表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/15

第3話ーー宮廷調達を停止させます。

今回の舞台は宮廷です。


いつもの小貴族相手とは少し規模が違います。

金額も大きい。

責任も重い。


でも――

契約は契約。


法は、誰の上にもあります。


少しだけ、怒りが溜まる回です。

その分、後半はきっちり回収します。


それでは第三話、どうぞ。

 翌朝、執務室の扉が開いた。


「監査官、来てくれ」


 宰相エイドリアン・ルーヴェルの冷静な声が響く。机の上には鞘紙に包まれた契約書と報告書が置いてあった。


「宮廷調達の案件だ。内容はまだ内密だ。やるか?」

「承知しました」


 エレナ・ヴァルシュタインは膝をつきながら答えた。


「価格は通常の二倍だ。品質保証条項も曖昧だぞ」


 宰相は封蝋を外しつつ続ける。

 エレナは書類を受け取り、指先で文字をたどる。

 墨が吸い込まれる紙の匂いを深く吸った。


(第七条…確認業務は“監査官の判断で”とあるが曖昧だ)


「ここ、第七条が怪しいです」


 彼女は指先で該当箇所を示す。条文の文字が微かに揺らいで見える。生来の契約視が働いたのか。


「見たか。曖昧さは腐敗の温床。君が監査官だ」


 宰相は小さく頷いた。エレナは素早く席に座り、報告書を開いた。


「不良品の報告もあるようです。外郭バロン家製の防具、全数チェックします」

「報告によれば兵士の半数分が不良品ですぞ」


 側近が苛立って言う。エレナは眉根を寄せた。


「証拠は揃っているのか、まとめてくれ」

「はい」


 彼女は立ち上がり、案件名を書いた帳票にサインする。宰相と目を合わせ、静かに息を吐いた。

 役人数人と兵士たちが呼び集められた現場は、宮廷兵の倉庫だった。山積みの武具箱を前に、男爵派の官吏が居丈高にほくそ笑む。


「監査官殿、ご苦労。ここの照合作業は我々が終えてある」

(本当かしら?)


 エレナは声に出さず、視線だけで聞き返した。官吏の顔がわずかにこわばる。


「言われずとも、私は契約を守るだけ。」


 彼女は短く言い放った。鋭い言い回しだ。

 官吏は鼻で笑い、ゆっくりと答えた。


「契約は契約、とは面白い理屈だなあ。だが裁可は政治だ、覚えておけよ」


 言い訳に耳を傾ける時間を与えず、エレナは軍装箱を開いた。すると――


「なんだこれは!」


 兵士の叫び声が上がった。防具の縫い目は粗く、鋲も外れかけている。鎧の一部は圧迫された形跡がある。甲冑は重量不足で頼りない。


「不良率は……半数を超えている。急遽緊急修理だ!」


 戦場の修理小屋に向かう兵士たちは困惑した様子だった。官吏は青ざめる。


「約束の検査にかけろ!」


 エレナは冷静に命じると、宰相に眼差しを向けた。


「契約第七条に基づき、再検査を命じる」


 第七条には、“監査官は必要と判断した場合、再検査を求めることができる”とあった。役人たちの顔がひきつる。


「しかし全数返品とは聞いておらん」


 男爵側の書記が食い下がったが、宰相が背を押す。


「一時停止だ。今回の納品を停止し、再検査を行え」


 壁掛け時計が支部を告げ、周囲がざわつく。官吏は拳を震わせたが、手の内を読むことはできない。


「わ、分かったぞ……」


 上司を睨みつけ、官吏は不満げに目を逸らした。

 エレナは指令を部下に伝えつつ、略式で被害者への補償も手配させた。故障分の修理費は製造業者持ちとし、補填には王室予算を用意する。


「兵士たちも助かります。監査官殿、感謝しております」


 一人の副官が深く頭を下げる。

 彼らは正式な補償を受け、声には安堵が混ざっていた。


「礼には及ばんよ。この立場は君たちのためでもあるからな」


 エレナは微笑みながら答えたが、心の中では冷たい義務感が駆け巡っていた。


 夕刻、社交界では既に主人公の噂が囁かれていた。

 噂好きの伯爵夫人たちが仕切るサロンで、ある貴婦人が耳打ちする声が聞こえた。


「宰相殿の愛人だって話、知ってるかしら?」


 隣の令嬢がほくそ笑む。


「聞いた?契約庁が独裁的に振る舞ってるって噂よ。監査官はとんでもない権力者だとか」


 ヒソヒソと広まる中、エレナはそれらの言葉に表情を変えなかった。ただ心の中で、次に来る試練を想像していた。

 その夜、宰相は執務室で書類に目を通していた。どこか慎重さを取り戻したような顔つきで、彼女を呼び寄せる。


「次は王都で大事件が起きる。契約監査を続ける気かね?」


 机越しの問いかけに、エレナは一瞬だけ迷いを見せた。


「もちろん……です」


 低めに返答すると、彼女は視線を上げた。背後に王都行きの準備が動き始めている気配があった。


「よし、進もう」


 宰相の短い言葉に、二人の陰が机上の灯りに長く伸びる。未来への覚悟が静かに高まっていった。



宮廷調達、一時停止。


契約は守られました。

けれど――敵もまだ守られています。


そして利権は、恨みを生みます。


すでに王都では、

妙な噂が流れ始めています。


「宰相の寵愛を受ける監査官」

「契約庁の権力拡大」

「やりすぎではないか」という声。


制度で裁くのか。

それとも制度に裁かれるのか。


監査官の戦いは、ここから本番です。

引き続きお付き合いいただければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ