子Aはニヤリと笑った。さっきから色んな笑い方をするやつだ。


「やっぱり?こんな時間にそんな軽い荷物で電車に乗ってるからそうじゃないかとは思ったんだけど」


荷物は軽いけど金なら一杯詰まってるぞ、と心の中で言ってやる。


「だったらなんだよ?」

「ねえ、旅は道連れって言うじゃない?」


…嫌な予感がした。俺の脳内の誰かさんが『こいつは連れていっちゃいけない!』と俺を説得している。確かにこいつの言う通りで一度関わると俺の快適な旅が終わってしまうこと請け合いなのだが…。そんな思いよりもどうしてこいつは家出をしたんだろう?そして、その理由を知りたいという思いが勝ってしまった。だから、


「いいよ」


と、答えると、女子Aは、


「ありがとぉぉぉ!」


と言って俺に抱きついてきた。ちょ、今ここどこだかわかってる?都会の真ん中を走る満員電車ですよ?俺の心の中の説得は当然彼女に聞こえることはなく、俺はされるがままになっていた。


***


 結局俺達は無事(?)に終点まで到着した。降りると目の前にどんと大きい山が構えるまあ、みんながよくイメージするような田舎だ。女子Aはやっと電車から降りられたことに解放感を覚えたのか、大きく伸びをして大きく深呼吸した。多分、家出してあそこにいた辺り、都会出身だから田舎が珍しいのだろう。俺も田舎出身ではないものの、何回も旅の途中に田舎なんて来てるので別に女子Aみたいにはしゃぐことはなかった。そう言えば…。


「お前名前はなんて言うんだ?」

「それを言うのはまずあなたから言うのがセオリーじゃない?」


全くもってその通りなんで言葉につまってしまう。でも、名前を言う気はさらさらなかった。悪いけど今までの言動からしてこいつはあまり信用できない。家出してきてるわけだし。たかられないように早めに突き放さないと、とか思いつつも。話し相手がいるのは悪いことではないかと思っている自分もいるわけで。――少しくらいなら問題ないか。でも、


「お前に名前を教える気はない」

「はあ?!なんであんたが教えてくれないで私だけ教えなくちゃいけないの?!不公平じゃん!」


正論だ。なら、これからもこいつは女子Aだな、と心の中で決定する。まあ、口に出すとややこしくなりそうだから普段はお前とかでいいだろう。実際、向こうもあんたって呼んでるわけだし。


「なら、いい。ちょっと気になっただけだから」

「…なら、仮名にしない?これから名前無しだと不便になるかもしれないし。あんたも、私も」


おい、これからもついてくる気満々か、とツッコみたくなるが我慢する。家族がいるだろうしもっても一週間だと俺は踏んでいたからだ。しかし…仮名、悪くないかもしれないな。


「そうだな。お前はなんだ?」

「だーかーらっ!自分から名乗りなさいよこのヘタレっ!」


どう考えたら名前を自分から名乗らないこととヘタレが結び付くのかわからない。その前に俺はヘタレじゃない。それに、こっちだって正当な理由がある。


「このことを提案してきたのはお前からじゃなかったか?」


さすがの女子Aも静かになった。全く女は口が達者だからあまり好かない。女子Aはばつの悪そうな顔をしつつも、


「…わかったわよ。私はヒナタ。あんたは?」


しまった、さっきからこいつと喋ってたせいで何も考えてなかった。でも、さっきから青空の中で一人存在を主張している太陽を見て、ああ、こっから名前をとったんだと気づく。ちょうどいい、俺もこれから名前をとってみよう。


「じゃあ俺はアサヒ。よろしくな、ヒナタ」

「よろしくアサヒ。ところでこれはどこに向かってるの?」


さっきから終わりが見えない田んぼ沿いの、でもコンクリート舗装はきっちりとしてある道を俺と女子A…ヒナタは歩いてた。今のところ行動の主導権を握っているのは俺。別に考えもなしに歩いているわけじゃない。少しの荷物で旅に出たとはいえ俺もケータイくらい持ってきている。もうお馴染みかもしれない両親の遺産で買った最新式のスマートフォンだ。それで、ここに有名ではないものの結構評判のいい宿がここにあるのはチェック済みである。少し、いやかなり駅から道のりが遠いのが人の来ない原因だと思うが。まあ、そんなの俺の知ったこっちゃない。俺は今日雨露さえしのげればそれで満足なのだ。どうせまた明日には宛もなく電車に乗っているのだから。俺が中々(と、言ってもそんなに経ってないが)答えないからか、ヒナタは少し怒った口調で、


「ちょっと、聞こえてる?これはどこに向かってるの?」

「今日の宿」

「まだ真っ昼間じゃない」

「まだもう少し歩く。それに心配しなくても向こうにお楽しみがあるから」

「お楽しみ?」

「そう。まあ、お前にとってお楽しみになるかは知らないけど」

「何なの?ねぇ、教えてよ、ねぇ」


服の袖を引っ張って、駄々をこねた子どものような声を出すヒナタ。正直うっとうしいが、一緒に来るのを許可したのは紛れもなく俺である。ため息を1つついて、俺はヒナタを無視して少し歩くスピードを速めた。


***


 宿についた頃。ヒナタは疲弊しきっていた。対して俺はあまり疲れていなかった。旅をしていると自然と体力がついてくるもんだ。でも、こんなに疲れているということは、こいつは案外運動音痴なのかもしれない。まあ、ヒナタの学校生活なんて全く知らないのだが。ヒナタはこっちを見て、信じられない、という顔をする。


「あんた…疲れてないの?」

「疲れてないわけないだろう」


よっぽど体力が底無しのやつじゃないと、疲れないなんてあり得ないと思う。ヒナタは宿の方を見て、


「ねぇ、早く入ろうよ~。そもそもなんであそこからもう少し歩くイコール一時間歩くなのよ!」

「本当のこと言ったらお前歩く気力無くすだろ?」


これは正論だったらしく。ヒナタは痛いところをつかれたような顔をして、グッと言葉を詰まらせた。さっきまでこいつは俺よりも口が達者かと思っていたが、どうやら俺も捨てたものじゃないらしい。だが、そこで引かないのがヒナタらしく。


「どうでもいいから!早く入ろ!」

「ちょっ、おい!」


ヒナタに無理矢理手を引っ張られながら俺は宿の中に入っていった。



***


 中に入ると、中々落ち着いた雰囲気で悪くはないな、と思う。今日はここにして正解だったな。受け付けにいくと、綺麗な浴衣に身を包んだ女の人が人の良さそうな笑みをこちらに向けた。


「お待ちしておりました」

「?まだ名前は言ってませんが?」

「今日のお客様はあなただけですから」


そういえばここは完全予約制だったか。あ、それじゃあ…。


「後ろのやつって連れてきちゃ駄目でしたか?俺、一人で予約したんですけど」

「ああ、それくらいなら構いませんよ。どうせご飯も少し多めに作ってますから。…さあ、こちらです」


女の人に案内された部屋の扉を開けると、純和風の部屋が広がっていた。奥には大きい窓があり、そとの景色が一望できる。ヒナタは入ると、荷物をそこら辺にほって、窓から身を乗り出してその景色を見ていた。俺も荷物を端に置いて、ヒナタの横からその景色を眺めた。


「アサヒ!海、海だよ!」

「ああ」


ここは少し変わった地形らしく、山を越えるとすぐに海になっている。なんかそういうのもいいな、と思って俺は今日ここに泊まることにしたのだ。と、ヒナタが海から視線を離し、こちらを向いた。


「お楽しみってこれ?」

「まあ、そうだな。気に入ったか?」

「うん!アサヒは?」

「俺も気に入った」


山を越えるのに結構時間がかかったらしく、気づけば夕日が沈んでいる。こういうのを見ていると、海の中に夕日が沈んでいるような錯覚に陥る。そんなことないのにな。ヒナタはまだ海の方を見つめて、


「きれー…」


と呟いている。それを見て、誰かと一緒にこうやって過ごすのもいいもんだな、と思ってしまうのはなぜだろう。別に俺はこいつを恋愛対象として見ているわけではない。こう考えるのは悪いことではないし、別にいいか。


***


 夜。どうやらヒナタはこの宿が大層お気に召したらしい。今も上機嫌で鼻唄なんか歌ってる。歩いている途中で不平不満を言ってたのが嘘みたいだ。


「あ~!ご飯美味しかったし、お風呂が広いのは…当たり前か。それにしてもアサヒよくこんなところ見つけられたね?」

「科学の力だよ」


俺はスマートフォンについたストラップを指にかけてくるくる回しながらヒナタに見せる。


「あー!ズルい!私だってまだ持ってないのに!」

「なんでもお前基準にするな」

「へー…。……見せてよ」

「誰が見せるか」


ケータイをホイホイ見せるバカがどこにいる?俺の答えにヒナタが口を尖らせる。ふと、俺はあることに気づいた。


「お前…俺の隣で寝るのか?」


布団を引いてくれたのは宿の人だが、そこには修学旅行よろしく二枚仲良くくっついた布団があった。


「私は別に気にしないけど?アサヒは嫌なの?」

「嫌って訳じゃ…」


こういうのって女は嫌がると思っていたが、どうやら違うらしい。それとも、こいつが特殊なのだろうか。と、ヒナタは急に寂しげな笑顔を浮かべた。もしかしていきなりホームシックか?いや、会ったのが今日なだけであって、実際は家出してから結構経っているのかもしれない。まあそれは本人しかわからないのだが。


「あのね、突然な話だけど聞いてくれる?」

「ああ」

「私ね、ここに来たことあるんだ」


これはまた盛大なカミングアウトだ。だってここに来てからのこいつの態度はまるで初めて来たときのようだったから。ヒナタは窓辺にある椅子に腰を下ろして足をぶらぶらさせながら続ける。


「ずっと前だけどね。その時はまだ幸せだった。お父さんも…お母さんもいたの」

「いた、ってことは今はいないのか?」

「ううん、二人とも生きてるよ。でもね、生きててもダメなときはあるの。……お母さんね、知らない男の人を連れていって出ていったの。俗に言う駆け落ちかな?」


そう言ってヒナタは笑う。なんで、そんな悲しそうに笑うんだよ。そんな笑顔、俺は嫌いだ。


「そのあと…お父さんが酒をよくあおるようになって。そして私によく暴力を奮うようになったの。で、あ、これはダメだなって思って。自分の通帳持って卒業したら家出したの」


俺と出るタイミングが一緒だったことに少し驚く。でも、俺とヒナタの表現には一つだけ違うところがあった。


「家出…ってことはいつかは家に帰るのか?」

「帰らないよ、今更。…私ね、夢があるんだ。いつか結婚して子ども生んで。自分が幸せになれなかった分、その子を絶対幸せにしてあげるの」


そう言って笑うヒナタには未来の希望があった。俺には…あるだろうか。ただ親の財産をつかって旅をしてるだけ。ヒナタみたいに夢があるわけでもない。俺は…何のために旅をしているのだろうか?わからない、と、いうか考えたことすらない。


「お前は偉いよ、俺はそんなこと考えたこともない」

「そう?アサヒにはじゃあないんだ?」

「まあな」

「じゃあさ…」


『私と結婚してよ?』


 俺は目を見開く。ヒナタはなぜか満足そうな笑みを浮かべていた。待て待て待て。お前は一時のテンションに身を任しているだけじゃないのか?それはダメだ。って、心の中で説得しても意味がないことに今更気づく。


「ダメだ、絶対後悔する。俺が保証する」

「自分で自分をそんなことで保証してどうすんのよ?大丈夫、顔は結構好みだから」

「俺は中卒だぞ?仮に結婚したとしても、仕事に保証がない」

「いいよ、そんなこと。それよりも私は自分の幸せを実現させたい」


いつの間にか布団の上に座っている俺の目の前までヒナタは移動してきていた。正直、女子にこんなに見つめられたことがないので、少し目をそらしてしまう。と、自分ながらの提案を思い付いた。


「いいことを思い付いた」

「何?」

「正直俺には今お前は一時のテンションに身を任せて言ってるような気がしてならない」

「それ、何気に酷いわね」

「まだ会って一日も経ってないのに、信じろって言う方が無理がある」

「…それで?」

「このまま旅を続けて、そうだな…酒を飲める年になって、まだお前がその気持ちを変えてなかったら結婚でもなんでもしてやる」

「なあんだ、そんなことか。いいよ、どうせ変わってないから。よく考えたら私はいけてもアサヒはもうちょっと年取らないと結婚できないし。でも、本名知るのはお預けかあ…」

「まあ、知りたいなら精々頑張ってくれ」


あれ?俺今サラッと言ったけど、これって『結婚してくれ』って言ってるようなもんじゃ…。冗談じゃない。俺はそんなつもりで言ってない。


「…アサヒ?」

「いや、なんでもない。まあ、これからよろしくヒナタ」

「こちらこそ!…もう眠いや、寝ない?」

「ああ。おやすみ、ヒナタ」

「おやすみ、アサヒ」


 アサヒとヒナタ。太陽からとったその名前は夜にはひどく不釣り合いだ。でも…俺は本当にこいつと一緒にいるのだろうか?それは誰にもわからない。


***


 天国にいる父と母へ。お線香あげれないのは許してくれ。今日から俺は変なやつと旅をすることになった。仮名はヒナタ。あ、ちなみに俺はアサヒとなった。ヒナタは今日未明プロポーズしてきたが…保留した。あいつのことを考えてのことだ。なあ、初めてできた友達かもしれないんだ。ヒナタはモノクロだった俺の世界に色をつけていく。冬から春になったみたいだ。え、ヒナタのことはどう思ってるかって?…どうだろうな。でも、誰かと分かち合える喜びを教えてくれたのは…紛れもなくヒナタだと俺は思ってるよ。


***


 そして、明日から俺はヒナタを起こすことが日課になる。


―END―


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