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愛で見つけてみせましょう!  作者: シトラチネ
ラウンド7 彩 of 色鳥 ・・・恋の青い鳥
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3. 「部活終わるまで待ってるから」「家まで送ってやるから後ろ乗れ」

 次の日。六限終了のベルが鳴り響き、走ればスーパーのタイムサービスに間に合うかと大急ぎで帰り支度をしていると。

「律ちゃんの招集だ、行くぞ」

 ご挨拶もなく子猫づかみされました。

「大牙さん! わーい、冷血で嬉しいです」

「おまえな、その発言に至るまでの過程を論理的に説明してくれ。風が吹けば桶屋が儲かるで例えたら、おまえは儲かるしか言ってない」

 思考回路を修理して来い、から説明しろ、に進化!

「衛藤せんぱーい」

 引きずられていくと、戦友が校舎の出入り口で待ち構えていました。

「待ってたんですん! 今日こそ相性を占ってもらいましょう!」

 元気に金銀の目を輝かすみちるさん……びっくり、亜麻色だった髪が茶色になってます。しかも色合いといい軽いメッシュの入り具合といい、とあるお方とそっくりなんですがまさか。

「見てください、衛藤せんぱいとおそろいにカラーリングしたんですん!」

 戦友ううん伏兵、ペアにしてるー!

 伏兵はンフーと満足気に微笑んで大牙さん色茶髪をふりふりしてみせるけど、一方の大牙さんは興味なさげにふうんと呟いただけ。

「悪いがこれから部活。さよーなら」

 本日も絶好調にそっけないです。

 スタスタと歩く大牙さん、コンパスの関係で女の子が追いつこうとしたら小走りしなきゃいけない。みちるさんは茶髪を揺らして食い下がってくる。

「だったら、部活終わるまで待ってますから。ここで。鳴くまで待ちます青い鳥、ですん」

「んあ」

「がんばってくださいー」

「んあ」

 目はくれず短い返事だけくれて、大牙さんはさっさとその場を離れようとなさってますが。

「あのー、部活って言っても。大牙さんって帰宅部でしたよね……?」

「んあ」

「みちるさん、待ちぼうけになっちゃいますけど」

「んあ」

 んあ、じゃありません!

「みちるさーん! これは罠ですー!」

「あのなあ、青嶋と会うんだよ。あっちのボケはいない方がいいだろうが!」

 子猫づかみ下でじたばた暴れて告発したら、がっくんがっくん揺さぶられた。

 あっちのボケってみちるさんですか。じゃあこっちのボケって……。




「おまえ、迎えの車は?」

「返しましたん。衛藤せんぱいと帰ろうと思って」

 こんな質問が普通に交わされる学校、全国でもあまり多くないんじゃないでしょうか。

 ちっ、と苦々しい舌打ちが降ってきた。

「しょうがねーな。家まで送ってやるから後ろ乗れ」

 えーっ、莉子がメイド業から帰宅する時さえ、駅までさえ、一度も大牙さんに送ってもらったことなんてないのに! 送るの、いっつもリッキーさんに任せっぱなし……あれ?

「でも大牙さん。後ろもなにも、徒歩通学ですよね? はっ、おんぶですかー!」

「あたしはお姫様だっこがいいですーん」

「姥捨て山に送られたいならな」

 裏門前には、帰宅する聖ウェズリー生を拾おうというタクシーがずらっと並んでる。送迎車つきからすればタクシーは二流みたいな雰囲気があるけれど、電車通学の莉子からしたらタクシーだってものすごく贅沢。

 わたしたちが近づくと間髪入れずに開かれたタクシーのドア、その上へ大牙さんは肘をかける。

「ほら、乗れ」

「なんだー、送ってくださるってタクシーで、だったんですん? あ、衛藤せんぱい先に乗ってください」

「知らないのか? タクシーの最上席ってのは運転手の後ろなんだよ」

 つまりみちるさんを先に乗せることで、その最上席へご案内してくださってるってこと。そうと気づいたみちるさん、ウキウキとタクシーに乗り込んだ。

 だけど大牙さん、またその善人風笑顔なさって。莉子には読めます、この後の展開が。だって大牙さんにかけては、みちるさんより戦歴長いもん、えっへん。

 大牙さんは上半身をタクシーに突っ込んで、運転手さんにぽいと紙幣を渡した。

「こいつの家までやってくれ」

 そして大牙さんが身を引くと、バッタンと無情に閉まるタクシーのドア。

 慌てたみちるさん、べたっと窓に張りついた。

「え、衛藤せんぱーいっ? 送ってくれるんじゃないんですんー?」

「んあ。タクシーがな」

 やっぱり。

 衛藤せんぱーい……という嘆きの声は、タクシーの排気音と共に去っていきました。




「連日来てもらってありがとう、青嶋くん。今日はね、見てもらいたいんだ」

「いいよ、別に暇だったし。んで、見てもらいたいってなんだ?」

 リッキーさん青嶋先輩と合流して向かったのは生活指導室。重厚な木の扉は珍しいことに開け放たれ、窓際で外を眺める茶々さんの麗姿が見えた。遠目にもわかるくらい上質な布地のスーツに、控えめフリルなドレスシャツ。

 あの夜のゴスロリ茶々さん。本当はホルマリン漬け幽霊がイタズラで見せた幻だったんじゃないでしょうか。

 そこへ、廊下の奥から足音が走ってきた。もしやエクトプラズマ入り骨格標本かと期待して振り返ったけど、違った。

 浮かれた軽い軽い足取りで駆けてくる女子生徒は、頬を染めて瞳をきらきらさせて。みずみずしい花弁がぱちんと音と香りを立ててはじけたみたいな、爽やかなエネルギーを振りまいていった。

「ご機嫌うるわしう、お呼びでしょうか安香様!」

 わたしたちなんて視界から抹消されちゃってるみたいで、一瞥ももらえません。そのまま生活指導室へ飛び込んでいくのを、圧倒されて見送ってました。

 あの人、ここですれ違った記憶があります。

 ――いいか、宝石の原石というものはな。身を削られる痛みを経て磨かれ、初めて輝くんだ。痛みを回避していては輝くことはできない。おまえという原石を石ころで終わらせるか、こうしてゴールドの台座に輝かせるか、それはおまえ次第だ。

 初めて生活指導室に来た時、万引きをしたとかで茶々さんにそうお説教されてた人。帰り際には茶々さんに熱い視線を送ってたはず。

「おっ。可愛いな、今の子。あんな子いたっけ」

 青嶋先輩は走り抜けた女子生徒を顔で追って、感心したようにおっしゃいました。

「いたんだよ、青嶋くん。君が振った時に、君の目の前に」

「はあっ?」

 あ……そうだったんですね。確かあの人が万引きするようになった原因って、振られたからじゃなかったっけ? その相手は青嶋先輩だったんですね。

 リッキーさん、昨日の青嶋先輩の話を聞いて、茶々さんに事実を確認したのでしょう。

「マジ? あんな可愛い子振ったっけなあ……」

 腕組みでしきりに記憶を呼び起こしても、青嶋先輩には覚えがないみたい。告白してきた子は片っ端から振ってみることにしてるから、記憶に残らないんでしょうかっ。

「ねえ、青嶋くん。僕が引こうと思う言葉はこうなの――」

 滑らかな顎に人差し指を立てて、リッキーさんが魔法をかけようとしてます。

「『女性が綺麗になる方法は二つあります。<いい恋をすること>と<悪い恋をやめてしまうこと>です』――エッセイスト、アケミ・ハマオ」

 リッキーさんが紡ぎだす魔法の言葉って、きっと心の化粧水。とんとんって優しくノックしてきて、すうっとなじんで、内側からふんわり色づいてくるんです。

「彼女がいい恋をしているのか、悪い恋をやめたのか、それは僕らにはわからない。だけど彼女は君に失恋したあとで磨かれて綺麗になったの。だから君は、今の可愛い彼女が告白してきたのを覚えてないんじゃない?」

 とがめるでもなく、責めるでもなく。茶々さんの前で高揚と恥じらいにもじもじしてる女子生徒を微笑ましく見守りながら、リッキーさんは青嶋先輩の心をノックしてる。

「最初から振ってみるのはもったいないって思わない? だって彼女が磨かれた姿を見る頃には、君はとっくに忘れられちゃってる。今みたいに。青嶋くんは原石を傷つけて鑑定するより、磨いたり愛でたりすることに喜びを見出すべきじゃないのかな」

 『女の性格がわかるのは恋が始まる時ではない。恋が終わる時だ』――ポーランドの政治家、ローザ・ルクセンブルク。

 あの格言をリッキーさんならどう解釈するか、当てられそうな気がしました。

 恋が終わる時にわかるのは女性の本性じゃなくて本質。きっと、その女性が自分を磨くに一番ふさわしい方法なんだ、って。

「……惜しいことした感じがしてきたなあ」

 一度踏み入れたら洗脳されない生徒はいないと噂の生活指導室。リッキーさんのかける魔法も同じなんでしょう。青嶋先輩は残念そうな、でも清々しいお顔で笑いました。

 この二日間にわたしが見た青嶋先輩の中で唯一、好感度高の表情でした。




「見事に一件落着ですね。お疲れさまでしたー」

 みちるさんの依頼は失恋の理由を聞いて欲しい、ってだけだった。でもリッキーさんはそれに留まらず、青嶋先輩のちょっとひねくれた恋愛観をなだめて。

 青嶋先輩にこっぴどく振られちゃう、みちるさんみたいに傷つく女の子が一人でも減りますように。青嶋先輩が、恋を育てる恋ができるように。

 そう願ってのことだったんでしょう。

 愛で見つける名探偵は、愛をはぐくむ園芸家でもあるのですね!

 マンションへの帰途上、黒住神社でおみくじを入手なさった園芸家さまはご機嫌です。おみくじを額に貼ってキョンシーごっこしてます。無邪気です。

 おみくじ改め、霊符の裏から楽しげな瞳を覗かせて、リッキーさんは笑いました。

「ん。でもね、まだ終わってないの。ね、大牙」

「えー、そうなんですか?」

「鳴かぬなら、鳴くまで待ちます青い鳥。ふふっ」

 キョンシーに影を踏まれまいとスタスタ急行で逃げてた大牙さん、途端に苦い苦い形に唇を歪めた。

「あっちのボケはやりにくいんだよ」

 みちるさんの話をなさってるようす。

「だって鳴くわけにいかないんでしょ?」

 うわあ。リッキーさん、愛の確認ですか。質問形でも内容は確認です、それ。

「僕だったら、鳴いて愛する青い鳥だけど――影踏んだっ!」

「わーっ!」

 ――鳴かぬなら、鳴いて愛する青い鳥。

 じゃれあうお二人が夕暮れでピンクがかったアスファルトを駆けていきます。莉子、映画館の座席から銀幕の先輩方を見ているかのよう。遠い。遠いです。

 第七ラウンド、伏兵出現に気を取られていたら……莉子の青い鳥は、チャンピオン・キョンシーに連れてかれてしまいました。


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