驚きの発表
「やっぱりさ、自分の力で描いて初めて自分の絵って言えるわけじゃない。それを機械にやってもらうのは僕は違うと思うんだよな。」
「だから、こういう描き方もある、って言ってるだけじゃん!自分の価値観を人に押し付けんなよ!」
サイトが松野に対して声を荒げた。会話の話題になっているのは雨宮慈雨の絵についてだ。パソコンを使って描かれたその絵は手で描かれた
絵と違い、アニメのようなポップな雰囲気をデジタルの色彩から発していた。2人のやりとりを見ていた神崎が大和に聞く。
「なぁ、やまちゃん。パソコンで絵、描いたことある?」
「うーん...俺も家のパソコンに画像編集ツール入れてるけど...ああいう絵って...大会に出せるのかな...」
大和が考え込むとノマ部長が下唇に指を付き立てて話す。
「やっぱり深夜アニメとかの影響で大会でもあーいうイラストみたいな絵は増えてきてるよね。でもやっぱり票は入らないみたい。投票するベテランの先生達からはなかなか認めてもらうのは難しいと思うよー。」
ノマ部長の話を聞いて松野がふふん、と鼻を鳴らしてサイトに言う。
「ほら、部長だってそういってるじゃん。僕たちが描いてるのはマンガやイラストじゃなくて『美術』なんだから。いくら見栄えが良くてもパソコンで描いた絵じゃ全国には行けないよ。」
サイトは唇をかみ締めた。慈雨、お前はどういう気持ちでこの絵を描いたんだよ。すぐにでもメールして問いただしたかった。
付き合いが浅く、彼女の絵を擁護してあげられなかったのが悔しかった。「お、みんな来てるじゃん」三上先輩がドアから教室に入ってきた。
うつむいているサイトに「なにかあった?」と聞くとサイトは「いえ、別になんでもないです」と答えながら携帯をポケットにしまった。
三上先輩が部員達みんなに聞こえるように言った。
「残念な知らせが2つある。大清水のやつ、部活辞めるってさ。」
えっ、部員達に動揺が走る。顔をしかめるノマ部長を見てサイトは合宿での出来事を思い出した。やっぱり立ち向かえなかったんだな。
舞先輩が呆れながら「この時期に何考えてるんだろうね。」とせせら笑うように言った。あの先輩、ノマ部長の事、どれくらい好きだったんだろう。
サイトが大清水の感情を読み取ろうとすると信じられない一報が三上先輩の口から発表された。
「それともう1つ、詠進、今回の大会、出場辞退するって。」「えっ!?どういうことですか!!」
サイトが三上先輩に食って掛かるのを条一郎が止める。他の部員達もびっくりしたように声をあげる。
「詠進のやつ、函館の大学にほとんど内定が決まってたんだけど他の大学受験するんだって。今日聞いたばかりだから俺もよくわかんないよ。」
自分に絵の楽しさを教えてくれた詠進先輩が出場辞退?サイトの頭の周りをたくさんの疑問符が回る。どうして?なんで?倒れるように
机に手を掛けると言葉を振り絞った。「俺、そんなの、信じられません。だって詠進先輩は去年も全国大会に出てるんでしょ?その人が絵を描かないなんておかしいじゃないですか!」
部室をしばし沈黙が包み込む。ノマ部長がサイトを諭すように言った。
「たぶん今より偏差値の高い大学へ行こうとしてるんだから勉強しなきゃならないんだよ。仕方ないよ。私達だけで頑張ろう?」
ノマ部長が呼びかけると「そうだよ、サイト、先輩の分まで頑張ろうよ」と松野がサイトの肩を叩く。でもサイトは納得が行かなかった。
晴天の青空に暗い雲が立ち込め始めた。




