新たなる出会い
他の部員とわかれ、1人単独行動をとっているサイトは水の入った水彩バケツをぴちゃぴちゃと揺らしながら坂の上の住宅街を歩いていた。
何か絵のモデルになるようないい建物はないものか。サイトが辺りを見渡すとティム・バートンの映画に出てきそうなオシャレな一軒屋が見えてきた。
壁の表面にツタが生えたトンガリ頭のその家は隣の家とは明らかに違う雰囲気を醸し出していた。小さな水飲み場から青い模様の
小猫がトコトコと歩いてきて入り口の前に座り込んだ。サイトはこの家の構図を見て描くならこの家しかない!と直感的に思った。
サイトはその家の向かいの駐車場に水彩セットを置き、砂利の上に持参したマットをひいて正面の洋風の一軒屋の下書きを始めた。
時々猫が寝返りを打つ以外は特になんの変化もなく目の前の洋館と向き合えたが、ひさしぶりに絵を描き始めたのでなかなかバランスよく
家の構図を取る事が出来なかった。サイトが戸惑いながら絵を描いているとぼーん、と大きな音が教会の方から聞こえてきた。
午後0時を伝える鐘だろう。パレットに絵の具を乗せようとしていると家のドアが開き、中からこの家の住人と思われる女の子が出てきた。
サイトはやばっ、と声を挙げた。出てきた女の子は見たところ自分と同じくらいの年頃だ。それに制服を着ているということは近所の
学校の生徒なのかもしれない。少女は玄関に座っていた猫の頭をなでると、マットから立ち上がったサイトの方を見つめた。
やばい、このままだと不審者かストーカーだと思われる。サイトはどちらかというと人見知りをする性格だったが今回ばかりは仕方ない。
身の潔白を証明するためにも勇気を振り絞って自分の方から少女に声を掛けた。
「あの、僕はしおさい高校の美術部員の斉藤サイトです。たまたま通りかかったらすごくセンスの良い家があったんで描いてみようと思いまして!迷惑だったらすぐ移動します!怪しい者ではありません!信じてください!」
サイトが身振り手振りを加えながら必死に言うと、少女は笑みを浮かべこう言った。
「別に家の外観を描くだけだったら構わない。私はこの家の住人の雨宮慈雨。両親は今日、外出してるから、好きなだけこの家を描いてくれて大丈夫。」
サイトは目の前の少女がアニメのキャラクターのようなしゃべり方をしたので少し可笑しかったが自分を信じてもらえたことが嬉しかった。
雨宮というこの家の住人はボブカットを更に短くしたショートヘアーで、毛束が外側にハネている変わった髪形をしていた。
かばんを抱え直すと整った顔をサイトに向けこう言った。
「絵が出来上がったら、その、私に見せてくれる?」
最後の方が聞き取りづらかったが言葉の内容を理解するとサイトは「はい!もちろんです!」とおおきな返事をした。
坂を下っていく少女の後姿が小さくなるとサイトは緊張が解け、ふー、と息を吐きながらマットの上に座った。
他人の家を描くときはちゃんと許可をもらわなきゃな。それにしても、かわいいコだったなぁ。おっと、それよりも期待に答えられる
だけの絵を描かないと。
猫が再び玄関に座るとサイトは新しく画用紙を取り出し集中力を高めて雨宮家の下書きを始めた。
雨宮という女の子が出てきました。この子がサイトにどんな影響をあたえていくか、作者も楽しみです。