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愛で見つけてみせましょう!  作者: シトラチネ
ラウンド9 艶笑 stops 延焼 ・・・埋もれた幼き頃の夢
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1. 幸運は浮気性

 お父さんお母さん、元気で霊場めぐりしてますか。莉子は元気でがんばってますので、心配しないで下さい。

 実は新しいバイトを始めました。聖ウェズリーの先輩方のお宅でメイドです。お料理、特にバナナを使ったデザートと卵焼きがうまくなったと思うので、霊場コンプリートの暁には腕をふるいますね。

 先輩方というのは一学年上、三年生。一人は愛で見つけるサイケメタリック名探偵で、一人はムッシュ美骨格。同性同棲しててラブラブで、お風呂も一緒に入っちゃっ……。

「ううっ……一緒に入っちゃうんです……」

 登校前。朝食とお弁当作りに出勤したリッキーさん大牙さんのマンション、バスルーム。鏡の前にて髪型最終チェックをしながら、両親へのメールを脳内下書きしていたわけですが。途中で気力が塩盛りなめくじのようにしおしお。

 吹き抜けのロビーに噴水、エレベーターはガラス張り、地下にはサウナにジャグジーにトレーニングジム。とってもゴージャスなこのマンション、もちろんバスルームも豪華。

 大理石を張った洗面台にボウルは二つ、シャワールームとガーデンタブはガラス扉で仕切られていてサラウンドスピーカーとテレビが標準装備。お二人で使ったってスペース的には全く問題ないのですが。タブにお湯を張るなら同時に入った方が光熱費節約ではありますが。

 それをリビングでちんまり待ってる莉子の身にもなって下さいー。

 しかも、シャンプー切れてんぞボケメイドー! って叫んで、お風呂の中まで持って行かせないで下さいー。

 あ、ぱんつ忘れたって大牙さんがタオル一丁で出てきたこともありましたっけ……。お父さんのタオル姿だって見たことなんかないのにっ!

「報告するのは、もうちょっと後にしよ……」

 やましいことをしてるわけじゃないけれど。伝えるには、一部とってもボカシが必要そう。

「莉子ちゃん」

 ドアからブレザーをまとった天使が覗いた。美少女とみまごう美貌の先輩、そしてわたしをメイドバイトに引き込んだ張本人・リッキーさん。

「そろそろ登校しないと、大牙また寝そう」

 台詞としては困ってるのに、澄んだ瞳は愛しくてしょうがない恋人を見守るように優しげ。愛しい対象は莉子でなくブラボーな猫顎・大牙さんです、もちろん。

 もちろんって副詞がすんなり出てくるあたり、莉子もなじんじゃってる……ボカシが必要な部分に。

「はい、すぐ行きますっ」

 バスルームのガラス窓は上部を軸に外側へ開く押し出し窓。開閉用レバーをきゅるきゅる鳴らして回して戸締りしてたら。

「あれ、茶々さんの車がない」

 窓の下はマンション付属の立体駐車場。斜め下の、タオル投げたら届きそうな場所には見慣れた外車がなかった。マンション大家そして聖ウェズリー常務理事でもある茶々さんの愛車、濃緑のジャガーが。徒歩で出勤なさってるはずなのに。

「休暇かな?」




「大牙、もっとこっち来て。こんなに濡れてる……」

「律ちゃんも出そうだろ……」

 てん、と小首傾げて辛そうなお顔。

 リッキーさんはロイヤルブルーの傘をさしてます――大牙さんと相合傘で。梅雨も間近、本日は雨。先輩方は傘を押しやりあってる。じゃれてる。イチャついてるー!

「この傘、ウチにある最後の一本なんだよ。大牙ってば、すぐ学校に忘れてきちゃうんだもん」

「忘れてるんじゃない。置き傘だ」

 憂うつなはずの雨さえも、お二人にとっては愛を温めてくれるアイテムなんですね。美しい情景ですが、莉子の内心はどしゃ降りです。

「そうそう、茶々さんは今朝から一泊二日で出張中。教育フォーラムに出席するんだって」

「留守か、助かったぜ……」

「ねー。ご帰還まで執行猶予延長」

 何のお話だろ。それが聞こえてたようなタイミングで、雇用主さまが振り返りました。

「実はね、莉子ちゃん。我が家の台所は目下、火の車なの」

「えーっ!」

 傘を放り出す。鞄から慌てて携帯を引っ張り出して。

「……どこに電話してんだ」

「消防署ですっ! あ、もしもし消防車一台、貸してもらえませんか? リッキーさんちのキッチンが……あががが」

 なぜはがいじめするんですか、大牙さーん! リッキーさんには苦笑で携帯を取り上げられちゃうし。

「当方の誤解です、失礼致しました。……莉子ちゃん、消防車は借りるものじゃないんだよ」

「律ちゃん、教えるのはそこか? そこなのか?」

 ふわわ、はがいじめ大牙さんの手首、尺骨頭が目と鼻の先にー!

「おまえ、その国語力でよく高等部合格したな。火の車ってのは家計がヤバいってことだろ」

 右斜め上には下顎骨が、こっこここここんなに接近したの初めてです!

「つまりだな。家賃が足りなくて、茶々が取り立てに来るはずなんだが」

 背中に感じるのは、大牙さんの骨密度の高い肋骨が奏でる力強い反発力……ふにゃあ。

「留守だから免れ……おい自分で立て! なに脱力してんだっ」




 高級住宅地に建つゴージャスなマンションの家賃。高校生二人が捻出するにはあまりに高額なのは予想できます。だけどリッキーさんのお父さんはそこにしか住むことを許さず、家賃を三回催促されたら問答無用で家に戻るべしと厳命なさったんだそう。

「えーっ、そんなきつい条件があったなんて。それで、今までに何度催促されたんですか?」

「四回」

 悪びれもせず胸張って即答できる大牙さんの開き直りっぷりは、いっそ気持ちいいです。

「遅れても一応払ってるからな、茶々は見逃して家には報告しないでくれてんだよ。借りはカウントしやがるが」

「だから大牙さん、真夜中に麻雀に呼び出されても渋々出かけて行ったりするんですか?」

 ああっ、不機嫌な箸先にしょうが焼きを一枚、持って行かれてしまいました。

 時はお昼休み、渡り廊下のベンチ。ガラス窓には朝から降り続く雨が無数に張り付いてる。

 リッキーさんは最初、お二人のあいだにわたしを座らせてくれようとしたんだけど。周囲のベンチから身を切られるような視線を感じ、丁重にお断りして大牙さん側のはじっこに座らせて頂いた。

 先輩方とお知り合いになってからというもの、学内では常にスリルがつきまとう。だいぶスリル耐性ができてはいますが、争いごとは避けたいです。

「茶々に借りは増やひたくはい。あひたまれに家賃を揃えて振り込まなひと」

 お口に食べ物が入ったまましゃべるな、ってしつけられませんでしたか大牙さん。

 お上品でない箸先は、次にプチトマトを刺しました。そして何を思ったか、鼻先に掲げてじーっと眺めて。

「…… おまえの頭はプチトマトだ」

「そっ、その心は?」

「小さくて中がとろけてる」

 なんと!

「なるほどーうまいですねっ、座布団一枚です!」

「律ちゃん……聖ウェズリーが進学校ってのは、俺の勘違いだったんだな」

「遠い目しないの」

 めっ、て半分おねだりモードのリッキーさんが上目遣いで戒めると、二つ向こうのベンチにいた女生徒が床に倒れました。あ、リッキー軍団の団員さんだ。迷わず成仏……。

「茶々さんの戻りは明日かー。今のところ探し物依頼来てないし。僕、夜の工事現場で日雇いしてもらおうかな」

 タオルではちまきしてヘルメット。鳶さんみたいな作業ズボンに地下足袋のリッキーさん……。

「いやーだめです! リッキーさんは清潔なシーツに包まれて小鳥のように眠って下さらないとっ」

「律ちゃんは休んどけ。俺がやる」

 タオルではちまきしてヘルメット。鳶さんみたいな作業ズボンに地下足袋の大牙さん……。

「いやー見てみたいー! 莉子、夜食おべんと作って差し入れに行きますからぜひっ」

「その待遇の違いは何だコラ」

 骨格の差?

「金を手っ取り早く工面する方法かー」

 思案顔でミネラルウォーターのボトルをあおる大牙さん……顎から喉にかけての美しいラインがあらわに! 本日は下顎骨が大接近したり大開放だったり。半年に一度のラッキーデー、向かうところ暗黒のかけらもないに違いありません!

「バナナ十人前完食したら代金免除って店でもないもんかな」

「ナイスアイディアですねっ。バナナ十人前ってきっと大牙さんの半人前ですよ、余裕です。大牙さん、今日は冴えてますねっ」

「ふふ。それ、タダになるだけで儲かってないって気付いてる?」

「……あ」

 頭がプチトマトなのは大牙さんもおそろいかも……。きゃっ。




 放課後、帰宅した大牙さんの部屋からゴトゴトと騒がしい音が。小麦粉ふるってた手を止めて覗きに行ってみれば、リッキーさんとお二人でウォークインクローゼットをあさってます。奥地に三十センチ立方くらいの桐箱がいくつも積み重ねられてて、それを発掘なさってるもよう。

「手っ取り早く金を調達する方法を思いついた」

 雨天の湿気により通常三割増で茶髪ヒヨヒヨの大牙さん。得意そうに箱の一つを手渡してきました。

「こいつでガッポリ」

 箱にかかった紫の房紐を解き開けてみれば――壷ー!

 やっぱりそうだったんですかリッキー教、霊感商法グッズ! あるんじゃないかあるんじゃないかと疑ってはいましたが。この壷を信者さんに売って当座の資金源になさるおつもりなんですね。

 律音さん捜索に参戦させて頂いた莉子。とうとうリッキー教幹部として、闇の実体を打ち明けてもらってる。リッキーさん大牙さんの裏の顔を。公序良俗に反する資金源を。

 あぁでも莉子はすでに教祖側の人間。メイドのお給料は壷売り上げでまかなわれていたんだろうし、今や経済問題で解散寸前な教団の危機。良心の呵責を感じてる場合ではありません!

「わ、分かりましたっ。印鑑くらいなら莉子も買いますっ」

「誰が売るって言った? 質に入れんだよ」

 しち?

「これはまあ……ある女に託されたモンだ。管理は任せる、換金したら折半だって無理矢理に置いてかれた。売る気はねえから死蔵してたんだが」

 なーんだ、売らないんですね。なーんだ、霊感商法はしてなかったんですね。なーんだなーんだ。

「その拍子抜けした顔はなんだ」

「い、いえっ」

 いけない莉子。スリル耐性ができただけでなくて、スリルを求めるカラダになりつつあるのでしょうか。お二人の暗黒の一面、暗黒の組織の存在を見ちゃったかと思ってどきどきしちゃった。

 壷は押し付けていかれたと。先輩方にそんなことができる女性といえば――茶々さんだろうなー。

「こいつを質に入れてやる。流れる前に買い戻せばいい。管理は任せるって言われてんだ、何したって構わないだろ」

 大牙さんはスパーンと桐箱の山を叩いてご満悦。そんなお姿が可愛かったのか、リッキーさんもマリア様のようにたおやかな微笑を返します。

「質草にしたこと忘れちゃえとか思ってないよね」

「そういう手があったか……」

 あのー、今、そそのかしたんじゃありませんよね……? リッキーさんの暗黒面を見ちゃったんじゃありませんよね……?




「くっそー、あいつ読んでやがったな……」

 桐箱抱えて商店街を抜けながら、大牙さんはギリギリ歯噛みしてます。

 近所の質屋さんをめぐってみましたが。みなさんそろって首を振ると、ぺらっと一枚の紙を出すのです。そこには手配書と題して、この少年が壷を質入れしに来たら断るべし、とリッキーさん大牙さんの顔写真まで掲載されてた。

 手配書という字の下にあると、リッキーさんの優雅な微笑は腹黒に。大牙さんの無愛想は極悪人に見えます。

 壷を置いていった茶々さんは、資金繰りに困った場合の先輩方の行動を先読みしていらしたもよう。恐るべし、いえいえさすが牧場主。子羊をしっかり把握していらっしゃる。

 思いあぐねて飛び込んだアンティークショップ、オロール・エ・クレなんとかってお店では、店員さんに鼻で笑われてしまいました。

「ハハッ、残念ですがこれはアンティークじゃないっすね。ガラクタ」

 辛口なお兄さんでした……。

「この様子じゃ何件回っても無駄足みたいだね。やっぱり僕、道路工事か警備員――」

「だから、やるんなら俺が」

 先輩方の愛は今日もホット。視界に白く柔らかいフィルターをかける霧雨なんて、先輩方の相合傘の縁から蒸発していきそうです……。

 だめだめ莉子、しっかりして。ここで資金調達の名案を思いつけば第九ラウンド、大牙さんに見直してもらえるかもしれないんだから。プチトマトだなんて悪かったな、おまえの頭は大玉トマト桃太郎だと言わせてみせましょう!

 グッと拳を握ったその時、大牙さんの携帯が着メロを奏でました。『とんでったバナナ』……どこでゲットしたんですか、その着メロとしてあまりにマイナーそうな曲。莉子のホネホネロックも貴重ですが。

「はあ? 今から来いってせんせー、俺いまそれどころじゃねんだよ」

 先生? 先生からの呼び出しを大牙さんってば拒否してます。リッキーさんとの同棲解除の危機の方が、よほど人生の重大問題なのですね……グサー。果汁が出そう。ラウンド早々に出血パンチをお見舞いされてヨロめく。

 迷惑極まりないって歪んでた大牙さんの眉根が、ふと緩みました。携帯をふっと遠ざけてから振り返る。

「おい、今日はラッキーデーらしいな。来たぜ、探し物の依頼」

 幸運に寝返られました。

 さらば大玉桃太郎。短い夢でした……。


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