北狐
煙塵の中から現れた東狐の瞳は、これまでに見たことがないほど冷たく、そして鋭利だった。
「東狐・・・!」
俺の呼びかけに、東狐は視線すら向けず、低く冷ややかな声で応えた。
「・・・。俺は北狐や、言うとるやろ。」
突然の東狐の登場に部下は固まっていたが、正気に戻った1人が叫んだ。
「や、やれぇぇぇ!!!!」
血迷った部下たちが一斉に東狐に飛びかかる。その手には鉄骨や刃物が握られていた。
「死ねッ!!!」
一人の巨漢が鉄骨を振り下ろす。だが、東狐は紙一重でそれをかわすと、懐から抜き放ったナイフを振った。
キィィン! と高い金属音が響く。
ナイフの腹で鉄骨の軌道を逸らし、そのまま相手の懐に潜り込むと、顎の下を掌打で突き上げる。脳震盪を起こした男が崩れ落ちるのと同時に、東狐の視線は壁際に飾られた刀掛けを捉えていた。
「使わせてもらいますわ。」
東狐はナイフを鞘に戻す暇もなく、飾られていた長刀の一本を奪うように引き抜いた。
「・・・くそが!」
別の部下がナイフを突き出すが、東狐の動きはそれを遥かに凌駕していた。
抜刀の勢いをそのままに乗せた長刀が、部下たちの武器を次々と弾き飛ばしていく。東狐の剣さばきは、荒々しい暴力ではなく、一分の隙もない芸術のようだった。
長刀を振るうたびに、部下たちが糸の切れた人形のように床に転がっていく。驚くべきことに、あれだけの乱戦でありながら、誰も致命傷を負っていない。打撃やアキレス腱を切ることで確実に『戦意』を刈り取っていった。
嵐のような数分が過ぎ、立っているのは朱熾と東狐だけになった。
東狐は血の付いた刀身を鋭く振り、その切っ先を、静かに立ち尽くす朱熾の喉元へ突きつけた。
「・・・全ての責任は、お前にある。朱熾、地獄へ行く準備はいいか。」
「・・・はは、流石やな。北狐の噂は伊達やなかったわ。」
朱熾は逃げようともせず、ただ静かに死を受け入れるように目を閉じた。
東狐の瞳に、一切の躊躇がない殺意が宿る。彼が長刀を突き出した瞬間、俺は叫んでいた。
「やめろ、東狐!!」
長刀が朱熾の喉元を貫く直前、俺は緩んでいた縄を振りほどき、朱熾の大きな背中を庇うように立ちはだかった。
「・・・瑛太、どけ。そいつはお前を奪おうとした。生かしておく理由は、一欠片もない」
東狐の声が、地を這うように低く響く。
「ダメだ! 朱熾は・・・不器用なだけなんだ! 仲間を守るために、必死だったんだよ! 殺すな、東狐!」
切っ先が、俺の胸元数センチで止まり、細く震えている。
冷徹な死神の顔をした東狐と、決して退かない俺。
静寂の中、二人の視線が激しくぶつかり合った。




