本心
寝る前に更新します。
「ここで、いいんだよな?」
「うん。先輩の言った場所だとここだと思うんだけど。」
夕方、サイトと松野と大和の三人は詠進先輩に大会出場辞退の詳細を聞くために部長から教えてもらった詠進先輩の家に行くことにした。
目の前には「パスタ屋 びあんこ」の看板が掛かった洋食屋が建っている。「この店かな」大和がサイトの後ろで言う。
詠進先輩の家は地元で有名なパスタ屋であると事前に教えてもらっていた。サイトが重い木製のドアを開くとからんからん、と鈴の音が鳴る。
瞬間、店の奥にいたシェフと目が合う。長い帽子を被ったその人物にサイトは話しかけた。
「すいません。しおさい高校の美術部の者ですが、詠進さん、いますか?」
サイトの問いかけにシェフは仕事の手を休めて言った。
「詠進ならたぶん部屋にいると思うから。店の裏にインターホンがあるから、それを鳴らして呼んでやってくれ」
それを聞くとサイトはありがとうございました、と頭を下げた。再びドアを開け外に出ると松野が「あの人、詠進先輩のお父さんなのかな」
と呟く。大和が「店と家は別になってるんだ」と裏路地を歩きながらきょろきょろと目を動かす。
しばらくして言われたインターホンが見えてきた。サイトは一呼吸置くとそれを力強く押した。
「はい、今行くからちょっと待っててください。」
急ぎ足で階段から降りるどたどたという音が響く。ドアが開くと意外な訪問者達に詠進先輩は驚いた顔を見せた。いつもとは違う短パンとTシャツ
姿の詠進先輩を見てサイトが言う。「詠進先輩、三上先輩から話を聞きました。」それを聞くと詠進先輩は
「ユージンのやつ、本当におしゃべりなんだから」と頭を掻いた。その様子を見てサイトは続けた。
「詠進先輩、どうして大会に出ないんですか?俺、先輩と出会ってから絵を描くってことがすごく好きになってきたし、先輩を目標にして絵を描いていきたいって思ってたんですよ。今からでも遅くない。大会に出てくださいよ、先輩!」
サイトの畳み込めるような話し方を聞いて詠進先輩は目を背けた。そして後ろを向くと呟くように答えた。
「僕、東京の大学に行くことに決めたんだ。」「えっ」サイトと松野が聞き返す。正面を向き直すと先輩は続けた。
「サイト君、僕が学校の玄関で君に言ったこと、覚えてるかい?」「ええ、覚えています。」
サイトは始めて詠進先輩と出会った時のことを思い出した。自分が感銘を受けた絵の作者は自分の絵を愛していない。
絵を描くだけでは食べていけない。そんなことを言われて頭にきたけどそれは先輩なりに美術の実態をリアルに教えてくれたのだった。
「僕、本当は絵が大好きなんだ」
詠進先輩の言葉が3人の胸に響く。
「僕は東京の美術大学に行って本格的に絵を勉強して画家になろうと思ってるんだ。学校に入学するためにいまは一生懸命勉強して、大好きな絵を描くのを我慢して大学に行こうって決めたんだ。そのために今回の大会を辞退するのは...うーん、仕方ないって言葉は使いたくないな。」
先輩は必死に「仕方ない」に代わる言葉を探している様だった。見かねたように松野が言う。
「詠進先輩が本当に絵が好きなんだっていうのは普段の行動を見てても分かりますよ。今回の大会は任せてください!先輩の分まで全国で観光しておいしい物でも食べてきますよ!」
松野の力強い言葉を聞いて詠進先輩は「そうかい。期待してるよ。」と笑みを浮かべた。サイトは決心したように息を吸い込んだ後先輩に言った。
「先輩の気持ちはよく伝わりました。画家になるために他の事を努力するのは大事なことですもんね。先輩がいないのは残念だけど俺達でなんとかしおさい高校美術部のメンツは建てておきます。」
サイトが言い終わると詠進先輩はサイトの両肩に手を置き、瞳を覗き込んで言った。
「サイト君、君の長所は絵の構図の取り方の上手さとセンスの良さだ。全国区となるとデッサンが上手い人、色彩感覚が飛びぬけてる人がたくさんいる。でもその人達に引け目をとることは無いんだ。君は君の好きなように絵を描けばいい。誰にも遠慮せず誰よりも自由な絵を描いて欲しい。これが先輩として僕が言えることの全てだ。頑張って。」
先輩のいう事を聞いてサイトの目に涙が浮かんだ。自分が尊敬してる先輩がこんなにも自分を期待しているなんて。サイトは目を拭うと
「先輩、こんな遅くにありがとうございます!それじゃ、そろそろ帰りますね。明日から本格的に絵を描き始めるんでよろしくお願いします!」
と先輩に別れのあいさつをした。大和と松野の手前、おいおいと泣く訳にはいかないからだ。サイトの気持ちを汲み取ると詠進は笑みを浮かべた。
「みんな、心配かけてすまなかったね。僕も自分の気持ちをみんなに言えてスッキリしたよ。僕もセンター試験にむけて勉強するからみんなも頑張って絵を完成させて見せてよ。それじゃ、今日はおやすみ。」
先輩と別れのあいさつをすると三人は帰宅の路についた。自転車を押しながら大和が「蚊に刺された...家の中に入れてくれても良かったのに...」
と呟く。「突然来たんだから仕方ないよ。彼女が来てたのかもしれないし。」「変なこというなよ。勉強、一生懸命頑張るって言ってたじゃねぇか。」
そんなことを話しながら3人は夏の大会に向けての絵の構想を膨らませた。絵の作成期間は夏休み明けの始業式の日まで。分かれ道で
サイトは気持ちを抑えきれずに夜道を駆け出し始めた。
作者は大学を受験しなかったので受験勉強の時期だとかが実際の高校と異なっている部分があるかもしれません^^;もう寝ます。




