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第10話――喋れない証人。誓約を破らずに守ります。

いつも読んでくださってありがとうございます。

第10話は「喋れない証人」をどう守るかの回です。

派手な台詞より、静かな圧で進みます。


今日もコンプラ重視でボコります^^

 会計係は、口を開けなかった。

 開けられなかった。


 契約庁の小会議室。

 暖炉はある。火は弱い。

 手が温まらない。


「……言えます?」


 リリィが軽く聞いた。

 軽く聞いて、声が震えている。

 会計係が頷こうとして、止まった。


 喉が鳴る。

 痛みを飲み込む音。


「言葉を発すると、痛む」


 彼はやっと言う。

 たったそれだけで、額に汗が浮いた。


「どこが」


 私が聞く。

 会計係は唇を噛む。

 歯が当たる。

 血が小さく滲んだ。


「胸が……焼ける」


 言葉が途切れる。

 それ以上は出ない。


 胸糞が、静かに沈む。

 これが誓約の刃の力。


 エイドリアンが机に紙を置いた。

 期限通知。

 評議会の印。


「明後日まで」


 リリィが読んだ。


「二日で説明しろ、って。二日過ぎたら監査官停止だって」


 数字が一つ刺さる。

 二日。

 会計係の肩が小さく跳ねた。


「すみません……僕のせいで」

「違う」


 私は短く切る。


「刃を作ったのは、向こう」

「破れば、楽になります」


 リリィが言いかけて、止めた。

 破れない。

 破った瞬間に、彼は終わる。


「破らない」


 私は言った。


「破らずに、組み替える」


 ドゥランが眼鏡を押し上げる。


「伝達禁止なら、口も紙も塞がれる」


 断定しすぎない口調。

 でも、逃げ道を潰す。


「だから、誓約の外に出す」


 私は言う。


「外?」


 リリィが眉を上げる。


「誓約の効力を止める。昨日と同じ」


 私は机を叩かない。

 淡々と言う。


「瑕疵をもう一つ見つける」


 会計係が小さく首を振る。


「昨日、止まったのは……紙の効力です。僕の中のやつは……まだ」


 その言い方が痛い。

 人の中に、契約が刺さっている。


 ――教会区。再び。


 入口で、昨日の聖職者が待っていた。

 今度は笑っている。

 薄い笑い。


「またですか」

「またです」


 私は命令書を出す。


「誓約解除手続きの保全」


 聖職者の笑いが消えた。

 消えて、すぐ硬くなる。


「解除はできません」

「できる手順はあります」


 私が言う。


「あなたがやらなかった手順です」


 リリィが横で囁く。


「昨日の顔、もう一回見たいな」


 聖職者は聞こえないふりをした。

 案内を拒めない。

 命令書の印が重い。


 誓約台。

 白布。

 香。

 今日の匂いは、少し強い。


「会計係の聖誓」


 私は言った。


「録の立会人、二人の名前を確認します」

「必要ありません」


 聖職者が言う。

 声が少し早い。

 ドゥランが静かに言った。


「必要かどうかを決めるのは、規程だ」


 私は台帳を求めた。

 聖職者は一瞬、手を引っ込める。

 それから、別の台帳を出した。


 革表紙。

 角が新しい。

 綺麗すぎる。


「これが記録です」


 聖職者が言う。


「違う」


 リリィが即座に言った。


「昨日の台帳と色が違う」


 聖職者が眉をひそめた。


「台帳は複数あります」

「複数でも」


 私は台帳の背を指でなぞる。


「綴じ番号が飛んでいる」


 昨日、検収印で見たのと同じ匂い。

 運用の傷。


「綴じ番号は、重要じゃない」


 聖職者の声が少し尖る。

「重要です」

 私は冷たく返す。


「差し替えが可能になる」


 沈黙。

 香の匂いが重い。

 ドゥランが器具を出さないまま、紙の端を見た。


「封蝋の欠けが同じだな」

「同じ?」


 リリィが顔を寄せる。


「欠け方が似るのは偶然もある」


 ドゥランは断定しない。


「でも、癖は出る」


 聖職者の指が止まった。

 一瞬だけ。

 その一瞬が、答えだ。


「立会人の署名」


 私はページをめくる。


「一人は書記官。もう一人も書記官」

「立会は教会が担います」

「規程違反です」


 私は言った。


「立会は外部者を含める。あなた方の手順書に書いてありますが」


 聖職者が言い返そうとして、口が止まる。

 喉が鳴る。

 悔しさの音。

 リリィが軽く言った。


「神様、味方してくれないですね」


 聖職者が紙を握った。

 握り潰しかけて、止めた。


 まただ。

 印の前では潰せない。


「保全」


 私は命令書を読み上げる。


「当該聖誓、解除手続きの開始まで効力停止。会計係の身体保護。教会外への移送を許可」

「それは……聖域への侵入だ」


 聖職者が絞り出した。

 エイドリアンが背後から言った。


「侵入ではない」


 短い。


「護送だ。命令として出せ」


 私は頷いた。

 宰相の守り方は、いつも同じ。

 甘さじゃない。

 権限だ。


 会計係が廊下で膝をつきかけた。

 リリィが支える。


「大丈夫、転ばない。今は、倒れない」


 会計係は笑おうとして失敗した。


「すみません……」

「謝るな」


 私は言った。


「守る契約は更新する」


 契約書を差し出す。

 証人保護契約。

 条件は増える。

 護衛。住居。連絡遮断。


 失うものも増える。

 会計係の目が揺れた。


「守っても……帰る家がない」


 その一文だけで十分だ。

 救いはある。

 でも元には戻らない。

 会計係は震える手で署名した。

 痛みを堪えながら。


 ――その夜。


 ドゥランが台帳の写しを机に並べた。


「この綴じ方。財務府の緊急書式に似てる」

「また、線ですか」


 リリィが笑う。

 笑って、目が冷える。


「断定はしない」


 ドゥランは言う。


「でも、同じ鋳型を見た気がする」


 鋳型。

 紙の形。

 言葉の形。

 エイドリアンが窓際で言った。


「二日は稼いだ」

「半勝ちですね」


 リリィが言う。


「半分といったところね」


 私は答える。


「誓約は止めた。だが、向こうは次を作るでしょう」


 その時、封の切られていない封筒が届いた。


 宰相府宛。

 封蝋。

 欠け。

 見慣れた形。


 私は指先で触れない。

 触れなくても分かる。

 完璧だ。

 整いすぎている。


 エイドリアンが言った。


「読め」


 私は封を切った。

 中身は一枚。

 教会の印。

 そして、戦時例外の文字。


 喉の奥が冷える。

 勝てる。


 でも、簡単じゃない。

 誓約は紙じゃない。





「言えない」だけで、命が削られる。

それが誓約の怖さでした。

次は、封じたはずのものが別の形で迫ってきます。

続きが気になった方は、ブクマで確保しておいてください。

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