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愛で見つけてみせましょう!  作者: シトラチネ
ラウンド12 匿名 on 特命 ・・・復活の呪文
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1. 呪文はきかなかった!

「闇チーズフォンデュをしまーす!」

 リッキーさんの朗らかな宣言が第十二ラウンド開始のゴング。

「各自、七時までに仕込む具をこっそり買い集めて帰ってね。では諸君、これにてしばしさらばっ」

「待て」

 夕暮れの商店街へと勇んで走り出した出鼻を、大牙さんのやけに冷静な制止で挫かれました。

「今、チーズフォンデュの前に聞き慣れない接頭語が付いたような気がしたんだが」

「あ、聞こえなかった? 闇」

「…………」

 接尾語がハートマークなお答えに、大牙さんの必殺技パワーチャージゲージがレッドゾーン目指して上昇中な気配。ブルーのサングラスの向こうでは、すがめた瞳が照準円を定めようとしてる。

「何で闇なんだ、と俺は問いたいんだ」

「だって普通の闇鍋じゃ、いくら暗くしたって生きた暗視ゴーグル・大牙には具が何なのか見えちゃうもん。だけどチーズでコーティングされてたら大丈夫だよねっ」

「だから何で闇鍋なんだ」

 思わぬ抵抗だったのかリッキーさんは、走り来るチーターを見つけてしまったガゼルみたいに身をすくませた。死を覚悟したような憂いたっぷりの目線を漂わせ。

「ごめん、もうすぐ夏なのは分かってる……でも鍋に代わる闇モノなんてそうそうないから!」

「だから何で闇鍋なんだー!」

 だって。と呟いたきり黙って見つめる瞳に、大牙さんも黙って厳しい照準合わせてます。おねだりされたら最終的には受け入れる、いわば愛の儀式……白昼堂々、天下の公道でもお構いなく展開中。

「チッ、しょうがねーな」

 やがて気だるげに天を仰いで案の定、ゴーサインが出ました。莉子が闇鍋提案してたら『やってられっかボケ』で瞬殺されるに違いないのにっ。

 でもこれしきでヒットポイント減らしてる場合じゃありません。このラウンドには大義名分があるんです、だからファイトはつらつ元気一発、ポーション注入で踏ん張るのです!

「やったー。じゃあ少雨決行、おやつは五千円まで、水筒の中身はノンアルコール、執事召使乳母の同伴なしだからね!」

 聖ウェズリー初等部の遠足ルールって、桁が違います……。

 そのままガゼルの軽快さで走り去るリッキーさんの背中を見送ってたら、呆れ返った唸り声がした。

「ったく、たかが闇鍋一つでどうしてあんなに盛り上がれんだ? よし見てろ、二度と闇鍋なんぞする気がなくなる具材を厳選してやる!」

 そのままチーターの猛然さで走り去る大牙さん……やる気満々じゃないですかー! 最初から反対する気なんてなかったくせに。愛の儀式しちゃいたいだけだったくせに。見せつけ逃げですか卑怯者ー!

 うう……形式ばかりのおねだりと抵抗が愛の形だなんて、お二人の恋はどこか普通と違うんじゃないでしょうか。

 結局ダメージ受けてるラウンド序盤。




 どら焼きと草餅のどっちが強力か。チーズとの相性を売場前で口腔内想像してたら、携帯が鳴りました。

『大牙から救援要請入ったの。茶々さんに請われて侵入者を捕まえに行ったんだけど、苦戦してるみたい。ウェズリー礼拝堂前に集合ね』

 珍しいこともあるものです、あの超人的脚力に苦戦させるとは。以前は礼拝堂侵入者を聖書投擲であっさり捕獲したと聞くのに。

 下校する聖ウェズリー生たちの外車の列をさかのぼり、主を待ち受ける運転手さんたちが目印にと抱える花束のあいだを抜け。やっとたどり着くと、先輩方はすでにおそろいでした。

 サングラスの上で、大牙さんのきりりとした眉がご立腹。

「遅い。おまえ一キロに何秒かかってんだ」

 一キロのタイムは普通、分単位が先頭では。

「賊は地下配管に潜り込んで逃走中だと。あんな暗くて狭っこいとこ追えるか」

「暗所恐怖症だったんですね大牙さん……」

「違う!」

「じゃあ閉所恐怖しょ」

 子猫づかみ形に開かれた指先にチーターの爪がダブったので黙ります。

「マジで体が入んねんだよ、相手はガキだ。校内に張り巡らされた配管たどってどこから出てくるか、全部の配管口を見張るなんて不可能だろ。だが幸いにもそいつは落し物をしやがった。となるとこいつは律ちゃんの領域だ」

 そう言って掲げられたのはくたびれた青いリュック。なるほど、持ち主の波動を追って捕まえる算段ですね。

「ん、了解任せて。大牙をまいた逃走犯、天地神明に誓ってこの僕が、愛で見つけてみせましょう! ふふ、僕ね、かくれんぼ得意なの」

 うおお、前回は『天に誓って』だったのにレベルアップしてる! 大牙さんの手、いえ足をわずらわせた逃走犯への仇討ちに燃えてらっしゃる!

 愛の炎にきらきらと瞳を輝かせるリッキーさんと、頼もしい目線で見守る大牙さん……今から礼拝堂で結婚式を挙げかねません! 断じて阻止、ああっでも純白無垢な式服のリッキーさんを拝みたいかも。立襟とホワイトタイに縁取られた下顎骨もっ……あっめまいが。

 もうサムシング・ブルーなんてその落し物リュックでいいですから!

「それにしても何が入ってるの、このリュック。やけに重いよね」

 新婦がガサゴソとサムシング・ブルーを検分。出て来たのは、つるんと黒光りする大理石のタイルのような……石板?

 それを手にきょとんとしてたリッキーさんの唇が、みるみる楽しげに微笑みだした。

「……どうやら僕たちは、興味深い冒険に誘い込まれたみたいだね」

 反転して見せてくれた石板には、なにやら刻まれてた。

『糖と酸と五種の塩、

それらから成る神殿の、

らせんを描く階段の、

10050100VⅡで、

赤子の骨が石と化す。

勇者エステル旅に発て。

カエサル曰く、

ZHVOHBの聖堂で、

VDSSKLUHを捧げ持て。

行方に待つ鍵10001AGHE5050。

勇者は伝令呼び結び、

写した鍵を持ち帰る。

銀の剣は背を貫き、

死神の腕より赤子を救わん』




 そりゃあ愛で見つける力をお持ちなら、かくれんぼの鬼なんてリッキーさんには朝食前。地上からは存在の知れぬ配管を、配管図も参照せずにたどっていきます。

 すっすっすっと相変わらず迷いなく優雅な足先はやがて、礼拝堂裏のマンホール前でぴたりとそろえられました。

「大牙、ここー」

「よし出て来いガキ。律ちゃんから逃げられると思うな、ブリッジ蜘蛛歩きだろうが捕まえてやる。知ってるか、エクソシストは元々ノンフィクションなんだぜ……」

 悪魔笑いで待ち受ける大牙さんの方がよっぽど祓われそうですが。

 ふと気付きました、大牙さんの腕で闇フォンデュの具材らしいビニール袋がビチビチと大変活きが良く。ウェズリーの神父が死闘の果てに仕留めたという悪霊のエクトプラズマでも今なら納得。

 どら焼き草餅レベルじゃ勝てないと青くなった時、マンホールの鉄蓋がゴトリと持ち上がって誰かいる気配。ううむ鮮やか、聖ウェズリーが管区の警察犬は失業決定です。

「っしゃあ、確保!」

「うきゃーッ?」

 すかさず蓋を跳ね上げ、地下配管へ突っ込まれた学ランの手。クレーンのように持ち上げたのは五、六歳の少年だった。遺留品同様、くたびれたTシャツにしわくちゃイージーパンツ。配管内を拭き取ってきたみたいに体中が泥だらけ。

 少年はとっさに逃げようとしたけど甘い甘い、あの指節骨郡が奏でる握力を莉子に語らせたら長いですよ。指節骨の連携により末節骨粗面がまるで頚椎環椎の後弓に癒合するがごとく云々……。

「すっ……すみませんすみません、ボク悪いことしてないからーっ」

 解放を哀願する少年は生まれたての子馬並みに膝を震わせてます。

「ほーお。礼拝堂に忍び込んだくせに言い逃れか?」

 子供相手にドスきかす大人げない大牙さん。少年はオロオロと周囲を見渡すと細い腕を伸ばし、おもむろに礼拝堂の外壁にタッチ。

「さ……“さんくちゅあり”」

「聖域はロープじゃねんだよ!」

 罪人が逃げ込んで逮捕や裁判を免れたという聖域サンクチュアリ。やけに芝居がかった真面目さで唱えてましたが、ノートルダムの何とかっていうアニメ映画で覚えたんでしょうか。

「まず名乗れ」

「ゆ……勇者エステル」

 へー珍しいお名前。と感心してたら、への字口がこっち向いた。

「おい……いくらボケでも一言突っ込めるだろ?」

 コメント要求されてる。

「はい。ロマン輝くお名前ですねっ」

「……振った俺が馬鹿だった」

 和やかに会話成立したのに何がいけなかったのですかっ?

 クレーン腕は保持したまま顔を背け、大牙さん尋問放棄。代わりにすすすと麗しの笑顔が進み出てしゃがみ込み、少年と同じ高さで花咲いた。

「大牙をてこずらせるなんてすごいよ、勇者エステルくん。礼拝堂にどんな用だったの?」

 こてんと首を傾けた柔和な笑顔に態度軟化の少年は、小さなスニーカーのつま先をもじもじしながら答えます。

「ど……毒を解きに」

「どくけし草ないの? お店に行けば10Gで」

「いやそうじゃないだろ律ちゃん」

 尋問放棄したくせにボソリと呟く大牙さん。

「の……呪いを解きに」

「シャナク覚えてないの?」

「いやそうじゃないだろ律ちゃん」

 尋問放棄したくせにボソリと呟く大牙さん。

「な……仲間が一人かんおけに。ザオラルもまだ」

「そうだなそれなら教会で……いやそうじゃないだろ律ちゃん」

「僕、発言してないけど」

「……次はセーブしにとか言い出すなよ」

 言うつもりだったらしく少年はウッと詰まる。しかし一体何のお話なのかさっぱりです。

「そっちがその気ならいいんだぜ、この復活の呪文を消去してやっても」

 クレーン解除した手が取り出したるは先程の謎の石板。今にも落っことしそうに不安定にブラブラと指先でつままれるのを見て、勇者の顔がサムシング・ブルーに使えそうなくらい青くなりました。

「返せ、返せーっ」

「おっと」

 勇者くんはぴょんぴょん飛び跳ねるのですが、大牙さんが持ち上げてしまえば届くはずもなく。

「身体能力の低い勇者だな、子猿だってもっと跳べるぞ」

「わーん魔王だ、魔王がいるーっ」

 ご名答。

「大牙さん、猿と比較するのが間違ってます」

「ヒトとチンパンジーは遺伝学的に数パーセントも変わんないんだ。なら運動能力だって数パーセントしか違わないだろ」

「そりゃバナナが主食で運動能力が猿以上の大牙さんにとっては……」

「聞こえてんぞ」

 サムシング・コールドというものがあったら使えそうな冷酷視線を浴びた。

「いけない、思考が頭蓋骨ラムダ形縫合から漏れてる」

「律ちゃんオムツ買って来い。頭用の、一人ではけるヤツだ」

 うっうっ、下顎骨愛が発覚してからというもの、大牙さんってばやけにつれない。つれないのは前からですが、輪をかけてつれない。このままじゃ第十二ラウンドどころか、チャンピオンリッキーとの点差が開きすぎてコールドゲームになりそうです。

  嘆いていたら、ばたばたと急いた複数の足音が接近してきました。

「いたぞ、侵入者だ!」

「逃がすなっ」

 少年を捜してた警備員さんたちです。勇者くんはウキャッとしゃっくりみたいに小さく叫んで、大牙さんの背後に回りこみました。

「みっ……“みがわり”」

「防御呪文、それしかないんだ?」

「いやそうじゃないだろ律ちゃん、勇者がいいのかそんな呪文」

 見ず知らずの他人を売る勇者くんに学ランの裾をぎゅうと握られ、びたっと張り付かれ、大牙さんはため息をつきました。鬼気迫る表情で駆け寄ってくる警備員さんたちを眺めて呟きます。

「ルーラ唱えてみろ、クソガキ」

「ま……“まいるーら”はマナーの薬だけど、他の大陸じゃないと買えなくなったんだって。遊び人が言ってた」

「遊び人は早めに賢者に転職させないとね」

「いやそうじゃないだろ律ちゃん、ぱふぱふだって十年早いぞコイツには」

 その間に警備員さんたちにぐるりと囲まれてしまいました。

「けいびいんがあらわれた! ってとこだな。どうすんだ勇者」

「に、逃げて、ルーラ! ルーラ!」

「よっと」

 くるん。と風に舞う羽根の身軽さで、大牙さんは警備員さんの壁を飛び越えた。少年を小脇に抱え、放物線の頂点で一回転して、着地と同時に正門めがけて猛ダッシュ。

「ウキャアアァァ……あっ、もらすなボクがんばれボク……」

 少年の裏返った声が瞬時に遠ざかっていきます。みるみる小さくなってく学ラン+汚れたアルファを唖然として見送ってたら、手を引かれた。

「おいで莉子ちゃん、僕たちは裏門からルーラ」

 何の呪文か謎ですが、どうやら逃げるらしいです。勇者のリュックと石板を回収したリッキーさんと一緒に裏門目指して走ります!

「衛藤さん神宮寺さん、お待ち下さい!」

「いや少年を追うんだーっ」

 背後で警備員さんたちの混乱の声。

「今度こそ我々の手で捕まえなければ減給だ! 家のローンが」

「それより再度侵入者を許したと常任理事に知れたら、あの革鞭が唸るぞ! 一度お願いしたい気もするが」

 手を引いて先を走ってくれてるリッキーさんが、ん? と首を傾げるのが見えました。

「おかしいな、電話してきたのって……まいっか」




 先輩方のマンション、バスルームからはしょんぼりした水音が。

「“もらすなボク”の呪文が効かなかったらしいぜ」

 服を洗濯乾燥してる間、少年はリッキーさんのバスローブに着られてました。リッキー軍団に知れたなら明日以降、彼は二度とこの町を歩けないでしょう。

「で? おまえの復活の呪文には、聖堂って言葉があるな。『ZHVOHBの聖堂でVDSSKLUHを捧げ持て』……? ワケが分からねーが、だから礼拝堂に入ったのか?」

 復活の呪文というのは、とあるRPGゲームのセーブ機能がなかった初期バージョンにおいて、入力すると前回終了時点のデータを復活できるパスワードのことなのだそう。一見意味を成さない文字の羅列なんだって。

 魔王の宮殿に閉じ込められた勇者くんは“もらすなボク”が効かなかったショックからか、元気なく頷いた。

「そ……それシーザー暗号じゃん。鍵は普通に3だから、すぐ解けた」

 リビングに漂う、高校生三人分のクエスチョンマーク。ホットミルクのマグの縁から覗く怯えた目が、それを発見したもよう。

「ふ……復活の呪文のアルゴリズム見つけようとして、暗号の勉強しなかった?」

「おまえいくつだ。俺の時代はとっくに冒険の書だ」

 セーブ機能が出来てからは復活の呪文でなく、冒険の書になったらしい。勇者くんは一見意味を成さない文字の羅列、復活の呪文のアルゴリズム――この場合はプレイの状態を文字に置き換える規則性だとか――を暴いて楽したくて、暗号を勉強したんだって。

 素直に頑張ってプレイした方が早くないですか?

「石の板に、『カエサル曰く』ってあるじゃん。カエサルってシーザーのことじゃん。シーザーはアルファベットを3文字後ろにずらして暗号文を作ったんだよ。Aなら3つずらしてDにすんの」

 おどおど勇者くん、暗号のことになると饒舌です。

「『ZHVOHBの聖堂で』を3つずつ前に戻すと『WESLEYの聖堂で』でしょ。だからあそこに行ったんだけ、ど……」

 ウェズリーの聖堂と言えば確かに、全国でも聖ウェズリー学院の礼拝堂しかありません。

「問題は後半だな。『VDSSKLUHを捧げ持て』、3つずらすと……」

 途端にもじもじと逃げ腰になる勇者くんの首根っこを捕まえつつ、大牙さんはアルファベット唱えてる。やがてサングラスのブルーレンズの奥がキラリンと光り、答えを出したよう。

「『SAPPHIREを捧げ持て』。おまえ十字架のサファイアを盗む気だったのか」

 勇者くんは泥棒でした。


カタカナの呪文はスクウェア・エニックス『ドラゴンクエストシリーズ』より

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