第2話ーー不当労働を強いる貴族を裁きます。
本作は毎話スカッとを意識しています。
でも、次話からは少しスケールが上がります。
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朝の宰相府は静かだ。
石の回廊に靴音だけが響く。
「おはようございます」
「……早いな、監査官」
「朝のほうが、頭が冴えますから」
門番が小さく笑った。
契約庁の執務室に入る。
机の上には封緘箱が三つ。
未処理の契約書だ。
椅子に座り、順に開封する。
「また誓約奉公ですわね」
「増えてるわね。最近」
「契印の確認から始めます」
羊皮紙に指を滑らせる。
転生で獲得したギフトスキル、契約視を起動する。
文字の奥に淡い光が浮かぶ。
魔力の流れを読む。
書式の癖を見る。
改ざんは、必ずどこかに歪みが出る。
宰相府の空気は重く、整然としている。
午前の終わり。
受付係が、息も絶え絶えに駆け込んできた。
「監査官。依頼人です。かなり取り乱していて」
「通して」
応接室へ向かう。
豪華な応接室に場違いな痩せこけた婦人が立っていた。
指先は荒れ、衣服は擦り切れている。
「家政婦のマリアと申します」
「座ってください。事情を聞きます」
彼女は深く頭を下げた。
「息子が死にました。男爵のせいです」
室内が静まり返る。
監査官に目をやると、私と目が合わないように目をそらす。
文官をバカにするが、数々の武勲を挙げて地方の貴族から成り上がり、王都では力のある人物だからだ。
「誓約奉公ですか」
「はい。男爵家のグリード爵です」
差し出された契約書。
奉公十年。
労働時間の記載なし。
報酬は「相応に支払う」と曖昧だ。
「働かなければ呪いが落ちると言われました」
「誰に」
「男爵に。契約魔法がある、と」
私は紙を見つめる。
契印は押されている。
「息子さんは…」
「三日前に倒れました。医師は過労だと……でも呪いが怖くて、休ませられなかった」
唇を噛みしめる母親。
「賃金は」
「ほとんど支払われていません。三年分です」
帳簿を受け取る。
一日十四時間。
休日なし。
支払済は銀貨数枚。
未払い総額、二百三十金貨。
「家計は」
「家財を売りました。薬代に」
息子は戻らない。
怒りが静かに湧く。
「契約を調べます」
執務室に戻る。
契約視を強める。
条文の接合部。
魔力の縫い目。
そこが不自然に濃い部分がある。
「報酬条文が後付けだ」
鑑定官を呼ぶ。
「どう見えますでしょうか?」
「書き換えられている。魔力の質が違う」
「契印は」
「似せているが別物だ。偽造だね」
私は条文を指でなぞる。
「契約法第二条。報酬未定の誓約は無効」
「当てはまる」
証拠は揃った。
報告書をまとめ、宰相府に提出する。
翌日。
男爵が呼び出された。
豪奢な外套。
余裕の笑み。
「庶民の泣き言か。貴様はそんなたわごとに耳を貸すのか。暇だな。」
男爵がふっ鼻であざ笑う。
「契約の件です」
「判子女が出しゃばるな」
再び男爵の鼻にしわが寄る。
「偽造の疑いがあります」
「宰相の愛人が偉そうに」
短い侮辱。
十分だ。
「法律的に反証があります」
「ほう?見せてみろ」
契約書を机に置く。
「報酬条文は改ざんされています」
「どこがだ。何も問題ないではないか。」
自信満々に啖呵を切る。
「鑑定結果です」
鑑定官が目を伏せたまま告げる。
「魔力の流れが違う。契印は偽造だ」
男爵の目が細くなる。
「馬鹿な」
法務官が立ち上がる。
「当該契約は無効とする」
「何だと」
「未払い賃金全額支払い。罰金も科す」
ざわめきが広がる。
「貴様ら!文官の分際で貴族を裁くのか!誰がこの国を支えてきたと思っている。」
丸めた目を真っ赤にして、私と法務官をにらみつける。
「法は身分を問わない。そして、この国にはもう外患はいません。」
私は淡々と答える。
「契約は対等であるべきです」
男爵が机を叩く。
「覚えていろ。必ず後悔させてやる。罰金などくれてやるわ」
「威圧は記録されます」
守衛が前に出る。
男爵は舌打ちし、退出した。
制度が勝った。
それだけだ。
マリアを呼ぶ。
「契約は無効です」
「本当に……?」
「未払い金は支払われます」
彼女の肩が震える。
「でも息子は」
「戻らない」
沈黙が落ちる。
「それでも、あなたの労働は正当だ」
仮払いの金貨を渡す。
「葬儀と住居の費用に」
「ありがとうございます。ありがとうございます……」
依頼人は何度も頭をさげる。
完全な救いではない。
だが、ゼロではない。
廊下の隅を歩く。
すれ違う貴族の女性からひそひそ声が聞こえる。
「あれが例の女?」
「宰相に取り入ったらしいわよ?」
「呪術を使ったとか」
「ええ、そんなのあり??」
笑い声。
教会筋にも流れるだろう。
「契約庁は危険だ」
「財務長官候補が怒っているらしい」
名前までは出ない。
だが動機はある。
契約庁は都合が悪い。
世界は冷たい。
「よくやった」
背後から低い声。
宰相だ。
「公式に支持する」
「ありがとうございます」
「次は宮廷調達だ」
「資材入札の件ですか」
「不正の匂いがある。同行してもらう」
「承知しました」
それだけでいい。
余計な言葉はない。
宰相は去る。
私は拳を握る。
噂は広がる。
敵も増える。
それでも進む。
次は王国。一筋縄ではいかない。敵も増える。
生まれたときから秩序が私の正義だ。
次話は宮廷調達編です。
舞台が王都規模になります。
小さな契約から、王国規模の契約へ。




