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愛で見つけてみせましょう!  作者: シトラチネ
ラウンド1 同棲 with 同性 ・・・差出人のないラブレター
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4. 勘違いしてないか?

 分別を忘れてみます。もう一歩、彼のお宅まで。

 うつむいて頬染めて、蚊の鳴くような細い声で。でもちゃんとウェイトレスさんは、そうやって踏み出すことを約束してくれました。

 良かった。

 でもお昼食べ損ねた。

 あのあとすぐに予鈴が。午後の授業はお腹がぐうぐう鳴らないように抑え込むので必死で、先生のお話どころではなく。

 ようやく六時限が終わっても、まだご飯はおあずけ。なぜなら。

「莉子、リッキー軍団から逃げやすいようにジャージに着替えて行ったら?」

「だめだめ、この子、足遅いもん。あたしの痴漢撃退ブザー貸してあげる」

「ブラウスの下に教科書入れて、ボディ・ブロー対策してくといいよ」

 やめてください、人を呼びますよ! としゃべる防犯グッズを渡されたり、靴へのキスの仕方を教授されたりしていたから。

 ファーストキスの相手が靴だなんてイヤです。

「靴は両手で包むようにして、うやうやしく捧げ持つのよー!」

「卑屈な態度で相手の自尊心をくすぐるのよー!」

「ろうそくって、垂らされても意外と熱くないから。耐えるのよー!」

 励ましてくれてるらしいのは分かる。だけど励まされるほど不安になるのは、気のせいでしょうか。

 餞別にと白旗代わりの白いハンカチを持たされ、とぼとぼと体育館裏に向かった。




 軍団、と名乗るからには、数人はいるんだろうと思った。

 だけど体育館裏には女生徒がずらり二十人近くが待ち構えていて、その名の通り軍隊みたいに統制の取れた動きで取り囲まれてしまった。

 ……すごく慣れてる。囲み慣れてる! 制裁し慣れてる!

 冷や汗が、つらーっと背筋を落ちていく。目の前がぼやけていくのは気が遠くなってるのか、涙がにじんできたのか……多分両方の相乗効果。

「団長、来ました。これが高居莉子です」

 誰かが高らかに声で戦闘開始を告げてる。

「そうか」

 ざっ! と、浴びただけで呪われそうだった視線が、一斉にその声の主へ転じた。視線の束を追うと、そこにいたのは――バスケ少年。

 軍団の人垣の向こう、皆さんより頭一つ分高い位置から見下ろしてくる、鷹みたいに鋭い瞳。短髪にりりしい眉、つんと上向けた鼻、引き締まった唇。バスケットボールを肩に抱えてる。

 リッキーさんのファンクラブというからには、団員は女の子ばかりだと思ってた。団長さんがバスケ少年、つまりすなわち、男子生徒だとは!

 ううんでもありうる、だってリッキーさんは大牙さんと、その、いい関係なんだから。類は友の気配を感じるのでしょう。わたしには言われるまで嗅ぎ取れなかった、お、男の人同士の気配を。

 その人はさすがスポーツ少年、シャキシャキと切れ味よく歩み寄ってきた。モーセが海を分かつがごとく、団員たちが道を空ける。

 なんだか見とれてしまう。オーラ出てる、さすが団長と呼ばれるだけはありま……す、が、ええと。どうしてセーラー服をお召しなんでしょう?

 セーラー服のバスケ少年の団長さんは、シャキーンと抜刀するときの効果音が聞こえてきそうな眼光で見下ろしてきた。

「一人で来やがったわね。度胸だけはほめてやるですわよ」

「……ありがとうございます……?」

 微妙な判定ながら、どちらかと言えば女性言葉を話しているような気が。それに声は、女性と間違えたリッキーさんよりずっと普通に女性っぽい高さ。身長はわたしから見た顎の位置からすると、大牙さんと同じくらい。ということは推定百七十八。

 聖ウェズリーは服装の自由が大幅に認められているとはいえ、男子生徒が女子生徒の制服を着ることまでは許されていない。

 どうやら、こちらは正真正銘の女の子みたい。

 リッキーさんは美少女でサイケ・メタリック。リッキー軍団高等部団長さんはスポーツ少年。大牙さんはバナナ猿。

 聖ウェズリー学院は魔窟だったようです。

「高居莉子。おまえは昨日、無遠慮にもリッキー様の部屋に押しかけた。さらに今日の昼には生意気なことに、教室まで呼びつけやがりましたわね?」

 ブリザードを背負った団長さんに詰問される。膝がけたけた軽快に笑いだした。

「押しかけたりも、呼びつけてもいません。ちょっとした用事がありましただけです」

 つられたうえに怖さも手伝い、語尾がおかしくなる。

「何の用だわよ」

 バイト発覚に始まって、大牙さんとの同棲を目撃して、ラブレターの差出人探しを頼まれて、愛で見つけて。とても話しきれないし、話していいとも思えない。

 話したくないような、アヤしい部分もあったし。それはもちろん、大牙さんとごにょごにょ……うう。

「ゲロしちまいな、ですわよ?」

 言葉に詰まっているのを団長さんに勘違いされたらしい。団長さんはバスケットボールを放って空けた手で、ポケットから何かを取り出した。野球ボール程度の、鮮やかなオレンジ色の球体。何だろう。

 ざざっと気配がして見回すと、取り囲んでいる団員たちも手に手にボールを持っていた。ピンクあり黄緑あり、毒々しい色のオンパレード。

 このふつふつと肌があわ立つような感覚はもしかして、殺気受信中?

「カラーボールとかマーキングボールっていう犯人追跡グッズだわよ。これが当たるとな、蛍光染料が飛び散るわけ。ですわ。洗濯しても落ちねえのことよ」

「ええっ! 制服がだめになっちゃいます! のよ!」

 親しみを感じてもらえるんじゃ、と、とっさに語尾を合わせてみる。だけど効果はなくて、団長さんの目は妖しいオーロラみたいに輝き始めた。

「そしたらマッパで通学すりゃいいじゃん、でございますの」

 団長さんと一対一だとしてもバスケ少年だもん、難なく当てられてしまうに違いないのに、こんな大人数から集中砲火を浴びたら、頭から爪先まで蛍光色になっちゃう。

 できればそんな物騒なボールでなく、会話のキャッチボールをさせていただきたいのですが、もはや剣呑な雰囲気はそれを許すとは思えず。

 どうしよう、とそればかり繰り返しても答えは出ないと分かっているのに、どうしようとしか考えられない。

 団長さんが肘を引き、ピッチングの構えを見せた。このままじゃ正面からストライクしちゃう。だけど足なんか震え続けてるだけで、全然動いてくれない。

 振りかぶってさあ、投球。




 ばしゃん!

 思わず目をつぶった瞬間、派手な水音がした。

 ああ、制服がだめになっちゃった。どうやって帰ろう。とても高いのに、お母さんになんて言おう。

 涙がにじんでくる。

 こんなことで、人生を見つめ直しに霊場めぐりしてる二人へ電話したくないよ。制服がだめになったなんて、何があったか聞かれちゃうに決まってる。きっとすごく心配させる。

「……ったく、女ってのは面倒ったらありゃしないな」

 不意に苦々しい声が聞こえた。

「え?」

 そおっと目を開けると、きりりとした猫の顎。百人の中からでも見分ける自信のある、大牙さんの下顎骨。

「大牙さん!」

「んあ」

 面倒極まりなさそうな返事をして、大牙さんはもっさりと身体の向きを変える。

「おまえ、バスケ部エースのキヨイだな」

 学ランの背中は蛍光オレンジに染まっていた。慌てて自分を確認すると、わたしの制服に塗料はひとしずくも付いておらず。

 かばってくれた? だけど、どうしてここに?

「……キヨイじゃねえ、清井しずいですわ、衛藤大牙。どこから沸きやがったんですの?」

「あそこで聞いてた」

 長い指が差したのは、体育館。キャットウォークの窓が開いてる。

 まさか飛び降りて来たのでしょうか。あそこは二階くらいの高さがあるはずなのですが。

「昼、おまえの教室行ったら、不穏な格好で走ってきたからな。こんなこったろうと思ってな」

 だらんとのけぞるようにして顔をこっち向けて、大牙さんが説明してくれた。あの時ガードしてダッキングで駆け抜けたわたしを、見とがめていたんだ。それだけでこの事態を察して、助けに来てくれたんだ。

 胸がじんじんと震えだす。

 大牙さあん! と思わず抱きつきそうになったけど、その背中は蛍光オレンジでびしょびしょ。申し訳ないけど、抱きつきたいけど、ぜひ抱きつきたくない。

 仕方なく、無事な学ランの裾あたりを慎重に選んでつかんでみる。

 大牙さんの背中から覗くと、団長さんは雪女と化していた。びょうびょうと吹雪が吹き荒れている。ひい、お助けを。

「なんで? 衛藤は軍団の制裁を知ってて、今までずっと黙って知らん顔してたクセに……なんで高居莉子だけかばうんだよ? なのです?」

「……わたしだけ?」

 ぴかあああっ、と嵐の空に一条の光が差し込んだ。これは希望の光明? 大牙さんはわたしを特別扱いしようとしてくれてるの?

 どきどきの原因はそれまでの恐怖から嬉しさに取って代わり、胸が苦しくなってぎゅっと目をつぶる。だめよ莉子、ここで眠ったら死んじゃう!

 大牙さんの、ゆっくりと重々しい声が聞こえた。

「教えてやる。律ちゃんはな……こいつに生き別れた姉貴を見出してるんだ」

 えーっ! リッキーさんには生き別れたお姉さんがいるんですかー!

 叫ぼうとした矢先、ガッと、何度目でしょうか子猫づかみ。

「他のやつらならいざ知らず、おまえらなら分かってやれるんじゃねえのか? こいつが学院からいなくなったら、律ちゃんが悲しむ」

 子猫づかみイコール黙れ、あるいは黙って言うとおりにしろ。さすがに分かりはじめたこの公式に、ぐぐっと言葉を飲み込む。

 そもそも大牙さんの手が冷たすぎて、脊椎はぜんぶ、ぱきんと音を立てて氷になってしまったみたい。声なんて出したくっても喉で凍りついちゃう。

「分かったら、とっとと帰るんだな」




「……仕方ねえですわね、そういうわけなら。みんな、今日のところは解散するですわ」

 しいんと静まり返っていた団員さんたちは、団長さんの力強い号令に飛び上がった。

「そうね……リッキー様を悲しませたくはありませんわ」

「悔しいけれど、見逃してあげましょう」

 それぞれに渋々の賛同を呟いたあと、しんみりと散っていく。

「高居莉子。おまえとはまた話をさせてもらうのよ」

「はっ、はいっ」

 ギリッと実に迫力あるにらみをきかせてから、団長さんも大股に去って行った。首根っこから大牙さんの手も離れ、緊迫感に凝り固まっていた空気がやっと動きだす。

 生き延びた……ブリザードから生還した……!

「うー、寒い。くそ、こんなことなら盾になるんじゃなくて、おまえを蹴り飛ばすんだったぜ。不覚だ」

 生きてる証拠にと空を見上げて堪能していたら、青空に似合わない不機嫌な文句が聞こえてきた。大牙さんは学ランの上着を脱ぎ捨てて、寒そうに腕をさすっている。

「それ捨てとけよ。じゃあな」

「あ……あれっ?」

 わたしの手には、大牙さんの抜け殻だけが残されてた。軍団でひしめいてた体育館裏は、今やわたし一人になってて。

 助けに来てくれておいて、最後は放置ですか?

「まっ、待ってください! あの、ありがとうございました」

 ざくざく歩き去る大牙さんの歩調はゆるまず、ただ背中向きのままひらっと手を振られただけ。

「待ってくださいってばー」

 捨てろと言われても捨てられるわけがない、何しろこれは大牙さんの学ラン。こっそり宝物にもらっちゃお。こんな時でも悪企みってできるんだ。意外と図太いのかもしれない自分に感心しながら、大牙さんに走って追いつく。

「あのーう……、さっきの話、本当なんですか? リッキーさんのお姉さんが、その、わたしに似てるって……」

「馬鹿、そんなわけあるか」

「なーんだ、嘘だったんだんですかー? びっくりしちゃったじゃないですか」

 だけどリッキー軍団がだまされてくれてよかった。今になって思えば生き別れたお姉さんだなんて、なんかものすごくベタな嘘。

 あの場面でわたしが素っ頓狂な声を出したら嘘っぽさを上塗りしそうだから、大牙さんは子猫づかみして黙らせたのでしょう。

「でも助けてくださって、すごく嬉しかったです。大牙さんにはわたし、その、あんまり良く思われてないって感じてたから」

 なのに戦隊ヒーローみたいな離れ業で登場して、かばってくれるなんて。これはもう、これはもう、お友達決定ですよね? ね?

「……おまえ勘違いしてないか?」

 ようやく振り返ってくれた大牙さんは本当に苦虫がつぶれてないか、あーんさせて奥歯のあいだを確認したくなるくらい、苦々しさの極致な顔をしてた。

「おまえがいなくなったら律ちゃんががっかりするからだ、って言ったろ?」




 蛍光オレンジ塗料にまみれた学ランを手にしたまま、どれほどのあいだ、そこに突っ立っていたんだろう。

 寒い寒いと言いながら、長いコンパスを活かして離れていってしまった大牙さんの姿は、もうとっくに見えない。

「……大牙さんがかばってくれたのって」

 わたしじゃなくて、リッキーさん、の、ため?

 ということはまだ、お友達以下? あっ、そういえば盾になるんじゃなくて、蹴り倒せば良かったなんて言われたんだった。突き飛ばす、ならまだしも、蹴り。普通、お友達に蹴りは入れませんよね?

「ショック……」

 大ショック。うわーん。

 そりゃ、リッキーさんと大牙さんがらぶらぶなのはわかってるけど。助けにきてくれたんだって感動して、ちょっと期待した直後なだけに、落差は激しすぎる。ナイアガラもびっくり。

 ただでさえ何度も何度も敗北感に打ちひしがれてるところに、ご丁寧にトドメをさしていかなくてもいいです……。

 へにゃりとしゃがみ込むと、グラウンドを抜ける風は、とてもとても寒かった。

 大牙さん争奪杯、対リッキーさん第一ラウンドは、挑戦者・莉子の超絶形勢不利で幕を閉じました。まるっきり相手にされませんでした。参加賞、蛍光塗料まみれのユニフォーム払い下げ。

 お父さんお母さん、元気で霊場めぐり続けてください。莉子もめげずにがんばります。

 がんばって、男の人から、男の人を振り向かせたいと思います……。ファイト、莉子。


挿絵(By みてみん)

挿絵は[ぷっちはむ]とも様

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