違和感を長所へ
仕事前にもう1話掲載しておきます。
「みなさん、おはようございます」月曜日の昼前、神崎が部室に姿を現せた。サイトと条一郎が近づくと「おかえり!どうだった?登別は?」
と口々に一人旅の感想を聞いた。「まぁ、落ち着けって」神崎は自分の席に座るとカバンから写真を取り出した。
「ほれ、水族館で撮った写真だ」そういうと神崎はポラロイドカメラで撮影した10数枚の写真をサイトに手渡した。
2人が写真に目を通すとブルーの水の背景にネコザメやナポレオンフィッシュ、オオカミウオなどの珍しい魚が写っている。サイトはぼんやりと
「へぇ、けっこうノリノリで撮影してたんだね」と言うと「うるせぇな!恥ずかしいこと、思い出させんな」といって神崎はサイトから写真を取り上げた。
条一郎が写真を指差しながら「このエイの表情、いいな」と笑みを浮かべた。神崎が頷いて言う。
「このエイはこれから絵に入れてやることにしたよ。実際に現場の水族館を見て魚の生態や泳ぎ方なんかをよくわかった気がした。これを忘れないうちに絵に生かさないとな。」
そういうと神崎は絵を描くために水を入れる準備にとりかかった。その様子を見てサイトと条一郎も
自分達の絵の前に戻った。サイトはキャンバスに描かれた木の表面を指先でなでた。先週末に塗った油絵はうす塗りだったこともあり、
3日後の今日にはすっかり乾いていた。よし、今日は木を塗り重ねよう。サイトは机の上の油絵セットを開けパレットを取り出しビリジアンと
イエローオーカーを混ぜ油で薄めてキャンバスに塗りつけた。発色の良い黄緑が下の色を覆い尽くしていく。早くクリムゾンレッドのような
派手な色を塗りたくりたい。サイトは写真を見ながら実物に近い色を選択し木の幹を描いていった。
途中、昼休憩を挟み3時過ぎにサイトは今日目標としていた6本の木に色を付けることに成功した。20号というキャンバスは絵を塗っていると
とても大きく感じる。イエローオーカーの絵の具がもうなくなりかけている。サイトは立ち上がり気分転換に下の階にある自販機までジュースを
買いにでかけた。そして腕組をしながら考えごとを始めた。あの写真どうりに描くのはいいけど、どうやって俺が体感した風や光を絵に
書き加えようか。サイトは階段を降り終えると目を閉じて函館山で経験した自然を思い出した。夏という短い季節を謳歌する生命たちの物語がその世界にはあった。
今自分が描こうとしているのは近所の雑木林の絵。あれ?サイトはその違和感に気付いた。あの写真を撮った時は雨が降る前だったので雲
が光を遮っていた。そうか、だからあの絵にはあの時感じた力強さや勢いがないのか。そう実感すると急に焦りが込み上げてきた。いや、まて。逆に
「雨が降りそう」という環境を表現するんだ。鮮やかさや聡明感のある風じゃなくたっていい。雨を待っている涼しげで何かが起こりそうな、
そんな不穏な風でいいじゃないか。そしてサイトの絵のタイトルは決まった。ジュースを飲み干すと明日からキャンバスに描かれる世界観が
はっきりと定まった。俺が次に描くのは「雨待ち風」だ。興奮する気持ちを抑えながらサイトは部室へと続く階段を登り始めた。
サイトの絵のテーマが決まりました。文章だけでは伝わらない部分がたくさんあると思いますが、ついて来てください(笑)。