表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛で見つけてみせましょう!  作者: シトラチネ
ラウンド9 艶笑 stops 延焼 ・・・埋もれた幼き頃の夢
37/56

2. ミスター・ボディダウジング

「今すぐ科学準備室まで来いとさ」

「ふふっ……ひわ先生だね」

 質屋から聖ウェズリーへ。先輩方は舵を取り直し、小雨の中を急ぎ足で向かいます。

 ひわ先生は物理や化学、三年生の理系の授業を担当してる女性教師。名字は河原だけど、下のお名前であるひわ先生で通っちゃってる。

 七色アフロや女王様ニーハイブーツもいる聖ウェズリー生の強烈個性に比べれば、教師陣はずばり地味。その中にあって異彩を放つのが、今学期から就任したばかりのひわ先生なのです。

 しなやかに伸びた背筋に支えられるは、グラビアモデルも裸足で逃げ出すグラマラスなボディライン。きらきら輝くオレンジブラウンのロングヘア。パーツの鮮やかなお顔はまるでマリリン・モンロー、唇のそばのほくろまで同じです。

 面積のせまーい服をお召しになり、その上へ白衣をはおってる。まるでその、素肌に白衣を着てらっしゃるよう。すそからすらりと伸びる足先はいつもヌーディーな靴を履いていて、嘘かまことか噂によれば今まで一度たりとも同じ靴だったことはないそう。

 リッキーさんがコンコンコンコンって科学準備室のドアを優しくノック。手指の骨とドアが奏でる美しき音色です。

「うふふ、待ち遠しかったわ。いらっしゃい、神宮寺くん、衛藤くん……」

 男子生徒の半数が熱を上げていると言われるのも納得の、セクシーダイナマイトが出迎えてくれました。

 バラ園や蘭の温室は芳醇な香りに空気が濃密な感じがする。ひわ先生も同じ系統のオーラをまとってらっしゃいます。周囲が華麗なピンクに染まったようで目が、目が回りそう。

「あら。そちらの、たんぽぽみたいな可愛い子は?」

 ひわ先生の担当は三年生だから当然、莉子をご存知でない。た、たんぽぽみたいだなんて、ひわ先生ってば可愛い表現をして下さいます。

 たっぷりまつげを冠した艶やかな瞳が、大女優が舞台から観客を眺め渡すようなムードでご降臨になりました。わああ、なんか視線に質感があります、シルクで肌をさわさわされてる感じがしますー!

「確かに頭の中身は綿毛みたいに軽いがな……」

 失礼な、プチトマトですよー大牙さん。

 リッキーさんが礼儀作法にのっとった順序で、ひわ先生とわたしを引き合わせて下さった。

「お紅茶を淹れるわね」

 ご挨拶が済むと、ひわ先生は実験テーブルを囲む椅子を勧めてくれた。次いで取り出したるは、ガスバーナーにフラスコ。シリンダーで精製水をはかってフラスコに移し、加熱し始めました。

「まさかそれで茶を淹れる気じゃないだろうな……」

「ビーカーよりフラスコがいいのよ。口が狭くなってるぶん、蒸らしができるんですもの」

「いや問題はフラスコかビーカーかじゃなくてだな」

「うふふ……青い炎って綺麗ね……」

 陶然としてバーナーの炎を見つめるひわ先生に、大牙さんはそれ以上の追及を諦めたようです。ビーカーに注がれた紅茶は、石綿つき金網をコースターにして供されました。

「アスベスト禍対策で、石綿つき金網はセラミックに取って代わられちゃったの。製造中止と廃棄の憂き目にあって今となっては貴重品ね、可哀相な子……あら大丈夫よ、それは繊維が飛散しないように固定してあるわ」

 ひわ先生が異彩を放っているのは、その容貌だけが理由じゃないような気がしてきました。おそるおそるビーカーに鼻を近づけてみる。見た目は激しく理科実験ですが、ふんふんと上品な香りが。

「あの、お砂糖頂けますか?」

「まっ、うっかりしてごめんなさいね。ショ糖をお出しするのを忘れていたわ。C12H22O11……うふふ、スクロースの構造式って二つの多角形が手を繋いでるみたいで可愛いのよ」

 氷砂糖とガラス棒が登場。わーい、実験してるみたいで楽しくなってきました。

「素敵なものをご覧に入れるわ、高居さん。電気を消すわよ」

 ガラス棒をくるくるして砂糖を溶かすのに熱中してたら、ひわ先生は花がこぼれそうな笑顔です。その手には氷砂糖と――ペンチ?

 アゲハ蝶が舞うような優雅さで、ひわ先生はブラインドと暗幕をきっちり閉め、電気を消してしまいました。こつこつと鳴るヒールが戻ってきます。

「見ててちょうだい」

 わあ、なんですか今の! ぱちん、という音と共になにか小さく光りましたよ?

「摩擦ルミネセンス。氷砂糖を割ると、光が一瞬きらめくの。はかなき美だわ……うふふふふ」

「先生、理科ってすばらしいですー!」

「ああ、あなたもそれに目覚めてくれたのね」

 バツンと音がして周囲が明るくなった。ひわ先生と手を取り合ったまま見回せば、電灯スイッチの横で大牙さんが強アルカリ性水でも含んじゃったみたいな苦々しいお顔をしてた。

「いいから、とっとと探し物の話をしろ!」




「タイムカプセルを探して欲しいの」

 ビーカー片手に、ひわ先生が語ったところによると。

 先日、聖ウェズリー初等部二十七回卒業生の同窓会が催された。ウェズリー会館での和やかな昼食を終えたのち、二十年前の卒業式で埋められたタイムカプセルを掘り返すという趣向だったのだそう。

 ところが、いくら掘ってもタイムカプセルが見当たらない。

 数年前の工事の際に業者が一旦掘り起こし、工事が完成して埋め戻す際に位置を誤ってしまったのではないか――というのが卒業生たちの推測。

 当てずっぽうに掘って敷地を荒らすのもはばかられ、泣く泣くタイムカプセル捜索は打ち切られたのだそうだ。

「ダウジングしてみなかったのか? 得意だろ」

 からかうように大牙さんが得意とおっしゃったのは、ひわ先生がミステリー研究会顧問だから。ひわ先生がミス研顧問になってからというもの、部員数が十倍に跳ね上がったとか。

「それより神宮寺くんのミステリーを拝見したいわ。できれば冷えたステンレス台に生まれたままの姿で載せて、隅々まで電極を繋いだりして……ぞくぞくしちゃう。あら冗談よ、たぶんね」

 瞳がらんらんと楽しげに輝いてますが、先生。

「ふふっ、お手柔らかに」

 拒否しないんですか、リッキーさん。

 ひわ先生のつやつや光る肉感的な唇が謎めいた微笑を浮かべてる。見とれているあいだに科学準備室が極秘研究所か魔女の隠れ家に変わっていそう。

「おおよそのことは茶々ちゃんから聞いているわ。生命エネルギーの個体識別ができるそうね。それを分析することで目的物に到達するならば、それはボディ・ダウジング――デバイスレス・ダウジングとも呼んでいいわね」

 ものすごく違和感のある単語が通り過ぎました。茶々……ちゃん? あの茶々さんを、聖ウェズリー常務理事の茶々さんをちゃんづけする猛者が存在していたとは!

 驚愕にあわあわしていたら、リッキーさんが説明してくれた。

「莉子ちゃん。ひわ先生はね、茶々さんの麻雀仲間なの。教員の職を賭けた局で茶々さんが負けて、ひわ先生は聖ウェズリーにいらしたの」

 えーっ、大牙さんにクソつえーと言わしめた茶々さんに勝つほどの腕前なんですか! いえいえそれ以前に、理事さんが教職を賭けたりしていいんですか! しかもそれが実現しちゃう聖ウェズリーって……やっぱり茶々さんの牧場。

「そうなのよ。賭けたっていっても、お酒の席のたわむれなのにね……けれどその結果としてあなたたちに会えたなら、縁もまたミステリーだわ。ねえ、ミッチェル」

 ねえミッチェルと言いながら、ひわ先生が愛しそうになでたのは――水晶ドクロ。水晶の頭蓋骨です、頭蓋骨ー!

「高居さん、ミッチーに興味があるのね。うふふ、先生ね、オーパーツを集めるのが趣味なの。ミッチーをこの手にするまでには苦労したわ」

「男にねだったんじゃないのか」

 早く依頼の話をしろ。そんな不機嫌オーラを放出させながら頬杖ついた大牙さんが呟くと、ひわ先生の白衣の肩がちょんとすくめられた。

「男には進んで貢がせるものよ、ねだるなんて女を下げるだけだわ。プレゼントの中身が分かってたら面白くないじゃないの」

「…………」

 大牙さんが反論しない。先生、強し! 茶々さんをちゃん呼びするだけのことはあります。黙ってしまった大牙さんを眺めて、ひわ先生の白磁の頬にえくぼが生まれた。

「だけどね、お金は大好きよ。うふふふ」

 それからおもむろに、莉子の方へと水晶ドクロを押し滑らせて。

「ね、高居さん。ミッチーって笑うのよ。顎が外せるの」

「えーっ、下顎骨が? せっ先生、ミッチーって芸術品ですー!」

「ああ、あなたとは話が合いそうだわ……」

 ドゴン。衝撃と共に実験台が揺れた。震源地、大牙さんの拳がふるふるしてる。

「だから、探し物の話をしろ!」




「つまり、タイムカプセルを探し当てればいいんですね」

 精神安定作用もあるカルシウムが切れちゃったのでしょうか。ご機嫌ななめな大牙さんの背中を、リッキーさんのすんなりした手がよしよししてる。

「本日中に見つけることができたら――ぶしつけに申し訳ありません、報酬を明日までに頂けるでしょうか。少々、火急の事情がありまして」

「もちろん、すぐにお渡しするわよ。おいくらかしら」

 リッキーさんの申し出たお値段は通常通りの妥当なものだった。けれどその細首に、ガッと大牙さんの腕が巻きつき。

「それじゃ足りない」

 さ、ささやいてるーささやきかけてるー! 耳元に吐息だけみたいな小声で。

「もっとだ……」

「でも」

 お二人はしばしひそひそ話をなさってたけど、いつものパターンで結局は大牙さんが折れたみたい。

「仕方ない、足りない分はどっかのボケを茶々に貸し出して埋め合わせるか……」

 どっかのボケってどなただろう。あ、リッキーさんと目が合った……えええ、莉子ですかっ?

「んー、莉子ちゃんが異世界に連れてかれたまま帰ってこなさそうな気がするんだけど」

「だ……大丈夫です、やります!」

 第九ラウンド、経済面でお役に立って大牙さんに認めてもらうんです。それに先輩方の同棲が解消されてしまったら、莉子のメイド先もなくなっちゃうじゃないですか。

「あなたたちなら、その気になれば何とでもなるじゃないの。先生も協力するわよ」

 科学準備室を艶笑で満たしてしまおうかと企むような、ひわ先生の含み笑い。脳裏をホストクラブという文字がくるくる飛び交った。

「その気にならねーから、こうして働いてんだろ……。タイムカプセルが出てきたら、あんたにマージンでも入るのか? 金大好きな高校教師殿」

「入らないわよ。自腹」

 歌うようにほがらかに、ひわ先生は断言。オレンジブラウンの髪をかきあげた。

「この件はたまたま小耳に挟んだだけなの。だけど放っておける? 幼い頃に見た夢は初恋の人と一緒よ。決して忘れられずに甘く苦く残る、くすぐったくて温かな思い出。うかつなミスで冷たい土の下に放置されるべきものじゃないわ」

 さらりとおっしゃったけど。胸にじんわりしみてくる感覚には覚えがあった。リッキーさんが愛を説かれる時の、素直に頭蓋骨を垂れたくなる神々しさ。

「同感です、先生。卒業生の、埋もれた幼き頃の夢――」

 ぴしりと頚椎を伸ばし、ブレザーのネクタイをきゅっと引き締めて。地上の天使が空に向けて飛び立とうと、純白な翼を広げるのが見えるようでした。

「この僕が、愛で見つけてみせましょう!」

「ああ、ミステリアスで素敵よ神宮寺くん……」

 ひわ先生にリッキーさん……限りなくアヤしいです。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ