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愛で見つけてみせましょう!  作者: シトラチネ
ラウンド8 愛で見習い5.5号 ・・・伝言の主
34/56

3. そこの十八歳未満は回れ右

「かなり近付いてます。……気配の移動はありません」

 動きがないのはいいニュースでもあり、悪いニュースでもある。黒住先輩の愛猫・タンゴさんを探した時の経験が、わたしとリッキーさんに緊張の面持ちをさせたんでしょう。千歳さんの眉がさっと曇りました。

 足場の悪い原生林を歩き続けて、みんな息が上がってる。だけど千歳さんはわたしもリッキーさんも素早く追い抜いて、湿った薄暗闇へと顔をめぐらせました。

「ひろさん! ひろさーん」

 それまでずっと心配を抑えに抑えてたんだって、痛ましい叫びで分かりました。振り向いた瞳を揺らすのはほとんど恐怖に近そうな不安。

「よく探してあげてくれる? ひろさん、耳が片方聞こえにくいから、返事しないかも」

「はいっ」

「千歳さん、もう少し左のようです」

 リッキーさんのアドバイスを受けてすっ飛んでいく千歳さん。熱愛さんがここにもー! ひょっとしてわたしは、人様のらぶらぶっぷりを接近観察しちゃう運命にいつの間にか飲み込まれているんでしょうか。

 自分のらぶらぶも味わいたいです、神様。

「あ」

 呟くように一声、千歳さんの背中がぴたりと止まった。木の根につっかえながら急いで追いつけば、固まっちゃってる視線の先には――女性がいた。

 太い幹の根元に座ってる。片膝を立てて、そこにおでこをくっつけるみたいに上体を折って。腕は力なくだらん、と脇へ。栗色の髪が顔にかかって表情はうかがえない。

 ぴくりとも動きません。

「……ひろさん」

 千歳さんの呼びかけは祈りみたいだった。どうか無事でいて下さいって、ずっとこうして一晩中心配してたに違いありません。そして早朝からリッキーさん宅へと急いだに違いありません。

 祈りが神様に届くのを待ってるみたいに、千歳さんの足先はゆっくりと踏み出しました。駆け付けたいけれど、不安っていうどす黒い空気の塊に阻まれてなかなか進めずにいるかのよう。

 なんかたまらなくなっちゃって、リッキーさんの肘関節をぎゅーってしめあげちゃいました。

「ひろさん?」

 呼びかけに、ふっ、と。髪が揺れて、ひろさんが顔を上げました。ぱきっとしたイメージの顔立ち。くっきりした瞳が不思議そうに辺りを見回して、千歳さんをとらえた。三秒くらい見つめあって。

 あああ、感動の再会! 奇跡の発見劇! きっとお二人はヒシと固く抱き合い、心配したよありがとうとささやき合ったりしちゃうんですねー!

 想像しただけですでに涙ぐんでた莉子の耳へ届いた、ひろさんの第一声は。

「なんでここにいるの?」




 そ、それはつれない発言ではないでしょうか、ひろさん! 千歳さんがどんなに、どんなに必死でリッキーさんにすがり、生い茂る樹海を歩いてきたことか――

「なんでも何も、ひろさんへのモーニングコールと朝食配給は俺の日課だもん」

 ち、千歳さーん? どうしていきなりシラッと態度変わってるんですか? まるで何事もなかったように。

「ひろさんってばなかなか帰ってこないから、こんなとこまでデリバリーに来ちゃったじゃん。怪我してない? メシ食える? はいどうぞ」

 莉子がホケッとしてるあいだに千歳さんは売店の袋をがさがさあさって、ストローつき牛乳パックを取り出した。

「ありがと。でも千歳……喉が渇いてる時にぬるい牛乳ってきついんだけど」

「じゃあこっち」

「バナナはもっとつらいです」

 もしもし? 感動の再会は? 愛の確認は?

「ワガママだなー。そんなに口移しして欲しいんだ」

「どうしてそうなるのかなあ」

「ちょっとお待ちをー」

 ふんふん上機嫌でストローの袋破ったりしてらっしゃる。

「だから頼んでないって、千歳。それより後ろの二人は? 霊には見えないけど」

 それより呼ばわりです、愛と努力の朝食デリバリーを! あれ、デリバリーしに来たんだっけ、そういう依頼でしたっけ?

「あー、ひろさんの同業者ってとこ。第六感で解決しちゃう探偵、律季くんと莉子ちゃん」

 初めましてのご挨拶。立ち上がったひろさんはシンプルでぴったりしたTシャツにカーキ色のコードドローパンツ、スニーカーといういでたちで、かっこいいお姉さんです。

「ご無事でよかったです」

 って言ったけどひろさんはちょっと困った顔して右耳を寄せて、ごめんもう一回、って聞いてきた。そうだ、聞こえにくいんでしたね。千歳さんは耳元ではっきり話しかけてたっけ。

「耳鳴りひどいの?」

 千歳さんがたずねると、ひろさんは疲れた顔して周囲を見渡した。

「うん、霊が話したがって帰してくれなくて。今もそこらじゅうでこっち見てる」

 そそそそそそこらじゅうでって!

 お昼時なのに薄暗い原生林。辺りの木という木の陰から視線を感じるような気がしてきちゃいました。わーん迷わず成仏ー。

「そっか。まあそれは置いといて、はいそこの十八歳未満たちは回れ右」

 置いとくんですか、幽霊を! そこらじゅうでこっち見てるのにー! 回れ右して後ろなんか向いたら絶対いますって、目が合っちゃったらどうするんですかー。

「二人きりにしてあげようね、莉子ちゃん」

 リッキーさんに両肩つかまれて、キューッと回れ右させられちゃいました。わー見ない見ない、そうだ目をつぶってれば何も見えない!




「十八歳未満回れ右って、なに考えてんの千歳……」

 背後では、一人がおののいてる気配。

「ひろさんはギャラリー歓迎なの? せっかく来たんだから触らせて」

 そして一人が楽しんでる気配。

「ちょっ、ちょっとちょっと、今ここでしなくても」

「楽にして。……俺の指使いのうまさ知ってるでしょ、ひろさん」

「ん……」

 きゃああああ。耳も閉じちゃいたい。この場から消えちゃいたい。ふ、二人でお楽しみになられてますよ!

「ほら、こんなに固くなっちゃってる」

「だって……あう」

 ひゃああああ。そ、そんな悩ましい声出さないで下さい、どっ動悸息切れがっ。

「すぐ良くしてあげるからね」

「だからどうしてそう、わざと聞こえるような……はうっ」

 樹海から出たい。今すぐ出たい。おうちに帰りたいー大牙さんに子猫づかみされたいー!

「俺の施術はいかがですか、ひろさん」

「いい。……聞こえるようになってきた」

 盗み聞きみたいな真似はだめなんだから莉子、気を散らさなきゃ、第一頚椎が一個、第二頚椎が二個、第三頚椎が三個……えっ?

「緊張と血行不良は耳鳴りの大敵だって言ってんじゃん。はい聴宮のツボ終了。次、耳門でーす」

 ツボ……ツボ押ししてた……んですか?

「んー。自分でやってもあんまり効かないのに、押してもらうといいのは何でだろ」

「愛がこもってるから」

 どうしてツボ押しするのに回れ右させるんですか、千歳さん! なんて紛らわしいんですかー!

「莉子ちゃんって可愛いよねー、背中おろおろさせちゃって」

 心の叫びを読んだみたいに、抑えた笑いが後ろから。からかわれてる。遊ばれてるー。

「で、ひろさん。霊界からのギャラリーさんはいなくなった?」

「ずいぶん減った。……あ、千歳、狙ってやってたの?」

「ばかばかしいことしてれば、霊だって人間なんだから呆れて戻ってく。うるさい霊は無視が基本っていつも言ってるくせに、お人よし発揮して話を聞いてあげちゃったりするから帰してもらえなくなるんだよ」

「すみません」

 ふえっ? 千歳さんは、そこらじゅうにいる霊を追い払おうとして二人の世界を作ってたんですか? わー、頭いい! ひろさんを助けてあげるパートナー、って感じがいいですー。リッキーさん大牙さんに対して役立たずな莉子とは大違い。

 あのう、でも。それでも莉子を回れ右させる必要はなかったのでは。

「じゃあ霊も去ったことだし」

 ちゅ、って。ちゅって音がしましたー!

「本番いっとく?」

「バカっ」

 べしん、って音がしました……。




「ごめんね。けんかした後でわたしが怪我でもしたら、千歳がショック受けるの分かってたのに。だから帰らなきゃってあせるのは、千歳がわたしに責任感じるのと一緒だよね」

 一転してしんみり、ひろさんが話しだしました。よかったーやっと普通の会話に。

「千歳はわたしに怪我してもらいたくない。わたしも千歳に、あの精神的外傷トラウマを負わせたくない。同じ。そういうの、好意と切り離したりできないもんね」

 はーって長い長いため息がしました。

「……さあ、お説教しなきゃってタイミングでそんなこと言うなんてずるいよ、ひろさん。叱れない」

「狙ったわけじゃないんだけど」

「だから余計に叱れない」

 がしっ、ってなにやら力強い響き。

「待って待っ……こらーっ」

 べしべし、って激しく叩かれてるような音がしてますが、仲直りなさったみたいです。もしかしてこれは、けんかするほど仲がいいって状態でしょうか。ごちそうさまなんでしょうか。

 莉子、ごちそうさまばかり。いただきますもしてみたいです……。

 さて、そこらじゅうでこっちを見てた幽霊さんもいなくなったそうだし、そろそろ目を開けてみましょう。

「あれ、リッキーさん?」

 お隣にいたはずのお手柄名探偵さんがいらっしゃいません。きょろきょろしたら、少し離れた窪地に細身のお姿が見えた。横顔はじーっと足元を見つめてる。

 なんだー、千歳さんとひろさんのやり取りにパニクってたのはわたしだけだったんですか、ぶう。

「リッキーさーん」

 呼びながら苔むした平坦な岩を乗り越える。リッキーさんはハッとして顔を上げた。こっちもハッとする。色白だけれどいつも血色のいい頬が、漂白を施されてしまったのかと思った。

 怯えてらっしゃるよう、だった。

 林の中に張り巡らされたリッキーさんの緊張の糸に引っかかって、耳障りなブザーが大音響で鳴り響いたみたいに。

 初めて見る表情に驚いた。理由を求めて視線は自然と、リッキーさんが見つめてた窪地の中央へと落ちる。

 窪地に吹き寄せられた落ち葉や枝。しっとり湿ったこげ茶や黄土色が重なる中で、白く突き出した棒のような――人骨。


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