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愛で見つけてみせましょう!  作者: シトラチネ
休憩 学校5題<夜>
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学校5題<夜>

1. 「懐中電灯持ったか?」


「付き合えよ」

 莉子は自分の耳小骨を疑った。

「おまえがいると面白そうだからな」

 夕食後にお茶をすすりながら、という色気のなさ。それでも大牙は確かにそう言った。

 骨フェチとして愛してやまない下顎骨。その上方で唇がにっと笑うのを、莉子はまじまじと観察する。なにしろ繰り返し夢見た、大牙陥落の瞬間なのだ。

「やっぱり行くの、大牙」

「悪いな律ちゃん」

「ん、いいの。そうだと思ってた」

 つれなくされても、律季はすべてを包容する穏やかな微笑で受け止めるばかり。それどころか莉子に向け、返事を促し励ます視線のはなむけまでプレゼントする。

「リッキーさん……本当にいいんですか?」

 ゆるり頷く律季の寛大な愛に莉子の瞳が潤みだし、その頭蓋には苦闘の日々が懐かしく去来した。ついに無敗のチャンピオンに白旗を、さらに応援旗さえ振らせたのだ。

「大牙さん、わたし……ついて行きます!」

「よし」

 いたく満足気に胸を張る大牙。指先は感極まって言葉を継げずにうつむいている莉子へと伸び――首筋をガッキとつかんだ。

「あ、大牙。懐中電灯持った?」

「そんなもん、人に向けたら凶器だぞ」

「大牙にとってはそうだけど。ロッカーの忘れ物取りに行くには、もう暗すぎるよ」

 どこにしまってあったっけ、と律季はリビングをごそごそ探索。

「あったあった。さ、参りましょうか莉子ちゃん……どしたの、目が虚ろだけど?」




2. 「夜の学校に行くなら覚悟を決めろ」



「お忘れ物ですか? 規則で生徒の夜間出入りは禁止となってまして……」

 聖ウェズリー学院の門前で、恐縮しつつも忠実に任務を果たさんとする守衛。大牙がゆらりと体を寄せ、低い声で囁いた。

「婚約したんだってな。おめでとさん……」

「はっ、その節はお世話になりまして……うむむ、そ、そうですねハイ、ご恩があるんでした……どうぞこの件はご内密に……」

 海に沈んだ婚約指輪の依頼人でもある守衛は、大牙の圧力に負けて通路を譲った。

「大牙さんって顔がきくんですねー」

「ドスもねー」

 冷や汗を拭っている守衛をよそに、莉子と律季はお気楽だ。

 遠く小さな非常灯以外は闇に沈んだ校舎。手を伸ばしたらつかみ取れそうな暗さの中を、生きた暗視ゴーグルは躊躇もせずにスタスタ歩いていく。律季が照らす懐中電灯の光の輪へこわごわ踏み出す莉子を待つ気配もない。

「大牙さん、もうちょっとゆっくり歩いてください……」

 三階の長い廊下、先を行く大牙は闇に溶けて見えない。だがスタスタいう足音が止まったのが唯一、大牙の動向を知る手がかりだ。

「おっと言い忘れてたな……夜の学校に行くなら覚悟を決めろ」

 足音の代わりに低めた声が足許に滑り込んできて、莉子の肌を粟立てる。

「おまえ高等部から入ってきたなら知らないだろ……」

「なっ、何をですか?」

 語尾の裏返る莉子に与えられたのは、たっぷりとした沈黙。

 懐中電灯が大牙の冷徹な顔を下からライトアップし、中空へぼうっと浮かび上がらせる。さながら浮遊する生首。その口が恐怖の事実を告げようと、ゆっくり開いた。

「出るんだぜ……ゴスロリの茶々が!」

「きゃああああ!」




3. 「トイレで記念撮影とかホント勘弁してください」



「お願いですから茶々さんには言わないで下さい」

 壁に拳をダンダン打ちつけて爆笑する大牙に取りすがる莉子。色んな意味で半泣きだ。

「何でもしますからー!」

「よーし言ったな」

 普段のものぐさはどこへやら、夜行性の黒猫は生き生きと目を輝かす。

 助けを求める視線を律季に送る莉子だが、怯える後輩というおもちゃをもてあそぶ猫を、飼い主は愛しげに目を細めて見守る始末。

「大牙って、莉子ちゃん相手だとただのいじめっ子になるよね。ふふ、懐かしいなこういうの」

「さーて、どうしてくれようか」

 絶望に血の気が引いている莉子を問答無用で子猫連行しながら、大牙はご満悦だ。

「ど、どうするんですか? もしかしてトイレで記念撮影とか、ホント勘弁して下さい」

「お、いい提案だなそれ」

「えーっ、違いま……」

 否定しようとした莉子は、ふと口をつぐんだ。

 記念撮影という名目ならば、写真嫌いの大牙も一緒に写ってくれるかもしれない。愛する下顎骨激写のまたとないチャンスではなかろうか。

「大賛成です、さあ行きましょう!」

 たちまち張り切って歩き出す、その頚椎を首輪のごとく捉えていた圧力が急に消え失せた。

「あれっ大牙さん?」

「却下。賛成されたらつまんねーだろうが」

 後頭部あたりの髪をがしゃがしゃかき回すのは、大牙の不服の表明だ。

「そんなー! お願いします大牙さん、トイレ怖いです写真怖いです下顎骨怖いですー!」

「いそいそ携帯出してるその手は何だ」




4. 「人体模型が笑いながら走ってきたら、お前囮になれ」



「よし、ここはやっぱ理科準備室だろ。あそこには昔、ウェズリーの神父が死闘の果てに仕留めた悪霊のエクトプラズマがホルマリン漬けにされている……」

「うわーん!」

「莉子ちゃん、大牙のS心に点火しちゃったみたいだね」

 と言いながら、足はすでに理科準備室へ向かっている律季。

「そいつがなかなかお茶目でな。夜の訪問者に大喜びして、剥製だのマネキンだのに取り憑いて追いかけてくる。これが滅茶苦茶はえーんだ。俺でも振り切れるかどうか……」

 ふう、とため息をつくと諦めたように首を振る大牙は、ご丁寧に胸で十字を切っている。神のご加護を、と律季までが真剣にそれに合わせた。

「一人でも無事に脱出して、この事実を世に公表しなきゃならない。歴史は常に犠牲の上に成立してきたんだ。人体模型が笑いながら走ってきたら、おまえオトリになれ」

「骨格標本だったら持ち帰ってもいいですか?」

 スタスタ……スタッ? 足音が戸惑いを如実に反映して止まった。待ちきれずにじたじたと袖を引っ張る莉子に怪訝の視線が降り注ぐ。

「だってウェズリーにある人体骨格は等身大で脊椎頚椎可動タイプ、実物から型を取ったナチュラルキャストだってもっぱらの噂じゃないですか!」

「噂になるか、そんなもん!」

 そんなもん……なもん……と、暗い廊下に大牙の悲痛な叫びがこだました。




5. 「あれ……一人増えてねぇ…?」



「くそッ、なんだこの敗北感は。こんなことあっていいのか。おいおい俺が動揺してどうすんだ」

「よしよし。頑張ってね」

 律季にそっとなだめられ、大牙はグッと拳を握り締めた。

「こうなれば最後の切り札・用務員室だ。あそこには三年前にフルーツ牛乳を拭いて以来洗われてない、伝説の超熟モップが……」

「きゃー!」

 恐怖でなく生理的嫌悪に訴える作戦に出る大牙である。

「そうと決まれば早速――」

 ニカッと笑って振り返り、大きな掌を莉子の首筋の直径に開く。子猫づかみを発動しようとしたその手が、ふとおののいた。

「あれ……一人増えてねぇ……?」

 並んだ莉子と律季。大牙の視線は二人の肩越しに背後の闇へ消えている。

「ふふふ、大牙ってば古典できたね」

「あ、あははは、いやですよー、一瞬信じちゃったじゃないですか」

「いやいやいやマジで」

 首を横に振りながら、スタスタスタと後ろ向きにさがりだす大牙。瞬時に肩を強張らせた莉子と律季もスタスタスタと前に出る。その顔は頚椎固定されたように後方確認しようとしない。

「そうか、あの噂は本当だったんだ。俺が悪かった。来るな、ついて来るな」

「骨格標本ですかモップですか、それが問題です」

「どっちにしたって僕には愛せないな」

 硬い表情で棒読みしながらスタスタする三人の足が急激に加速していく。たまりかねた大牙がとうとう背中を向けてダッシュに入った。

「大牙さん待ってくださーい!」

 火事場の馬鹿力ならぬ、肝試しの俊足を発揮して大牙に取りすがる莉子。

「ついて来んな! おまえの犠牲は忘れるまで忘れない!」

「無体ですー!」

「『世の中には幸も不幸もない。考え方でどうにもなるのだ』――シェイクスピア」

「リッキーさん、それってさりげなく見捨ててませんか」

 シャツの裾を莉子にホールドされ逃走を阻まれる大牙。下顎骨を引きつらせ、観念して叫ぶ。

「出たーッ、ゴスロリの茶々ーっ!」



「盗撮が趣味の子羊が自宅住所を虚偽申告しているのが発覚してな。役立たずの牧羊犬がまかれて帰ってきたから、私が自ら尾行してきたのだ」

 濃いアイラインに付けまつ毛、血色のない肌に黒い口紅。フリフリレースの黒いワンピース。普段の麗人風からかけ離れたゴスロリ茶々だが、口調だけは変わらずサバサバしている。

「見事にバレなかったぞ? ハハッ、子羊の分際でこの私を欺こうなどと。三回転生して出直してくるがいいさ」

 そして上機嫌にオペラを歌いながら、ゴスロリ茶々は生活指導室方面へと去っていった。

「変装だったのかあれ……」

「むしろ目立ってませんでしたか……」

「茶々さんだってすぐに見抜いた大牙がすごいと思う」

 茶々のヒールの音が遠ざかっていくのを、三人してぼんやりと見送る。

「帰るか……」

「世にも恐ろしいものを目撃してしまいましたね……くすん」

「それは大牙の薄情さなの? ゴスロリ茶々さんなの?」

 ほうほうの体で部屋に帰り着き、各自ソファへ、床へとへたり込む。

 ややあって、律季がぽつりと呟いた。

「そういえば大牙、ロッカーの忘れ物は?」

「あ」


お題配布元[モノドラマ]さま(閉鎖されました)

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