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愛で見つけてみせましょう!  作者: シトラチネ
ラウンド8 愛で見習い5.5号 ・・・伝言の主
32/56

1. 置き手紙? 捨て台詞だろ

「唐突だけど君、霊感ある?」

 本当に唐突でしたが、そろそろ驚かなくなってきました。愛で見つけるサイケメタリック探偵社の、いる意味が不明な助手・莉子もそれなりに経験値が上がってきたもよう。

 経験値も能力値もずば抜けた、この人なくして冒険の旅は始まらない・賢人リッキーは顎先に人差し指を立て、思慮深く答えを返します。

「いいえ。第六感という広義の意味でなら多少は持ち合わせていると思いますが、厳密に霊視力や霊聴力と限定すれば、ありません」

 最近はネット上でもリッキーさんの評判が囁かれているらしいのです。噂というのは尾ひれがつきがち。生命の波動――それをリッキーさんは愛と呼びます――を手がかりに探し物をする探偵なのに、霊能者と誤解して訪ねてくる依頼人さんが増えています。

 この方もそうかと思いきや、依頼人さんは満足気ににっこり頷くから予想外。

「じゃあ霊障にも無縁? オッケー、それ心配してたんだ」

 お話が見えないのです。

 土曜の早朝に鳴ったインターフォン。緊急の探し人と聞いて、リッキーさんは迷わず招き入れました。

 いらした依頼人さんは隣県の大学生だそうです。細身の骨格はリッキーさんタイプの華奢さというよりスレンダー。物腰は上品というよりスマート。シャリっとしたシャツとラインのきれいなチノは、Tシャツにハーフパンツの大牙さんを見慣れた目にはまぶしい。

 そしてかもしだす雰囲気は莉子の近辺には存在しない……そうです、えっとその、色香。大人の男性のセクシーが漂ってます。笑顔より存在そのものからオーラを発するアジア俳優系。微笑む唇は優雅なのに、瞳には猫科ケモノ的本能がちらついて危うさを感じさせるような。

 ケモノはケモノでも、大牙さんは三年くらい経ったらこんな落ち着いたかっこいい青年に……な、ならないだろうな……。でも、下顎骨は焼かれるか経年変化で分解されるまで不変ですから! 大牙さんに万一のことがあったら、火葬でなく土葬して頂かないと。

 あれ、土葬希望のお相手は、ソファの肘に頬杖つくふりして寝てませんか?

「探して欲しいのは、ひろさんって名前の女の子。霊感強くて、よせばいいのにしょっちゅう霊関係の面倒ごとに首を突っ込んでる」

 はー、と憂い成分百パーセントのため息をつく依頼人さんが話すところによると。

 ひろさんというのは依頼人さんいわく鉄砲玉みたいな人で、ドカンとまっすぐ飛び出して行ってはブチ当たる。事態を打開するパワーはあっても、銃弾と一緒で自身も無事ではいられない。

 昨日も、気になる霊がいるからと言って出て行ったきり戻らない。携帯は通じない。こんなことは珍しくなくて、いつもならここまで必死に探しはしない。けれど、今回ばかりは出かけた場所が悪すぎる。

「よりにもよって、行き先は樹海なんだよね」

 経験値の高いリッキーさんも。半分寝てた大牙さんも。もちろんわたしも、一斉に同じ雷に打たれたようでした。

「ただでさえ迷いやすい場所なのに、なんかタチの悪い霊にねんごろに歓迎されちゃって、帰るに帰れなくなってるんじゃないかと……思って」

 良くない想像を口に出したら現実になる。そんな恐れを抱いてるみたいに、それまで滑らかだった依頼人さんの口調が淀みました。

 そっか分かっちゃいました。依頼人さん、ひろさんって方のこと心配してるだけじゃなくて、お好きなんだ。きゃあ。

「それが霊障ということですね。僕にはそういった経験はありませんから、その点はご心配なく」

 なるほど、霊感があると霊障に巻き込まれる可能性があるということらしいです。だから依頼人さんはリッキーさんが霊感をお持ちかどうか質問なさったと。

「つまりミイラ取りがミイラにならないかどうか聞きたかったのか」

 漂う一拍の沈黙。

「大牙さん、その例えはちょっと」

「何だよ、ただの例えだろ。別にひろさんってのがミイラになってるとは言ってな――」

「いえ。温暖湿潤気候でミイラ化は難しいと思うんです。ミイラというよりは、腐乱あるいは白骨死体に。夏場なら一週間もすれば……た、大牙さん揺すらないでくらはい、舌、ひたかみまふ」




 もちろんリッキーさんは依頼を引き受け、手早く支度をして部屋を出た。

「ひろさんの持ち物はありますか? 出来れば普段、身に着けているようなものがいいんですが。波動を覚えたいので」

 降りていくエレベーターの中、いつものリッキースマイルは消えてしまって、代わりに目尻や唇に載っているのは緊張みたい。

 依頼人さん――千歳さん、今時の男性には珍しいお名前――の黒目がちな瞳が一瞬、きらんと光ったように思った。

「俺」

 なにやら平然とおっしゃってます……が?

「俺ってひろさんを普段的に身に着けちゃってるけど。どう?」

 にっこり。千歳さんは職業的に訓練されたみたいな完璧な笑顔なんですが、いたずらを仕掛けてるみたいなやんちゃさも感じます。

「……ふふっ、ごちそうさまです」

 わあ、小鳥復活! 愛を見守る大天使のお顔に戻りました。

 だけどわたしは千歳さんの言葉の意味が分からなくて、大牙さんのシャツの袖を引っ張り小声で聞いてみる。

「大牙さん大牙さん、今のってどういう意味ですか」

「プチトマトには縁のない話だ」

 説明になってませーん!

「律季くん、だったよね。真面目にお答えしますと、コレひろさんがよく乗ってる車。波動っての、感じ取れそう?」

 マンションから一ブロック離れた時間貸し立体駐車場、こちらも茶々さんの所有地だった記憶。停めてあった白い車は大牙さんによると、アコードって車種らしい。

 リッキーさんは運転席の開放されたドア脇に立ち、じっとシートを眺めて。

「よく乗ってると言っても運転じゃなくて、ひろさんの指定席は助手席ですね」

「うわ、大正解」

 千歳さんは拍手までして下さってます。親しみやすいお兄さんみたい。莉子も一緒に拍手しとこっと。

「助手席に愛着があるみたいです。寛げる場所なんでしょう」

「ふうん、そんなことまで分かるんだ。霊視っぽいけど霊を見てるわけじゃないんだよね、そういうの何て呼ぶのかな――千里眼? ある意味透視に近くない?」

 リッキーさんは助手席へ、大牙さんとわたしは後部座席へ。千歳さんは運転席へ収まって発進させながら、ぺらぺらしゃべってます。この饒舌さ、無口な大牙さんに少し分け与えてもらえないものでしょうか。

 それに車内にはほんのりといい香りが。ひょっとして千歳さんの香水でしょうか。ふわわ、大人です大人ー。

 真後ろでドキドキしてるのが聞こえちゃったのか、赤信号で不意に千歳さんが振り返った。バスの運転手さんがハンドマイク握ってるみたいに作った手を口元に当てて、営業口調で。

「後部座席のお客様もシートベルトをお締めください。当車は首都高から中央道へと参ります」

 樹海で消息不明になってしまったひろさんのこと、すごくすごく心配してるだろうに、おどけて場を和ませてくださってる。ううん、もしかしたらそうしていないと、千歳さんご自身が耐えられないのかもしれません。

 うう、愛です愛。どうかひろさんがご無事でありますように!

 はい、と答えてしっかりシートベルトした。




「事の始まりは『その時カメラは捉えた! 樹海の奥の恐怖を今夜あなたも目撃する、第二夜』。あ、君たちも見たんだ。テレビでは話題になってなかったけど、ひろさんはあの番組中に霊の声を聞いちゃったらしいんだよね」

 高速を飛ばしながら、千歳さんは経緯を話してくれました。

 リッキーさんがチェックを欠かさない樹海系心霊番組を、目下行方不明のひろさんもご覧になっていたそう。番組放送直後に「変な声が混じっていた、霊じゃないのか」という視聴者からの問い合わせが殺到したって。学校でも話題になってた。

 霊感の強いひろさんはその声をしっかり聞き取っていて、どうにも放っておけなかったらしいです。

「そうやっていっつも、ただ働きしちゃうんだもんな」

「幽霊から金は取れないしな」

 大牙さん強い。タメ口です。

「とにかくひろさん、その霊に会いに行くって決めちゃってさ」

 ふむふむ分かってきました、ひろさんという方は。

「青竹を踏んだような人なんですね!」

「莉子ちゃん、青竹を割ったような人って言おうね」

 家庭教師リッキー、国語のお時間。

「まあ……ひろさんにとっては、報酬は金じゃない。仏壇のお供え物コレクションってとこかな。ひろさんの部屋に仏壇あるんだけどさ、供物が溢れちゃって置ききれなくて。花の女子大生の部屋がソレってどう思う?」

 キッチンに積み上げられた黒ずみバナナの山なんて、気にしちゃいけないってことですね!

 だけど、とバナナ山製作者・大牙さんが呆れ声でおっしゃった。

「樹海がそのひろさんにとって危ない場所って認識してたんなら、なんでみすみす一人で行かせたんだよ」

「ははっ、グッドクエスチョン。痛いトコ突くねー、大牙くん」

 ほんとに痛かったかのように、千歳さんの手が肩の辺りを撫でてる。

「もちろん、お供するつもりでいたけど……直前にけんかした。しまったと気付いた時には、置き手紙残していなくなってた。いや置き手紙って言うか、置き伝言? 携帯の留守電に一言、『バカ』って」

「捨て台詞だろ」

「うっ」

 初対面の方にも絶好調で辛らつです、大牙さん。

 と、いうより。

 助手席のリッキーさんが珍しく寡黙。依頼人さんから話を聞き出すのはいつもリッキーさんの役目なのに、本日は言葉少な。後部座席から見るリッキーさんの横顔には、どこか硬さが漂ってる。

 無理ないです。置き手紙残して樹海だなんて、リッキーさんの消息不明なお姉さん――律音さんと状況がそっくり。

「で――番組に出てきた霊ってのは、どういう……」

 大牙さんにしては歯切れの悪い質問だった。

「女性だって。なんだったかな、遺書を書いたのに誰にも渡せないままになってしまった、家族に届けて欲しいって訴えてたって。だからひろさんは、その遺書を探しに樹海に潜入しちゃったわけ」

 ああ、そうなんですね。リッキーさんと大牙さんが、いつもと様子が違う理由。

 それが律音さんかもしれないから。


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