転生したら孤児院出身。テンション低いけど頑張ります
よくあるゆるふわ設定です。
主人公は少し達観しています。
温かい目で読んで下さると嬉しいです。
私が転生した事に気付いたのは、その年一番の大雪が降った物凄く寒い日だった。
あの時、私は3歳だった。
母に、今日からここで暮らすのよ、と伝えられて思い出したのだ。
「こんなお母さんでごめんね。貴方が大きくなったら恨まれちゃうわよね」
母は、皸た指で私の顔を覆い、温めながら言った。
「ごめんね…。もう食べ物もあまり無いの。ここなら、きっと幸せになれるから」
そして、抱きしめられた。母の肩は骨が浮き出ているし、着ている物も粗末だった。
子供ながらに、この冬は耐えられなくて死んでしまうかもと思っていたから、母を慰めてあげたくなった。
「ママ、大丈夫!ずっと大好きだからまた会いに来てね。ちゃんと良い子にしてるよ」
母の涙が肩口を濡らす。わかっている。これはお母さんのせいじゃない。寧ろ、お母さんが長生き出来るのかの方が心配だ。
そうして、私はこの孤児院にお世話になる事になった。
※ ※ ※
孤児院はやはりイメージ通りに貧しく、常にお腹を空かせる場所だった。
しかし、薪があり暖かい部屋が用意されていた。
1つしかないその部屋に、皆集まって寒さを凌いだ。
(暖かくて涙が出そう…)
新入りの私を心配してくれたのか、小さな男の子が身ぶり手ぶりで話をしてくれた。
彼がここでの一番の友達になったのは言うまでもない。
でも、私は本当に運が良かったみたい。
ここのシスターが、幼い私達に色々な事を教えてくれたのだ。計算、文字、裁縫、刺繍。
貧しい孤児院でこれが異常だと気付いているのは私だけだろうか?
でも、そのお陰でこの孤児院から出ていく子ども達は街の人々から重宝されていた。
「おいデイジー!さっき先生に連れて来られた子、滅茶苦茶かわいかったぞ!」
「またサボってたの、リック。後で覚えてなさいよ」
リックの話によると、金髪碧眼で、キラキラしている11歳の女の子だそうだ。
相変わらずリサーチ力が凄いねぇ。
最年長の彼は、世間話で掃除中の私の邪魔をするが、それは彼なりの気遣いだろう。
ここでは、13歳が最年長。私は11歳で古株だ。
だからなのか、特別に仲は良い。
でも、もうすぐお別れが迫っている。
「へぇ。こんな時期にここに来るのは珍しいわね」
子どもが捨てられるのは圧倒的に冬が多いが、たまに事故で親を亡くして来る子もいる。
入ってきたばかりの子は皆、何かしら傷を抱えているので問題行動を起こしたりするのだ。
「新人のフォローは手伝ってね、未来の鍛冶屋さん」
リックは半年後に、鍛冶屋の見習いとして雇われる事が決まっている。
その時が、私達とのお別れの日だ。
「まぁ、慣れてるしな!任せとけって。お前も掃除なんて切り上げて、挨拶に行ってくれば?」
「そうね、歓迎してることを教えてあげないとね。行ってくるわ」
結論から言うと…、その子と私は仲良くなれなかった。
女子部屋は10人程なのだが、彼女は夜になると色々と妄想に近い話を聞かせた。
「私は、これから星夜祭で本当の父親に出会って引き取られるの。しかも侯爵家なのよ!」
チラリと私の方をみる気配がする…が、気付かない振りを続ける。
「意地悪な子に虐められ、過酷な生活をしていた私を侯爵が引き取りに来てくれるの。しかも、私の大切なネックレスを盗んだ子を見つけてくれて、それが侯爵家の物だった事にも、私が実の娘のルイーズだって事にも気づくのよ!」
彼女は私に聞こえない様に話しているつもりらしい。
クスクスと周りの幼い子達がこちらを見て笑っている。
一応言っておくけれど私は虐めなんてしていない。彼女にここのルールを守ってもらいたいから、色々と口を出してしまっただけだ。
彼女に習って、仕事をさぼる幼い子達が増えている。これにはシスターも頭を抱えていた。
でも、きっと妄想じゃないのよね?
これからの展開なら想像出来る。
(やられっぱなしでいる人間なんて居ないわ。自分が世の中の主人公だと思っているなら…ここは現実だって教えてあげる)
翌日、食材の買い物と日用品を買い込み、街を歩いていると懐かしい声に呼び止められた。
「デイジー!久しぶりだな!誘っても中々食事にも付き合ってくれないから寂しかったぜ〜」
「下手なナンパ野郎みたいな事は止めてちょうだい、リック」
馴れ馴れしく肩に手を回そうとしてくる手をペシリと叩く。
だが、街をブラブラしていたのは彼に会うためだった。
2年前に鍛冶師に引き取られた筈だったリックは、今は冒険者として身を立てていた。
濃い茶髪だった髪色はさらに暗い色になり、イタズラっぽく光っていた瞳は、相変わらず綺麗な藍色。
「しばらく見ないうちに、だいぶ男前になったじゃない?」
「おま…!いきなりそういうのは止めろ!」
腕で顔を隠してしまった。
いきなり褒められたのが照れくさいのかしら?
スッと彼に紙切れを渡す。生憎、レターセットなんて持っていないのだ。
「後で読んで。ちょっと困った事が起こりそうなの。リックにお願いしたい」
「…な!ちょっと、もう少し説明を…」
大通りで大声を出しすぎよ。目立たないうちに私は孤児院に帰った。
「うぅぅ!また、デイジーが意地悪を言うわ!」
夕食後にルイーズに絡まれるのは最早日課だ。
古株のメンバーは私を理解してくれているが、年下の子達は私を目の敵にしている。
流石に私もそろそろ限界だ。
深夜に近い時間帯。部屋の子ども達が寝ている時間にシスターの部屋をノックした。
「今晩は、シスター。少しお話があります」
「あらデイジー、こんな時間にどうしたの?」
温かい白湯を渡してくれた。身も心も温まり、じんわりと心に染み入る。
「シスター、転生者って言葉知ってます?」
彼女はコトリ、とテーブルにカップを置いた。
「やっぱり、貴女もそうなのね?」
お互いになんとなく気付いていた事実。でも、踏み込まなかったその話。
「はい、私には前世で大人だった記憶があります。そして、話したいのはルイーズの事です。彼女には、物語に転生した記憶があるみたいです」
それから、シスターにルイーズの話していた事を伝えた。
星夜祭の事。彼女がネックレスを盗まれた様に誰かに罪を着せる可能性がある事。私が彼女を虐めていると周りに言いふらしている事。
「私、星夜祭の前にここを出ます。でも、私以外に濡れ衣を着せられる子が居るなら、助けてあげてくれませんか?」
「デイジー、貴女はとてもいい子だったわ。下の子の面倒もよく見てくれた。世の中を恨まず真っ直ぐに育ってくれた。私の自慢よ。自由に貴方の思うように生きなさい」
シスターは私のお願いを快諾してくれた。これで、ルイーズの件は安心出来る。
そして私に少しばかりの金銭も持たせてくれた。
「たくさんお世話になりました」
実の母と別れる時もそうだった。
私はお母さんに恵まれている…。堪えきれず、私は泣いてしまった。
――星夜祭前日。
しきりに、ルイーズがネックレスを貸してくれようとした。
私がそれを断ると、彼女は舌打ちしながら部屋を出て行った。
ここからが本番だ。さっき、ルイーズはネックレスを私に見えるように仕舞って出て行った。
――思惑に乗ってあげるわ、ルイーズ。
私は彼女の狙い通り、ネックレスを盗んでポケットに入れた。
皆が寝静まった深夜、私は黒いマント姿で待っていた。
孤児院の裏庭が彼との約束の場所だった。
(来てくれるかしら?)
数時間待って来なかったら、1人で出ていこう。
ネックレスは、侯爵邸か衛兵の詰所にでも投げ入れようか。
それよりも、川にでも捨ててしまう方が楽しいかもしれない。
「おい、デイジー。にやにやして気持ち悪いぞ」
ガサリと木の葉をかき分け、待っていた彼が現れた。
「あら、もう来ないかと思ったわ。その時はどうしようかなって考えててね」
リック。来てくれた。
こんな時にくらい、少しは素直になれればいいのに、私。
「ほら、早く行くぞ。バレたら厄介だ」
私に手を差し伸べ、トランクを掴む。
「あ、やっぱり待って。今日脱走した私と一緒に、ルイーズのネックレスが無くなるとやっぱり追われるかも。置いてこようかしら…」
ニヤリとリックが笑う。
「いや、そんな物さっさと捨ててやろうぜ」
私と考える事が一緒だ。でも、迷った時にすぐに決断してくれる人の存在は有り難いかも。
ネックレスは、リックが捨ててしまった。
ルイーズが貴族になるのが気に食わないんだそうだ。
そうしてルイーズには侯爵の娘という決定的な証拠もなく。古株のメンバーやシスターからの話、それと周りの評判を聞いた侯爵は、結局養子の話すら白紙にしてしまったらしい。
そして、デイジーはマーガレットになった。
意味がわからない?私もよ。
今、私達は隣国で冒険者をしている。
あのままだと追われる危険もあったので、隣国に渡って冒険者になったのだ。
私達はリチャード、マーガレットとして中々有名な中堅所の冒険者になっている。
でもリックの口癖は「嫁には昔から勝ったことがない」らしい。
夫婦喧嘩をしても、最終的に勝つのはリックなのに。
「ずっと昔から、デイジーを愛しているよ」
その言葉で毎回許してしまうのに。怒った振りは止めないけどね。彼曰く、私は怖い嫁みたいだから、ご期待に応え続けてあげるわ。