慈雨との再会
サイトは慈雨と目が合うとしどろもどろになりながら答えた。
「や、やあ!ひさしぶり!今日はここに絵を展示しにきたんだ。」
それを聞いて慈雨が「うん、私も」と無表情で言い返す。慈雨と直接しゃべったのは合宿での2日目が最後だ。函館山を登り終えた後に
「函館に着てみました」というタイトルで展望台から撮った写メールをサイトが送り、慈雨から「素敵。綺麗。」という返信が着て以来
お互い連絡を取り合うことはなかった。慈雨はサイトが壁にかけた絵を見つめた。サイトが恥ずかしそうに頭を掻く。
「これ、オレが描いた絵なんだ。じ、慈雨はどんな絵を今回描いた?」
サイトが目を合わせずネームプレートに自分の絵のタイトルを書き込んでいると慈雨は「これ、私の絵」と言ってサイトの左隣の絵を指差した。
「え?この絵?」サイトは無意識に声を挙げた。サイトがその絵を見つめると「夏風」というタイトルで女の子が海の浅瀬で風が飛ばそう
とする帽子を押さえながら笑う絵が描かれていた。「この絵、パソコンで描いたの?」慈雨が無言でうなづく。サイトは絵の下半分を
見つめて息を飲んだ。慈雨の絵は上半分と下半分がきっちり分かれた大胆な構図になっていた。少女が立っていた浅瀬の下には暗い海が
広がり、そこには荒涼とした街が沈んでいた。サイトが見た展望台や路面電車も描かれているのでこの都市は函館だろう。サイトは
「これ、函館が津波かなにかで沈んだ後の世界、ってこと?」と慈雨に尋ねた。慈雨は小さなくちびるを開くと早口で話し出した。
「この絵は地震の影響で発生した津波の影響で沈んだ函館の再生を描いてるの。私達がいる世界って地震が起きたら一度で海の底でしょう?
でも人間はどん底の状態でも這い上がる強さを持っているっていうか...私、こんなところで何、語りだしてるんだろう...」
慈雨が顔を赤らめてうつむくと無言の空間が2人を支配した。サイトは気まずそうに絵に向き直ると「隣同士になるなんて奇遇だね。」と
自分の絵を指差した。「オレは近所の雑木林を描いたんだ。」雨待ち風、というタイトルが書かれた札を絵の下につけると慈雨がサイトの
絵を見つめた。6本の落葉松が隣り合わずに距離を持って絵の中に並んでいた。サイトは神崎に教えてもらったアイデアを生かし、手前に描いた土を
薄く塗り、奥に行くにつれて土の色を濃くしていった。そして手前の木は地肌までしっかりと描き、奥の木は特徴が解る程度の色づけにして
絵に遠近感を出すことに成功していた。サイトが苦心したのは木の間に流れる大気の渦のような風である。薄くもやがかかったような風は
雨が降る前の急激に空気が冷え込む様を表現していた。絵の上部から木漏れ日に包まれながら細い線が突き抜けていく。慈雨が少し驚いた
顔をして言った。「サイトってこんな繊細な絵を描く人だったんだ。」それを聞いて「いやいや!初めての油絵だったからさ!本に載ってる
通りにやっただけだよ!」とサイトは手を振りながら答えた。慈雨に褒められてサイトの心は舞い上がっていた。もしかしてオレ、全国大会に
行けちゃうかもしれねぇ!サイトは勇気を出して慈雨に声をかけた。
「もう、絵の展示終わったから一緒にみんなの絵を見て回ろうか?」慈雨は少しだけためらったが「うん。いいよ。」とOKを出してくれた。
2人は入り口から展示されている絵を見て回ることにした。ときどき手がぶつかる。「あ、ごめん」慈雨が恥ずかしそうに手を引っ込める。
なんかデートしてるみたいだ。しかしその雰囲気はBブロックに入るとすぐにぶち壊された。
「あれ?サイトじゃない?」自分が描いた自画像の横で条一郎に写真を撮ってもらっている松野が声を掛けてきた。はぁ、よりによってこいつらかよ。
サイトはしまりのない2人の顔を見てため息を吐き出した。
地味に次で最終話です。