【日間総合6位】転生したら孤児院出身。テンション低いけど頑張ります〜
よくあるゆるふわ設定です。
主人公は少し達観しています。
温かい目で読んで下さると嬉しいです。
私が転生した事に気付いたのは、その年一番の大雪が降った、とても寒い日だった。
あの時、私は三歳だった。
母に『今日からここで暮らすのよ』と言われた瞬間、前世の記憶を思い出した。
「こんなお母さんでごめんね。あなたが大きくなったら恨まれちゃうわよね」
母は、あかぎれて傷だらけの指で私の顔を覆い、暖めながら言った。
「ごめんね……。もう食べ物もあまり無いの。ここなら、きっと幸せになれるから」
そして、抱きしめられた。
母の肩は骨が浮き出ているし、着ている物も粗末だった。
子供ながらに、この冬は耐えられなくて死んでしまうかもと思っていた。
だから母を慰めてあげたくなった。
「ママ、大丈夫!ずっと大好きだからまた会いに来てね。ちゃんと良い子にしてるよ」
母の涙が肩口を濡らす。わかっている。
これはお母さんのせいじゃない。
むしろ、お母さんが長生き出来るのか、その方が心配だ。
そうして、私はこの孤児院にお世話になる事になった。
◇◇◇
孤児院はやはりイメージ通りに貧しく、常にお腹を空かせる場所だった。
しかし、薪があり暖かい部屋が用意されていた。
一つしかないその部屋に、皆集まって寒さを凌いだ。
(暖かくて涙が出そう……)
新入りの私を心配してくれたのか、小さな男の子が身ぶり手ぶりで話をしてくれた。
彼がここでの一番の友達になったのは言うまでもない。
――でも、私は本当に運が良かったみたい。
ここのシスターが、幼い私達に色々な事を教えてくれたのだ。
計算、文字、裁縫、刺繍。
貧しい孤児院でこれが異常だと気付いているのは私だけだろうか?
でも、そのお陰でこの孤児院から出ていく子ども達は街の人々から重宝されていた。
◇◇◇
――ある暖かい春の日。
「おいデイジー!さっき先生に連れて来られた子、滅茶苦茶かわいかったぞ!」
「またサボってたの、リック。後で覚えてなさいよ」
リックの話によると、金髪碧眼で、キラキラしている十四歳の女の子だそうだ。私と同い年だ。
相変わらずリサーチ力が凄いわねぇ。
最年長の彼は、世間話で掃除中の私の邪魔をするが、それは彼なりの気遣いだろう。
ここでは、十六歳の彼が最年長。私は十四歳で古株だ。
あれからずっと、リックとは特別に仲は良い。
でも、もうすぐお別れが迫っている。
「へぇ。こんな時期にここに来るのは珍しいわね」
子どもが捨てられるのは圧倒的に冬が多いけれど、たまに事故や病気で親を亡くした子もいる。
入ってきたばかりの子は、何かしら傷を抱えているし、なかなか心を開いてくれないこともあるのよね。
「新人のフォローは手伝ってね、未来の鍛冶屋さん」
リックは半年後に、鍛冶屋の見習いとして雇われることが決まっている。
――その時が、私たちとのお別れの日だ。
「まぁ、慣れてるしな!任せとけって。お前も掃除なんて切り上げて、挨拶に行ってくれば?」
「そうね、歓迎してることを教えてあげないとね。行ってくるわ」
◇◇◇
あれから、約二年が経った。
――結論から言うと……その子と私は仲良くなれなかった。
女子部屋は十人ほどいるけれど、彼女は夜になると色々と妄想めいた話を聞かせた。
「私は、これから星夜祭で本当の父親に出会って引き取られるの。しかもなんと……侯爵家なのよ!」
チラリと私の方を見る気配がする……が、気付かない振りを続ける。
「虐められている私を、侯爵が助けに来てくれるの。しかも、『誰かに盗まれた』私の大切なネックレスを見つけてくれて、それがきっかけで行方知れずの実の娘だってわかるのよ!」
彼女は私に聞こえないように話しているつもりらしい。
クスクスと周りの幼い子達がこちらを見て笑っている。
私は虐めなんてしていない。
彼女にここのルールを守ってもらいたいから、色々と口を出してしまっただけだ。
最近は彼女に習って、仕事をさぼる幼い子達が増えている。
これにはシスターも頭を抱えていた。
それにしても。
気になるのはルイーズの今の話だ。
他の子は半信半疑か、夢物語として聞いている。
――でもきっと妄想じゃないのよね?
これから先の展開なら想像出来る。
(やられっぱなしの私じゃないわ。自分が世の中の主人公だと思っているなら……ここは現実だって教えてあげる)
◇◇◇
翌日、食材と日用品を買いに街に行った。
しばらく歩いていると、懐かしい声に呼び止められて足を止める。
「デイジー!久しぶりだな!誘っても中々食事にも付き合ってくれないから寂しかったぜ」
「下手なナンパ野郎みたいな事は止めてちょうだい、リック」
馴れ馴れしく肩を抱き寄せようとしてくる手をペシリと叩く。
こんな軽い感じだったかしら。
男って、こうやって変わっちゃうのか。
何故か胸にチクリとした痛みが走った。
でも、街をブラブラしていたのは彼に会うためだった。
二年前に鍛冶師に引き取られたリックは、今は冒険者として身を立てていた。
濃い茶色だった髪はさらに暗い色になり、イタズラっぽく光っていた瞳は、相変わらず綺麗な藍色だ。
「しばらく見ないうちに、だいぶ男前になったじゃない?」
「おま……!いきなりそういうのは止めろ!」
腕で顔を隠してしまった。
いきなり褒められたのが照れくさいのかしら?
わざと格好つけてるなら、止めたほうがいいって注意してあげようかしら。
今みたいに素の彼が一番いい。
彼が変わっていなくて、心の中が少しだけふわりと軽くなった。
やっぱりリックはリックよね。
すっ、と彼に紙切れを渡す。生憎、レターセットなんて持っていないのだ。
「後で読んで。ちょっと困った事が起こりそうなの。リックにお願いしたい」
「……な!ちょっと、もう少し説明を……」
大通りで大声を出しすぎよ。
呼び止める声に片手を上げて、そのまま立ち去った。
目立たないうちに私は孤児院に帰り、いつも通りの仕事をこなす。
とにかく今は、慎重に動きたい。
◇◇◇
「うぅぅ!また、デイジーが意地悪を言うわ!」
夕食後にルイーズに絡まれるのは最早日課だ。
古株のメンバーは私を理解してくれているが、年下の子達は私を目の敵にしている。
――いつも味方になってくれていたリックも孤児院を出たし、私の味方も少なくなってきた。
そして私はどんどんと意地悪な女に仕立て上げられ、孤立していった。
押し付けられる仕事も、一人ではこなせないくらい大量になって、毎日疲れてへとへとになる。
さすがに私もそろそろ限界だ。
「シスター?デイジーです」
深夜に近い時間帯。部屋の子ども達が寝ている時間にシスターの部屋をノックした。
「今晩は、シスター。少しお話があります」
「あらデイジー、こんな時間にどうしたの?」
彼女は温かい白湯を渡してくれた。身体が温まり、じんわりと心に染み入る。
「シスター、転生者って言葉、知ってます?」
彼女はコトリ、とテーブルにカップを置いた。
「やっぱり、貴女もそうなのね?」
お互いになんとなく気付いていた事実。でも、踏み込まなかったその話。
この世界には『天恵』と呼ばれるギフトや、特別な記憶を持って生まれてくる人が存在する。
それはとてもとても珍しく、滅多にお目にかかれないが……。
「はい、私には前世で大人だった記憶があります。そして、話したいのはルイーズの事です。彼女には、物語に転生した記憶があるみたいです」
それから、シスターにルイーズが話していた事を伝えた。
星夜祭の事。
彼女がネックレスを盗まれたように誰かに罪を着せる可能性がある事。
私が彼女を虐めていると周りに言いふらしている事。
「私、星夜祭の前にここを出ます。でも、私以外に濡れ衣を着せられる子が居るなら、助けてあげてくれませんか?」
「デイジー、貴女はとてもいい子だったわ。下の子の面倒もよく見てくれた。私の自慢よ。出会えてよかった」
シスターは私のお願いを快諾してくれた。これで、ルイーズの件は安心出来る。
そして私に少しばかりの金銭も持たせてくれた。
「たくさんお世話になりました。……本当はここに残って、お世話になったシスターのお手伝いをして、生きていきたかったんです」
「大丈夫よ、デイジー。あなたなら、きっと大丈夫。元気でね。あなたの幸せをずっと願っているわ」
実の母と別れる時もそうだった。
私はお母さんに恵まれている……。
堪えきれず、私は泣いてしまった。
――星夜祭前日。
しきりに、ルイーズがネックレスを貸してくれようとした。
私がそれを断ると、彼女は舌打ちしながら部屋を出て行った。
さて。
ここからが本番だ。さっき、ルイーズはネックレスを私に見えるように仕舞って出て行った。
――思惑に乗ってあげるわ、ルイーズ。
他の誰かが濡れ衣を着せられるより余程いい。
私は彼女の狙い通り、ネックレスを盗んでポケットに入れた。
皆が寝静まった深夜、私は黒いマント姿で待っていた。
孤児院の裏庭が彼との約束の場所だった。
(来てくれるかしら?)
数時間待って来なかったら、1人で出ていこう。
ネックレスは、侯爵邸か衛兵の詰所にでも投げ入れようか。
それよりも、川にでも捨ててしまう方が楽しいかもしれない。
(私もいい加減性格が終わってるわね)
「おい、デイジー。にやにやして気持ち悪いぞ」
いきなり声をかけられて、肩が跳ねる。
気配もなく現れた人影が誰かわかって、ほっと息をついた。
ガサリと木の葉をかき分け、待っていた彼が現れた。
ダークブラウンの髪が、闇夜で黒に見える。
「あら、もう来ないかと思ったわ。その時はどうしようかなって考えててね」
――リック。来てくれた。
こんな時にくらい、少しは素直になれればいいのに、私。
いつも助けてくれる彼に、わかりやすく感謝を伝えられたら可愛げもあるのにね、バカなデイジー。
「ほら、早く行くぞ。バレたら厄介だ」
私に手を差し伸べ、荷物を詰めたトランクを掴む。
「あ、やっぱり待って。今日脱走した私と一緒に、ルイーズのネックレスが無くなるとやっぱり追われるかも。どこかに置いていこうかしら……」
ニヤリとリックが笑う。
「いや、そんな物さっさと捨ててやろうぜ」
私と考える事が一緒だ。でも、迷った時にすぐに決断してくれる人の存在は有り難いかも。
結局、ネックレスはリックが捨ててしまった。
ルイーズが貴族になるのが気に食わないんだそうだ。
「ねぇ、そういえば鍛冶屋になるって言ってたのに、なんで冒険者になったの?シスターもみんなも凄く心配してたのよ?」
道すがらに、ずっと疑問だったことを聞いてみた。
リックは少しだけ誇らしそうな表情になり説明してくれる。
「あぁ、俺の師匠が『天恵』持ちでさ。俺に『天恵』があって、ここじゃ勿体ないって。みんなも快く送り出してくれたよ。鍛冶屋と冒険者は切っても切れない大事な縁もあるしな。いい人達だよ」
本当に凄い。
ルイーズはモブ扱いしていたけれど、本当にそうかしら。
リックにも何か役割があったのかも――。
「そっか。リックって凄かったんだね。ある意味チートって事かな。きっとヒロインの為に色々としてあげたんだろうな」
「……は?何だって?」
馬鹿なルイーズ。
でも、だからこそ私にも手が届いたのかもしれない。
「まぁいいか。早く宿に行くぞ!聖夜祭で一部屋しか空いてなかった。俺と同じ部屋で大丈夫か?」
月明かりの中、少し緊張して肩が強張っているリック。
顔を見せてよ。私に断られるのが怖いのかしら。
それとも恥ずかしいの?その顔が見たいのに。
リックの顔、結構好きなんだから。
「私が、なんであんたに頼ったと思う?人生を賭けるならリックが良かったからよ。それに、いきなりあんな事頼まれて、全てを投げ打って私を助けてくれるなんて、リック以外にいないわ」
逞しくなった彼の肩に手を乗せる。
駄目だ、背伸びしても届かない。
いつの間にかこんな熱を孕んだ瞳で私を見るようになったの?
コクリと喉を鳴らして、勇気を出して言ってみる。
「リック。私、今から目を閉じるから。ちゃんと空気読んでね」
彼の肩に両手を乗せて、首を擦る。
ここまでしてるんだから、ちょっとは――。
そこでリックがぴたりと動きを止めた。
その一瞬後。
リックは逞しい腕で私を抱き込み、最初は恐る恐る軽く唇に触れた。
それはいつの間にか大胆になっていった。
「ん……待ってよ……」
それでもリックは、何度も私の唇にキスを繰り返した。
「デイジー、お前って本当に俺を振り回すよな」
「……私は、それに付き合ってくれるリックが大好きだったわ。いつもお節介焼いて、面倒見が良くて、優しくて。誰よりも素敵な、私のリック。……でしょ?」
こんなことを言うのも恥ずかしいくらい、ずっと傍にいた。
私が三歳の頃からの付き合い。
いつも、心配して構ってくれて、助けてくれた。
こんなの好きになっちゃうなんて、当たり前なのに本人はわかっていないんだから。
「一緒に逃げるのはリックが良かったの。一人でも逃げていたけど、今リックが一緒だから最高に幸せだわ」
「デイジー、お前可愛すぎる……。待て待て俺。ちょっと俺も色々我慢できそうにない……いや、今のは忘れて……」
月夜に二つの影が伸びる。
本当に夜逃げなのにドキドキと胸が高鳴り、わずかに期待してしまうのは何故だろう。
貴族の物を盗んだ罪で追われたとしても、今この瞬間だけは怖くない。
リックを巻き込んでしまう恐怖はあるけれど……。
それを忘れるように、リックの胸に抱きついて歩いた。
――私は、やっぱりリックがいいんだわ。
彼の藍色の瞳に映る私が、なぜか一番幸せそうな気がするんだもの。
そうしてルイーズには、“侯爵の娘”という決定的な証拠もなくなった。
古株のメンバーやシスターからの話、それと周りの評判を聞いた侯爵は、結局養子の話すら白紙にしてしまったらしい。
◇◇◇
そして、デイジーはマーガレットになった。
意味がわからない?私もよ。
今、私達は隣国にいる。
あのままだと追われる危険もあったので、隣国に渡って冒険者になった。
私達はリチャード、マーガレットとして、なかなか有名な中堅どころだ。
でもリックの口癖は「嫁には昔から勝ったことがない」らしい。
夫婦喧嘩をしても、最終的に勝つのはリックなのに。
「ずっと昔から、デイジーを愛しているよ」
その言葉で毎回許してしまうのに。怒った振りは止めないけどね。
彼曰く、私は怖い嫁みたいだから、ご期待に応え続けてあげるわ。




