黒住神社授与所
サイトではおみくじ的に一日一回ランダムで一話だけが読める仕組みにしていた掌編四話を並べておきます。すべて読むとなんとなく繋がるかも。昼寝イラスト(byとも様[ぷっちはむ])に触発された企画。
やあ……闇を抜ける道を探しに来たのかい……それとも闇を覗きに来たのかい……どちらにしても君は来る場所を誤っているよ。それは君の心の内にしかないからね……。
僕にできるのは御籤箱を差し出すくらい……え……あんた誰って? ……黒住です。僕を忘れても構わないよ、だけど可愛い僕の恋人、黒猫タンゴは覚えていてもらいたいな……。闇色に燦として燃える碧の瞳、深紅のリボンは魂をも焦がす情熱の炎……(以下中略)
だけど、どんな託宣でも同じことだよ……光が弱まるから闇が訪れるのか。闇が隠れるから光が生まれるのか……君次第だからね……。
さあ、君はこの御籤箱を振るかい……?
::: 歌わない子守唄 -吉- 光がなければ闇もない逆もまた然り
「ん? 莉子ちゃん、第一木曜だから授業は四時限までじゃない?」
「あっ。ああっおべんと作っちゃいましたー!」
午前中で授業の終わる日というのが、月に二回設けられてる。クラブ活動推奨が理由で、この制度のおかげか聖ウェズリーは各方面に全国レベルで秀でた方たちがいらしたりするんだけど。
今日がその日だったこと、朝シャワーから出てきたリッキーさんに指摘されるまですっかり忘れてました。
「すみません。下校してからここで……」
「弁当を家で食ったってつまんねーだろーが」
タオルでがしゃがしゃ濡れ髪拭きつつ大牙さん。ええそうです先輩方は朝も一緒にシャワー。登校前の忙しい時間、バスルームを一人で独占するのは効率悪いってわかってはいますが。
バスルームから笑い声が聞こえると、一体どんな風にたわむれてらっしゃるのかとドキドキしちゃいます。気になって幾度お弁当のおかずを取り落としたことか!
「じゃあピクニックしよ! わーいフリスビー持ってこ、フリスビー。かき氷売ってるといいなメロン味のがいいな、小銭確認よーし。午後の降水確率は? うわ、もう授業どころじゃないねーっ」
頬を紅潮させてぱたぱたするリッキーさん。一週間散歩に連れてってもらえなかったワンちゃんだってこんなに喜びません。
かくして放課後。バスに揺られて三十分、元ゴルフ場の広大な芝生を誇る公園に到着。
花見の名所としても有名で、桜をはじめケヤキや樫の濃緑色した涼しげな木陰があちこちに。なだらかな起伏を見渡せる一等地を確保して、お昼になりました。
仕事ってなんだろ、人生ってなんだろって難題を無言で残して両親がお遍路に旅立った後の、一人きりの味気ない食事は本当に味がしなかった。遠足が中止になり、不要になっておうちで食べるお弁当と同じ。
だけど今は違います。
尊敬と憧れと好きの入り混じった二人の先輩。お二人のために作るお弁当、一緒に食べるごはん。お二人とするお仕事、共有する涙や希望。
日光を我先に奪い合い重なり合う枝葉、だけどなかなか上へ行けないトロい莉子のとこにも日差しは届いてくる。
手のひらに、ほらちゃんと。
お腹いっぱいで眠くなっちゃったのか、大牙さんは鞄を枕にしてすかすか寝息を立て始めました。
……リッキーさんの膝枕じゃなくてよかった。公共の場ですから、ここ! 恋人同士がいちゃつくには健全すぎますから!
まぶたを閉じると驚くくらいあどけなくなる大牙さんの寝顔へ屈みこみ、リッキーさんはささやきます。
「おやすみ、大牙」
莉子の認識は甘かったようです。膝枕しなくてもいちゃつけるのですね……。
学ランをふわんとかけられて、大牙さんは片目をこじ開けます。そして右手をひょいと頭上へ……きゃあああっなでなでしてる、リッキーさんの頬をなでなでしてるー!
「さんきゅ」
莉子の認識は甘かったようです。右手一本でもいちゃつけるのですね……。
スキンシップを見せつけた手をぱたんと落として、大牙さんは再び夢の世界へ。学ランが規則正しく上下する。
くっ……リッキーさんと大牙さんの間のスペースに入り込んじゃえばよかった! あの位置関係なら誰をなでたのか、大牙さんには見えてなかったでしょうに。
日差しは届いても大牙さんの手は、トロい莉子まで届かないのですねー!
なでなでの恩寵にあずかったリッキーさんは、男の人にしとくにはもったいないほど長いまつげをぱちくりさせました。
「大牙、学ランかけたの莉……」
「いっいいんですリッキーさん、しーっ」
せっかく大牙さんが、まぶしいからって出不精な大牙さんがきっかけを作ってくださったピクニック。満喫して幸せそうなお昼寝時間を邪魔したりしたらきっと、なで損ねられるより後味悪い。
木陰を抜ける風は芝生の青い香りと土の匂いを運んでくる。遠くの梢で小鳥がさえずってる。
リッキーさんと莉子が二人で奏でるのは静けさという名の子守唄。
ごほうびはもちろん、骨格眺め放題ツアーです。
でも夜行性吸血鬼・大牙さんには強すぎるんじゃないかな、この日差し。アイマスク代わりにハンカチのせてあげましょう。
「……んあ」
あ、その前に起きちゃった。
おっきな手が太陽から目を避難させてる。もう少し早く気づけばよかったです。
「律ちゃんか……ひさびさに昔の夢、見てた」
夢デートなさってたんですか? 起きてる間だけじゃ会い足りないんですか先輩方ーっ!
場外ラウンド、夢の中のリッキーさんに負けました……。
::: 美食フェアリー -凶- 光は有限 闇は無限
あたしたちが人の目に映らなくなって、もうどれくらいになるかしら。さあね、考えるだけ無駄よそんなこと。時間なんてせせこましい枠にとらわれるなんてまっぴら。
だから時間なんておいときましょ、とにかく子供に追いかけ回されずに済むようになって嬉しいわ。そうかしら、退屈しのぎには良かったわよ。そうね、退屈はあたしたちの天敵ですもの。
みどりの精気がなきゃ飛べなくなる身としては、この公園はオアシスだけれど。ああ言いたいこと分かるわ、本当に退屈なのよね公園って。
人の目から姿が消えていいことのひとつは、盗み聞きできることね。だけど退屈なのばかり。恋人同士の会話はロマンスのエッセンスが鈍ってて。立ち枯れた木の精気と変わんないわ。そりゃそうよ、昼間の公園に来る恋人たちなんて瑞々しさがないもの。
どうしてかしら。付き合い始めにはハードルが高いからよ、話をするしかない場所で話し続けるのが。ああ、だからまず映画に誘おうとするのね、話さなくていい場が確保されてるもの。
時間にとらわれて、それを有限だって思い込んでるくせに。悠長な先延ばしで愛をはぐくむなんて、おかしな生物ね。馬鹿よねえ、最後にはどうせ話すってことしか残らないのに。
「おやすみ、大牙」
「さんきゅ」
おやおや、ねえこの人たち変わってるわ。あらほんと、ピクニックしに来た友達同士かと思ってたのに。この公園で精気の一番おいしい木をかぎつけただけあるわね、あの茶色いの。
夢を見てる。森の夢を見てる。黒いのと過ごした夜に、彼らは心を食べられちゃったのね。
知らないのかしら。みどりが精気を吐くのは昼だけで、夜は精気を食うんだって。知ってたらあんなに深い森で夜を明かしたりしないわよ。食われに行くようなものだわ。
西に人の気まで食らい尽くす樹の海があるって噂。
おいしいのかしら、そんなもの。そこは土が痩せてるから。ああ、精気が足りずに仕方なく人でまかなうってこと。見境ないのねえ。寿命があるって面倒よねえ。
退屈しのぎも面倒だけれど。
土になっちゃえば、苦痛を感じることもないのに。おかしな生き物。有限なものにしがみつきたいなんて。
どうせ最後には心しか残らないのに。
起こしちゃいましょうか。そうね、退屈はあたしたちの天敵ですもの。起こしちゃいましょ。いたずらはあたしたちの特権。さあ葉を揺らして。
目を覚ましたら逃げるのよ、あの茶色いの、あたしたちを見通しそうな瞳を持ってる。了解。了解。
「……いい天気だな」
あら、茶色いのと黒いのに気を取られてて気づかなかったわ。あの柔らかそうなの、みどりの精気と同じもの放ってる。おいしそうね。かじりたいわね。変わった人間。退屈じゃない人間。
また来てね。今はおなかがいっぱいなの。また来て味わわせてちょうだい。葉っぱに寝転びながら待ってるから。待ってるわ。
::: 注文の多い大牙様 -中吉- 光は見るのみにあらず触れられる恩寵と知るべし
「……んあ」
お弁当を平らげて、ごろんと横になってた大牙さん。なんか難しい顔してると思ったら一声うめき、お目覚めになりました。
「ひさびさに昔の夢、見てた」
悪夢でもご覧に?
「いい天気だな……」
まぶしかったのですね。
「枕低いと寝られねんだよ、俺」
注文が多いのですね。
そして枕代わりの鞄をひとしきりもぞもぞさせてから、拗ねたようにおっしゃった。
「膝」
ご、ご注文入りましたー!
はいっここは莉子が喜んでーっ! と叫んで大牙さんの鞄にスライディングタックルしちゃいたーい。
ですがよーく知ってるのです、大牙さんは適温の幅が狭いのです、ジャストリッキー体温しか受け付けないのです、外後頭隆起が体温計内蔵なんです。
一体いつどうしてそんなカラダになったのですか……。
真っ昼間の公園でいちゃつくおつもりですか……。
ところが生ける体温計さんの枕元にいたジャスト体温さん。いそいそ膝枕するかと思いきや、唇の前に人差し指を立て、もう片方の手で莉子へおいでおいでした。
素直に寄っていき、隣に並びます。大牙さんにとってはのけぞらないと視界に入らない位置。そもそも目をつぶってるから見えてらっしゃらないだろうけど。
リッキーさんの手が大牙さんの手首を持ち上げました。
「どっちにして欲しい?」
と問うて導かれた大牙さんの大きな手が莉子の頬に! 頬に! 頬にさすさすされましたー!
ひやっこいです、夏も近いのに大牙さんの手は相変わらずひやっこい。変温動物じゃなくて低体温動物だったのですね。
たくましい関節と尺骨頭が目前に。幸せー幸せー幸せー。今日は顔を洗えません!
名残惜しくも手はすぐに離れてしまい、次にリッキーさんの頬にさすさすされてます。そして迷わず近くにあった耳たぶを引っ張りました。
「ひ・ざ」
ひい、瞬速判定ですかー!
指先にも体温計が埋まってるんですかー!
幸せはどこですかー!
「それともこっち来て一緒に寝るか?」
「ううん、枕になる」
はあうっ、二人の世界ですかー!
莉子は葉っぱに寝転んで会話を盗み聞いてる妖精さんじゃないんですよ、生身の人間ですよ、見えるはずで……ふ、ふふ、わたしってば何をいまさら。
先輩方の世界から存在を抹消されるなぞ日常チャメシゴト、のけぞらなくたって目をつぶってなくなって、莉子の姿は映らないのですね……。
だから大牙さんってばリッキーさんのピアス状態のままなのですね……。
枕代わりの鞄の下に膝先を差し入れて、ご指名のリッキーさんが枕の高さを調節してます。しかも大牙さんの顔に影が落ちるようにと、愛たっぷりな位置取り。
「いかがでしょうか?」
「よし」
ああっ満足気です、注文の多い王様が。寝顔のまま微笑んでらっしゃいます。
結局、お二人の恋の温度確認をされただけのような気が……。
「さすがの律ちゃんも」
すでに半分無意識の中なのか、大牙さんの口調は途切れがち。
「エストロゲンの差ってやつか……」
くかーっ。
ジャストフィットの枕によほどご満悦らしい。気分のよさそうな寝息が爽やかに吹き抜ける風にさらわれていきます。
エストロゲンって何でしたっけ?
聞き返そうにも起こしちゃうのがはばかられて黙っていると。膝はかっちりジャスト大牙枕に固定したままリッキーさんがこっち向いた、莉子の姿が見えてるらしいです。
風をつかまえようとするみたいにすすっと伸びてきた手が、さっきとは逆の頬をさすさす。
とっておきの森林浴をなさってるみたいな満ち足りたお顔、なぜ?
「ほんとだ。女性ホルモンより睡眠より、愛が肌にいいのかも」
「えっ?」
大牙さんが指先で確かめたのは、体温じゃなくて。
::: 真昼の夜の夢 - 大吉 - 闇に在る者に幸あれ。その者は光の光たる所以を知る
暗闇でざわざわと鳴るのは葉ずれの音、それともこの世ならぬ者たちのささやき?
――ここは向こう側との境界線。岩に根を張れぬ木が倒れゆくように、生にしがみつけぬ者たちが斃れ土になる場所――
星の光さえ届かない深い深い森の底では、闇にこらす目からどろりとした意思が入ってきて、目をつぶっても澱のように心へ溜まって侵食してくる。拭い去る術など知らない。
音もなく増殖する澱が心のふちまで満ちたとき、人は土に吸い取られていく。
「……大牙」
入り込まれるのを恐れてつぶっていたまぶたが、優しい声に緩む。
「一人にしたりしないからね」
隣にぴったり寄せてくる親友の体温。墨汁に浸かったようだった視界に、うっすらと幼なじみの輪郭がかたどられていく。
どんな闇夜でも目を背け固く閉じてしまうよりは暗くない、そこに誰かいることを忘れない限りは。
気づいて瞳を澄ます。たとえどんな土牢に囚われようと、この親友の姿だけは見通せるように。
月のない夜なのに、親友の瞳はどこからか光を集めている。その光はどんどん増して……
「……んあ」
陽光が踊っていた。
ざわざわと鳴る葉ずれの音は、人を起こそうと優しいいたずらを仕掛けておきながら、目覚めた瞬間に逃げていく妖精の羽音と密やかな笑い声のようだ。
まぶしくて、手で天を遮った。
頭上で草を踏む気配がする。空いてる手を伸ばせば、一人にしないと約束してくれた体温が、あの夜からそれ以外は温度でなくなった温もりが触れた。見ずとも分かる。
「律ちゃんか……ひさびさに昔の夢、見てた」
「……そっか」
幼なじみは外見に似合わず強い。だが頻回にあの夜へ引き戻され、眠りを阻まれる繊細さも持ち合わせている。
だからお互いなしではいられない。
「うわあ、見ないで当てたー! 匂いですか? 目と運動神経だけじゃなくて、鼻もケモノ並みなんですかっ?」
「…………」
夢を肥やしに増殖を企んでいた昔の澱が、のんきな感嘆に気を挫かれて退いていく。
「まぶしそうだったから、顔にハンカチ乗せようとしてたんですけど」
「死人か俺はっ」
抗議してからサングラスを忘れたことに気づく。あの翌朝からずっと網膜を焼くようだった光は、澱の水位が下がるにつれ和らいでいく。
ボケメイドを雇ってからというもの、幼なじみのために砂糖を調達する必要性もぐんと減った。
サングラスしないで昼寝なんて、それこそひさびさだった。ひさびさついでに、長いこと忌々しいだけだった事象を賛辞に変えてみることにする。
「……いい天気だな」
イラストは[ぷっちはむ]とも様




