1. 「さよーなら」
サブタイトルは[モノドラマ]さま(閉鎖されました)の学校5題<放課後>より
1. 「さよーなら」
近頃、愛で見つけるリッキーさんの噂が広まってるらしい。
「ワシと沈没船をサルベージしないか」
「雪男を見つけたいんです。だめですか、ならツチノコでも」
「隠しダンジョンの入り口が」
比例して不思議な依頼が増加。こういう愛のない依頼は、大牙さんがもれなく叩き返します。
「帰って現実に生きろ。間に合えばの話だけどな」
だから。
「青い鳥を探してるんですん……」
と青い顔して呟く依頼人さんも、やっぱり追い返すんだと思いました。
でも大牙さんは、またつまんない依頼が来やがったか。と顔に書き出してから、黙ってリッキーさんに後を任せた。
「聖ウェズリーの新入生、幸野みちるさん……だったよね。どんな青い鳥を探してるの?」
こんな依頼のされ方にも慣れてるんでしょう。リッキーさんの、戸惑いをかけらも感じさせない和やか笑顔が後輩の緊張をほぐしたもよう。みちるさんは長いまつげを伏せ、ンフーと嘆息を漏らしました――ピンクの羽つき扇子の裏で。
この新入生には見覚えあり。
まずはその亜麻色の髪。聖ウェズリー学院はファッションに寛大だから、朝の礼拝はちょっとしたヘアーショーみたい。だけどグレイッシュなライトブラウンの髪を、お人形さんみたいにくるくるさせてるとさすがに目立つ。
くわえて、なんと言っても目。右目がゴールド、左目がグレー!
ガッ。と頚椎を引き戻されてそこで、身を乗り出してまじまじ見入ってたことに気づかされた。わーい、久しぶりです子猫づかみ。
「カラコンですん。オッドアイの猫ちゃんみたいでしょ? 金がチルチル、銀がミチルですーん」
コンタクトレンズに名前つけてるんだー。
はにかみつつも得意げに、長いまつげをパチパチしてみせてくれる。マッチ載せたい、二本はいけます。
みちるさんの語尾は鼻に柔らかくンフーと抜けて、文章の最後に『ん』を付け足してるみたいに聞こえる。
大牙さんはむんむんと放射されるお人形さんオーラが苦手みたいで、ソファ上をできるだけ端っこに避難中。一方のリッキーさんは涼やかな微笑を崩さない。
「ふふっ、夢のあるネーミングだね。それでみちるさん、青い鳥は――」
話が青い鳥に戻ると、みちるさんは瞬間的に泣きべそになった。扇子の裏に隠してた泣き顔マスクを素早くかぶったみたいに。
「いやんそうなんですん、あたしの恋の青い鳥は渡り渡って姿が見えなくなってしまいました。まるで秋の色鳥のように……」
「アホウドリなんじゃないか? 絶滅の危機」
ソファの肘に頬杖ついて、ぼそっと悪態をつく大牙さん。依頼人さんになんてことを。
「あ、あたしの恋は、青い鳥はどこに……」
涙がのどにつかえて言葉が続かないようす。かわいそうに、きっと失恋しちゃったんですね。毎日のように失恋の危機にさらされてる身としては、思わずもらい泣き。うう。
その時ぽこりと音がした。音源をたどればみちるさんの膝の上、広げられた扇子から見上げるグレーの瞳孔。
「きゃーっ、目が生えたー!」
「莉子ちゃん大丈夫、コンタクトが落ちただけ」
泣きじゃくった弾みで落ちたみたい。みちるさんはガバッと、瀕死のペットでも介抱するような勢いで屈みこみ。
「いやん、チルチルしっかり!」
「おい、それはミチルだ」
「いやん、ミチルしっかり」
「どっちでもいいから入れ直して来い! どこ行くんだよ、こっちだこっち」
はーいせんぱい、と元気よく答えて瞬速で笑い顔マスクをかぶったようです。感情のめまぐるしい子みたい。
みちるさんが洗面台を目指し立ち上がった、その直後でした。わたしが激しい衝撃と焦燥感に見舞われたのは。
コンタクトが落ちたせいで視界がぼやけるのか、フラフラ浮遊するみちるさん。見かねた大牙さんの手が、あろうことか、あろうことか、みちるさんを子猫づかみしたのです。
莉子だけの特権だと思ってたのに!
リッキーさんにさえしないのにー!
しかも呆れつつも、みちるさんにしっかりツッコミ入れてましたね? チルチルとミチルまで判別してましたね? もしかして大牙さん、みちるさんといいコンビ感じてる?
第七ラウンド、伏兵出現。
脱線しまくるみちるさんから、リッキーさんが忍耐強く聞き出したところによると。
みちるさんには好きな先輩がいた。ウェズリー名物、ロッカーへのラブレター投函で恋を告白。数日後、お相手の先輩からお呼び出しを頂いたそう。
期待に胸躍らせて臨んだ結果は玉砕。先輩は開封さえしていないラブレターをみちるさんの金銀の目の前でビリビリに引き裂き、笑いながら『迷惑もいいとこなんだよね』とおっしゃったそう。
「カミソリ仕込んでおけばよかったですーん! 三枚刃で」
「ラブレターに込めるのは愛だけにしようね」
みちるさんがショックで立ち尽くしているあいだに、先輩は颯爽と去ってしまった。それが先週のこと。
失恋は理解したものの、迷惑である理由が謎では納得いかない。とはいえ先輩に問いただす勇気はない。だから先輩のクラスメイトであるリッキーさんに、代わりに理由を聞き出して欲しいということだった。
けれどみちるさん、肝心の先輩の名前になるとガラス玉みたいな両目に涙をいっぱい溜めて口ごもった。名前を口にするのもつらいみたい。
人差し指を唇にあてて、じいっと答えを待ってたリッキーさん。やがて静かに口を開いた。
「青嶋くんだね」
ンフーっ? と鼻で息をのんで、みちるさんは凝固。
「ふふっ、そこ。生徒手帳に青嶋君の写真を挟んだりしてない?」
愛の大天使の指先が、オッドアイのお人形の胸元を示した。
そっか、写真は波動を保存するっておっしゃってたっけ。青嶋先輩のかすかな波動を感じ取ったんでしょう、さすがです名探偵!
まん丸に見開かれたみちるさんの目は、眼窩から扇子の上に落っこちてくるんじゃないかと身構えたくなるほどで――ぽろっ。
「きゃーっ、目玉おやじ生まれたー!」
「莉子ちゃん大丈夫、コンタクトが落ちただけ」
「いやんしっかり、えーっとこの子は……」
みちるさん。そこでそろーりと大牙さんを窺うのはなぜ?
「チルチル。おまえ自分が名づけたモンくらい覚えとけよ」
大牙さんってば、呆れながらも即答してます。何ですかっその、出来の悪い生徒とそれを見守る家庭教師みたいな会話は? すでにお決まりみたいに子猫づかみで洗面台に連れてく、そのコンビっぷりは?
洗面台でもガーガーと叱ってるのが聞こえてきます。
いつもは叱られるのは莉子のはずなのに。大牙さんのパートナーはリッキーさんのはずなのに。こんなことって!
ソファの上をだーっとリッキーさんへ詰め寄った。
「リッキーさん、何ですかあれ! いいんですか許されるんですかー!」
「ん? 大牙ってああ見えて面倒見いいの。初等部の時もね、うちの家族に隠れてこっそり野良猫にエサをやって……ふふ、庭の鯉をやられたって、父さんに怒られてたっけ」
思い出話で和んでる場合ですかー!
「衛藤せんぱい、衛藤せんぱい」
ずるぺた戻ってくる大牙さんの周囲を、みちるさんは忙しく飛び回ってる。金銀の瞳はハート型。
「青嶋せんぱいはもういいです。今日から衛藤せんぱいにしますん!」
伏兵、いきなり大告白ー!
「ほーお。青嶋に振った理由聞いて来いって依頼はもういいのか?」
「よくはないです。理由を知って、次に生かしますん!」
「悪いが、次で生かす機会はないと思うぜ」
伏兵、いきなり大失恋ー!
「そんなあ。衛藤せんぱい、いじわるん……うふ、いいです。鳴かぬなら、鳴くまで待ちます青い鳥」
伏兵、大復活ー!
莉子の青い鳥は、オッドアイの猫ちゃんに狙われています。
翌日の放課後。
青嶋先輩と話すということで、リッキーさん大牙さんと正門脇の聖ウェズリー像前で待ち合わせ。
聖ウェズリーさまは左手に聖書をたずさえ、ゆるく開いた右手を前方に突き出してらっしゃいます。その右手が大牙さんの子猫づかみ二秒前と同じと気づいて、ありがたさ倍増。
到着は一番乗り、立像の足元で皆さんを待ちます。
談笑しながら帰途につく生徒たち、それを待ち構えてサーッと高級車のドアを開ける運転手たち、元気よく部活に繰り出すジャージ姿。
そんな日常の光景も、昨日からなんだか灰色です。モノクロの無声映画みたいな景色をぼんやりと見送る。
と、ずるぺたという効果音と共に視界の右やや上方からひょいと入り込んできた、くしゃっとした茶髪。ひらひら、っておっきな手が振られてる気配もする。
「本格的にボケつつあるな」
現在進行形です。
「まーボケも悪化するってもんだ、今日は暑いし眩しいからな」
「眩しいのが理由になるのは大牙さんだけだと思います」
「……珍しく冷静に突っ込んで来たな。なんか調子狂うぞ」
見れば大牙さんはうざったそうに学ランの前を開けてる。本当に暑いみたい。
そうだ、もしかすると。
まだ寒さの残ってた時期、変温動物大牙さんのカイロにされてた莉子の首筋。気候が暖かくなってきたから、不要とみなされたのかもしれません。
「いやですー、大牙さんずっと冷血でいてください!」
「頼むから、その発言に至るまでの思考回路を修理して出直してきてくれ」
いえ冷血でって言っても身体的にであって、そういうお答えをなさる性格は冷血じゃなくていいのですが。
「衛藤せんぱーい!」
そこへひらめくピンクの羽つき扇子が登場なさいました。みちるさんは三年も離れていた恋人に会うような勢いで駆け寄ってきたかと思うと。
「第二ボタンください!」
伏兵、いきなりおねだりー!
「悪いな。あいにくこないだ取れかかってたんで、アロンアルファでくっつけちまった。外せない」
どうしてそうシラッと嘘がつけるんですか、大牙さん。
「それなら第一ボタンをお願いしますん」
「ここだけの話、こいつは防犯アイテムなんだ。外すとデカいブザーが鳴り響くぞ。最近は物騒な世の中だからな……」
ですからどうしてそう、シラッと……えっ実は本当なんでしょうか。
見た目はただのボタンであるそれを、みちるさんと並んでじっくり観察に入る。
「いいから帰れ、今から青嶋と話すんだよ。おまえはいない方がいいだろ」
ンフー、とみちるさんは不服そうに唇をとがらせてる。だけど大牙さんはこれ以上は聞かない、って感じでサングラスをかけて。
「ハイ、さよーなら」
じゃあな、が標準の大牙さんにしては丁寧なごあいさつ。無感情なのがまた、いかにも後輩に言い含めてますって感じで……くすん、うらやましいです。
「……わかりましたん」
しゅんと金銀の瞳がくもった。突き放されてると思ったのかな。
泣いちゃうかと心配になった次の瞬間。扇子の陰から、ぱあっと日が差すような笑顔が昇った。
「明日マニキュアの除光液を持ってきます、アロンアルファはがせますん! それでは失礼しますん」
伏兵……強敵。
ぴょこっと亜麻色の頭を下げて走り去るブレザーの後ろ姿。戦々恐々として見送っていると、入れ違いにサクサク軽い足音が近づいてきた。
「大牙、莉子ちゃーん。お待たせしましたー」
ぴゃぴゃっと手を振る、誰かさんの無感情とは対極にある愛くるしいリッキーさん。お隣にはすらりとした通称乗馬服、ブラウンチェックのブレザーを伴ってる。
「紹介するね。クラスメイトの青嶋くん」