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新しい何か

今にも雨が降り出しそうな空の下、条一郎が美術室の一角で悲鳴のような声をあげた。


「なぁ、『とうめい』って何色で描けばいいんだ?」


部員達が振り返って条一郎の机に置かれている置物を見た。そして神崎が声をあげた。


「知らないよ。何も色が付いてないから『透明』って言うんじゃねぇの?」


「それじゃあ困る。俺が描いてるのは透明の置物なんだから。」


そういうと条一郎が置物を持ち上げてまじまじと見つめた。


「白、ってわけじゃないし、水色でもないし、灰色でもない...一体どうすればいいんだ!」


頭を悩ませる条一郎を見て神崎が呟く。


「そう考えてみればそうだよな。海の水だってすこしの量だと透明に見えるのに、水族館ぐらい水が集まると青く見えるもんな。不思議だよなぁ。」


神崎が自分の絵を見つめ直してうなづいた。松野が呆れたように条一郎に言う。


「だから始めに言ったじゃない。条一郎が描こうとしてる被写体は難しいって。油絵は色の鮮やかさが評価につながるのに透明のものを描いてどうするのさ?」


松野の話を聞いて部室に笑いが起こる。「そんなこと言わないで真剣に考えてくれよ」条一郎が泣きそうになりながら答える。教室の


一番後ろで絵を描いていたサイトは条一郎を笑えなかった。自分も同じようなことで悩んでいたからだ。どうやってこの絵に見えない風や


光を書き加えればいいんだ。サイトの筆は止まっていた。大和が名案が閃いたように条一郎に言う。


「そうだ!...置物の下に...クロスを敷けば良いんじゃない?...」そういうと大和は戸棚から水色のチェックのクロスを取り出し、それを


条一郎に手渡した。それを置物の下に敷くと透明だった置物にチェックの模様がついた。「おおお!!!」条一郎が歓声をあげる。


神崎が「なるほど、そういうことか」と感心して声を出す。松野がまとめるように話始めた。


「そうか。透明なものの周りに色の付いたものを置けば置物がそれを映すもんね。大和って頭いいね!」


松野が褒めると大和が「いやぁ~それほどでも~」とクレヨンしんちゃんのものまねで応える。「とにかく!ありがとうな!」条一郎が


大和の手を握ってぶんぶんと振る。これでサイト、神崎に続き条一郎までが壁をひとつ乗り越えた。しかしサイトはまた次の壁にぶち当たっていた。


「ちょっと俺、トイレ」立ち上がるサイトを見て「大丈夫?今日5回目じゃね?」と神崎が声を掛ける。「うん。大丈夫」と言い残しサイトは


部室を出た。頭の中で思い描いている世界観を相手に伝えるのは難しい。サイトはこの壁は自分自身の力で乗り越えなければならないと思っていた。


そんなことを考えていると玄関先の自販機の前に辿り着いた。いつも飲んでいるコーラは売り切れていたため、ドクターペッパーという炭酸飲料を


購入した。タブを押し上げると独特の匂いが鼻腔を突き抜ける。一口飲むたびにゲップが出るため、もう二度とこのジュースを買わないことを


サイトは決めた。するとサイトは背中から強い引力を感じた。振り返るとそこにはサイトが美術の世界に目覚めるきっかけとなった


詠進先輩の「風たちぬ通学路」が飾られていた。風?...かぜ??サイトはジュースを一気に飲み干すと詠進先輩の絵の前に立ち、風の表現を


探した。あった。見えない風は空を突き抜ける雲として描かれてあった。ペーパーナイフで力強く描かれた雲は通学路まで伸び、


街路樹に絡みつくほどのバイタリティをその絵の中から発していた。そうか!雲に動きをつけることで風の強さを表現出来るのか!


サイトは次に絵の手前に飾られた桜の木を見つめた。花びらが左から右へと散っていくさまが描かれている。なるほど。こういう描きかたで


観る人に風の向きを伝えることが出来るんだ。そして最後に光を探した。雲の切れ間から細く、しかし強い印象で黄色の光がキャンバスの


上部から坂道に向かって降り注いでいる。サイトは入部当初と絵を描いている今とでは「絵を観るポイント」が変わっていることに気が付いた。


あの時は「この絵はすごいなぁ。どんな気持ちで、どんな描きかたでこの絵を描いているのかなぁ。」といった感じだったのが今は、


「どうやったらこの絵のように力強く、繊細な表現が自分の絵に生かせるか」といった観点で詠進先輩の絵を見つめている。


サイトは空き缶を握りつぶすと決意を決めた。「自分にも出来るはず。」そう思わなければなにも出来ない。サイトは缶をゴミ箱に投げ入れると


階段を登った。先輩、ありがとうございます。あなたのおかげでなんとか壁に立ち向かえそうだ。にんまり笑みを浮かべると窓の外から


太い光が曇り空を突き破るのが見えた。そのスキマから見える青空を見てサイトは希望の光を見つけたような気がしていた。


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